井上卓也
ステレオサウンド 39号(1976年6月発行)
特集・「世界のカートリッジ123機種の総試聴記」より
合計123個の内外のカートリッジの試聴をおこなったが、もっとも重要なポイントとしてクローズアップされたことは、本質的な試聴を終えての感想ではなく、試聴以前のリハーサル的な試聴における、カートリッジとそれを組み合わせるトーンアーム、もしくはプレーヤーシステムとの間にある問題である。
最近のプレーヤーシステムは、以前のような、プレーヤー構成部品であるカートリッジ、トーンアーム、フォノモーターを集めてプレーヤーべ-スに取り付けた、いわゆるアッセンブリー型プレーヤーが少なくなり、各構成部品がデザイン的にも、性能的にも有機的に結びついたプレーヤーシステムとしての完成度が高くなっている。
それとは別に、DD型フォノモーターが商品化されて以来、プレーヤーシステムの焦点はフォノモーター中心に発展してきた。
モーターの駆動力が、それまでのベルトを介さずに直接ターンテーブルをダイレクトに回転させる駆動方式の転換に主な意味があった第1世代のDD型から、ターンテーブルが1回転する間に回転数を制御するチェックアウトポイントの数を増加して、回転数をよりムラなくコントロールする、FGサーボに代表される第2世代のDD型。さらに、回転数の増減をプラス方向マイナス方向ともに制御可能であり、かつ、回転数の基準を正確なクリスタルを採用して規制をする現在の第3世代のDD型にまで発展してきた。
たしかに、これらのターンテーブルの改良発展によって、結果的な音質が大幅に向上していることに異論はないが、プレーヤーシステムとしてトータルで考えると、ややトーンアームの問題が取り残されているように思われる。現在のプレーヤーシステム間の音の違いは、一般に考えられているよりははなはだしく大きく、同じカートリッジ同じディスクを使ってその差を比較すると、まさに驚くべき格差があり、少なくとも、現在すでに高水準にあるプリメインアンプと比較すると問題にならぬほど大きく、もっとも大きく音を支配するといわれるスピーカーシステムと比較しても、スピーカーシステムのように、設置場所によるコントロールが不可能に近いだけにこの差のもつ意味は、かなり大きいと受け取らなければならない。
プレーヤーシステム間の音の差の原因として考えられるのは、その大半がトーンアームにあるようである。実際に、今回のカートリッジ試聴で最後までつねに問題として残ったのは、トーンアームの選択が妥当であったかどうかである。
現在のカートリッジは、CD−4システムが発表されて以来、急速に性能が向上しているだけに、トーンアーム側はユニバーサル型を原則としている限り、大きなネックにさしかかっているようだ。ある意味では、広範囲なカートリッジの使用を前提とするユニバーサル型トーンアームは限界に達しているようである。トータルなシステムとして考えると、完成度が高まったとはいえ、なお、コンポーネントシステムのなかでは、プレーヤーシステムがもっとも多くの問題を残しており、音が良いプレーヤーシステムが出揃うまでにはかなりの時間が必要であろう。
今回の試聴を終っての感想は、平均的にカートリッジの性能が高くなったという、月並みな結果であり毎度このような試聴をおこなうたびに感じることと同様な結果である。とくに、国内製品では、各メーカー間の個性が薄れて平均化しているのは、他のプリメインアンプやスピーカーシステムと同じ傾向であり、各メーカーの基本的な技術水準が向上して接近していることを物語るものであろう。このことは海外製品でも同様で、新しい製品は物理的な性能が高くなった反面に、音色的な個性は徐々に少なくなる傾向が感じられる。とくに、内外を問わず、CD−4システムに使用可能な高価格のモデルは、音が平均化する傾向が強いのは、大変に興味深い事実である。当然、コンポーネントシステムが高級なクォリティが高いものとなれば、平均化したなかでの差が大きな要素としてクローズアップされてくるが、平均的なコンポーネントシステムを使用するという条件があれば、その差はかなり縮まるはずである。
今回の試聴では、テストの方法で書いたような条件を設定し、その場での音についてのリポートをすることにした。したがって、従来からの個人的な使用での先入観的な各カートリッジの音色は、まったく、今回の試聴リポートには関係なく、結果としては、経験上の音色とかなり異なったカートリッジも多い。おそらく、プログラムソース側でのディスク自体がかなり発展して質的な向上をしていることも原因であろうが、アンプ関係の性能向上も大きな要素となっていると思われる。また、今回の試聴により、従来から潜在的に、各カートリッジに感じていたことが、デメリット的に表面に問題として出てきた場合もあり、逆に、可能性としてメリットとなって、あらためて認識し、確認した例もある。やはり、カートリッジが、現在ではプレーヤーシステム、とくにトーンアームと分割されたひとつの部品として存在していることが、このように変化する要因であろうし、長期間使ってかなり判かっていたはずのカートリッジでさえも、的確に音が捕えきれない理由ではないかと思われる。
今回の試聴で注意して聴いたポイントは、一般的なコンポーネントシステムに共通な、聴感上の周波数レンジ、周波数帯域内での量的と質的なバランス、ステレオフォニックな音場感、つまり、左右の拡がり、前後の奥行き、音像定位と音像の大きさなどがある。
個人的な意見としては、コンポーネントシステムのなかではスピーカーシステムとアンプが基本であり、カートリッジを含めたプレーヤーシステムは、FMチューナーやテープデッキと同様にプログラムソースであると単純に考えるべきものと思う。現在のように任意にカートリッジが交換できるプレーヤーシステムでは、カートリッジはプログラムソースであるディスクとその内容によって決定するべきであろう。音的には現在のカートリッジはかなりの水準に達しているが、音楽を聴くことになれば、物理的な音としてのクォリティが高いとしても、それがすべてではない。例えば、多くの米国系のカートリッジでは、ドイツ系のオーケストラがもつ音色を充分に聴かせることが難しく、ドイツ系のカートリッジで、ロックやソウルのエネルギッシュでビートのあるリズムを聴くことは、どうにも場違いな感じが強い。しかし、このサイドに踏み込むと、用意するプログラムソースの幅が広くなり、細かく試聴を重ねていくだけの充分な時間も現実に不足するのは、試聴カートリッジの機種が多いだけに当然であろう。
今回は、テスターが各人各様の試聴をする持廻り試聴でもあるために、基本となる音的な問題に限定して試聴をし、リポートをすることとし、音楽的な問題は、その、ほとんどを割愛することにした。
試聴リポートに出てくる低域のダンピングという意味は、トーンアームを含んでの低域の量と質との兼ねあいに関係がある、感覚的なダンピングで、一般的なダンピングが効いた音などと表現されるものと同様に考えていただいてもよいと思う。また、聴感上のSN比とは、聴感上でのスクラッチノイズの性質に関係し、ノイズが分布する周波数帯域と、音に対してどのように影響を与えるかによって変化をする。物理的な量は同じようでも、音にあまり影響を与えないノイズと、音にからみついて聴きづらいタイプがあるようだ。また、高域のレスポンスがよく伸ぴ、音の粒子が細かいタイプのカートリッジのほうが、聴感上のSN比はよくなる傾向があった。
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