ラックス CL32

菅野沖彦
 
スイングジャーナル 12月号(1976年11月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 世はフラット・プリ・アンプの大流行である。火をつけたのはアメリカのマーク・レビンソンだといってよいだろう。以来、アメリカには全くなんの影響をも与えていないのに、日本では大流行してしまった。この辺にも日本メーカーの性行が如実に現われているといえるのではないか。それは、ともかく、今度ラックスから発売になった、このCL−32も、プロポーションとしてはフラット・TYPEである。しかし、このフラット・アンプは同じフラットでも少々中味が異る。
 どう異るかというと、これは管球式のプリアンプなのである。このアンプを見て、その外観から、これが管球式のアンプとわかる人はいないだろう。実にすっきりしたデザイン、美しいパネルの仕上げ、見た眼にも極めて洗練された感覚がみなぎっている。真空管式のアンプ回路についてはもっとも豊かな蓄積とノウハウを持っているいってよいラックスだが、現時点で新たに、球のプリ・アンプが新製品として登場したバックグランドはなんなのであろう。いろいろ推測することが可能だが、その最大の理由は、なんといっても、ラックスの技術陣が、真空管を使いこなすことの自信にあるといってよいのではないだろうか。日進月歩のエレクトロニクスのテクノロジーのプロセスにおいて、常にニュー・フェイスとして紹介されるディバイス、つまり、各種のトランジスタは、それなりに素子として優れている点も持っている。しかし、新しい性格をもった素子が、本来の力を発揮するためには、その素子に最も適した使われ方がされなければならない。つまり、回路的に十分検討がなされ、多くの実験を経て、アンプの役目であるインプットとアウトプットの現実の条件の中で、いかに動作して、よい音を再生し得るかという試練を経なければならないと思う。その意味からいえば、真空管という素子は、もう古いと思われるほど、知り尽されたものであり、あらゆる回路技術が結びついて、その性能と性格の特色については練りに練られた素子だといってよいだろう。長年のアンプ専門メーカーとしてのキャリアを持つラックスにとって真空管は、まさに自家薬籠中のものだといえるだろう。もう一つの考えられる理由としては、これがキットでも発売されるということだ。もっとも、キット売りは後から出た案かも知れないので、勝手な推測は慎しむことにしておこう。
 とにかく、このCL−32は、大変に音のよい魅力的なプリ・アンプであって、現状で、プリ・アンプのもっている音への要求をよくみたしてくれるものだ。つまり、私の要求する、暖かさ、つぶだちのよいアキュラシー、音の積極的な表現、弱音から強音への広い質的安定感と、高い物理的S/N、こうした条件に、ほぼ、要求通りに応えてくれるのである。どうも、最近の新しいプリ・アンプは、音の品位が高く歪み感がないと思うと、雰囲気が重苦しかったり、フワーと軽やかに音場が拡がると思うと音が華やか過ぎたりといった具合で、なかなか思うように鳴ってくれないのである。こちらの要求が高くなっているためで、決して新型のアンプが悪いわけではないと思うが、このアンプを聴いて、そうした特別な傾向を強く感じずに、しかも、十分聴き応えのある音像の明確さと豊かな音場の雰囲気再現に満足させられたのだった。機能は簡素化されトーンコントロールはついていないが、実用上必要なものは不足がない。リニア・イコライザーと称するラックス独特のイコライザー・コントローラーがあって、少々のプログラム・ソースのキャラクター補正には事欠かない。最近続々発売される優れたプリ・アンプの中でも、特に強く印象に残った製品だった。
 また前述したように、別に組立てキットとして発売されているA3032という製品がある。ハンダゴテを握れる人で、暇と興味のある人は、これを組むことも楽しいのではないだろうか。特に、専門知識がなくとも、添付されているインストラクション・ブックに忠実に組立てていけば、まず、CL−32と同等に仕上りそうだ。私自身は、組んでいないので、100パーセントの自信をもって言えないが、ラックスのキットの信頼性は高いし、自分で作る楽しみはまた、格別であろう。万が一、手に負えなくとも気安く完成まで導き手助けしてくれるという。それが良い音を出せば、喜びも一入(ひとしお)大きいだろう。

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