「私はベストバイをこう考える」

瀬川冬樹

ステレオサウンド 43号(1977年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ ’77ベストバイ・コンポーネント」より

 前回35号でもベストバイパーツの選定をしたが、今回はそのときとは基準を少し変えた。その説明をする前に、35号のときの選定基準をもういちど簡単にくりかえしておく。
 前回は、あらかじめ編集部で部門別(機種別)に整理した市販全製品のパーツリストを渡された上で、その中から約百五十機種に絞るようにという課題があった。そこで、大まかな分類として、次の三つの基準を自分流に作った。
 ◎文句なく誰にでも奨めたい、或いは自分でも買って使いたい魅力のあるパーツ。
 ○自分としては必ずしも魅力を感じないが、客観的にみて、現時点で、この価格ランクの中では一応水準あるいは水準以上の性能を持っていると思われるパーツ。
 △必ずしも水準に達しているとは思えないが、捨てるには惜しい良さまたは魅力をどこかひとつでも持っているパーツ。
 この中で、◎と△を選ぶのは案外やさしい。
 例えば今回のリストアップの中でも、すでに自分で購入して、高価ではあったけれど心から満足して毎日楽しんでいるSAE2500(300W×2のパワーアンプ)などは、簡単に◎がつけられる。実際、私のすすめで同じアンプを購入した友人が三人ほどいるが、その中の誰も、65万円(現在69万円に値上げされているが)という代金を支払ったことを後悔するどころか、良い音で音楽を味わえる毎日毎日が楽しくて仕方がないと、心から喜んでいるのだから、その代価は少しも高価でなく、良いものを手に人れた満足感にひたりきっているわけだ。こういう買い物が、ほんとうの意味でのベスト・バイといえるわけだ。
 もうひとつ反対の例をあげるなら、例えばマッキントッシュのC26やMC2105、あるいはQUADの一連のアンプとチューナー。これらの製品は、進歩の激しいソリッドステートの技術の中でふりかえってみると、その物理特性も鳴らす音も、今日の水準とは必ずしも言い難い。けれど、マッキントッシュもQUADも、そのデザインや全体のまとまりの、チャーミングで美しいことにかけては、いまだにこの魅力を追い越す製品がないのだから、物理特性うんぬんだけで簡単に捨ててしまうのはどうも惜しい。というわけで先の分類の△に該当する。
 こういう具合に、◎と△はわりあい簡単に分類できる。けれど難しいのは○の場合だ。
 自分としてはひっかかる点があるが、客観的にみて良いと思う──。そういうリストアップのしかたが、ほんとうに可能だろうか、と考えてみる。ことばの上では可能であっても、自分が自分を捨てて客観的になるなどということは、本質的にはできっこない。せいぜい、できるかぎり主観や好みをおさえて、いろいろな角度から光をあててみて、できるかぎり客観的態度に近づくよう努力する、ぐらいがようやくのことだ。
 しかしそこでもう少し見方をかえてみる。今回もまた前回同様、編集部であらかじめ整理した何千機種かのパーツリストが目の前に置かれている。あまりの数の多さに一瞬絶望的な気持になるが、意を決して赤鉛筆など持って、はじめは薄く○か何かのシルシをつけてゆく。パーツ名を追う手が、あるところでふとためらい、○をつけ、消し、もういちどつける……などということをくりかえす。それは結果的にみると、選んでいる、ともいえるし、落している、ともいえる。結果は同じでも、選ぶ、というつもりで○をつけるのと、落す、という意識で○をつけないのとでは、こちらの気持はずいぶん違ってくる。そこで考えこんでしまった。
 というのは、これだけのメーカーが、一品一品時間と手間をかけて作ったものを、メーカー側でダメだとは、まさか思っていないだろう。それをこちら側からみると、意にかなうものとそうでないものとに分かれてしまう。それなら、このパーツはリストアップしない、これは落す、そういう明確な理由づけのできないパーツを落すのは変じゃないか、ということになってくる。上げない理由、が不明確であるのなら、落す理由にはならない。
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 こういう考え方をしてみたら、かなりの数のパーツに○をつける結果になってしまった。今回は、前回のような百五十機種、というような数の制約がなかったせいもある。しかしリストアップを編集部に渡したあとで、私の数が最も多かった、ときかされて、少し複雑な気持になっている。ほかの諸氏たちの選定の基準あるいは理由を、一日も早く読んで納得したい、という気持になっている。くりかえすが、私個人は、上げない理由、の明確でないパーツは落さなかった、というだけだ。
 それにしても、はじめの分類でも書いたように、リストアップしたパーツにも、大別すれば三つの理由があるわけで、そのちがいについては、リストアップしたパーツごとの説明を書く段になって、自分自身にもはっきりしてきた。◎や△のように積極的な意味を持って上げたパーツの原稿を書くときは、しぜん書き方に弾みがつくが、○印のパーツの場合は、どこかよそよそしい隙間風が吹くような気分に、書いていながらおそわれている。だとすると、思い切りよく◎と△以外は切り捨ててしまった方がよかったのかもしれない、という気持にもなるが、もしそうしたとしたら、逆に私のリストアップはいちばん少なくなってしまったに違いない。
 こういう具合で、リストアップするにも、その拠りどころとなる基準や理由のつけかたによって、パーツの数は相当大幅に変ってしまう。その点今回の私のリストアップは、あるいは迷いの結果であるかもしれないが、しかし、上げたパーツがもしどこか自分の考えと一致しない部分があれば、できるだけ正直に具体的に書くようにした。そのために、リストアップしておきながら、部分的に批判しているようなものがけっこう多いはずだが、右のような次第であることをご理解頂きたい。
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 ところで、私にはテープデッキ以外のすべてのパーツが与えられたが、パーツによってその選定の根拠に多少の違いがあるので補足しておく。
 第1にスピーカー。ここでは、音質に重きを置いた結果、どうしてもやや主観的な選定になっている。自分として賛成できない音のスピーカーは上げていない。
 また、スピーカーユニットは棄権させて頂いた。最近この部門については不勉強で、たまたま知っている数機種を上げれば、かえって不公平になることと、ユニットに関しては、使い手の技術や努力によって、得られる音のグレイドにも大幅の違いが生じるから、単にパーツをリストアップする意味に疑問を感じたためでもある。
 第2にアンプとカートリッジについては、スピーカーシステムほど徹底して主観を通すということをせずに、客観的データを参考にして、ある程度幅をひろげた選び方をした。またチューナーについては、単体として優れたものばかりでなく、プリメインまたはセパレートアンプとのペア性、という点をやや考慮した。チューナー単体としては水準スレスレの出来でも、ふつうの場合、プリメインアンプを選べばそれとペアのチューナーを並べた方が気分がいいと思うから。
 第3のプレーヤーおよびモーター単体については、もしほんとうに私の主観を強く出せば、ほとんどリストアップできなくなってしまう。というのは、プレーヤーやそのためのパーツについて、「レコード芸術」誌上でここ半年ほど論じたように、扱い手の心理まで含めた操作性の良さやデザインの洗練の度合、ということを条件にしてゆくと、これならというプレーヤーまたはパーツは、おそらく二〜三機種しかないからだ。したがって、ことにモーターについては回転機としての物理特性の良いものという前提で、デザインやフィーリングに不満があってもあえてそれを条件としてあげている。

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