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EMT 948

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 EMTの新世代プロ用機で、主に放送局用として開発された。フォノイコライザー内蔵で、トーンアームは有名なTSD15他同社のカートリッジ専用のダイナミックバランス型が付属。ユーザーの趣味で、あれこれモディファイする自由はない。
 その性格上、安定性、信頼性、耐久性重視で作られていて趣味性とは無縁のはずである。ところが、音を聴くと圧倒的な説得力を持ち、きわめて豊かな表現力を聴かせることに驚くばかりである。一体どこからこんな音の魅力が出てくるのであろうか? 作る側も音のことは意識がないはずである。しかも、技術的には古い既成の枠を一歩も出ていないものであり、特性も、素材や作りも、ひたすら前述した業務用の命題に基づいた設計製造にすぎない。トーンアームは同形のものを私も手元に持っているが、現在の水準からすれば、お粗末といっても過言ではない代物である。カートリッジもまた然りであり、一体、音の技術の進歩とは何か? を考えさせられる。
 血沸き肉踊るように生き生きと音楽を奏でる、その鳴りっぷりのよさは何なのか? シェリングのヴァイオリンなどは、たしかに繊細な味わいや集中性の高い毅然としたものではなく、むしろ豪放な演奏に聞えるし、「トスカ」はトゥッティでうるさく、肌理の細やかな音触の機微は聴けない。しかし、他のプレーヤーでは得られない生命感が充実しているのである。これからすると他の音は、細かい部分にこだわりすぎて肝心のエッセンスを取りこぼしているようにさえ感じられるのだ。
「ベラフォンテ」のライヴや古いモノーラルの「エラ&ルイ」、「ロリンズ」などは、デリカシーよりバイタリティとエモーションが重要な意味をもつ音楽だけに、また、録音時期も古いだけに圧倒的にこのプレーヤーがよかった。アナログレコードの、ベルエポックを感じさせてくれた音だ。機械としての魅力も備えている。

イメディア RPM2AL + グラハム・エンジニアリング Model 1.5t

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 現代的なアナログレコードプレーヤーである。その素材がそれを物語り、アクリル素材を用いた複雑なサンドイッチ構造材と、スプリングなしのハードサスペンションという特徴をもつ。アナログプレーヤーには思想がある、と他の項で述べたが、この思想の違いが音の違いとなって表れるから、これはまた、音の嗜好や感性の違いといってもいいだろう。
 このメーカーは、柔かいスプリングのフローティング構造を嫌う。しかし当然、ハードなサスほど置き台やフロアーなどの環境の影響を受けやすい。本体の素材のQのコントロールや、ダンピングだけでは外部からのダイナミックな影響は避けきれないとするのがソフトサスペンション派の主張だ。しかし、音触やエネルギーバランスのコントロールは、たしかに、この製品のようなハードサスの方がすっきりいく。
 だが、ストイックにこれを押し進めるとリジッド派に至る。そうなるとすべてのバネとダンピングを否定し、Qの分散も嫌いひたすら剛性や振動速度の世界に狂い、自身の設計を過信し、結局、強烈な物性の持つ固有の音に判断力を奪われ、その特異な音ゆえに、その製品の音を唯一無二の孤高の品位と思い込むのである。
 話がそれたが、このプレーヤーはもちろん、そんな偏向性の強いものではない。オプションにエアーサスペンション・ベースがあることからも設計者のバランス感覚が理解できる。楽音の自然さとリアリティがよく再現され、エネルギーバランスも妥当である。エアーサス使用では、さらに音の品位が向上し、シェリングの音が見事に蘇るのである。外部環境からフリーになるこの効果は大きい。通常の試聴条件では、置き台の固有音響特性で若干不明瞭になる
のがわかる。組み合わせたトーンアームはグラハム・エンジニアリング製。プレーヤー本体ベースはSMEとも互換性をもつようだ。

