Category Archives: スピーカーシステム - Page 10

アヴァロン Ascent MKII

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 米国、カリフォルニア州ボゥルダーに本拠を置くアバロン社製スピーカーシステム/アセントMKIIが輸入されることになった。
 写真のように、やや個性的ともいえるプロポーションを持つが、この形こそコンピューターシミュレーションと聴感から追い込んで作られた必然の形態だったという。
 バッフル面からの一次反射と、回折によるユニット周辺の残留音響エネルギーが付帯音として作用し、システムトータルとしての響きの透明度を濁す原因ともなるトランジェント低下をきたすことに留意して、トランジェントの向上という点に偏執狂的なこだわりをもってアプローチした、という印象が強い。
 ユニットは、22cm口径のウーファーをベースに、5cm口径のチタンドームスコーカーと2・5cm口径の同じくチタンドームトゥイーターという3ウェイ構成をとっている。いずれも、ドイツ製のユニットということだ。バッフル面は、なんと板厚15cmという恐ろしくぶ厚いもので、基本的にエンクロージュアの共振によるエネルギーロスを最少に止めるという、ハードな作りがなされている。
 そのエンクロージュアの作りは、熟練した職人芸を要求されるような高度で複雑な携帯をとり、実際、細部の作りは見事な仕上りを見せる。
 エンクロージュア本体の後ろに設置される。サブエンクロージュアともいえそうな黒いボックス(片チャンネルにつき一本)はネットワークを収める専用の独立した箱で、下部に取りつけられたネットワークはエポキシ系樹脂で封印固定されている。これは、ユニットから浴びることになる磁気的悪影響や振動、温圧による揺さぶりからネットワーク素子を守るためだ。
 一方、使用素子は厳密に選別され、1%以内という誤差許容度を確保しているという。またネットワーク本体に、プリント基板を使用していないとのことだ。
 パワーアンプとの接続はバイワイヤリング接続のみならず、トライワイヤリング接続も可能で、バイアンプ駆動にも対応している。
 先端指向のアプローチがなされた結果は、音そのものに見事に反映しており、トランジェント特性の良さゆえの、本物の柔らかさがあり、透明で濁りのない響きは、特にアコースティックな楽器の持つ響きのリアルさや、澄み切った再現性において第一級の冴えをみせる。
 ギターを弾く音、管楽器のエネルギー、怒涛のような音の盛り上がり、そういったものが、見た目の瀟洒な作りからは想像できないレベルで再現された。これは家庭用の羊の顔をかぶったモンスターといえそうだ。

チェロ Amati MKII

早瀬文雄

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 マーク・レヴィンソン氏の主宰する米国チェロ社より、スピーカーシステム/アマティが改良され、タイプIIとなり再登場した。
 写真のごとく、スピーカー本体は、かつてのAR社LSTをベースにしているとはいえ、ユニットや内部配線、ネットワークにはまったく独自の設計が施され、また、エンクロージュア自体の材質も異なるようだ。
 氏はホーンタイプスピーカーが必然的にもつホーンの固有音をナーヴァスまでに嫌ってる様子で、あくまでも柔らかく、かつしなやかな響きを追求しているようだ。それが、このアマティIIからも実によくうかがえる。
 30cmのウーファーをベースに、ソフトドーム型スコーカー4個、特殊なペーパーを成形した2cmという比較的小口径のドーム型トゥイーター4個を搭載している。
 このシステムは専用スタンドの使用で片チャンネルあたり2本のスピーカーをスタックして使用することがオリジナルだが、ユーザの希望により片チャンネル1本ずつの使用も可能だということである。
 メーカー純正の黒ミカゲ石をベースにした超重量級のスタンドは、標準的なリスニングルームではやや背が高く、また強固な床を要求するため、輸入元では、特注の木製スタンドを使用状況に合せ供給する用意があるとのことだ。
 なお、試聴はオリジナルの状態のみで行っている。
 アマティIIはオーソドックスな構成をとり、伝統的なスピーカー造りのセオリーを踏襲してゆったりとした落ち着いた響きを基調にしている。
 ダイナミックな音楽にも想像以上に追従する現代的な側面も備えているが、やはり最先端指向の製品の持つ情報処理能力、克明なディテールの再現性という点では一歩を譲るようだ。というより、初めから狙っている線が明らかに違うものだということが、先端指向のスピーカーとの比較でより明らかになる。
 おおらかで、刺激的な音が出にくく、弦楽器のトロッとした自然なホールトーンは、長時間音楽を穏やかな気持ちで聴く気分にさせてくれる。ゆったりとしたソファーに身を沈め、グラス片手に音楽に接する、そんな聴き方がよりふさわしい製品という印象である。
 ジャズ系のソースでも、サックスの咆哮や打楽器のパルシヴな音の立上りはマイルドで、全体的な響きの溶け合う雰囲気的な表現が主体になろう。ただ、オーディオパレットの併用では、かなりダイレクトでスッキリした表現に追い込むことも可能であった。
 条件が許されるなら、オールチェロシステムのメインスピーカーとして楽しむべき製品といえよう。

JBL XPL200

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 JBL、XPL200は新しいXPLシリーズのトップモデルであり、同シリーズ中、唯一の4ウェイスピーカーシステムである。
 4ウェイシステムは広帯域化と音の密度、解像力をより高い次元で融合させるため、4分割した帯域に配した4つのユニットをもっともリニアリティの良い部分でのみ使用するという基本コンセプトをもつ。
 JBLにはこれまで、プロフェッショナルモニター4350にはじまる4ウェイシステムを発展させてきた歴史があるが、位相管理や音色のコントロールがきわめて難しく、国内外を含め、完成度の高い4ウェイシステムを製品化しているメーカーは、現在きわめて少ないといえる。
 JBL特許のSFG磁気回路を採用した30センチ口径ウーファーをベースに、300Hzから1・1kHzまでを16・5センチ口径のミッドバス、また中高域には注目の7・5センチ口径チタンドームスコーカーが採用されており、しかも1・1kHzから4・5kHzという狭い帯域で用いられている点に特徴がある。さらにハイエンドにかけては2・5センチ口径のチタンドームトゥイーターが受け持っており、高域はフラット/+2dBの二段階切替えが可能になっている。
 高S/N化を期したバスレフ型エンクロージュアは、位相差歪みを減少させるためにバッフルに段差がつけられ、アジャスタブルフットによりスピーカー全体の仰角を調整すると、より緻密な位相合わせも可能だ。バッフル上には振動をダンプする効果のある硬質なゴム状の物質である高密度フォーム材をラウンドバッフルに成形して用いている。
 さらに、バッフル面の不要反射を低減するために柔軟なネオプレーンフォームを貼付している。
 バスレフのダクトを背面にもつエンクロージュアは、前面から後面にかけて楔状に絞りこまれており、内部定在波の発生を防止している。
 また配線材にはモンスターケーブルを採用し、伝送特性の向上をはかっているという。
 家庭用として、無駄な装飾のない知的なデザインは、ネットを外しても変わらない。
 4つのユニットの存在を誇張するようなあざといデザイン処理は皆無であり、むしろストイックな雰囲気さえある。
 響きは、いかにも各ユニットにかかっている負荷が、軽いといった、軽快かつ精緻なもので、JBLならではの媚のない理知的な雰囲気が音楽に必要な緊張感を見事に再現していた。従来のややクールな涼しさに、軟らかなニュアンスが加わり、安定感を増した響きは、JBLフリークのみならず、万人に勧められるものと思えた。

ササキアコースティック CB160M-ST, LA-1

早瀬文雄

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
「オブジェとしてのミュージックシステム」より

 どれほど長い時間聴き続けても、演奏が終わったとたん、それがどんな音だったのか、うまく思い出せないようなオーディオ装置というものがある。
 ぼくがその夜、久しぶりに聴いた彼の音がそうだった。まずいことは何もないはずなのに、あきらめきったように淡白な響きで演奏そのものまでが平面的になっているように感じられた。それは、ちょっとした気のせいだったのかもしれないが、それにしても彼の中で何かが変わりつつあることはたしかなようだった。
 リスニングルームからダイニングルームへ移ると、調光器で柔らかく照らされた空間にコーヒーのいい香りが漂っていた。
 キッチンから彼の細君が細い腕で重たそうにコーヒーポットを抱えて出てきた。彼女のことはぼくも学生時代からよく知っていた。ほっそりと背の高い、個性的な美人だ。二人は結婚してから、そろそろ一年になるはずだった。背後ではバッハの無伴奏チェロ組曲がとても小さな音でなっていた。不思議に部屋の隅々までよく広がる、古典的で素朴な響きだった。美味しいコーヒーが味覚を手厚くもてなしてくれてはいたが、ぼくの意識はすでに音楽そのものに奪われていた。それはあまりにも懐かしい演奏だったのだ。
 サイドテーブルの横にあった棚の中に、ぼんやり紫色の光を発する円盤状の奇妙な物体が置いてあった。彼女は立ち上がると、その物体についていた小さなつまみをほっそりとした指でそっと触れた。
 その瞬間、音楽がやんだ。
 そんな風にして、ぼくはその物体がアンプであることを知った。
 なつかしさが現実感を喪失させ、感情がゆっくりと逆転していくと、そのアンプの奇妙な形態は、まるで小さなタイムカプセルのように見えはじめた。
 どんなスピーカーが鳴っているのかな、とふと思った。音が鳴りやんでも静かに記憶に残るような懐かしい響きだった。
「おもちゃさ」と彼がいった。そして、「彼女がみつけてきたんだ」、そういって、薄く笑った。
 彼女はコーヒーのおかわりをついだ後、アンプのつまみに触れた。ジョン・レノンの「イマジン」がそっと鳴り始めた。その瞬間、ぼくの中で心が軋む音がして、わずかな痛みがあとに残るのがわかった。
 彼女はぼくがここへやって来た本当の理由を知っていたのかもしれない。そう思って振り返ると、棚の上に小さなガラスの球体が二つ、適当な距離をおいて並んでいるのが見えた。スピーカーだった。
 それは何かを伝えようとしている。透明な瞳のオブジェのように見えた。
 ぼくはそのことの意味をぼんやりと考えながら、暗い夜道、遠い家路についた。

パイオニア S-77TwinSD

井上卓也

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
特集「ザ・ベストバイ・コンポーネント 458選」より

大型のエンクロージュアを採用し、開放的な音と音場感の良さを売り物とした前作を受け継ぐ第2世代の製品であり、無共振設計の破面制御ホーンは、SN比が高く、高級機に匹敵する音が引き出せるだろう。
★★★

