菅野沖彦
レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より
トーレンスのプレーヤーのよさを一言でいうなら、バランスのよさ。アナログプレーヤーという機械には必要悪が山ほどある。そして、これらは互いに多くの矛盾を孕んでいて、総合的に一つの機能体としてまとめるには明確かつ一貫した思想を必要とするものである。
どんなに微細な一部分でも変えれば音が変わるのも、機械振動のすべてが音として鳴るプレーヤーの宿命といえる。レコードに刻まれている波形のすべてを、過不足なく電気信号に変えるのが使命であることは、いうまでもない。これが仮に実現すれば、プレーヤーとして正しいわけだが、古今東西のプレーヤーでどれがもっとも正しい変換器であるかは誰にもわからないのが現実である。
個々のアナログプレーヤーの設計者のなかには、自分のものだけが唯一無二の正しい変換装置だと主張する人が少なくないが、本当に音と音楽を知っていれば、そんな傲慢な姿勢をとれるはずがない。トーレンスのプレーヤーはこういうことをよく知っている。その結果必要悪は文字どおり、必要なことと肯定してバランス設計思想を尊重することになったのである。SMEのトーンアームも同様である。ストレートアームや超重量リジッドプレーヤーなどは、また違う思想であり、当然音も違う。大人の美しい妥協が生み出した不偏向な音のプレーヤーである。
現在のトーレンスの上級機であるが、いかにも中庸の、しかも表現性の豊かな音が得られる。弦の艶と輝きのバランス、強靭な音の芯と漂うような響きのバランス、十分な細部の再現性ながら、けっして鋭利すぎない音を聴かせるボディや陰影のニュアンスがある。
「エラ&ルイ」のナローレンジをもっとも素直に聴かせトーキーサウンドを彷彿させたのも、このプレーヤーならではだ。部分的、分析的にはより優れた特質を聴かせるものは多くある。しかしバランスではこれを凌駕する製品は少ない。
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