SME Model 20MK2 + SeriesIV

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 SMEのロバートソン・アイクマンがアナログオーディオ界で果たした功績は偉大である。シェル交換式ユニヴアーサル・トーンアーム3009、3012は世界中のトーンアームの範となった。しかし、オルトフォンとともにその4ピンのカートリッジ・シェル交換システムの提唱者自らが、後に理想としたトーンアームはインテグラル。そのシリーズVの性能をフルに発揮すべく開発したレコードプレーヤーが、独自のゼロQ理論のサスペンション構造によるモデル30であった。
 その後、普及タイプとして発表されたのがシリーズIVトーンアームであり、モデル20プレーヤーである。現行製品はそのモーターと電源部をリファインしてMK2になっている。さすがにモデル30は作りも凝っていて高価であり受注生産だが、このモデル20はカタログモデルだけに、構造的にも簡略化して、特徴を維持しながらコストダウンを図っている。
 独特のダンピングのためと思われる音触感にまず気づいた。「クロイツェル・ソナタ」の楽音より、バックグラウンド・ノイズが超低域の伸びのせいか他のプレーヤーと違う。シェリングのヴァイオリンは、粘りのある温度感の高い音にやや戸惑う。いい音ではあるが、もう少し鋭く透徹ではないか? という気もした。ピアノも温かく弾力感に富んでいて官能的だ。SMEの音といってよいものであろう、その厚味のある立体感は説得力をもっている。
「トスカ」もそうだ。どっしりと安定感のあるエネルギーバランスで、弾力性のある立体的な質感である。多彩な音色は変化に富み、支配的な色づけはないのだが、質づけ? とでもいったらいいような、独特の音触世界がある。オルトフォンのSPUの世界も、色ではなく質に独特のものがあるのではないか? と思うのである。この辺がきわめて興味深く、オーディオ的であると思うのだ。とくにアナログ的魅力の世界ともいえるだろう。

リン LP12 + Ekos + Lingo + Trampolin

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 イギリス製品の多い、アナログプレーヤーだが、これもイングランドではないがスコットランド製であるから、メイド・イン・UKである。そのなかではもっともキャリアーの長いプレーヤーだ。そもそも、このメーカーはアナログプレーヤーの製造販売でスタートした会社で、このLP12は基本的に約20年前の誕生以来のロングセラーモデルである。
 最近のアナログブームとは無縁の、気骨のど根性製品で、回転シャフト周りなどの若干の変更だけでこの長寿を保ってきた。見事なものである。今回の試聴には、電源部やベースのオプションをフル装備したものが用意されたが、ベーシックのLP12との価格の違いが開きすぎるように思う。つまり本体価格は27万円でこれに最低限必要な電源部とベースが4万8千円で42万円弱のカートリッジ・レスのベーシック・モデルに対し、フルオプションのトータル価格は同じくカートリッジレスで91万8千円となるので2倍強である。少々常識を欠いたオプション設定と言わざるを得ない。
 このプレーヤーのよさは実質価値にあり、贅沢な趣味性はない。しかもフルオプションにしても、見た目はほとんど変わらない実質主義に徹しているのである。さらば、音が3倍の出費に見合うほど改善されるであろうか? その期待をもって聴いたのだが、これがリンにとって裏目だった。ベーシックモデルでこそ絶賛ものだが、100万円のプレーヤーとしては当たり前という感想である。
 たいへん優れた再生音で、腰と芯の座った実感溢れる質感と妥当なエネルギーバランスが、どのディスクにも高水準の再生音として聴けたけれど、ベーシックでもこの水準をそれほど下回るとは思えない。はっきり言って、割高感があるのである。この製品の能力と音のよさは評価するが、機械としての高級感やデザインセンス、素材、加工精度、仕上げなどの魅力は100万円のものではない。