ビクター SX-500II

井上卓也

ステレオサウンド 93号(1989年12月発行)
特集「ザ・ベストバイ・コンポーネント 458選」より

音色が明るく、伸び伸びとよく鳴り、ナチュラルで過不足のない帯域バランスと素直に広がる音場感、定位の正確さが好ましい。反応は軽快で、小音量時にもバランスを崩さない点は、軽量振動系ならではの特徴。
★★★

白いキャンバスを求めて

黒田恭一

ステレオサウンド 92号(1989年9月発行)
「白いキャンバスを求めて」より

 感覚を真っ白いキャンバスにして音楽をきくといいよ、といわれても、どのようにしたら自分の感覚をまっ白にできるのか、それがわからなくてね。
 そのようにいって、困ったような表情をした男がいた。彼が律義な人間であることはわかっていたので、どのように相槌をうったらいいのかがわからず、そうだね、音楽をきくというのはなかなか微妙な作業だからね、というような意味のことをいってお茶をにごした。
 その数日後、ぼくは、別の友人と、たまたま一緒にみた映画のことを、オフィスビルの地下の、中途半端な時間だったために妙に寝ぼけたような雰囲気の喫茶店ではなしあっていた。そのときみたのは、特にドラマティックともいいかねる物語によった、しかしなかなか味わい深い内容の映画であった。今みたばかりの映画について語りながら、件の友人は、こんなことをいった。
 受け手であるこっちは、対象に対する充分な興味がありさえすれば、感覚をまっ白にできるからね……。
 彼は、言外に、受け手のキャンバスが汚れていたのでは、このような味わいのこまやかな映画は楽しみにくいかもしれない、といいたがっているようであった。ぼくも彼の感想に同感であった。おのれのキャンバスを汚れたままにしておいて、対象のいたらなさをあげつらうのは、いかにも高飛車な姿勢での感想に思え、フェアとはいえないようである。名画の前にたったときには眼鏡をふき、音楽に耳をすまそうとするときには綿棒で耳の掃除をする程度のことは、最低の礼儀として心得ておくべきであろう。
 しかし、そうはいっても、眼鏡をいつでもきれいにしておくのは、なかなか難しい。ちょうどブラウン管の表面が静電気のためにこまかい塵でおおわれてしまってもしばらくは気づきにくいように、音楽をきこうとしているときのききてのキャンバスの汚れもまた意識しにくい。キャンバスの汚れを意識しないまま音楽をきいてしまう危険は、特に再生装置をつかって音楽とむきあおうとするときに大きいようである。
 自分の部屋で再生装置できくということは、原則として、常に同じ音で音楽をきくということである。しりあったばかりのふたりであれば、そこでのなにげないことばのやりとりにも神経をつかう。したがって、ふたりの間には、好ましい緊張が支配する。しかしながら、十年も二十年も一緒に生活をしてきたふたりの間ともなれば、そうそう緊張してもいられないので、どうしたって弛緩する。安心と手をとりあった弛緩は眼鏡の汚れを呼ぶ。
 長いこと同じ再生装置をつかってきいていると、この部分がこのようにきこえるのであれば、あの部分はおそらくああであろう、と無意識のうちに考えてしまう。しかも、困ったことに、そのような予断は、おおむね的中する。
 長い期間つかってきた再生装置には座りなれた椅子のようなところがある。座りなれた椅子には、それなりの好ましさがある。しかし、再生装置を椅子と同じに考えるわけにはいかない。安楽さは、椅子にとっては美徳でも、再生装置にとってはかならずしも美徳とはいいがたい。安心が慢心につながるとすれば、つかいなれた再生装置のきかせてくれる心地よい音には、その心地よさゆえの危険がある。
 これまでつかってきたスピーカーで音楽をきいているかぎり、ぼくは、気心のしれた友だちとはなすときのような気持でいられた。しかし、同時に、そこに安住してしまう危険も感じていた。なんとなく、この頃は、きき方がおとなしくなりすぎているな、とすこし前から感じていた。ききてとしての攻撃性といっては大袈裟になりすぎるとしても、そのような一歩踏みこんだ音楽のきき方ができていないのではないか。そう思っていた。ディスクで音楽をきくときのぼくのキャンバスがまっ白になりきれていないようにも感じていた。
 ききてとしてのぼく自身にも問題があったにちがいなかったが、それだけではなく、きこえてくる音と馴染みすぎたためのようでもあった。それに、これまでつかっていたスピーカーの音のS/Nの面で、いささかのものたりなさも感じていた。これは、やはり、なんとかしないといけないな、と思いつつも、昨年から今年の夏にかけて海外に出る機会が多く、このことをおちおち考えている時間がなかった。
 しかし、ぼくには、ここであらためて、新しいスピーカーをどれにするかを考える必要はなかった。すでに以前から、一度、機会があったら、あれをつかってみたい、と思っていたスピーカーがあった。そのとき、ぼくは、漠然と、アポジーのスピーカーのうちで一番背の高いアポジーを考えていた。
 アポジーのアポジーも結構ですが、あのスピーカーは、バイアンプ駆動にしないと使えませんよ。そうなると、今つかっているパワーアンプのチェロをもう一組そろえないといけませんね。電話口でM1が笑いをこらえた声で、そういった。今の一組でさえ置く場所に苦労しているというのに、もう一組とはとんでもない。そういうことなら、ディーヴァにするよ。
 というような経過があって、ディーヴァにきめた。それと、かねてから懸案となっていたチェロのアンコール・プリアンプをM1に依頼しておいて、ぼくは旅にでた。ぼくはM1の耳と、M1のもたらす情報を信じている。それで、ぼくは勝手に、M1としては迷惑かもしれないが、M1のことをオーディオのつよい弟のように考え、これまでずっと、オーディオに関することはなにからなにまで相談してきた。今度もまた、そのようなM1に頼んだのであるからなんの心配もなく、安心しきって、家を後にした。
 ぼくは、スピーカーをあたらしくしようと思っているということを、第九十一号の「ステレオサウンド」に書いた。その結果、隠れオーディオ・ファントでもいうべき人が、思いもかけず多いことをしった。全然オーディオとは関係のない、別の用事で電話をしてきた人が、電話を切るときになって、ところで、新しいスピーカーはなににしたんですか? といった。第九十一号の「ステレオサウンド」が発売されてから今日までに、ぼくは、そのような質問を六人のひとからうけた。四人が電話で、二人が直接であった。六人のうち三人は、それ以前につきあいのない人であった。しかも、そのうちの四人までが、そうですか、やはり、アポジーですか、といって、ぼくを驚かせた。
 たしかに、アポジーのディーヴァは、一週間留守をした間にはこびこまれてあった。さすがにM1、することにてぬかりはないな、と部屋をのぞいて安心した。アンプをあたためてからきくことにしよう。そう思いつつ、再生装置のおいてある場所に近づいた。そのとき、そこに、思いもかけないものが置かれてあるのに気づいた。
 なんだ、これは! というまでもなく、それがスチューダーのCDプレーヤーA730であることは、すぐにわかった。A730の上に、M1の、M1の体躯を思い出させずにおかない丸い字で書いたメモがおかれてあった。「A730はアンコールのバランスに接続されています。ちょっと、きいてみて下さい!」
 スチューダーのA730については、第八十八号の「ステレオサウンド」に掲載されていた山中さんの記事を読んでいたので、おおよそのことはしっていた。しかし、そのときのぼくの関心はひたすらアポジーのディーヴァにむいていたので、若干の戸惑いをおぼえないではいられなかった。このときのぼくがおぼえた戸惑いは、写真をみた後にのぞんだお見合いの席で、目的のお嬢さんとはまた別の、それはまたそれでなかなか魅力にとんだお嬢さんに会ってしまったときにおぼえるような戸惑いであった。
 それから数日後に、「ステレオサウンド」の第九十一号が、とどいた。気になっていたので、まず「編集後記」を読んだ。「頼んだものだけが届くと思っているのだろうが、あまいあまい。なにせ怪盗M1だぞ、といっておこう」、という、M1が舌なめずりしながら書いたと思えることばが、そこにのっていた。
 困ったな、と思った。なにに困ったか、というと、ぼくのへぼな耳では、一気にいくつかの部分が変化してしまうと、その変化がどの部分によってもたらされたのか判断できなくなるからであった。しかし、いかに戸惑ったといえども、そこでいずれかのディスクをかけてみないでいられるはずもなかった。すぐにもきいてみたいと思う気持を必死でおさえ、そのときはパワーアンプのスイッチをいれるだけにして、しばらく眠ることにした。飛行機に長い時間ゆられてきた後では、ぼくの感覚のキャンバスはまっ白どころか、あちこちほころびているにちがいなかった。そのような状態できいて、最初の判断をまちがったりしたら、後でとりかえしがつかない、と思ったからであった。
 ぼくは、プレーヤーのそばに、愛聴盤といえるほどのものでもないが、そのとき気にいっているディスクを五十枚ほどおいてある。そのうちの一枚をとりだしてきいたのは、三時間ほど眠った後であった。風呂にもはいったし、そのときは、それなりに音楽をきける気分になっていた。
 複合変化をとげた後の再生装置でぼくが最初にきいたのは、カラヤンがベルリン・フィルハーモニーを指揮して一九七五年に録音した「ヴェルディ序曲・前奏曲集」(ポリドール/グラモフォン F35G20134)のうちのオペラ「群盗」の前奏曲であった。此のヴェルディの初期のオペラの前奏曲は、オーケストラによる総奏が冒頭としめくくりにおかれているものの、チェロの独奏曲のような様相をていしている。ここで独奏チェロによってうたわれるのは、初期のヴェルディならではの、燃える情熱を腰の強い旋律にふうじこめたような音楽である。
 これまでも非常にしばしばきいてきた、その「群盗」の前奏曲をきいただけですでに、ぼくは、スピーカーとプリアンプと、それにCDプレーヤーがかわった後のぼくの再生装置の音がどうなったかがわかった。なるほど、と思いつつ、目をあげたら、ふたつのスピーカーの間で、M1のほくそえんでいる顔をみえた。
 恐るべきはM1であった。奴は、それまでのぼくの再生装置のいたらないところをしっかり把握し、同時にぼくがどこに不満を感じていたのかもわかっていたのである。今の、スピーカーがアポジーのディーヴァに、プリアンプがチェロのアンコールに、そしてCDプレーヤーがスチューダーのA730にかわった状態では、かねがね気になっていたS/Nの点であるとか、ひびきの輪郭のもうひとつ鮮明になりきれないところであるとか、あるいは音がぐっと押し出されるべき部分でのいささかのものたりなさであるとか、そういうところが、ほぼ完璧にといっていいほど改善されていた。
 オペラ「群盗」の前奏曲をきいた後は、ぼくは、「レナード・コーエンを歌う/ジェニファー・ウォーンズ」(アルファレコード/CYPREE 32XB123)をとりだして、そのディスクのうちの「すてきな青いレインコート」をきいた。この歌は好きな歌であり、また録音もとてもいいディスクであるが、ここで「すてきな青いレインコート」をきいたのには別の理由があった。「レナード・コーエンを歌う/ジェニファー・ウォーンズ」は、傅さんがリファレンスにつかわれているディスクであることをしっていたからであった。傅さんは、先刻ご存じのとおり、アポジーをつかっておいでである。つまり、ぼくとしては、ここで、どうしても、傅さんへの表敬試聴というのも妙なものであるが、ともかく先輩アポジアンの傅さんへの挨拶をかねて、傅さんの好きなディスクをききたかったのである。
 さらにぼくは、「夢のあとに~ヴィルトゥオーゾほチェロ/ウェルナー・トーマス」(日本フォノグラム/オルフェオ 32CD10106)のうちの「ジャクリーヌの涙」であるとか、「A TRIBUTE TO THE COMEDIAN HARMONISTS/キングズ・シンガーズ」(EMI CDC7476772)のうちの「セビリャの理髪師」であるとか、あるいは「O/オルネッラ・ヴァノーニ」(CGD CDS6068)のうちの「カルメン」であるとか、いくぶん軽めの、しかし好きで、これまでもしばしばきいてきた曲をきいた。
 いずれの音楽も、これまでの装置できいていたとき以上に、S/Nの点で改善され、ひびきの輪郭がよりくっきりし、さらに音がぐっと押し出されるようになったのが関係してのことと思われるが、それぞれの音楽の特徴というか、音楽としての主張というか、そのようなものをきわだたせているように感じられた。ただし、その段階での音楽のきこえ方には、若い人が自分のいいたいことをいいつのるときにときおり感じられなくもない、あの独特の強引さとでもいうべきものがなくもなかった。
 これはこれでまことに新鮮ではあるが、このままの状態できいていくとなると、感覚の鋭い、それだけに興味深いことをいう友だちと旅をするようなもので、多少疲れるかもしれないな、と思ったりした。しかし、スピーカーがまだ充分にはこなれていないということもあるであろうし、しばらく様子をみてみよう。そのようなことを考えながら、それからの数日、さしせまっている仕事も放りだして、あれこれさまざまなディスクをききつづけた。
