井上卓也
ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より
岩崎氏はふたつのリスニングルームを使いわけている。そのひとつは、JBLのパラゴンが置かれた部屋である。パラゴンの両翼には、アルテックの620Aエンクロージュアに入った604−8Gが乗せてあり、その両側にはJBLのハークネス、その対称面には、同じくJBLのベロナが置いてある。スピーカーユニットは、JBLのプロフェッショナル用をはじめ、アルテック、ボザークなどが転がっており、大型のセパレート型アンプや、プレーヤーシステムまでが山積みになっている。それらはエキゾチックな家具とともに、部屋の空間のなかを自由奔放に遊び回っている子供のように存在しているが、何とも絶妙なバランスを見せているのは不思議にさえ思われた。
メインシステムであるJBLパラゴンは、低域までがフロントローディングホーンとなっている。いわゆるオールホーン型システムで、ステレオ用がひとつの素晴らしいデザインに収まっており、ユニークな円弧状の反射板をもっているために、独得なステレオのプレゼンスが得られる個性的なシステムだ。
プレーヤーシステムは、いわゆるプレーヤーシステムの枠をこえた構造をもつマイクロのDDX−1000ターンテーブルと、MA−505の組合せであるが、その置かれている場所は、予想外にパラゴンの中央部の上である。ハイレベル再生では最右翼と思われる岩崎氏のリスニングルームであるだけに、いささか意外とも思われたが、この場所がこの部屋でもっともハウリングが少ない場所とのことである。
アンプ系は、数あるアンプ群のなかからコントロールアンプには、本来はミキサーとして業務用に使われるクヮドエイトLM6200Rのフォノイコライザーを、パワーアンプには、パイオニアEXCLUSIVE M4のペアである。
この部屋で聴くパラゴンは、聴き慣れたパラゴンとはまったく異なった音である。エネルギーが強烈であるだけに、使いこなしには苦労する375や075が、まろやかで艶めいて鳴り、洞窟のなかで轟くようにも思われる低音が、質感を明瞭に表現することに驚かされる。2、3種のカートリッジのなかでは、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」のレコードのときの、ノイマンDST62は、感銘の深い緻密な響きであった。パラゴン独得なステレオのエフェクトが、聴取位置が近いために効果的であったことも考えられるが、アンプの選択もかなり重要なファクターと思われる。やはり、このパラゴンの本質的な資質をいち早く感じとり、かつて本誌上でパラゴンを買う、と公表された岩崎氏ならではの見事な使いっぷりである。また、大音量の再生は「美しいローレベルの音を、よく聴きたいためにほかならない」との氏の回答も、オーディオの真髄をつくもである。
いまひとつのリスニングルームは、アンティークなムードの漂う部屋で照明も仄かであり、マントルピースのサイドに置かれたエレクトロボイスのエアリーズは、煙に燻されて判別しがたいくらいである。マランツ♯1と♯2、♯7と♯16のあるこの空間は、古きジャズを愛する岩崎氏にとって、メインのリスニングよりもむしろ憩いの場であるのだろう。
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