ウェルテンパード Reference

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 独特の回転支持機構をもつトーンアームが特徴のウェルテンパード・プレーヤーだ。シリコンバスの非機械式というこのサスペンションとダンパーは、たしかに音のよさに表れ安定度も高い。透明ですっきりした、立ち上がりのよい音でS/N感もいい。シェリングのヴァイオリンは冷静で、やや温度感が低いが繊細である。シェリングの印象と違和感はない音触だった。ヘブラーのピアノはエネルギーバランスのよさを感じさせるアコードが自然で、タッチ感もリアルである。スクラッチノイズの静かさから想像できる高音域のおとなしさだが、それでいて解像力に優れていて、精緻に音色の機微や微妙な変化を再現する。
「トスカ」でのソロ、コーラス、オーケストラの多彩さにも鋭敏な対応力をもっていると感じた。低音のコントロールもシステム全体のチューニングがよく働き、適切なエネルギーバランスである。このような特質が「ベラフォンテ」のライヴ盤にひときわ発揮され、シャープな高域が再生されながら、うるさくならないのが印象に残った。高域が冴えて聞こえる感じは、プレゼンスの豊かさによりライヴコンサートの雰囲気を盛り上げる。「クク・ル・クク・パロマ」の、レキントギターの擦過音が他のプレーヤーより浮き立ち印象に残る。同じ音でも無意識に聞き流す場合と意識に引っかかる場合の違いが、機器によってあることは読者も体験されていると思う。
「エラ&ルイ」も肉声感が自然で、二人の声の特質がストレート。声の基音と倍音のバランスのよさによるものであろう。「ロリンズ」ではブーミーな録音によるベースの出方を注意して聞くのだが、録音のアンバランスを強調することがなかった。執拗に繰り返される、サックスとギターのユニゾンの響きがバランスよく美しい。製品によっては、サックスをベースがマスキングするかのように鳴るものもあるが、これはロリンズがよく立つ。

スタービ Reference

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 スタービはスロヴェニアのメーカーである。かつてのユーゴスラビア製というわけである。このブランドの製品に身近に接するのは久しぶりであるが、昔の同社製品とは随分変わったように感じた。アナログ関連製品には、仕事上で接する機会が少なくなっているためだろう。個人的楽しみとしてはアナログからは離れていないのだが……。
 このリファレンスモデルはユニークな2モーター式で、なかなかに重厚な製品だ。アクリルとアルミニウムのサンドィッチパネルをベース素材とするもので、往年のウッディなムードからすると随分現代的になった。しかし、全体の雰囲気は朴訥と言いたいほど素朴な温かさに満ちている。アクリルの透明感は表に出ていない。メインシャーシにレベル調整機能を兼ねて懸架されるサブシャーシの表面には、アクリルは見えない。両ボードとトーンアーム・マウント・ボードの断面にだけそれとわかる質感が見てとれる。
 この点からしても、アクリルのもつ物性だけがスタービにとっては重要で、見せる意図は全くない。デザイン上の効果として、これ見よがしにアクリルを使ったプレーヤーとは製作者の人間の違いを見るようで興味深い。どちらを選ぶかでユーザーの人柄もはかれそうである。
 シェリングのヴァイオリンの音は、毅然たる演奏姿勢が表現されながら、柔軟性のあるしなやかな音触が得られる。やや脂の乗りすぎる嫌いもなくはないが。往年のフーベルマン的音蝕も聴かれるほどだ。ピアノも豊満で円熟した感触だ。しかし和音のヴォイスは確かでアコードのバランスは妥当。大編成の「トスカ」は分厚いソノリティが魅力的で、懐の深いサウンドイメージである。
 透徹ではなく、肉感的であり官能的で、コントラ・ファゴットやコントラバスが魅力的だった。それでいて、ジャズのベースはブーミ一にならず適度に締まってよく弾む。

アインシュタイン Edison

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 同社はプリメインアンプやスピーカーシステム同様、いかにもドイツ製らしい堅実さとオーソドックスな体質で信頼性の高いメーカーだと思う。カートリッジが発売済みであり、このプレーヤー(トーンアームレス)の登場で総合メーカーの感を強めるに至った。
 これはターンテーブルがマグネット・フィールドによるフローティング構造であるところが特徴である。かつて『マグネフロート』の名称で、この方式のプレーヤーが国産であったのをご記憶の方もおられるであろう。アインシュタインではこれを『コンスタント・マグネティック・フィールド・ターンテーブル』と称している。フローティング・サスペンションとの併用で、駆動はベルト方式。
 SME3010Rトーンアームによる「クロイツエル・ソナタ」のシェリングのヴァイオリンの音は、しっかりした質感を聴かせる。演奏の特質がよく伝わる。ピアノのアコードは、エネルギーバランスが整っているため安定した造形感であるし、バックグラウンド・ノイズも落ち着いていて好ましい。マグネティック・フローティングとサブシャーシのサスのバランス・コントロールはよい状態である。フローティング式としては切れ込みもまずまずで、「トスカ」の複雉多彩な編成もよくこなす。汚れ感は少ないし、耳馴染みのよい高音域である。
 欲をいえば、ブラスの輝きやグランカッサとティンパニの音触分離などに明噺さがほしい気もするが、それが得られた時には鋭角で刺激的、時に冷たい温度感がおまけに付いてくる危険も覚悟しなければならないだろう。オーディオ機器とはそういうものである。妥当な再生音というものはバランスのよさから得られるものであり、エキセントリックな魅力と両立しない宿命がある。どちらを取るかは人格と哲学の問題である。アインシュタインがオーソドックスなメーカーだと冒頭で言ったのは、この普遍性に立つからだ。