 ところできいてほしいものがあるですがね。M1の、いきなりの電話であった。いや、ちょっと待ってくれないか、ぼくは、まだ自分の再生装置の複合変化を充分に掌握できていないのだから、ともかく、それがすんでからにしてくれないか。と、一応は、ぼくも抵抗をこころみた。しかし、その程度のことでひっこむM1でないことは、これまでの彼とのつきあいからわかっていた。考えてみれば、ぼくはすでにM1の掌にのってしまっているのであるから、いまさらじたばたしてもはじまらなかった。その段階で、ぼくは、ほとんど、あの笞で打たれて快感をおぼえる人たちのような心境になっていたのかもしれず、M1のいうまま、裸の背中をM1の笞にゆだねた。
 M1がいそいそと持ちこんできたのは、ワディア2000という、わけのわからない代物だった。M1の説明では、ワディア2000はD/Aコンバーターである、ということであったが、この常軌を逸したD/Aコンバーターは、たかがD/Aコンバーターのくせに、本体と、本隊用電源部と、デジリンク30といわれる部分と、それにデジリンク30用電源部と四つの部分からできていた。つまり、M1は、スチューダーのA730のD/Aコンバーターの部分をつかわず、その部分の役割をワディア2000にうけもたせよう、と考えたようであった。
 ワディア2000をまったくマークしていなかったぼくは、そのときにまだ、不覚にも、第九十一号の「ステレオサウンド」にのっていた長島さんの書かれたワディア2000についての詳細なリポートを読んでいなかった。したがって、その段階で、ぼくはワディア2000についてなにひとつしらなかった。
 ぼくの部屋では、客がいれば、客が最良の席できくことになっている。むろん、客のいないときは、ぼくが長椅子の中央の、一応ベスト・リスニング・ポジションと考えられるところできく。ワディア2000を接続してから後は、M1がその最良の席できいていた。ぼくは横の椅子にいて、M1の顔をみつつ、またすこし太ったのではないか、などと考えていた。M1が帰った後で、ひとりになってからじっくりきけばいい、と思ったからであった。そのとき、M1がいかにも満足げに笑った。ぼくの席からきいても、きこえてくる音の様子がすっかりちがったのが、わかった。
 ぼくの気持をよんだようで、M1はすぐに席をたった。いかになんでも、M1の目の前で、嬉しそうな顔をするのは癪であった。M1もM1で、余裕たっぷりに、まあ、ゆっくりきいてみて下さい、などといいながら帰っていった。
 ワディア2000を接続する前と後での音の変化をいうべきことばとしては、あかぬけした、とか、洗練された、という以外になさそうであった。昨日までは泥まみれのじゃがいもとしかみえなかった女の子が、いつの間にか洗練された都会の女の子になっているのをみて驚く、あの驚きを、そのとき感じた。もっとも印象的だったのは、ひびきのきめの細かくなったことであった。餅のようにきめ細かで柔らかくなめらかな肌を餅肌といったりするが、この好色なじじいの好みそうなことばを思い出させずにはおかない、そこできこえたひびきであった。
 ぼくは、それから、夕食を食べるのも忘れて、カラヤンとベルリン・フィルハーモニーによる「ヴェルディ序曲・前奏曲集」であるとか、「レナード・コーエンを歌う/ジェニファー・ウォーンズ」であるとか、「夢のあと~ヴィルトゥオーゾ・チェロ/ウェルナー・トーマス」であるとか、「A TRIBUTE TO THE COMEDIAN HARMONISTS/キングズ・シンガーズ」であるとか、「O/オルネッラ・ヴァノーニ」であるとかを、ききなおしてみて、きこえてくる音に酔った。
 そこにいたってやっとのことで、そうだったのか、とM1の深謀遠慮に気づいた。ぼくが、アポジーのディーヴァとチェロのアンコールを依頼した段階で、M1には、スチューダーのA730+ワディア2000のプランができていたのである。ぼくの耳には、スチューダーのA730は必然としてワディア2000を求めているように感じられた。ぼくは、自分のところでの組合せ以外ではスチューダーのA730をきいていないので、断定的なことはいいかねるが、すくなくともぼくのところできいたかぎりでは、スチューダーのA730は、積極性にとみ、音楽の表現力というようなことがいえるのであれば、その点で傑出したものをそなえているものの、ひびきのきめの粗さで気になるところがなくもない。
 そのようなスチューダーのA730の、いわば泣きどころをワディア2000がもののみごとにおぎなっていた。ぼくはM1の準備した線路を走らされたにすぎなかった。くやしいことに、M1にはすべてお見通しだったのである。そういえば、ワディア2000を接続して帰るときのM1は、自信満々であった。
 どうします? その翌日、M1から電話があった。どうしますって、なにを? と尋ねかえした。なにをって、ワディア2000ですよ。どうするもこうするもないだろう。ぼくとしては、そういうよりなかった。お買い求めになるんですか? 安くはないんですよ。M1は思うぞんぶん笞をふりまわしているつもりのようであった。しかたがないだろう。ぼくもまた、ほとんど喧嘩ごしであった。それなら、いいんですが。そういってM1は電話を切った。
 それからしばらく、ぼくは、仕事の合間をぬって、再生装置のいずれかをとりかえた人がだれでもするように、すでにききなれているディスクをききまくった。そのようにしてきいているうちに、今度のぼくの、無意識に変革を求めた旅の目的がどこにあったか、それがわかってきた。おかしなことに、スピーカーをアポジーのディーヴァにしようとした時点では、このままではいけないのではないか、といった程度の認識にとどまり、目的がいくぶん曖昧であった。それが、ワディア2000をも組み込んで、今回の旅の一応の最終地点までいったところできこえてきた音をきいて、ああ、そうだったのか、ということになった。
 なんとも頼りない、素人っぽい感想になってしまい、お恥ずかしいかぎりであるが、あれをああすれば、ああなるであろう、といったような、前もっての推測は、ぼくにはなかった。今回の変革の旅は、これまで以上に徹底したM1の管理下にあったためもあり、ぼくとしては、行先もわからない汽車に飛び乗ったような心境で、結果としてここまできてしまった、というのが正直なところである。もっとも、このような無責任な旅も、M1という運転手を信じていたからこそ可能になったのであるが。
 複合変化をとげた再生装置のきかせてくれる音楽に耳をすませながら、ぼくは、ずいぶん前にきいたコンサートのことを思い出していた。そのコンサートでは、マゼールの指揮するクリーヴランド管弦楽団が、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・ファン」とマーラーの交響曲第五番を演奏した。一九八二年二月のことである。会場は上野の東京文化会館であった。記憶に残っているコンサートの多くは感動した素晴らしいコンサートである。しかし、そのマゼールとクリーヴランド管弦楽団によるコンサートは、ちがった。ぼくにはそのときのコンサートが楽しめなかった。
 第五交響曲にかぎらずとも、マーラーの作品では、極端に小さい音と極端に大きい音が混在している。そのような作品を演奏して、ppがpになってしまったり、ffがfになってしまったりしたら、音楽の表現は矮小化する。
 実力のあるオーケストラにとって、大音響をとどろかせるのはさほど難しくない。肝腎なのは、弱音をどこまで小さくできるかである。指揮者が充分にオーケストラを追いこみきれていないと、ppがpになってしまう。
 一九八二年二月に、上野の東京文化会館できいたコンサートにおけるマゼールとクリーヴランド管弦楽団による演奏がそうであった。そこでは、ppがppになりきれていなかった。
 このことは、多分、再生装置の表現力についてもいえることである。ほんとうの弱音を弱音ならではの表現力をあきらかにしつつもたらそうとしたら、オーケストラも再生装置もとびきりのエネルギーが必要になる。今回の複合変化の結果、ぼくの再生装置の音がそこまでいったのかどうか、それはわからない。しかし、すくなくとも、そのようなことを考えられる程度のところまでは、いったのかもしれない。
 大切なことは小さな声で語られることが多い。しかし、その小さな声の背負っている思いまでききとろうとしたら、周囲はよほど静かでなければならない。キャンバスがまっ白だったときにかぎり、そこにポタッと落ちた一滴の血がなにかを語る。音楽でききたいのは、そこである。マゼールとクリーヴランド管弦楽団による、ppがpになってしまっていた演奏では、したたり落ちた血の語ることがききとれなかった。
 当然、ぼくがとりかえたのは再生装置の一部だけで、部屋はもとのままであった。にもかかわらず、比較的頻繁に訪ねてくる友だちのひとりが、何枚かのディスクをきき終えた後に、検分するような目つきで周囲をみまわして、こういった。やけに静かだけれど、部屋もどこかいじったの?
 再生装置の音が白さをました分だけ、たしかに周囲が静かになったように感じられても不思議はなかった。スピーカーがアポジーになったことでもっともかわったのは低音のおしだされ方であったが、彼がそのことをいわずに、再生装置の音が白さをましたことを指摘したのに、ぼくは大いに驚かされ、またうれしくもあった。
 ぼくにとっての再生装置は、仕事のための道具のひとつであり、同時に楽しみの糧でもある。つまり、ぼくのしていることは、昼間はタクシーをやって稼いでいた同じ自動車で、夜はどこかの山道にでかけるようなものである。昼間、仕事をしているときは、おそらく眉間に八の字などよせて、スコアを目でおいつつ、スピーカーからきこえてくる音に耳をすませているはずであるが、夜、仕事から解放されたときは、アクセルを思いきり踏みこみ、これといった脈絡もなくききたいディスクをききまくる。
 そのようにしてきいているときに、なぜ、ぼくは、音楽をきくのが好きなのであろう、と考えることがある。不思議なことに、そのように考えるのは、いつもきまって、いい状態で音楽がきけているときである。ああ、ちょっと此の点が、といったように、再生装置のきかせる音のどこかに不満があったりすると、そのようなことは考えない。人間というものは、自分で解答のみつけられそうな状況でしか疑問をいだかない、ということかどうか、ともかく、複合変化をとげた後の再生装置のきかせる音に耳をすませながら、何度となく、なぜ、ぼくは、音楽をきくのが好きなのであろう、と考えた。
 すぐれた文学作品を読んだり、素晴らしい絵画をみたりして味わう感動がある。当然のことに、いい音楽をきいたときにも、感動する。しかし、自分のことにかぎっていえば、いい音楽をいい状態できいたときには、単に感動するだけではなく、まるで心があらわれたような気持になる。そのときの気持には、感動というようないくぶんあらたまったことばではいいきれないところがあり、もうすこしはかなく、しかも心の根っこのところにふれるような性格がある。
 今回の複合変化の前にも、ぼくは、けっこうしあわせな状態で音楽をきいていたのであるが、今は、その一歩先で、ディスクからきこえる音楽に心をあらわれている。心をあらわれたように感じるのが、なぜ、心地いいのかはわからないが、このところしばらく、夜毎、ぼくは、翌日の予定を気にしながら、まるでA級ライセンスをとったばかりの少年がサーキットにでかけたときのような気分で、もう三十分、あと十五分、とディスクをききつづけては、夜更かしをしている。
 そういえば、スピーカーをとりかえたら真先にきこうと考えていたのに、機会をのがしてききそびれていたセラフィンの指揮したヴェルディのオペラ「トロヴァトーレ」のディスク(音楽之友社/グラモフォン ORG1009~10)のことを思い出したのは、ワディア2000がはいってから三日ほどたってからであった。この一九六二年にスカラ座で収録されたディスクは、特にきわだって録音がいいといえるようなものではなかった。しかし、この大好きなオペラの大好きなディスクが、どのようにきこえるか、ぼくには大いに興味があった。
 いや、ここは、もうすこし正直に書かないといけない。ぼくはこのセラフィンの「トロヴァトーレ」のことを忘れていたわけではなかった。にもかかわらず、きくのが、ちょっとこわかった。このディスクは、残響のほとんどない、硬い音で録音されている。それだけにひとつまちがうと、声や楽器の音が金属的になりかねない。スピーカーがアポジーのディーヴァになり、さらにCDプレーヤーがスチューダーのA730になったことで、音の輪郭と音を押し出す力がました。そこできいてどのようになるのか、若干不安であった。
 まず、ルーナ伯爵とレオノーラの二重唱から、きいた。不安は一気にふきとんだ。オペラ「トロヴァトーレ」の体内に流れる血潮がみえるようにきこえた。
 くやしいけれど、このようにきけるようになったのである、ぼくは、いさぎよく、頭をさげ、こういうよりない、M1! どうもありがとう!

