早瀬文雄
ステレオサウンド 96号(1990年9月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より
アメリカ、カリフォルニア州ビスタから、実に陽気なネーミングを持った新しいスピーカーが登場した。ヤンキー・オーディオ社のFPR72がそれで、学生の頃からオーディオが趣味であったJ・タイラー氏が、自身の好む究極のサウンドを求めて、1985年に会社を設立し、スピーカーシステムの開発に着手して完成したものという。
本機はプレーナータイプで、これはアポジー同様、リボン型スピーカーである。しかし、アポジーとは異なり、ヤンキーはシングルダイアフラムで正真正銘のフルレンジ。表面積はコーン型に換算すると、なんと45cm口径のユニットで4個分もある。このメーカーの主張は、そのシンプルな全体の構成や、音から、実にはっきりと感じとることができる。それはもう、気持ちがいいくらいに単純にして明快なのだ。何も小細工をしていないプレーンなダイアフラム。ネットワークなんて当然ない。音楽信号が通過する経路には、L成分もC成分もない、シンプルそのもの。
そのせいかどうかわからないけれど、音にはアポジーのようなエネルギー感は望めない。でもいいのだ、これはこれで。
なにしろスピーカーのインピーダンスは3Ωと公表しているのに、メーカーは必要なパワーアンプとして、アポジーのように大袈裟なものを要求していない。クレルやマークレビンソンは要らないのだ。50Wから75W。ソリッドステートでも真空管アンプでも可。これが公式見解である。驚きだ。
つまり、そのくらいのパワーで十分な音量で聴きなさいと指定されていると解釈していいと思う。じっさい、試聴時もボリュウムをぐいぐい上げていっても音圧は実に遠慮しがちにしか上がっていかない。
それに幅の広い平面振動板により純平面波が作られるせいで水平の指向性がやけに鋭く、頭をわずかに動かしただけで、音像はコロコロ移動する。
さらに、聴感上の周波数特性も激変してしまう。ダイアフラムを垂直に貫通する軸をしっかりとリスナーの耳に向けておかないと、ぼんやりとした寝ぼけた音にもなってしまう。
それでも、小音量で、ピシッとピントを合せ、頭を動かさないようにして聴くバロックやアコースティックギターの繊細感やヴォーカルの不気味なほど生々しい定位感は、傅信幸さんの言う『イメージがぽっと浮かぶ』をはるかに通りこして、もはやある種の形而上的な雰囲気さえ漂っている。
音はすべからく浮遊し、蜃気楼のごとく宙で揺らめくのだ。もの凄い個性であるといえるだろう。
これが気にいればもうほかの製品はいらないという人がいてもおかしくないだろう。
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