ロクサン XER-X + AMZ1

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 これもイギリス製。ロクサンは、こだわりメーカーの最右翼であるが、本機はその創業10周年記念モデル。ベースボードの構造を改良し、さらに制振性を向上させた新製品である。一見しただけではわからないが、大変凝った作りだ。フィニッシュは従来の黒のピアノ・フィニッシュの方がロクサンらしく精悍でいいと思う。この木目仕上げは平凡なイメージだ。
 しっかりした造形感と自然な質感、そして妥当なエネルギー・バランス・コントロールを備えたプレーヤーである。音触は温かく、しかも間接音はよく響き、透明で美しい。以前のモデルより低音域が適度に緩み、大人っぽい音になった。シェリングのヴァイオリンの質感は妥当。ピアノは硬からず柔らかからずで、自然なタッチだ。「トスカ」では豊かなオーケストラの低弦が印象的で、これ以上になると緩み過ぎの感じであった。
 したがって、楽器の胴鳴りを聴かせ温かく自然で快い一方、明晰さと精緻さではウィルソン・ベネッシュに一歩を譲る。同じイギリスだけによきライバル同志だ。ウィルソン・ベネッシュはプレーヤー本体が10万円安く、逆にトーンアームは5万円高いが、トータルサウンドでは2台のプレーヤーに優劣はつけ難い。ユーザーのテイストの選択に待つ他はない。すんなり付くか付かぬか試していないので不明だが、ロクサンのプレーヤーとウィルソン・ベネッシュのトーンアームとの組合せは、面白そうである。
 どちらも素晴らしい再生音が楽しめたヴィヴィッドな「ベラフォンテ」のライヴ盤を例にとると、その空間の温度感が、ロクサンが摂氏22〜24度、ウィルソン・ベネッシュは18〜20度といった感じである。スタイラスのトラクションに関してはウィルソン・ベネッシュのATC2トーンアームが断然上である。ただし、あくまで今回試聴に使ったオルトフォン・カートリッジでの話であることをお断りしておく。電源部のアップグレードは価格ほどの御利益はないようだった。

ウィルソン・ベネッシュ ACT1/RC + ACT2

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 イギリスの新進メーカーのデビュー作品である。F1レーシングカーのボディ素材である、軽量高剛性材のカーボンファイバーをサブシャーシやトーンアームに使い、当然、設計思想も現代的な一貫性をもつアナログプレーヤー。真の意味で新しいアナログプレーヤーといえるものだろう。しかし適度なダンピングとフローティング構造、そしてベルトドライブ方式という伝統的手法のよいところは残している。電子クラッチ式のクォーツ・コントロールド・モーターによるスムースで確実な起動など、使用フィーリングにも細心の配慮が見られるものだ。
「クロイツエル・ソナタ」のシェリングはもっともシェリングらしい音の聴けたプレーヤーであった。ウェットに過ぎず、かといってけっしてドライでもない、毅然とした精神性をもつ確かな手応えのある音である。ヘブラーのピアノのアコードのヴォイシングも、オプチマムなバランスと言ってよい決まり方であった。
 トーンアームの優秀さによって、スタイラスのトラクションの確実性が、高音域に於て、いささかの拾いこぼしもない精赦な波形再生とS/Nの優れた透明感を聴かせる。「トスカ」の複雑な独唱と合唱、オーケストラの多彩な音響の綾も見事に再現。低域コントロールとボトムエンドの伸びにより臨場感も大変豊か。声の質感も、細かい倍音再現能力により実に精緻だ。アナログ的サウンドを、人肌にしなやかな温かい音と決め込んでいる人には勝手が違うかも知れない。
「エラ&ルイ」は、他のプレーヤーよりワイドレンジな感じさえするのが面白い。ベースの録音がオーバーな「ロリンズ」も締まった質感でウェルバランスになった。専用のプレーヤー台に設置した方がさらにS/N感が向上し明晰さを増すが、やや温度感が下がり冷たい音になる傾向であった。この台にも、カーボンファイバーが木と組み合されて使われているのは言うまでもない。

