「山中氏の再生装置について」

井上卓也

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より

 山中氏は、スピーカーシステムについてはつねに大型フロアーシステムを愛用される。現在は、エレクトロボイスのパトリシアン600だが、知られている限りにおいても、アルテックのA−5、ヴァイタヴォックス191コーナーエンクロージュア、JBLハーツフィールドがあり、アルテックとJBLは現在でも所有されている。
 パトリシアンは、エレクトロボイスのトップモデルとして、1940年代に発表されて以来、数次にわたる改良を加えられ、1963年発表の800を最後に生産は中止されたが、600は、パトリシアンシリーズがそのもっとも高い完成度を示した記念すべきモデルと思われる。エンクロージュアは、フロント・ホールデッドホーン方式としてクリプッシュのパテントによる、いわゆるクリプッシュKホーンで、その外径寸法は、96・5×148・6×76・2cm(W・H・D)、重量は、推定であるが140kgを軽くこすだろう。外径寸法を最終モデルとなった800と比較すると、幅12・7cm、高さ19・1cm、奥行5・7cm大きい。
 ユニット構成は、オールホーン型4ウェイ・5スピーカーシステムである。ウーファーはホーンロード用の46cm口径18WK、ミドル・バスが折返し型ホーンとドライバーユニットを組み合わせた828HFが2個、ミドル・ハイがT25Aドライバーユニットと6HDホーンのコンビ、トゥイーターはT350である。クロスオーバー周波数は200Hz、600Hz、3500Hzと発表されている。エレクトロボイスのドライバーユニットは、ダイアフラム材質が硬質のフェノールであることが特徴で、音色は、ウエスターン系の軽金属ダイアフラムとはかなり異なった、マイルドで弾やかである。
 アンプ系は、取材時には3種類のシステムが使われた。第一はマランツ♯7と♯2×2、第二はハドレー♯621とマランツ♯2×2、第三が米国の新進メーカーGASのテァドラとアンプジラである。
 山中氏のリスニングルームには、米国系を中心としたセパレートアンプ群が整然と置かれているが、そのいずれもが最新の製品のように美しくレイアウトされ、しかもスイッチ操作ですべてが動作する。つまり、これらのアンプ群はすべて現用機であり、生きていることに深い感銘を受けた。まさに驚異的とも思われる保守の見事さであり、想像を絶する努力の結果であることにほかならない。
 これはプレーヤーシステムでも同様で、完全に復元され動作するフィッシャーの両面を演奏可能なオートチェンジャーに代表されるように、かつての名声をほしいままにしたレクォカットやトーレンスのプレーヤーシステムが現用機として使われている。テープデッキはこれまた機種が多い。アンペックス300は、現在のAG440を電気機関車にたとえれば、まさしくSLといった存在で、そのダイナミックな音はすさまじいエネルギーを秘めている。棚に乗っているルボックスG36、サムソナイトのケースに入って目立たなく置かれたアンペックス600など、それぞれが一時期を画した名器だ。
 この部屋で聴く音楽は、スケールが大変に大きく、細やかであり、力強い。そのうえ、ステレオフォニックな音場は幅広く拡がり、奥行きは、部屋の壁をこえて彼方の空間につながっているように感じられた。

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