瀬川冬樹
ステレオサウンド 16号(1970年9月発行)
特集・「スピーカーシステム最新53機種の試聴テスト」より
本誌10号で50機種のブックシェルフ・スピーカーをテストしたときと今回とでは、テストの方法、採点法、およびテストに参加したメンバーにかなりの違いがあるので、その点を中心に解説を加えたい。なお、本誌10号の井上卓也氏の解説と比較していただければ、前回との相違点について詳細にご理解頂けると思う。
■試聴室
本誌四号以来同じ本誌の試聴室で行なった。広さ約12畳の洋室。床面は二重にカーペットを敷きつめ、ガラス窓の面には厚手のカーテンをひいてあり、洋間としては反響の少ない、ややデッドな吸音状態になっている。
この部屋の四方の壁面の一面だけ残して、あとの三面に、コの字型にぐるりとスピーカーが配置された。53機種もあると、ほとんど床から天井近くまで積み上げられる。これだけ大量のスピーカーを並べると、互いにレゾネーター(共鳴体)として動作するので、その影響は必ずしも無視できないが、方法としてやむをえないだろう。加えて、スピーカーは置き場所によって相当に音のバランスが変る。前回では、一回の試聴が終るたびに配置を少しずつ変えるという手間をかけたが、今回は編集部の事情によって積み変えは行なわれなかった。しかし前回でも、配置を変えてみても音の素性の悪いものはそんなことぐらいでは良くならないし、素性の良いスピーカーは少しぐらい不利な場所にあっても時間をかけてていねいに聴きこんでゆけば、必ず浮かび上ってくるという事実を体験しているので、置き場所による採点ミスは、ほとんどあるまいと思われる。もしもこの点で正確を期すのなら、ひと組ずつ全く同じ場所に53回入れ換えるべきだということになる。それでは瞬間切換はできないし、実際問題としても不可能に近い。
■テストのメンバーと試聴の方法
ヒアリングテストに参加したメンバーは前回どおり四人だが、前回は、岡、菅野、山中、瀬川で、今回は上杉佳郎、岡俊雄、長岡鉄男の各氏と瀬川の四人でテストを行なった。なお井上卓也氏が53機種の構造及び特徴について解説されているのは前回同様である。
試聴の方法は、互いの話し合いを避けることと、一人ひとりが納得のゆく形で自由に時間を使えるように、一日一人ずつ、後退で試聴した。14号のアンプのように、音の微妙なニュアンスを云々する場合には合同テストの良さがあるが、試聴者の立脚点によって大きな違いの生じるスピーカー・テストでは、テスターの一人としてみてもこの方がやりやすい。今回は結果からみると、一人あたり平均二十時間、四人の合計で八十時間をかけた。時間の使い方はテスターに一任されていたので、短かい人は二日足らず、長い人は四日を使っている。平均して前回よりやや短かいが、前回のようなブラインド(目かくし)テストでないために、音の傾向を掴むまでの暗中模索の時間が少なくて済んだのだろう。
■テスト装置
別図のブロックダイアグラムに示すように、プログラムソースはディスク・レコードによった。これについては何度も解説しているように、同じ部分を即座に反復再生できることや、レコードのかけかえなど、操作上最も有利だというのが主な理由である。
ピックアップ・カートリッジは、NHKのFM放送の標準であるデンオンDL103が主に使われたが、テスターの好みや馴れによって、他の製品も自由に使われている。デンオンの場合、トランスはFRのFRT-3を使った。
アンプは、これほど数多いスピーカーをごちゃまぜにするテストには、管球式よりトランジスター式が──というよりも出力トランス付きのアンプよりOTLアンプの方が──有利である。というのは、出力トランス付きのアンプでは、インピーダンス4Ωと8Ωの切換えをしなくてはならない。そういう理由からTRアンプを、そしてスピーカーを最良の状態で鳴らすために、今回のJBLが使われた。なお参考として国産のプリメイン・アンプ数機種が一応用意されたが、アンプがローコストになるにつれて、スピーカーの良否の幅が減る──というより、本来良いスピーカーでも、アンプのグレードが下ると、スピーカーの良さもおさえられてしまい、高級品には損な評価になる。しかし逆に、今回のようにアンプに良いものを使うと、ローコストのスピーカーが実力いっぱいの音で鳴ることになり、ローコスト製品には徳な結果が出る。それに加えて、スピーカー・キャビネットを隙間なくぎっしり積み重ねると、互いのバッフル効果を助長するため、小型のスピーカーでも実力以上の低音が出るということもあって、なおのことローコスト製品が点数をかせぎやすい。そういう採点エラーをどうカヴァーするかは、テスター個人個人の判定にまかされている。
53機種のスピーカーは、レベル・コントロールのあるものは、メーカーが指定したノーマル・ポジションに固定してある。例外的に2~3確認のため変更したものもあるが、原則として、メーカーが作ったバランスをそのまま評価するという立場をとった。厳密には1台ごとに最適レベルセットを探るべきかもしれないが、前述の置き場所の問題ともからんで、へたにいじるとかえって評価をあやまらせるおそれがある。