トーレンス TD520RW + 3012R

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 トーレンスのプレーヤーのよさを一言でいうなら、バランスのよさ。アナログプレーヤーという機械には必要悪が山ほどある。そして、これらは互いに多くの矛盾を孕んでいて、総合的に一つの機能体としてまとめるには明確かつ一貫した思想を必要とするものである。
 どんなに微細な一部分でも変えれば音が変わるのも、機械振動のすべてが音として鳴るプレーヤーの宿命といえる。レコードに刻まれている波形のすべてを、過不足なく電気信号に変えるのが使命であることは、いうまでもない。これが仮に実現すれば、プレーヤーとして正しいわけだが、古今東西のプレーヤーでどれがもっとも正しい変換器であるかは誰にもわからないのが現実である。
 個々のアナログプレーヤーの設計者のなかには、自分のものだけが唯一無二の正しい変換装置だと主張する人が少なくないが、本当に音と音楽を知っていれば、そんな傲慢な姿勢をとれるはずがない。トーレンスのプレーヤーはこういうことをよく知っている。その結果必要悪は文字どおり、必要なことと肯定してバランス設計思想を尊重することになったのである。SMEのトーンアームも同様である。ストレートアームや超重量リジッドプレーヤーなどは、また違う思想であり、当然音も違う。大人の美しい妥協が生み出した不偏向な音のプレーヤーである。
 現在のトーレンスの上級機であるが、いかにも中庸の、しかも表現性の豊かな音が得られる。弦の艶と輝きのバランス、強靭な音の芯と漂うような響きのバランス、十分な細部の再現性ながら、けっして鋭利すぎない音を聴かせるボディや陰影のニュアンスがある。
「エラ&ルイ」のナローレンジをもっとも素直に聴かせトーキーサウンドを彷彿させたのも、このプレーヤーならではだ。部分的、分析的にはより優れた特質を聴かせるものは多くある。しかしバランスではこれを凌駕する製品は少ない。

J.A.ミッチェル Gyrodec Bronz

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 イギリスにはアナログプレーヤーが多く、さすがに伝統を重んじるお国柄が生きている。このジャイロデックもその一つで、ターンテーブル軸受けとアームベースを強固に一体結合して、3点支柱で吊る構造である。キャビネットはアクリル板で、これが視覚的なこのプレーヤーの全体の印象を支配していてユニークな雰囲気を演出している。
「クロイツェル・ソナタ」のヴァイオリンの重奏音は少々鈍い。温かいともいえるが、やや冴えない印象だ。シェリングの音はもう少しシャープで透徹なはずである。ピアノのフォルテによるアコードは左手のA音がブーミーで太くなる傾向だった。そのため、やはり重い印象となる。システムのf0が比較的高めに設定されているのかも知れない。冷たく痩せるよりはるかによいが、もう少し、すっきりして鋭角な切れ込みがないと演奏の気迫が弱くなる。
「トスカ」でも、この傾向がオーケストラの低音を強調するので、量感は出るがディフィニションは甘くなる。SME3009Rにしては高域が少々荒れるようで、若干汚れ気味でもあった。しかし、この分厚く温かい音感は、音楽の表現を豊かに聴かせる効果につながるので好ましく、物理特性に終始することのない魅力がある。全体の印象を一般的にいえば、いわゆる低音の出るプレーヤーということになる。したがって、中〜小型システムとの組合せでは、効果的と思われた。「ベラフォンテ」のライヴでとくにこれが感じられた。
 今回の試聴ディスクの中でもっとも古いモノーラル盤の「エラ&ルイ」が一番相性がよく、両人の声は帯城内が充実し、ヒューマニティ溢れる歌唱が楽しめた。「ロリンズ」盤ではベース過多がさらに強調され、サックスをマスキングしてしまったし、ベースの音程も不明瞭であり、ワン・ノート・ベース的な鳴り方であった。録音の癖を強調したようだ。