タンノイ Canterbury 15, Canterbery 12

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 タンノイから新しくCANTERBURY(カンタベリー)シリーズとして発表されたモデルは、個性的な魅力を誇るタンノイの製品の中でも異例ともいえる内容を備えたシステムである。
 カンタベリーの名称は、イングランドのケント州にある地名で、英国国教会の総本山がある由緒ある都市とのことで、英国の長い歴史の中でその流れを変えてきたその地と同じく、本機はタンノイの歴史に新しい一ページを飾るにふさわしいモデルとして誕生したものである。
 まず、このシリーズで最大のエボックメイキングなことは、使用ユニットの磁気回路にアルニコ系のマグネットが採用されていることである。
 ユニット構造の基本は伝統的なもので、タンノイ独自の磁気回路の前後に独立した低域用と高域用の2系統の磁気ギャップをもつデュアルコンセントリック型・同軸2ウェイ方式に変りはないが、磁気回路にALCOMAXIIIが新たに採用されている。
 英国系を代表するアルニコ系マグネットといわれるTICONALと比較して、ALCOMAXIIIは、約2倍の磁気エネルギーをもつ強力なマグネットであり、これによるドライバビリティやトランジェントの向上は、デジタルプログラムソース時代に対応した、新世代のタンノイの音とするための重要なベースとなっているようだ。
 フェライト系マグネット採用の磁気回路は、直径方向が大きく、軸方向の厚みが薄い偏平な形状を標準とするが、アルニコ系マグネットを採用するとなると、磁気特性の違いから、直径方向が小さく、軸方向の厚みが充分にある、いわば円筒状の形状となるために、低域用のポールピースを貫通する高域用のホーン全長が大きくなり、ホーンの特徴として、カットオフ周波数が下がり、より低域側の再生能力が向上することに注意したい。
 さらに、高音用ホーンを兼ねる低音用コーンは、かつてのモニターレッドや、モニターゴールドの時代とはカーブドコーンの形状が変っているために、結果として今回のカンタベリー・シリーズに採用された高音用ホーンの形状は、従来にない、まったく新しいタイプになっており、新同軸型ユニットの誕生と考えてもよいものだ。
 エンクロージュアは、タンノイの製品としては比較的コンパクトにまとめられており、ストレスなしに一般的なリスニング条件でも使いやすいというメリットがある。
 エンクロージュア型式は、スターリングで採用されたディストリビューテッドポート型に、メカニカルなスライドシャッターを組み合わせたタンノイ独自のVDPS(バリアブル・ディストリビューテッド・ポート・システム)であり、ある範囲内での低域コントロールが可能だ。
 ネットワークは、高域・低域独立型位相補償(タイムコンペンセイティヴ)型で、プリント基板を使わず、各構成部品間を直結するハードワイアリングを採用。内部配線用のワイア一には、高級オーディオケーブルをつくるメーカーとして評価の高いオランダのVAN DEN HUL社製シルバーコーティング線が使用され、高域レベルコントロールには、金メッキ処理のネジとプレートにより確実に接続できるハイカレントスイッチを採用。経年変化が少なく、初期特性の維持ができることは現在では当然のことであるが、タンノイに限らず、かつてのことを想い出せば、海外製品の内容の充実は大変にうれしいことだ。
 カンタベリー・シリーズは、15インチ同軸ユニットを使うカンタベリー15と、同じく12インチユニット採用のカンタベリー12の2モデルがあり、ALCOMAXIIIの数量確保に問題があるためか、ともに受注生産品であり、限定生産モデルと予測できるようだ。
 なお、受注にあたり、フロントパネル部のネットワークパネルには、オーナーのネームがエッチングで刻印されるとのことで、オーナーとしての満足感が充分に味わえるのは大変に楽しい。
 カンタベリー15は、タンノイのシステムとしては異例ともいえるしなやかさ、ニュートラルさをもったスピーカーらしいスピーカーである。
 全体に音色傾向も、独特の魅力といわれた渋さ、重厚さ、穏やかさ、などの特徴がかなり薄らぎ、明るさ、軽さ、反応の速さ、などを要求しても充分に満足の得られる内容を備えている。
 とくに、低域の素直な表情や質感の再生能力などを、モニターレッドあたりまでのタンノイファンが聴けば、まさに隔世の感のあるところであるが、全体の雰囲気は決してタンノイの枠を外れず、タンノイはタンノイであることの伝統を受け継ぎながらも、文字どおりのデジタルプログラムソース時代のタンノイの音が、抵抗感なしに楽しめる。
 VDPSの調整は、内側を閉めたほうが音場感的プレゼンスがノイズにマスクされず、自然に遠近感をもって聴かれるようである。
 一方、カンタベリー12は、重量感のある傾向の音を指向しない現代的な聴き方、楽しみ方をすれば、反応が速く、軽快に、ノリの良い音楽を聴かせる魅力があり、完成度も非常に高い製品。

