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バーサダイナミックス MODEL A2.0 + MODEL T2.0

早瀬文雄

ステレオサウンド 87号(1988年6月発行)
「スーパーアナログプレーヤー徹底比較 いま話題のリニアトラッキング型トーンアームとフローティング型プレーヤーの組合せは、新しいアナログ再生の楽しさを提示してくれるか。」より

 存亡の危機にたっている、といいたくなるようなアナログの世界。大艦巨砲時代の終焉とも思える大型アナログプレーヤーの衰退。個人的には、手元にあるマイクロSX8000IIに『かじりつく』しかないと思っていた。アナログを究めるアプローチは、もうこれしかない、疑いを差し挟む余地は無い、そう信じていた。
 バーサダイナミックスのプレーヤーシステムをみた時から、その高いデザインの『密度』に、おや、と思った。VDのイニシャル・ロゴに、このデザインの面白さが象徴されているようでもある。写真では分かりにくい、実物を目にし手にしてみなければわからない独特の雰囲気がある。色も単なる黒ではない。木目仕様もあるらしいが、断然こちらがいい。独立したコントロールボックスの仕上げも丁寧。スイッチ類のフィーリングも繊細。エアフロート、ディスク吸着といったものものしいメカニズムは、巧みにシーリングされ、フラッシュサーフェイスのターンテーブル面などとあいまって、全体に繊細感が漂う。
 一歩まちがえると玩具っぽくなるところだが、ここでは細身の、華奢な女性特有の雰囲気にも似たニュアンスをもちあわせていることで、玩具になり下がらずにふみとどまっている。アームのつくりはかなりしっかりしているにもかかわらず、ゴリゴリした野蛮なところが微塵もなく、やはり繊細。使い手も思わず手つきが慎重になる。このアームには一目惚れだが、かといって、このアームだけをとって、SX8000IIに取りつけてみたいとは思えない。この繊細感がスポイルされてしまう。マイクロには、やはりSMEシリーズVのような、逞しいアームがよく似合う。
 ヒューンというモーターの起動も『唸り』というよりは『囁き、呟き』といった風情。しかし、いいところばかりではない、これはそうとうに神経質で、感受性の鋭い存在だ。ここにあるのは、傷つきやすい脆さと抱き合わせの、緊迫した透明感なのだ。したがって、使いこなしの腕しだいでは、ひどい結果にもなりかねない。繊細微妙な調整を要するところはいたるところにある。が、そうしたポイントをおさえていく過程には、少しずつ響きに、自分の色をつけていく楽しみがのこされている。当初まったくいい印象のなかったリファレンス・カートリッジが、へぇ、ここまで鳴るんだ、と驚かされた。音像はひきしまって低域もふやけたところがない。オーケストラのトゥッティでも『崩れ』を見せない安定度の高さがある。にもかかわらず、響きに強引さがない。あくまで繊細無垢で透明。独特の反応の早さ、鋭敏さが、音楽の官能的な響きをとりこぼさず、しかも上品に表現する。清潔感のある響きは、たんにそこにとどまらず、生まれながらに『あぶない響き』を身につけてしまっている恐ろしさ。ほんのりただようような香気が際立つ。これはいい、こんな世界もあったんだ、全く異なる方法論をもって、マイクロとは違った頂上をめざしている一つの結果だろう。
 CD包囲に囲まれたかにみえるアナログ世界の『水際の楽天地』、ウォーターフロントがここにある。まずいものをきいてしまった……。テフロンのターンテーブルシートの色合いといい、欠点も多々あるが、もうこうなるとあばたもえくぼで、どうやらこのスレンダーで、ストイックな表情をしたコに見事に誘惑されてしまったようだ。