デュアル Golden 11

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 かつてオートチェンジャーで一世を風靡したドイツのデュアルのプレーヤーだが、その面影がトーンアームのジャイロスコープ・ジンバルサスペンションに残っている、ダイナミックバランス型のトーンアームである。78回転仕様があるのはディスクファンには喜ばれるだろう。こうして古いものをあっさり捨てない思想は、ここ半世紀の日本メーカーには、もっとも欠落しているものの一つであろう。だから、今この国は、技術も文化も断片化し底の浅いものになってしまった。
 ところで、このプレーヤーはけっして高級品といえるほどのものではないが、押さえるべきツボを押さえて、巧みにエネルギーバランスがとられている。アームの動作がよいのであろう、トレースが安定し細かい音もよくピックアップし、ヴァイオリンの音色は艶っぼい粘りのある魅力的なものである。シェリングらしさということでは少々違うように思うが、これはこれで官能的な魅力がある。ピアノも弾力感のある質感で、中低音にかけて豊かな肉づけが感じられる。f0の設定が上手い。ブーミーになるギリギリのところを掴んでいる。高域は派手めであるが、楽音や声質の変化には敏感で、多彩な音色を楽しめる。弦楽器群の音触は、しなやかさを聴かせるし、雰囲気がいい。精緻とまではいかないが、音楽的な感興のあるサウンドであった。空間感が豊かで「ベラフォンテ」のライヴは楽しめた。あの独特な声がよく活かされて、左チャンネルのレキント・ギターの弾くリズムがよく立って聞こえ印象的であった。
「エラ&ルイ」でサッチモの声がややドライになったのは、高域の華やかさのためと思われるが、その分、エラの声は魅力的で、あの柄に似合わぬ可愛らしさが生きていた。低音が豊かなため、「ロリンズ」のジャズではベースが録音のブーミーな傾向を助長し、シンバルの芯がやや細い。サックスも存在感の強い方ではなく、ジャズ向きではなさそうである。

プロジェクト PRO-JECT6.1

菅野沖彦

レコードリスナーズ アナログバイブル(ステレオサウンド別冊・1996年6月発行)
「注目モデルの徹底試聴 レコードプレーヤー」より

 何十年もアナログディスクに親しんだ耳にとっては、アナログプレーヤーの性格は無音溝のリードインのノイズを聞くことでおおよその見当がつく。つまり、これが格好のテスト用ノイズスペクトラムとなり、カートリッジ・スタイラスからシェル、トーンアーム、ターンテーブル、モーター、駆動機構、ベース構造、フローティングによる共振状態に至るまでのトータルの音響的性格に関する豊かな情報が、瞬時に耳に伝わるものなのである。言い方を換えれば、数秒後に奏でられるであろう音楽の鳴り方が予想できるのである。人間の耳が測定器的働きをするわけであって、音楽的判断とは別物である。オーディオ的な耳と言ってよいもので、豊富な経験の上に築かれるものであろう。音楽的な耳、感性にこれがどう結びつくか? が大問題なのであろう。
 直接このプレーヤーに関することではないが、今回のテストの第1号機を聴いて久しぶりにこの測定器のスイッチがONになった。この価格としては大変上質なノイズ・スペクトラムで、バランス設計に優れている。案の定、音もいい。
「クロイツエル・ソナタ」冒頭のシェリングのヴァイオリンの重奏音は毅然たる音色だし、続くヘブラーのアコードも納得のいくヴォイシングで安定した和声的構築が快感。「トスカ」の複雑な音色へのレスポンスもなかなかいい。高域に若干にぎやかなキラつきがあるが、これが解像力を演出する効果ともなっている。
「ベラフォンテ」のライヴでもこの高域の派手さが気になった。カートリッジ程ではないにしても、プレーヤー本体も低音域だけではなく高音への影響も大きい。プレゼンスもまずまずで、モノーラルの「エラ&ルイ」を聴くと、位相特性もよさそう。低音域のコントロールは可聴帯域内に目立つブーミングを感じさせない。ジャズも全体の音触感は自然な方で、適度に締まったソリッドネスが価格以上の
品位を聴かせる秘密のようである。