ダイヤトーン DS-V9000

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 ダイヤトーンのスピーカーシステムには、数字構成のモデルナンバーの末尾にアルファベットを付けた型番を採用することはあったが、今回の新大型システムDS−V9000のように、数字の前にアルファベットを置く型番は、大変に異例ともいうべき印象で受け止められるようである。
 高級機のジャンルで、独自のミッドバス構成と名付けられた4ウェイ方式のシステムを開発する、いわば定石めいた手法を採用することが他に類例のないダイヤトーンスピーカーシステムの特徴であり、4個のユニットで構成する比較的にコンベンショナルなシステムアップの実力を備えたメーカーは、世界的にもさほど多いものではない。
 基本的に40cmウーファーをベースにした4ウェイ方式のフロアー型システムという点では、数年前に開発され、現時点でも日本を代表するフロアー型として活躍をしているDS5000系の流れを受け継いでいるシステムである。
 外観上のイメージは、基本構想が同一であるだけに非常に類似したイメージを受けるが、比較をすれば、中低域ユニットの位置がかなり下側に移動していることと、エンクロージュア両サイドの部分にわずかにカーブがつき、バッフル面より前方にセリ出しているデザインに気がつくであろう。
 音響理論とデザインの一致が、ダイヤトーンスピーカーの基盤であるが、このところのラウンドバッフル流行の原点である2S305の理論に基づいた流麗なラウンドバッフルと、V9000でのサイドブロックに見られる考え方の差には、大変に興味深いものがあるようだ。
 バッフルボード上で、もっとも大きく目立ち、かつ魅力的に思われるのは超大型とも表現できる中高域ユニットだ。
 従来からも独自のボイスコイル巻枠部と振動板を一体化したDUD構造を開発した時点以来、振動板材料にはこれも独自の開発によるボロナイズドチタンが、ボロンの略称でダイヤトーンDUDユニットを推進してきたが、今回の新製品にはそれ以来の画期的な新材料ともいうべきB4C(炭化硼素)が振動板材料として、中高域と高域ユニットに採用されることになった。
 B4Cを実用化するに当り、摂氏2450度という高融点であることがドーム状に成型することを困難にしていたが、プラズマ溶射法による製造条件の確立と熱処理の方法が完成され、実用化された。これはチタンの5倍、ボロン化チタンの2・2倍の物性値を示し、実測値でも1万1000m/secを越える値が得られているが、特に注目したいことは、金属系振動板でありながらほぼ1桁違う内部損失を備えていることで、固有音が極めて少なく、振動減衰が早いことにより、広帯域化と素直なレスポンスが得られるメリットは絶大なものがある。
 中高域と高域のB4Cを支える中低域と低域は、ハニカムコアの両側をアラミッドスキンでサンドイッチ構造とした従来のコーン構造の前面に、カーボン繊維のアラミッド繊維を混繊したイントラプライスキンを加えた、表スキンが2重構造のイントラプライ・ハイブリッド・カーブド・ハニカム振動板を採用したことに特徴がある。
 全ユニットは、DS9Zで採用された球状黒鉛鋳鉄採用の、高剛性で振動減衰特性に優れたフェライト系磁石によるハイピュアリティ防磁構造と、実績のあるDM及びDMM方式を採用している。
 低域と中低域ユニットでは、新開発の新磁気回路方式(ADMC)採用が最大のポイントだ。ボイスコイルで発生する交流磁束の影響が磁気回路の動作を不安定にする問題を、有限要素法により直流磁界解析および交流磁界解析した結果がADMCであり、ユニットの音圧歪みは2次、3次ともに0・1%を達成、ボイスコイルの駆動力が常にボイスコイルの中心に位置する理想の動作状態が保たれる成果は大きい。
 ネットワークは、コイルにコンピューターシミュレーションにより設計をした低歪み、低抵抗型を採用。コア材料は珪素鋼板をラミネート構造とし、エポキシ樹脂でコーティングしたコア鳴きの少ない圧着鉄芯、コイルは1・4mmφのOFC線材採用などの他、素子間の配線は金メッキ処理OFCスリーブによる圧着型という伝統的な手法が見受けられる。
 エンクロージュアはパイプダクトをバッフル面に付けたバスレフ型。バッフルは堅く響きが良いシベリア産カラ松合板の直交張り合せ、他の部分はカナダ産針葉樹材2プライ・パーティクル板で、両面はスワンプアッシュ材突板サンドイッチ張り構造により、高い剛性と耐候性を得ている。バッフル表面には低音用上部にソリッド・スワンプアッシュ材を溝に埋め込んだ表面波に対する隔壁が設けてあり、低域と中低域以上のユニット用の相互干渉を避ける設計だ。また、中低域用内部キャビティは、新しく二つのラウンドコーナーをもつ新設計によるもので、低域に対しても定在波の発生が少なく、高剛性化をも達成している。
 ユニットの不要振動の発生を避ける取付けビス部のゴムキャップ、ハイブリッド構造の中高域ユニット保護ネットなど、徹底した高SN比設計は同社のポリシーの表われでもあるようだ。
 百聞は一聴にしかず、が、このシステムの音であろう。異次元の音でもある。

インフィニティ IRS-Beta

井上卓也

’89NEWコンポーネント(ステレオサウンド別冊・1989年1月発行)
「’89注目新製品徹底解剖 Big Audio Compo」より

 高級スピーカー市場でトップランクの地位を占めるインフィニティ(Infinity Systems Inc. USA)が、創立20周年を記念して1980年に登場させた新シリーズが、IRS(Infinity Reference Standard)だ。
 今回、新しいラインナップとなり、デノンラボにより輸入が開始されたIRSシリーズは、従来からの床面から天井付近まで各専用ユニットを直線状にトーンゾイレふうに配置する、独自のラインソース理論に基づくアンプ内蔵タイプの究極のスピーカーシステムIRS−Vがトップモデルとして受注生産されるが、それ以外のBETA、GAMMA、DELTAの3モデルは完全に新設計されたIRSシリーズのフレッシュなラインナップである。
 BETAは、Vのラインソース理論に対して、無限小の振動球からすべての周波数を全方向に等しく放射するというポイントソース理論に基づく開発である。
 実現不能のこの理論を近似的に実現させるために、再生周波数が高くなるほど放射面積を小さくすることにより、音源は常に放射させる音の波長より小さくなるように、ユニットサイズの異なる5種類の専用ユニットを組み合せてあり、さらに両面に音を放射するダイボール配置も新シリーズ共通の特徴になっているが、これもポイントソース理論に近似させるための手段である。
 BETAシステムは、IRS−Vと同様に低音と中低音以上の帯域を受け持つエンクロージュアが独立・分離した2ブロック構成に特徴がある。
 低音エンクロージュアは、新素材ポリプロピレン・グラファイトを射出成型した30cm口径のユニットが垂直方向に4個配され、110Hz以下の帯域を受け持っているが、上から2段目のウーファーには、キャップ部分にMFB用のセンサーが組み込まれており、サーボコントロールにより、歪みの低減の他に、15Hzの超低域から110Hzまでのほぼフラットな再生を可能としている。
 全ユニットのサーボコントロール化をしない理由を開発者に尋ねたところ、1個のユニットをサーボコントロール化したときが、聴感上で最も良い低音再生が得られる、との回答があったそうで、音楽再生を重視した、いかにもインフィニティならではの回答である。
 中高音用エンクロージュアは、むしろ下部のネットワーク用素子をバランスウェイトに利用した、平面バッフルと呼ぶ方がふさわしい構造である。
 中低域を受け持つ新開発のL−EMIM(大型電磁誘導型中域ユニット)は、30cm口径に匹敵する放射面積をもつダイナミック型平面振動板ユニットで、前後双方向放射のバイポーラー型を2個使う。中高域の750Hz〜4・5kHzを受け持つEMIM、4・5kHz〜10kHzを受け持つEMIMTは、従来型の改良版である。超高域用には10kHz以上を受け持つSEMIMを採用。背面には、双方向放射をするために専用のネットワークにより、約3kHz以上を再生するEMITが横位置で取り付けてある。
 この中低域以上を再生するフラットバッフル部で注目したいことは、中高域、高域、最高域の各ユニットの取付部分の両側が完全にカットされ、双指向性を円指向性に近づけている点である。一般的にも中空に高域ユニットを吊り下げたりして使うと、ディフィニッションの優れた高音が楽しめることもあり、かなり実際の音質、音楽性を重視した設計が感じられるところである。
 専用のサーボコントロールユニットは低域専用の設計であり、BETAを使うためには2台のパワーアンプが必要だ。
 高域カットフィルター部は、60HzからHz164間の6周波数切替型で、BETAの標準は110Hzである。低域調整は、40、30、22、15Hzとフィルターなしの5段切替低域カットスイッチと、上昇・下降連続可変の低音コントロール、低域と中低域以上のレベル調整用ボリユウムとサーボゲイン切替スイッチ、サーボ用入力端子などが備わり、これらを組み合わせた低域コントロールの幅の広さ、バリエーションの豊富さは無限にある。使用する部屋との条件設定の対応幅が広く、経験をつむに従ってコントロールの幅、システムとしての可能性の拡大が期待できるのが素晴らしい点だ。
 シリーズモデルのGAMMAとDELTAは、1エンクロージュア構成で低域と中低域の使用ユニットは半分になるが、基本はBETAと変らない設計だ。
 GAMMAが、サーボコントロール使用のバイアンプ方式であるのに対して、DELTAはLCネットワーク型で、低域にはLCチューニングのエキストラバススイッチを備え、KAPPAシリーズと共通の使いやすさがあるうえに、サーボコントロールを加えて、GAMMA仕様にグレードアップする楽しみをも備えているモデルだ。
 BETAは、中低域ブロックの外側に低音ブロックを少し後方に配置した位置から設置方法を検討し、各ユニットのレベル調整、サーボコントロールユニットの低域調整、レベル調整と高度な使い方が要求されるが、比較的に容易に想像を超えた柔らかく豊かな低音に支えられた音楽の世界が開かれるはずだ。

インフィニティ IRS Beta

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 米国スピーカーメーカーとしては、インフィニティは、オリジナリティの豊かなユニット設計と、軽く、圧倒的な豊かな低域に支えられたディフィニションの優れた音の魅力で、国内市場でも、次第に注目度を高めている。今までの中心機種であったカッパシリーズに続き、同社のトップランクのシリーズであるIRS(インフィニティ・リファレンス・スタンダード)が、新しいラインナップに変わり、これを機会として、デノン・ラボより輸入販売されることになった。
 IRSシリーズは、驚異的に超高価格なIRS−V(1組、1200万円)と、完全に基本から新設計されたIRS−BETA、GAMMA、それにDELTAの4機種が、そのラインナップである。
 今回、試聴したIRS−BETAは、シリーズの中心に位置づけされるモデルだ。
 基本構成は、トールボーイ型のウーファー部と、4ウェイ・5スピーカー構成に、背面にラジエーション用の高域を含め6スピーカー方式の中・高域ユニット部からなる2ボックスシステムである。これにインフィニティ独自のサーボコントロールユニットを組み合わせ、バイアンプで駆動する、かなり大がかりなシステムだ。
 低域を受け持つ口径30cm級のウーファーは、ポリプロピレンにカーボングラファイトを混ぜて、射出成型により作られたコーンをもち、4個がトーンゾイレ的にタテ一線に配置されている。
 エンクロージュアは、密閉型で、内部は上下に2分割されているようだ。興味深い点は、上から2番目のウーファーのキャップ部分に、MFB用のセンサーが組み込まれており、サーボコントロールユニットを介して、スピーカーのコーンの動きそのものを電気的にコントロールして性能向上するMFB(モーショナル・フィードバック)が採用されていることだ。
 中・高域部は、ボトム部分にネットワークを収めた平面型バッフルである。
 100〜750Hzを受け持つ中低域には、カプトン振動板採用の新開発ユニットL−EMIM(Large Electro Magnetic Induction Midrange)2個使用である。750〜4500Hzを受け持つ中高域は、従来からのEMIT、4・5〜10kHzを受け持つEMITと、10〜45kHzのS−EMIT(Super Electro Magnetic Induction Tweeter)、裏側に横位置にセットされ独立した専用ネットワークをもつ約6kHz以上をカバーするEMITの組合せで、15Hz〜45kHz±2dBというスーパーワイドレスポンスを実現している。
 中・高域部で特徴的なことは、中高域以上のユニットが、最小限のバッフルを残し、両側をカットして取りつけてあることで、音場感再生上で理想に近い使い方である。
 インフィニティのEMI型は合成樹脂系のフィルムにボイスコイルを蒸着などの方法で形成させ、その両側にマグネットを置いてプッシュプル型に音を出すタイプだ。従って、静電型同様に音は両面に再生する。
 ネットワークは多素子を使う設計で、L−EMIMが上下とも18dBオクターブ型、EMIMとEMIT(表面)が上下とも12dBオクターブ型、S−EMITが18dBオクターブ型、EMIT(背面)が12dBオクターブ型で、表面のEMIM以上は連続可変のアッテネーターが付属する。
 サーボコントロールユニットは、低音部専用の60〜134Hz、5ステップのハイカットフィルター、中・高域ユニット部とのレベル調整を中心に、20Hzで±5dB変化する低音調整、40、30、22、15Hzとパスできるローカットフィルター、正・逆のアブソリュートフェイズ切り替えの他に、サーボゲイン切り替え、サーボ入力、正相出力と逆相出力端子などを備え、組み合わせた低域の調整機能は複雑多岐にわたる。
 中・高域部を標準的な位置に置き、低音部は、その外側の約30cm後に、カット・アンド・トライで決め、クロスオーバーが110Hz、ローカットが22HzのBETA指定とし、レベル調整から始める。
 柔らかく、しなやかで、豊潤とも思われる低音をベースに、すっきりと線が細く、繊細なイメージすらある中域以上がバランスする音だ。中・高域部の音像定位は前後方向の角度を微調整して聴取位置に合わせると、かなり音場感が見えてくる。とにかく質的には、軽く、柔らかい低音に特徴があるが、部屋の音響条件を忠実に低域レスポンスとして聴かせるのは凄い。まず、広く、床、壁がしっかりした部屋が絶対に要求される超弩級システムである。