■前回と大きく変えた採点の項目
10号では、オーケストラ、室内楽、ジャズ、ポピュラー、ムード……というように、音楽のジャンル別に採点したが、こういう採点法は、スピーカーのキャラクターによって、音楽の内容に適不適があるといった誤解を招く結果になりかねないことと、前回の項目からは、スピーカー音質の全体的な傾向が必ずしも正しく浮び上らないという問題があったため、今回は次のような項目に分類してみた。これも実際に採点してみると、まだ多くの不備があることがわかったが、いままでの採点法に今回の経験を加えて、さらに完璧なステレオサウンド誌独特の採点法を完成するよう、いっそう研究したい。以下、項目別に補足を加えると──
①大編成/クラシック、ポピュラーを問わず、シンフォニー、管弦楽、ビッグバンド、映画音楽、ムード等あらゆるジャンルの音楽の、編成の大きなオーケストラを包括している。いわばスケール感、音のひろがり、トゥッティでの音の解像力等が聴きどころになる。
②小編成/室内楽、コンボ・ジャズ等、小人数での演奏の音像再現性や、キメのこまかさが聴きどころ。
③独奏曲/ピアノでも弦でも、楽器ひとつだけの場合の音色やニュアンスの再現性。
④声楽/独唱も合唱も含めて、人の声の自然さは、音質判定の重要な項目になる。ここまでが楽器別楽曲別の採点項目である。
⑤バランス/低音がとくに強いとか、中音が張り出すとか、目立ったくせがあるかないか、要するに音域全体でのバランスの問題。
⑥音域の広さ/音のバランスが良くても音域がそう広くないものもあるし、重低音も超高音もたっぷり出るが、バランスの悪いものもある。
⑦音の品位/音域の広さとか低音や高音がどんなバランスで出るかという前の項目は、料理でいえば甘さ辛さや香辛料の入りぐあいにそうとうするが、この「品位」とは、たとえてみれば、スープやつゆの旨さに相当する。一見何でもない味が、舌に乗せて味わうほどに奥ゆかしい深い味わいを持っていたり、はじめうまいと思っても味わってみると、安っぽい香辛料でごまかされていることに気がついたり、というように、これは物理的に絶対測ることのできない項目で、しかもリスナーが熟練を積まないとごま化されやすい。音の品位さえ良ければ、塩あじ砂糖あじはトーンコントロールでもある程度加減できるが、生まれついて品位が悪いものは、いかに音域が広く、音のバランスが良くても、永く聴いていられない。
⑧能率/これはJISできめた物理的な、算術平均知的な能率でなく、聴感上の音量感といった意味からの採点で、とうぜん、⑤のバランス項目とも関連がある。つまり中低音域が盛り上っていれば、音がたっぷり豊かに聴こえるし、中高域が盛り上れば、張りのある明快さで音が張り出して聴こえる。とうぜん、音のバランスにくせのある製品は、試聴するプログラムソースによって大きくバラつきが出るから、テスターによってかなり変る筈だ。いずれにしても、能率の良いスピーカーはパワーの小さいアンプでよく鳴るし、能率の悪いスピーカーにはハイパワーアンプを用意しなくてはならない。一方、能率は許容入力とも関係がある。能率が悪いのにパワーを入れると音が割れてしまうようなものは、ダイナミックレンジのせまい、貧弱な音になる。
今回テストした53機種の能率のいちばんいいものと最も悪いものとでは、音量感で20デシベル近くの差があったから、アンプのパワーでいえば、ざっと100倍の開きがあるわけだ。とにかく、能率のよくないスピーカーには、予想以上にパワーにゆとりのあるアンプが必要になる。
⑨デザイン/外観の意匠、プロポーション、仕上げ、あるいはネットをとり外せるものは外したときの感じなど、毎日手もとに置いて愛用する以上、デザインは無視できない。しかしこれは、あるレベル以上になると好みそのものといったことになるので、この項目によって、逆にテスター各自の好みの性向を探られる結果になるかもしれない。
⑩コスト・パフォーマンス/以上の9項目の採点を総合した上で、価格とみあわせて、コスト・パフォーマンスの採点がきまる。価格が高くても、各項目の評価が高ければお買徳品になるし、いくら易くても、安かろう悪かろうでは採点も悪くなる。多少の弱点があっても、価格がそれ以上に安ければ、コスト・パフォーマンスは良い点をとるというように総合点であるだけにきわめて流動的である。
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以上のような採点と、あわせて簡単な印象記によって、製品の性格は10号の場合よりも性格に浮き彫りされるのだろうと思う。総合的な採点の結果、特選、推薦、準推薦の機種を各テスターが選び出している。
なお、今回はテストレコードについて一切ふれてないが、テスター個人個人が自宅から持ち寄ったものと、編集部が用意したものとで、枚数で云えばきわめてぼう大な数に上る。クラシック、ジャズ、ポピュラー、ムード、歌謡曲、ドキュメント等々、あらゆる分野に亘っている。
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