ワディア Wadia 2000

黒田恭一

ステレオサウンド 118号(1996年3月発行)
「WADIA2000 バージョン96に魅せられて」より

 もともと知ろうとする気持をすて、感じとれるものだけをたよりにオーディオとつきあってきた。技術的なことを理解しようとする気持を、むしろ意識的にふりすてて、スピーカーやアンプのきかせてくれる音と裸でむきあってきた。中途半端にしこんだ知識で、それほど鋭敏とも思えず、それほど堅固とも考えがたい自分の感覚がおびやかされることをおそれての、それがぼくなりの防御策だったかもしれなかった。
 技術音痴をバネにして、いさぎよく素っ裸のままスピーカーからきこえてくる音とむきあいつづけていたかったからである。そういえば、音楽をきいているときにも、似たような気持になることがある。スピーカーにしても、ピアニストにしても、そこできかせてくれる音にすべてがある。そのピアニストの出身地を知ったからといって、彼の演奏をより深いところで理解できるようになるとは思えない。
 しかし、今回のことは技術的な理解を放棄してしまっている技術音痴をも戸惑わせるに充分なものだった。少なくともこれまでは、音が変われば、それ相応に、あるいはそれ以上に、具体的に目に見えるスピーカーという物やアンプという物が大きく変化していた。いつだって、耳の感じとった音の変化が、目に見える物の変化によって、ことばとしていくぶん妙ではあるが、保証されていた。そのために、音という限りなく抽象的なものの変化を自分に納得させられた、という場合もあったように思う。このアンプとあのアンプでは見た目もこんなにちがうのだから、きこえてくる音がこのようにちがって当然、と考えたりもした。
 今度ばかりは、大いにちがった。ちょっと拝借、といわれてもっていかれた赤いハンカチが、目の前で、一瞬の間に青く変わったのを見せられたときのような気持になり、仰天した。最初は、驚きばかりが大きくて、とても音がどのように変化したのかを理解できなかった。しかし、ぼくは、驚いてばかりもいられない。ここでは、ことの顚末をもう少し冷静に、順をおって書くことが義務づけられている。
 今回のM1の指令は、電話ではなく、ファックスだった。そのファックスで、彼は、さりげなく音に対する彼の最近の好みの変化などをしたためつつ、実にさりげない口調で、WADIA2000のアップグレードバージョンを試聴してみないか、と誘っていた。老獪なM1は、これと前のものではかなりちがうので、気にいらなかったら、それはそれでいいのだけれど、と書きそえることも忘れなかった。
 M1は、先刻ご承知のとおり、寝た子を起こす達人である。おまけに、つきあいが長いこともあって、こっちの泣きどころをしっかりおさえたうえに、頃あいをみはかるのが巧みときている。なるほど、このところしばらく、ぼくの部屋の音は、それなりに安定していたこともあって、さわらぬ神に祟りなしの教えにしたがっていたが、ときおり、ふと、これでいいのかな、と思う不安の影が胸をよぎるのを意識しなくもなかった。M1はそれをも感じとっていたのか、絶好のタイミングで、ローレライの歌をうたってくれた。
 かくして、ぼくはWADIA2000のアップグレードバージョンを自分の部屋できくことになった。いずれにしても、これまで長いこときいてきたデコーダーのアップグレードバージョンではないか、と思い、いくぶんたかをくくっていたところがなくもなかった。そのすきをつかれた。目の前で、さっきまで赤かったはずのハンカチが、一瞬の間に青く変わるのをみせられて、ぼくはことばを失った。
 しかし、それにしても、このような大きな変化をいかにしてことばにしたらいいのか。それが大問題だった。しばしば、針のように小さな変化をいかにして棒のように大きくいうかに腐心させられる。今度の場合は、むしろ逆だった。
 正直に書くが、もし、目隠しをされて、WADIA2000の前のものと今回のアップグレードバージョンとを比較してきかされたら、ぼくにはその両方の音がいずれもWADIA2000のものとはききわけられなかった、と思う。この両者の間には、音の質と性格の両面で、それほど大きなへだたりがあった。
 しかし、その両者のへだたりの大きさをきっちりことばにしようとすると、心情的なことで釈然としないことがおこってくる、という難しい問題もからんでくる。というのは、もし、かりに、WADIA2000の前のものと今回のアップグレードバージョンとを比較した後に、ついさっきまでは灰をかぶっていた薄汚れた女の子が魔女にしかるべき呪文をかけられて、一瞬の間にガラスの靴をといて王子のパーティに出かけるシンデレラに変身したようなものだ、といったりすれば、それは、昨日まで素晴らしい音で(少なくともぼくは、そう思っていた)きかせてくれていた旧WADIA2000に対して、あまりに失礼ないいぐさである。それでは、まるで、新しい恋人ができて別れた前の恋人を悪しざまにいっている情のない男のようなもので、なんとも気がすすまない。
 それでもなお、旧WADIA2000に対しての感謝の気持を胸におさめて、アップグレードバージョンに変えることに対して、ぼくにはいささかのためらいもなかった。いずれにしても、オーディオに魂をうばわれてしまえば、不実といわれようが、浮気者よばわりされようが、お世話になった機器に別れを告げつつ、あらたな出会いに心をときめかしていくよりないからである。
 それにしても、今回は特別で、WADIA2000の前のものからアップグレードバージョンにするのは、美人姉妹といわれまふたりのうちの妹とつきあった後に、さらに素敵な姉さんに鞍替えしたようなもので、後ろめたさをいつになく強く感じないではいられなかった。
 姉と妹では、なによりもまず、音のリアリティが決定的にちがっていた。もっとも、音といったって、日頃きくのが単なる音のはずもなく、音楽をきくわけだから、ここは、音楽における音のリアリティ、といいなおすべきかもしれない。音楽における音のリアリティがませば、必然的に、音楽がより深く、鋭く感じられるようになる。お姉さんのWADIA2000は、その点で断然すぐれていた。そこに、ぼくは魅せられた。
 音のきめ細かさがまして、さらにくいぶん音の重心がさがったようにも感じられた。そのために、個々のひびきそのものの輪郭と陰影がより一層鮮明になった。これは、いいオーディオ機器に出会ったときにいつも感じることで