BOSE 301AVM

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 ボーズの301シリーズは、同社の製品群中でも中核をなす、優れた音質、優れた音楽性をもつシステムである。現行の301MMII/301VMに加えて、新しく301AVMがラインナップに加わった。
 まず、外観上の変化である。直線を基調としたシャープな印象が特徴の301MMIIに比べ、ラウンディッシュカーブと呼ばれる、全体に滑らかに円弧を描く柔らかなラインは、一種の新鮮な驚きでもある。
 またカラーバリエーションが豊かなことも、301AVMの特徴である。エンクロージュアの仕上げが、ブラック(301AVM)、シルバー(301AVMS)、ホワイ
ト(301AVMW)の3種。ホワイト仕上げには、レッド、グリーン、ブルー、それにホワイトの4種のグリルがある。なお、ブラックとシルバー仕上げには、同系統のカラーネットが組み合わされる。
 基本構造は、この方式は2個のトゥイーターを角度を変えてセットしたもので、ボーズ独自のプレゼンスを聴かせる。301MMII以来、すでに定評の高いバイ・ディレクショナル・ラディエーティング方式だ。
 低域は、20cm口径ウーファーによるバスレフ型であるが、ポート形状が、細長いスリット型のポートに変わり、エンクロージュア内部の雑音が放射されることを低減し、低域の音色もコントロールしている。なお、新モデルの各ユニットは、キャンセリングマグネットを使う低磁束漏洩型だ。
 外形寸法は、301MMIIシリーズより22mm広く、12mm高く、9mm奥深くなり、重量は、301MMII/301VMが6・5kg/7kgに対して、9・8kgと大幅に重くなり、許容人力も、70W(rms)から120W(rms)に向上し、事実上の301の上級機種とも考えられる、シリーズのトップモデルである。
 301シリーズの魅力のひとつでもある豊富なアクセサリー類は、重量増加による安全対策面から共用できず、201AVM専用アクセサリーが、ホワイトバージョン
用を含めて数多く用意されている。
 試聴室にある2、3種類のスピーカースタンドを使い、音の傾向を聴いてみる。
 基本的には、301シリーズの延長線上にある音ではあるが、デザインの変更に見られる視覚的な印象と同様に、301AVMの音も角がとれ、聴き上げられたようだ。やや線は太いが、開放感があり、屈託なくのびやかに鳴る301MMIIと比べ、かなり大人っぽい雰囲気が加わった音だ。
 低域の適度な粘りは、力感に裏づけされた新しい魅力であり、やや光沢を抑えた中高域の華やかさは、現代スピーカーならではの味わいとも受け取れるものだ。プログラムソースとの対応性もしなやかで、幅広い要求に応えられる注目のモデルだ。

ポークオーディオ RTA8t

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 ポークオーディオは、米国ボルチモアに本拠を置くハイファイ専菜メーカーである。日本国内にはスピーカーシステムをメインに輸入されている。同社のスピーカーシステムで注目したいのは、ステレオ再生で臨場感を著しく損なうインターオーラルクロストークを効果的にキャンセルするSDA方式と呼ばれる特殊な再生を、通常の再生に加えて可能にしたSDAシリーズである。
 左チャンネルスピーカーの音が右耳に、右チャンネルスピーカーの音が左耳に伝わる成分が、このインターオーラルクロストークであり、左右スピーカーを専用の接続コードで結び、これをキャンセルするのがSDA方式である。
 今回試聴したRTA8tは、SDAシリーズとは異なるモニターシリーズ3モデル中の中間機種にあたる。トールボーイ型エンクロージュアと、16・5cm口径の低域を2個、2・5cm口径の高域を1個使う2ウェイ構成3スピーカーシステムである。
 低域ユニットは、コーン材料に特殊加工のポリマーをベースとした3層ラミネートの素材を使い、軽量、高剛性を狙った振動系に特徴がある。オリジナルは、15年前に開発された伝統的なユニットである。このユニットは、6500シリーズのミッド・ウーファトとボークオーディオが名づけているように、SDAシリーズの中域を受け持っている。つまり、フルレンジ的な性格が強く、軽く、反応の早い音に特徴があるとのことだ。高域を受け持つドーム型ユニットは、SL2000シルバーコイルドーム型と名づけられているように、ダイアフラムに軽いポリアミド材を使用し、ボイスコイルにシルバーコーティングワイヤーを使った振動系に特徴がある。なお、このユニットも、SDAシリーズをはじめ、ポークオーディオの全製品のトゥイ一ターとして採用されている実績を誇る。
 タワースタイルと名づけられたウォールナット仕上げのエンクロージュアは、バスレフ型で、上下2個のミッド・ウーファーの間にトゥイーターを配置したラインソース方式のレイアウトが特徴である。
 このタイプは、スペースファクターに優れ、部屋の床や天井の影響を受け難いメリットがあり、音像定位の優れていることも特徴であるとのことで、内外を問わず、このところ、見受けられるのが多くなったユニットレイアウトである。
 このシステムは、強調感が少ないナチュラルな音が聴きどころだろう。柔らかく、おだやかな低域は、それなりに応答性が高く、適度なメタリックさが効果的に働き、コントラストを保つトゥイーターの味つけが、巧みなバランスをつくっているようだ。特に個性的な音ではないが、使いこめば、手応えのありそうなシステムである。

JBL S119WX

井上卓也

ステレオサウンド 88号(1988年9月発行)

「BEST PRODUCTS」より

 JBLのスピーカーシステムといえば、伝統的に高い定評があるスタジオモニターなどの業務用システムが印象強いが、このところ、一般的なコンシュマー用の製品開発にも、かなりの力を注いでいるようだ。
 今年のコンシュマーエレクトロニクスショウに展示されていたという、14インチ・ウーファーをベースに、4インチ口径のメタルダイアフラムを使うハードドーム型ユニットを4個、1インチ口径ハードドーム型ユニットを組み合わせたトールボーイ型システムや、ピアノ仕上げ調のエンクロージュアを採用した一連のシステムなどが、その例である。今回、新製品として発表されたS119WXは、それらとは異なった音場再生型といわれるトールボーイ型のシステムである。
 JBLには、かつてアクエリアスシリーズという、ユニークな構成の音場再生型システムが、中級機から超高級機にわたる幅広いラインナップで展開されたことがある。いわば、それ以来のひさかたぶりの音場再生型システムの開発である。
 基本構成は、いわば定石どおりのオーソドックスな設計である。
 正方形断面の角柱型エンクロージュアは、約100cmの高さがあり、上部から20cmくらい下がった位置に全周にわたりスリットが設けられている。表面はパンチングメタルで覆われているが、ここが、このシステムの音の出口である。
 スリット下側部分には、20cm口径ウーファーがコーンを上にして取りつけてあり、4つのコーナー部分には、25mm口径のハードドーム型トゥイーターが4個、外側を向いて取りつけられている。システムとしては、4個のトゥイ一ターを使った、2ウェイ5スピーカー構成である。
 クロスオーバー周波数は、3kHzと発表されており、許容入力は100W、ピーク400W。各ユニットは、AVシステムやサラウンドシステムに最適な防磁設計であるとのことだ。
 このシステムは、周りに壁などの障害物がない自由空間に設置したときに、360度(水平)の音場再生ができるタイプである。そのため、試聴時の部屋の条件が、ダイレクトにシステムの音となり、一般的なシステムを聴くことを目的とした試聴室では、設置する場所選びが、第一の難関である。
 標準的スピーカーの位置より部屋の中央近く位置決めをして音を出す。おだやかながらも、柔らかく、ゆったりとした低域と、輝かしさがあり、シャープに音のエッジを聴かせる中高域に特徴がある音だ。高域のエネルギー分布は、システムを回転すれば、トゥイーターの位置が変わり調整可能である。基本的には、ライブネスがたっぷりとした部屋で、さりげなく音を楽しむために相応しいシステムであろう。

