「心に残るオーディオコンポーネント10選」

井上卓也

音[オーディオ]の世紀(ステレオサウンド別冊・2000年秋発行)
「心に残るオーディオコンポーネント」より

 今回のテーマは、心に残るオーディオコンポーネントである。
 考えてみれば、個人的なオーディオの歴史は、非常に遠いはるかむかしの、手巻き蓄音器を聴いて、その音の楽しさ、音楽の楽しさが芽生えた幼児期に遡ることになる。
 歳月が経過し、わずかばかりの記憶の糸も非常に細く途切れそうにはなっていても、ある一部は、感覚的に昨日の出来事のように、いや、それ以上に鮮明に残っているようで、今回のテーマのように、あらためて問い返されてみると、かなり意外な部分が浮き出してくる。
 ちなみに、今回の10モデルの選択では7モデルをスピーカーシステムにしているが、心情的にもっともノスタルジックな意味で心に残る、というよりは、観念的に想い出すモデルは、タンノイのオートグラフである。しかし、その理由を考えてみると、何のことはない1−90に始まってクレデンザにいたる、幼い時に聴いた蓄音器の音をイメージアップさせる、独自のエンクロージュアに巧みに残されたホーンの香りめいた味わいに、心を惹かれているのではないだろうか。
 同様な理由だろうが、現代の製品に置き換えれば、同じタンノイのウェストミンスター・ロイヤルに、類似した残り香があるように感じる。
 心情的なノスタルジックな部分は、誰しも生きていること自体の内側に否応なしに存在はしている。心に残るオーディオコンポーネントを想い浮かべてみると、佳き時代のスピーカーシステムが、もっとも魅力的な存在として浮上してくる。しかしそれは、多分に現実的な性格を反映してか、現在の相当に高度な次元にまで発展、進化を遂げた次世代オーディオのプログラムソースと、超高度な物理特性をスポイルすることのないレベルにまで到達した、高SN比、高セパレーション特性を備えたアンプ系によって、佳き時代のスピーカーを充分にドライブし、鳴らし切ってみたいという意味からなのである。
 ただ、古き佳き時代のスピーカーシステムがいかに心に残るコンポーネントであったとしても、経時変化という絶対不可避な劣化は、当然覚悟しなければならず、基本的に紙パルプ系コーンを採用していた振動板そのものの劣化や、エッジ、スパイダーなどの支持系をはじめ問題点は多い。現実に状態の良いシステムを実際に鳴らしてみたとしても、かつて備えていた本来の状態をベースに聴かせた音の再現は完全には不可能であり、例えば、1モデルに1ヵ月の時間を費やしてメインテナンスしたとしても、絶対年齢は、リカバリー不能であろう。逆説的ではあるが、イメージ的に心にわずかばかり残っている、残像を大切に扱い、想い浮かべた印象を文字として表現したほうが、むしろリアルであろうか、とも考えている。
 選択には、2モデルのアンプを選んではいるが、里程標的な意味での存在であり、幸いなることに、比較的最近、それぞれの復刻版が登場しているため、現代的な材料や製造技術に裏付けられて、リフレッシュした音を聴くことが可能である。
 心情的には、早くから使ったマランツ7は、その個体が現在でも手もとに在るけれども、少なくとも、この2年間は電源スイッチをONにしたこともない。充分にエージング時間をかけ音を聴いたのは、キット版発売の時と、復刻版発売の時の2回で、それぞれ約1ヵ月は使ってみたものの、老化は激しく比較対象外の印象であり、最新復刻版を聴いても、強度のNFB採用のアンプは、何とはなく息苦しい雰囲気が存在をして、長時間聴くと疲れる印象である。
 その意味では、効率の高いAB級的動作を採用し、独自のバイファイラー巻線技術を出力トランスに導入して、当時としては、異例中の異例ともいえる超広帯域パワーアンプとして完成されたマッキントッシュMC275のほうが、現代に通用するフレキシビリティがあり、聴かせる音である。ただし、当時最新の単純な基板採用の配線技術は、広帯域アンプであるだけに疑問点は多いが、独自の音がする理由として理解可能な部分ではある。
 7機種のスピーカーシステムは、それぞれに異なった発想の独創的技術を背景にして開発されたモデルで、そのほとんどは製造コストが現在では採算不可能なまで高くなるはずである。そのため基本技術は温存していたとしても、経費、人材、時間の3要素で再現は至難であろう。
 これらの製造をも含めた技術レベルは非常に高く、構造が単純な変換器であるだけに、開発をした人達の英知のヒラメキが眩く強烈な印象が残る。

スピーカーシステム   ボザーク     B410ムーリッシュ
            ダイヤトーン   DS-5000
            エレクトロボイス パトリシアン600
            インフィニティ  IRS-Beta
            ソニー      SS-GR1
            タンノイ     オートグラフ
            ビクター     SX-1000ラボラトリー

コントロールアンプ   マランツ     モデル7

パワーアンプ      マッキントッシュ MC275

カートリッジ      オルトフォン   SPU-A

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