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(サウンドステージ 26号掲載)

JBL

オルトフォン SPU Classic GT, SPU Classic GTE, EQA-1000

オルトフォンのカートリッジSPU Classic GT、SPU Classic GTE、フォノイコライザーアンプEQA1000の広告(輸入元:オルトフォン ジャパン)
(サウンドステージ 26号掲載)

ortofon

スタービ TT-1000, REFERENCE

スタービのターンテーブルTT1000、REFERENCEの広告(輸入元:オルトフォン ジャパン)
(サウンドステージ 26号掲載)

Stabi

パーフェクトサウンド CD CONTROL, GP-224

パーフェクトサウンドのCDクリーナーCD CONTROL、アクセサリーGP224の広告(輸入元:東志)
(サウンドステージ 26号掲載)

perfectsound

ハーベス HL Compact 7, LS5/12A

ハーベスのスピーカーシステムHL Compact 7、LS5/12Aの広告(輸入元:ノア)
(サウンドステージ 26号掲載)

Harbeth

ゴールドムンド MIMESIS 39

ゴールドムンドのCDトランスポートMIMESIS 39の広告(輸入元:ステラヴォックス・ジャパン)
(サウンドステージ 26号掲載)

Goldmund

ゼンハイザー HD580, HE60, HEV70, HD320, HD330, HD340

ゼンハイザーのヘッドフォンHD580、HE60、HEV70(専用アダプター)、HD320、HD330。HD340の広告(輸入元:ゼネラル通商)
(サウンドレコパル 1994年夏号掲載)

ゼンハイザー

マッキントッシュ MC500

マッキントッシュのパワーアンプMC500のの広告(輸入元:エレクトリ)
(サウンドレコパル 1994年夏号掲載)

マッキントッシュ

ハーベス HL-Compact7

ハーベスのスピーカーシステムHL-Compact7の広告(輸入元:ノア)
(サウンドレコパル 1994年夏号掲載)

ハーベス

タンノイ Stirling/TW

タンノイのスピーカーシステムStirling/TWの広告(輸入元:ティアック)
(サウンドレコパル 1994年夏号掲載)

タンノイ