デンオン SC-2000

井上卓也

ステレオサウンド 81号(1986年12月発行)
「BEST PRODUCTS WINTER ’87 話題の新製品を徹底解剖する」より

 デンオンが、米国CETEC GAUSS社の協力を得て、トップランクのスピーカーシステムSC2000の開発をはじめてから、すでにかなりの歳月が経過している。
 SC2000の開発にあたっては、ユニット製造メーカーであり、システムの開発を手がけていなかったガウス社に、サンプル的なシステム開発を依頼し、同軸2ウェイ方式、3ウェイ方式について試作をしたという。これらを充分に時間をかけてデンオンで試聴を行ない、ガウスのユニットの特徴を把握した後に、同軸2ウェイ方式に的を絞り、デンオンのスピーカーシステムとして開発をするという、約2年間にわたる部分的な検討の積重ねにより製品化された、デジタルプログラムソース時代に相応しいスピーカーシステムである。
 コンピューターデザインにより設計された、独特のカーブにつくられたハイフレケンシーユニット用のホーンは、低域ユニットの取付部であるフレームからかなり前方に突出しており、同じ同軸2ウェイユニットのタンノイはもとより、アルテックのユニットと比較しても、かなり異なった印象を受ける。
 ダイアフラム口径は、50mm(約2インチ)で、アルテック系やJBL系の口径45mm(1・75インチ)より1サイズ大きな、現行のプレッシャードライバーとしては特殊サイズである。一時期にはデンオンが開発したαボロンのダイアフラムも検討されたようであるが、現在は、ガウス・オリジナルのアルミ系軽合金製に戻っている。
 ウーファーは、特殊処理を施したマルチコルゲーション入りのペーパーコーンを使い、エッジワイズ・ボイスコイル、コルゲーションエッジのほか、サスペンション系が、ガウス独自のダブルスパイダーサスペンション方式であり、コーンの裏面は、白色のダンピング材で処理されている。
 磁気回路のマグネットは、ウーファーがφ190mm・t19m、トゥイーターにφ155m・t19mmの大型ストロンチュウム・フェライト磁石採用である。
 エンクロージュアは、長方形の木製パイプダクトをもったバスレフ型で、ポート形状は、ガウスのサジェッションによるもののようである。数多くの試聴と計測データーから選出されたエンクロージュアは、ユニットの突出したホーンによる制約が大きいようで、バッフルボードは、側板から一段奥に引っ込んだ位置にあり、周囲を額縁状のエッジで囲んだクラシカルな設計だ。
 エンクロージュアは、バッフル板と、裏板に15mm厚の高密度パーティクルボードを2枚貼合わせ構造とした材料を使い、天板、底板と側板には、デンオン・エンクロージュアの伝統的手法ともいえる、両面にウォールナット柾目つき板貼りの31mm厚高密度パーティクルボードが採用された約160ℓの内部容積をもつバスレフ型である。なお、エンクロージュアのフロントバッフル面に、連続可変型アッテネーターをもつネットワークは、デンオンで設計・開発を行なった、伝達特性を重視したタイプである。
 SC2000は、デンオンの試聴室は金属製の市販のスピーカースタンドが使用されていたが、今回の試聴では、ユニットの中心を耳の高さに合わせる目的で、オンキョーのAS5001スタンドを併用した。
 まずは、一般的に通例となっているサランネットを外し、ヤマハCDX1000ダイレクト接続のカウンターポイントSA4で音を出す。帯域バランスは、厚みのある穏やかな低域をベースにした安定度のあるナチュラルなバランスで、ハイエンドはスローダウンしたタイプだ。ガウス・オリジナルシステムの印象よりは、ガウスらしいボッテリとしたエネルギッシュな独特のキャラクターがほとんど姿を消し、音の粒子も細かくなり、スムーズで、かなりデンオンのシステムらしいイメージに調整してあるようだ。
 同軸ユニットの特徴である定位のクリアーさはさすがに見事で、ワンポイント録音の、インパルのマーラー第4番の第4楽章の冒頭で、ソプラノが歌いながら首を振るところが、目で見るように明瞭に聴き取れる。音像はかなり立体的に小さくまとまり、音場感は素直にサラッと拡がる。
 プログラムソースとの対応はおだやかで、各種の音楽を聴いても安心して聴けるフトコロの探さは、同時に聴いた国内製品のCOTY選定モデルの何れにもない独特の味わいである。ドライブアンプを変えてみると、穏やかだが、適確にキャラクターの違いを音にして聴かせる。さすがに、モニターの血はかくせないものだ。サランネットをつけると少し甘い音になるが、アッテネーターで調整可能な範囲である。

オンキョー Grand Scepter GS-1

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「最新パワーアンプはスピーカーの魅力をどう抽きだしたか 推奨パワーアンプ39×代表スピーカー16 80通りのサウンドリポート」より

 GS1はオールホーン型という現在では珍しいスピーカーシステムである。ホーンのよさを再認識させられるもので、従来のホーンのもつ欠点を独自な方法で解析し、それに対処した世界でもユニークなシステムである。ホーン内部での反射が音色をつくり、音質を害するということと、全帯域にわたる音の伝達時間の均一化という考え方を一致させ、素直な音色、正しい音色を主眼に開発されただけあって、きわめてスムースで自然な音が得られている。ホーンドライバーの利点であるトランジェントの良さや、小振幅による歪の少なさなどとも相俟って、このスピーカーの音の品位は高く評価できるものだ。ただ惜しむらくは低能率であること。そこで、最低200W以上のパワーのアンプでないと、このシステムの能力をフルに発揮させることは不可能と思い、現代最高のパワーハンドリングと音質もつマッキントッシュMC2500、オンキョー自身がこのスピーカーを想定して開発したM510、テストで個性的で優れたアンプと評価したアキュフェーズP500を組み合わせてみた。さらに、このスピーカーの質的なよさを対応して、あえてパワー不足は覚悟の上で、きわめて音質の優れたふたつのアンプ、それも管球式のウエスギUTY5とマイケルリン&オースチンTVA1を選んでみたわけである。スピーカーによりアンプは変わる。アンプによりスピーカーは変わる。その最小限度の試みである。

マッキントッシュ XRT18

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「最新パワーアンプはスピーカーの魅力をどう抽きだしたか 推奨パワーアンプ39×代表スピーカー16 80通りのサウンドリポート」より

 XRT18というスピーカーはマッキントッシュ独自のユニークな開発思想と技術をふんだんに盛り込んだステレオフォニック・ペアー・システムであって、その外観上からも理解されるように、他に類例を見ない特徴をもったシ
ステムである。前作XRT20のジュニアモデルとして登場したが、トゥイーターアレイの個々のユニットにまで時間調整が及んだ点など、XRT20を上廻る綿密なコントロールが見られるものだ。真の立体音場を家庭で再現するためのシステムとして、これ以上のものはない。綿密な時間特性の調整の結果、その再生音場の立体感は録音時の位相差をほぼ1100%再現することによ
り、きわめてリアルで豊かなものだ。また時間特性は正確な音色再現にとって決定的要素となるもので、このスピーカーの音の自然さは注目に値する。この他、多くの点で独特な設計思想を反映したシステムであるし、私自身、XRT20を常用していることからして、それと同質のXRT18でアンプの差がどう出るものかという興味で5台の性格の異なるアンプを選択した。つまり、ここではJBLの4344での結果とどう違ってくるかがひとつの目的であり、さらに、このXRT18がアンプによってどう変化して、どんな音が得られるかという興味につながっているのである。いいアンプはスピーカーが変わってもいいと再認識したと同時に、XRT18によって格段とよさを認識したものもある。

ビクター Zero-L10

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「最新パワーアンプはスピーカーの魅力をどう抽きだしたか 推奨パワーアンプ39×代表スピーカー16 80通りのサウンドリポート」より

 文字どおり、時代の最先端をゆく新材料と設計技術を駆使したユニットを、音響的に斬新な円弧状のユニット配置を採用し、伝統的技術を継承した素晴らしい仕上げのエンクロージュアと組み合わせたビクター最新のフロアー型4ウェイシステムである。
 構成ユニットでは、中高域と高域に採用されたピュアセラミックス・ダイヤフラムが最大の注目点だ。サファイア
やルビーに相当する純度を保ち、ダイヤフラム成形後の加熱処理で収縮するピュアセラミックスの難関を克服し、至難といわれた大口径ドーム型ユニット用振動板として完成した技術は見事だ。巷にはダイヤモンド振動板を採用したスピーカーシステムも登場しているため、サファイアやルビーと同等では注目度として低いかもしれないが、ダイヤモンド振動板には、〝ピュア〟の文字がないように、純度は大幅に異なり、物性的に大きな違いがあることに注意していただきたい。
 低域と中低域ユニットは、セラミックス振動板採用で、JBL系4ウェイ型と比べて、中低域ユニットが小口径化され、指向特性やレスポンスを高める設計がポイントである。
 リジッドで重量級の物量投入型ウーファー独特のゴリッとした低音と、ハイスピードという表現が相応しい中高域と高域がコントラストをつけたバランスの音が特徴だ。使いこなしは、中低域をいかに豊かに鳴らせるかがポイントで、3ウェイ的なバランスでは駄目だ。

アルテック 620J Monitor

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「最新パワーアンプはスピーカーの魅力をどう抽きだしたか 推奨パワーアンプ39×代表スピーカー16 80通りのサウンドリポート」より

 同軸型2ウェイ・モニターシステム用ユニットとして、アルテックを代表する604系ユニット604−8KSを620エンクロージュアと組み合わせたモニターシステムだ。
 604−8KSは、604−8G以前の伝統的な6セル・マルチセルラ型ハイフレケンシー用ホーンをマンタレーホーンに替え、サービスエリアを拡げるとともに、フェイジングブラグを、伝統的な同軸スリットタイプからタンジェリンタイプにして、高域のレスポンスを伸ばしたタイプである。ネットワークも、ハイフレケンシーのレベル調整をおこなうスタンダードな方式と、3ウェイ的に、中域のレスポンスをも調整可能な方式とを、スイッチ切替で選択できる。
 最初は、ややナローレンジ型だが、同軸2ウェイモニターの原点ともいうべき604−8G的なサウンドで現代のパワーアンプを聴いてみようという方向で試みてみたが、基本設計は、もはや完全に3ウェイ的で、より広帯域志向になっており、総合的にも、こちらの使用方法のほうが、はるかに完成度の高い音を聴かせてくれた。
 基本的な低域と高域ユニットのエネルギ一には変化はなく、広帯域型化されたため、滑らかで、しなやかさ、フラットレスポンス化など、トランスデューサーとしての改善は著しいが、力感、密度感、アルテックらしい独特の個性的な魅力は薄らぎ、現代的なサウンドに発展している。

タンノイ GRF Memory

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「最新パワーアンプはスピーカーの魅力をどう抽きだしたか 推奨パワーアンプ39×代表スピーカー16 80通りのサウンドリポート」より

