JBL 4343, 4350

瀬川冬樹

ステレオサウンド 41号(1976年12月発行)
特集・「世界の一流品」より

 その音を耳にした瞬間から、価格や大きさのことなど忘れてただもう聴き惚れてしまう。いい音だなあ、凄いなあ、と感嘆し、やがて音の良し悪しなど忘れて音楽の美しさに陶酔し茫然とし、鳴り止んで我に返って改めてああ、こういうのを本当に良い音というのだろうな、と思う……。スピーカーの鳴らす音の理想を書けば、まあこんなことになるのではないか。それは夢のような話であるかもしれないが、少なくともJBL#4350や#4343を、最良のコンディションで鳴らしたときには、それに近い満足感をおぼえる。
 JBLの創始者ジェイムズ・B・ランシングは、アルテックのエンジニアとしてスピーカーの設計に優れた手腕を発揮していたが、シアター用を中心として実質本位に、鋳物の溶接のあともそのままのアルテックの加工法に対して、もっと精密かつ緻密な工作で自分の設計をいっそう生かすべく、J・B・ランシング会社を設立した。その最初の作品である175DLHは、ショートホーンに音響レンズという新理論も目新しかったが、それにもまして鋳型からとり出したホーンの内壁をさらに旋盤で精密に仕上げるという加工法、また、アルニコVと最上級のコバルト鉄による漏洩の極度に少ない高能率の磁気回路の設計や、油圧によるホーン・ダイアフラムの理想的な整形法に成功したことなどにあらわれるように、考えられる限りの高度で最新の設計理論と、材料と手間を惜しまない製造技術によって、1950年代の初期にすでに、世界で最も優れたスピーカーユニットを作りあげていた。続いて設計された375ドライバーユニットは、直径4インチという大型のチタンのダイアフラムと、24000ガウスにおよぶ超弩級の磁気回路で、今に至るまでこれを凌駕する製品は世界じゅうにその類をみない。375のプロ・ヴァージョンの#2440は、#4350の高域ユニットとして使われているし、175の強力型であるLE85のプロ用#2420が、#4343の高域用ユニット、という具合に、こんにちの基礎はすでに1950年代に完成しているのである。驚異的なことといえよう。
 JBLのユニット群は、エンクロージュアに収めてしまうのがもったいないほどのメカニックな美しさに魅了される。1950年代はむろん飛び抜けて斬新で現代的な意匠に思えたが、四半世紀を経た今日でも相変らず新しいということは、不思議でさえある。が、その外形は単に意匠上のくふうだけから生れたのではなく、理想的な磁気設計や振動板の材質や形状、それらを支えて少しの振動も許さないダイキャストの頑強なフレーム構造……など、高度な性能を得るための必然から生まれた形であり、その性能が今日なお最高のものであるなら、そこから生まれた外観がいまなお新しいのも当然といえるだろう。
 JBLのエンクロージュア技術も、ユニットに劣らず優れている。最大の特長は、裏蓋をはじめとしてどこ一ヵ所も蓋をとれる箇所がなく、ひとつの「箱」として強固に固められていること。そしてユニットのネットワーク類はすべて、表からはめ込む形でとりつけられる。現在では多くのメーカーがこれに習っているが、長いあいだこの手法はJBLの独創であった。それはエンクロージュアが絶対に共振や振動を生じてはならないものだ、というJBLの信念が生んだ考案である。その考案を生かすべくJBLのエンクロージュアは板と板の接ぎ合わせの部分が、接着ではなく「溶接」されている。JBLではこれをウッドウェルド(木の溶接)と呼ぶ。パーティクルボードまたはチップボードは、木を叩解したチップ(小片)を接着剤で練り固めたものだ。その一端を互いに突き合わせ高周波加熱すると、接触部の接着剤が溶解して、突き合わせた部分は最初から一枚だった板のように溶接されてしまう。だからJBLのエンクロージュアは、輸送や積み下ろしの途中で誤って落下した場合つき合わせた角がはがれるよりも板の広い部分が割れて破壊する。ふつうのエンクロージュアなら、接着した角の部分がはがれる。そのくらいJBLのエンクロージュアは、堅固に作られている。
 ユニットやエンクロージュアへのそうした姿勢からわかるように、JBLのスピーカーシステムは、今日考えられる限りぜいたくに材料と手間をかけて作ったスピーカーだ。多くのメーカーには商品として売るための何らかの妥協がある。JBLにもJBLなりの妥協がないとはいえないが、しかし商品という枠の中でも最大限の手間をかけた製品は、そうザラにあるわけではない。JBLが高価なのは、有名料でもなければ暴利でもなく、実質それだけの材料も手間もかかっているのだ。JBLだからと、ユニットだけを購入してキャビネットを国産で調達しようとする人に私は言おう。ロールスロイスが優れているのは、エンジンだけではないのだ、と。あなたはエンジンだけ買ってシャーシやボディを自作して名車を得ようというのか。材質も加工法も全然違うエンクロージュアに、ユニットだけを収めてもそれはJBLの音とは全然別ものだ。
 JBLの栄光に一層の輝きを加えた作品が、新しいプロ用モニタースピーカー#4350であり#4343である。どちらも、低・中・高の3ウェイにさらにMID・BASSを加えた4ウェイ。#4350は低音用の38センチを2本パラレルにした5スピーカー。こういう構成は従来までのスピーカーシステムにあまり例をみない。その理由について解説するスペースがないが、JBLは必要なことしかしない、と言えば十分だろう。こんにちのモニタースピーカーに要求される性能は、広く平坦な周波数特性。ひずみの少ない色づけ(カラーレイション)の少ない、しかも囁くような微細な音から耳を聾せんばかりのハイパワーまで、鋭敏に正確に反応するフィデリティ、そして音像定位のシャープさ……。そうした高度な要求に加えてモニタースピーカーは、比較的近接して聴かれるという条件を負っている。こういう目的で作られた優れたスピーカーが、過程での高度なレコード観賞にもまた最上の満足感をもたらすことはいうまでもない。
 #4350も#4343も、外観仕上にグレイ塗装にブラック・クロスのスタジオ仕様と、ウォルナット貼りにダークブルーのグリルがある。どちらのデザインも見事で、インテリアや好みに応じていずれを選んでも悔いは残らない。

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