 タンノイの上級システムはすべて、同社伝統のデュアルコンセントリックユニットを使用している。つまり、同軸型の2ウェイという構造のスピーカーの採用である。このGRFメモリーも38cm口径のユニットを内蔵したシステムで、代表的モデルといってよいだろう。この同軸型ユニットは、マルチウェイ、マルチユニットとは異なる放射特性をもち、タンノイの固有のサウンドを含めて、独自性をもった存在といえるものであろう。したがって、これを各種のアンプと組み合わせた場合、そのマッチングに違いが生まれることは当然であろうし、また同時に、すべてのタイプのスピーカーに対して優れた対応を示すアンプの存在の確認をする意味も大きいと考えられる。過去、本誌において、私はこのGRFメモリーというシステムについて多くのアンプを組み合わせる実験をおこなってきているので、その経験から、このスピーカーともっとも合いそうなアンプと、合いそうに思えない、あるいは、未知のものとの組合せという考えから5台のアンプを選んだ。ウェスギUTY5、マッキントッシュMC7270、QUAD510は前者にもとずくものであり、クレルKSA50MKII、ジャディスJA80は後者に属するアンプである。もちろん、選んだアンプは、あるレベル以上のものであり、中にはJBL4344で意外に成果の上がらなかったものの敗者復活の意味もあることは、他のスピーカーとの組合せと同じだ。

ダイヤトーン DS-5000

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「最新パワーアンプはスピーカーの魅力をどう抽きだしたか 推奨パワーアンプ39×代表スピーカー16 80通りのサウンドリポート」より

 早くから、デジタルプログラムソース時代を先取りしたデジタル・リファレンス・スピーカーシステムをテーマにして取組んできたダイヤトーンのトップモデルであり、フロアー型システムとしては、同社でも、コンシュマーユース唯一のモデルだ。
 基本構成は、独自のアラミドハニカムコンストラクションコーンと、ダイヤフラムとボイスコイルが一体型のDUD構造採用のドーム型ユニットを組み合わせ、ミッドバス構成4ウェイ・ブックシェルフ型としての第1弾製品DS505を大型化し、エンクロージュア形式をバスレフ型にして完成したフロアー型システムである。このバスレフ型採用は、同社の高級シリーズでは唯一の存在で、本機の大きな特徴だ。
 各構成ユニットは、DS1000以降のユニット構造を発展させたタイプとは異なるが、中域と高域ユニットの2段積み重ね型マグネットに代表される物量投入型の設計は、明らかにブックシェルフ型とは一線を画した、フロアー型ならではの魅力がある。
 基本特性は十分に押えられ、製品としては、発売以来すでに熟成期間もタップリと経過をしているため、信頼性は非常に高い。フロアー型ならではの、ゆったりとしたスケールの大きさと、反応の速いレスポンスが特徴だが、セッティングに代表される使いこなしで、結果としての音は大幅に変化をし、モニター的にも、音場感型にも使用可能だ。

パイオニア S-9500DV

井上卓也

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「最新パワーアンプはスピーカーの魅力をどう抽きだしたか 推奨パワーアンプ39×代表スピーカー16 80通りのサウンドリポート」より

 S9500に改良を加えた、パイオニア・スピーカーシステム中で最新のモデルである。内容的に見れば、エンクロージュアのバスレフ型から密閉型への変化、トゥイーターとウーファーの防磁型ユニット化、さらにエンクロージュアのラウンドバッフル化と、スピーカーシステムのベースは完全に変更され、その意味では完全な新製品といえよう。
 ウーファーは独自のEBD方式採用で、ダブルボイスコイルを備え、一方は通常のウーファー帯域用、他方が最低城専用で、重低音を得ようとするタイプだ。もともと、一般的な使用方法でも充分に低域が出せそうな物量投入型のユニットだけに、CD時代に要求される低域の質感向上に合わせて、質的にメリットのある密閉型エンクロージュアに変更をしたのは、時代にマッチしたフレキシビリティのある設計といえる。
 また、防磁対策は、単なるTVブラウン管の色ずれ防止のためと考えられやすいが、他のユニットやLCネットワークの歪発生原因としての洩れ磁束を解決する意味では、現在、見落されているスピーカーの性能向上面での大きなネックを解消するものであるわけだ。型番にはDVがついているが、中域ユニットの位置的な利点もあり、未対策な点から考えても、AV的にも使えるというのが本来の開発意図であるのだろう。結果として、音質はリファインされ、SN比が向上し、価格対満足度が非常に高いシステム。

ダイヤトーン DS-10000

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「最新パワーアンプはスピーカーの魅力をどう抽きだしたか 推奨パワーアンプ39×代表スピーカー16 80通りのサウンドリポート」より

 国産のスピーカーの中で、オンキョーのGS1とまったく異なるコンセプトと構造をもち、第一級のレベルに到達したと思われるダイヤトーンのDS10000である。ドーム型のダイレクトラジェーターによるマルチウェイシス
テムをブックシェルフ型としてまとめたものである。私の評価するこのシステムの音は、いかにも日本のスピーカーらしい淡彩で、きわめて緻密でデリケートな細部の表現が特徴である。一糸乱れぬ演奏といわれるが、このシステムにはそういう整然としたイメージがあり、強烈な説得力をもつ海外スピーカーとは違った控え目な美徳をもっているところが、世界のスピーカー群の中でユニークだ。スピーカーのように、どんなに努力しても、技術的に攻め切ることが難しいものについての製作者の感性の反映は、意識下のところにあるものこそ重要であり恐ろしいものなのだ。DS10000には西欧を意識した姑息さがない。これはGS1にもいえることだ。本物なのである。こういうスピーカーなので組み合わせる5台のアンプもすべて国産製品を選んでみた。ブックシェルフとしては高価なスピーカーシステムだが、その性格と極度にずれる価格のものは現実性の点でも選びたくなかったことにもよる。200万以上のクレルやマーク・レヴィンソンでは、鳴らしてみたくても非現実的であろう。各アンプの音は当然JBLでの試聴とはニュアンスの違ったものもあって興味深い。

BISE 901V Custom

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ボーズの理論を具体化した第1号製品として伝統を誇る901シリーズに、新製品901V Customが加えられた。
 901シリーズ内での位置づけは、901SS−Wのジュニアモデルに相当する。直接音成分11%を前方に、関接音成分に相当する反射音89%を後方の壁に反射させて使う、ボーズならではのダイレクト・リフレクティング方式だけを受継いだヴァリュー・フォー・マネーな新製品である。
 本機ではプロフェッショナル用802IIと同様に、ダイレクトな音を楽しむために901SS、SS−Vで採用されたサルーン・スペクトラム方式は省略されており、そのため専用のイコライザーアンプは、基本的な回路上の変更はないが、901SS−W附属のタイプと較べテープモニター系が2系統から1系統になり、イコライザーバイパススイッチとダイレクト・リフレクティング方式とサルーン・スペクトラム方式の切替スイッチが省略されている。
 しかし、新たに低域を35Hzで−6dBにするパススイッチが加えられた。
 基本的なデザインは旧901Vを受け継いだ伝統的なものだが、木部は美しいウォルナットのオイル仕上げ、イコライザーアンプのシャンペンゴールド系の色調と微妙なカーブを描く曲面をもつシャーシは、高級機ならではの格調の高い良い雰囲気だ。
 使用ユニットは、口径11・5cmのコーン型の901SS−Wと同じタイプ。ボイスコイルインピーダンスは0・9Ω、角形比4:1の断面をもつ銅線をヘリカル(エッジワイズ)巻きしたタイプだが、字宙開発技術の産物である高耐熱接着剤で固められ、線間の接着層は1ミクロン、2000度の温度に耐えるとのことだ。全ユニットはコンピューターコントロールで生産され、ユニット間の差は事実上ゼロといえるレベルに達している。
 エンクロージュアはシリーズIII以来のアクースティック・マトリックス型で、SS、SS−W同様にサーモプラスティック射出成型のこの部分がエアタイトにつくられ、これを外側の木製キャビネットが締め付ける方式に変わった。なお、シリーズIVでは天地がオープンで、木製エンクロージュアと組み合わせてエアタイトとしていた。
 専用スタンドは、新デザインのタイプに変わるが、試聴には間に合わなかったためP社製木製ブロックを片側に2個タテ位置にして使い聴いてみる。スタンドの置き方、後ろと左右の壁からの距離と角度を追込んだ後、イコライザー補整をすれば、木製スタンドの利点もあって、SN比がよく、緻密で表情が豊かな音が楽しめる。いわゆるサラウンドとは異なるプレゼンスが見事だ。

オンキョー MONITOR 2000X

井上卓也

ステレオサウンド 78号(1986年3月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 オンキョーを代表する高級ブックシェルフ型システムMONITOR2000が、予想どおりにリフレッシュされた。モデルナンバー末尾にXのイニシャルを付けたMONITOR2000Xとして、昨年秋の全日本オーディオフェアで発表されたもので、すでに昨年末から新製品として市場に投入されている。
 MONITOR2000Xの特徴は、最近のスピーカーシステムのルールどおり回折効果の抑制に効果的なラウンドバッフルの採用が、デザイン面での最大の特徴だ。バスレフポートを背面に設け、この部分でのラジェーションを防ぐバスレフ型のエンクロージュアは、板振動による音質劣化を避けるために、高密度パーチクルボードをフロントバッフルに40mm厚、裏板に30mm厚、側板に25mm厚で使用。それとともに独自の開発による振動減衰型構造の採用で、クリアーな音像定位とプレゼンスを得ている。両側のラウンド部分は、40mmの大きなアールを採用し、天板前端にもテーパーが付いたエンクロージュア.は、表面が明るく塗装されたウォールナットのリアルウッドタイプだ。塗装面の仕上げは非常に美しく、高級機ならではの雰囲気を演出しているようだ。
 ユニット関係では、ウーファーが、すでに定評のある3層構造のピュア・クロスカーボンコーン採用で、カーボンファイパー平織りに、適度の内部損失をもたせるため特殊エポキシバインダーを組み合わせる独自のタイプ。磁気回路はφ200×・φ95×25tmmのマグネットを使い、14150ガウスの磁束密度を得ている。
 スコーカーは、構造上ではバランスドライブ型に相当する10cm口径のコーン型である。いわゆるキャップ部分が、チタンの表面をプラズマ法でセラミック化したプラズマ・ナイトライテッド・チタン、コーン部分がピュア・クロスカーボンの複合型である。
 トゥイーターも、プラズマ・ナイトライテツド・チタン振動板採用のドーム型で、MONITOR500で開発された振動板の周囲の2個所を切断し、円周方向の共振を分散させる方法が、スコーカーともども導入され優れた特性としている。なお、磁気回路の銅リングを使う低歪対策は珍しく、板振動を遮断する制動材を使い高域の純度を高めた設計にも注目したい。
 別売のスタンドAS2000Xを使い試聴する。柔らかい低域をベースとし、シャープな中高域から高域が広帯域型のレスポンスを聴かせる抜けの良いクリアーな音が聴ける。基本クォリティが高く、特性面でも追込まれており、どのような音にして使うかは、使い手側の腺の見せどころだ。