井上卓也
ステレオサウンド 42号(1977年3月発行)
特集・「プリメインアンプは何を選ぶか最新35機種の総テスト」より
今回のプリメインアンプ特集にあたり、より総合的に各機種の実態を解明するために、試聴リポートと別に〝テクニカルリポート〟という項目をたて、より立体的な取材をおこなうことになった。
テクニカルリポートは、従来の解説と実測データに加えて、デザイン、仕上げ、加工精度、機能、それにプリメインアンプの基盤とも考えられる回路設計、構造などを、各機種ごとにチェックしようというものである。そのほか、そのモデルのメーカー内における位置づけ、従来モデルと関連性、さらにメーカー側で、その機種について、広告、カタログなどのPRの場で、主張していること、また、その意義についても検討を加えることにした。
最近のように技術的な面が発展し性能が向上してくると、いきおい最新モデルが持っている回路構成上の特長が、かなり似てくることが多い。現に、昨年末「最初の3電源方式を採用したプリメインアンプ」というキャッチフレーズで3社から同時に発表されたこともあったくらいである。
プリメインアンプのようなエレクトロニクス技術が表面に出やすい性質の分野では、カートリッジやスピーカーシステムのようなトランスデューサーと異なり、回路設計の成否が結果的な性能や音に直接関係をもつ。そのためか最近の各メーカーの広告やカタログを見ると、かなり技術的な知識をもっている人でも難解なことが多く、それだけに耳慣れない名称をもった新しい回路方式を採用していること自体が、高性能なプリメインアンプであるかのように見られやすい。この点はユーザーによく注意してもらいたいとおもう。
たしかに、新回路による性能向上がプリメインアンプとして性能がアップすることに深い関係はあるが、回路方式はそれぞれに長所ばかりを備えているものではなく、、必ず短所を持っているものである。いわば両刃の剣のようなもので、いかに長所を引出し短所を抑えられるかは、その回路の使用法によって大きく変ってくると考えなければならない。
実例として、最近のプリメインアンプの傾向である左右チャンネル独立電源方式を考えてみよう。2電源方式は立場を変えてみれば、従来の単独の電源を共通に使う方式に絶対の優位をもつとは断言できないのである。たしかに左右チャンネル独立電源方式は、アンプでもっとも重要なポイントであり、経費がかかる電源回路を通して左右チャンネル間に生じやすい干渉や影響を避けるために意義のある方式ではなるが、クロストーク特性ひとつを考えてみても、この方式のメリットは、低域についてのみであり中域以上の広い周波数帯域には、ほぼ関係ないと言っても差しつかえない。中域以上のクロストークは、そのほとんどが左右チャンネル共通のファンクションである入力セレクタースイッチ、モードスイッチ、トーンコントロール、フィルターなどの左右チャンネルの配線が近接する場所で生じやすく、つまり、いかに左右チャンネルの配線を分離するかという機械的なアンプ自体の構造や部品の選択の方がより重要なファクターになる。高い周波数になれば、左右チャンネルの配線を近づけるだけでクロストーク特性が劣化することは、AMやFMチューナーのアンテナ端子にアンテナを近づけるだけでシグナルメーターの指針が右に振れて入力が大きくなって、音量も大きくなる例からも容易に予測できるだろう。
また、実際の音楽では、例えば右チャンネルにドラムスのパルシブな強いエネルギーが入り、左チャンネルは、ピアノが弱く鳴っているような場合には、左右独立電源方式では、左チャンネルの電源の余裕分は利用できず、出力が50Wなら、右チャンネルは、50Wのパワーしかスピーカーに送り込めないことになる。これが、共通電源なら、電源部は左右チャンネルを充分に供給できる能力があるために、両チャンネル同時動作で50W+50Wなら少なくとも片チャンネル動作では、10%程度のパワーの増加は見込めることになる。実際に、あまり強力な電源を採用できない価格帯の製品では、左右チャンネル独立電源方式を採用したために、電源の電解コンデンサーの容量が現在の平均値より少なくなり、むしろ、左右チャンネルの電源をパラレルにして使ったほうが好結果が得られるのではないかとも考えられる。いうまでもないことだが、大切なことは電源部を独立させることが目的なのではなく、性能を向上する目的での採用でなければならないということだ。
アンプの機構的な構造は、一般的には、いわゆる回路設計よりも一段と低い位置にあるかのような判断がある。しかし、基本的な回路設計が、いかに卓越していたとしても、実際のプリメインアンプとするためには、回路設計を活かすだけの充分の機構設計がサポートしなければ優れた製品とはなりえないものである。最近のプリメインアンプの性能向上には驚くべきものがあるが、その背後には、電気的な回路設計の進歩もさることながら、機構設計の進歩の方が、はるかに貢献していると思われる。つまり、現在のプリメインアンプは、回路図を見ただけでは、性能の予測は難しく、機械的な構造、使用部品により大きく結果が左右されることを知るべきである。
測定の面では、時間的、掲載する紙面の制約などから、現在のような高度な性能を持つプリメインアンプの実際の性能を知るに足るだけの測定項目であったとは思われないが、基本的には、従来から本誌でおこなってきた測定項目、つまりアンプのベーシックな性能をチェックするための項目に、現在のプリメインアンプの傾向を反映した測定項目を加えることにした。基本的項目は、従来は、片チャンネルのみの測定をおこなってきたが、今回は、2チャンネルステレオプリメインアンプとしての原点から見なおすために、できるだけ、左右両チャンネルの測定をおこなっている。各実測値は、絶対値としてはたしかに優れているが左右チャンネルの対称性となると、かなり良いとはいえまだ多くの問題を残しているように思われる。
新しく加えた測定項目は、クロストーク特性とカートリッジ実装状態でのSN比である。クロストーク成分の波形については充分にチェックできなかったのは、残念なことである。このあたりをチェックしておかないと、例えば左右チャンネルのクロストーク特性が不揃いであったり、サインウェーブでの特性が優れていたとしても、実際のディスクからの音楽再生では、聴感上でクロストークが聴かれるようなことが生じやすい。
また、カートリッジ実装のSN比は、メーカーで発表されているフォノ入力端子をショートした状態ほど機種間の差が開かず、ほぼ10dB程度の幅に圧縮された値を示していることが大変に興味深いことである。今回実測したのは、フォノ入力からスピーカー出力端子間でのカートリッジ実装状態でのSN比であるため、例えば、気宇面でのカートリッジ負荷抵抗切替や負荷容量切替をはじめ、入力感度切替のある機種ではそれらの機能を持たない機種にくらべて、配線の引回しによってSN比が予想よりも良くならない場合があったように思われる。いわば、多機能な機種ほどSN比はウィークポイントになりやすく、逆に考えれば多機能をもちながら高いSN比が得られた機種は、総合的な技術力が非常に高い水準にあると見ていい。
当初は全般的に測定項目は少なく、各機種間の格差は生じないのではなかろうかと懸念されたが、高度な水準にあるとはいえ、予想以上の格差が生じたことは、工業製品としての性格が濃いプリメインアンプで量産ラインでの性能の確保が、いかに至難な技であるかを物語るようである。また、最近ではひとつのモデルの製品寿命が極端に短くなり、モデルチェンジが繰返されることに問題があるが、反面には、モデルチェンジごとに性能が向上していることは大変に好ましいことである。
今回のプリメインアンプ特集に集めた製品では、10万円程度以上の価格帯の機種は、かなり新旧の対比が目立っている。管球式の製品を除いても、以前からある原型を改良しながら発展してきた機種と新開発の機種では、数少ない測定項目ではあるが、実測データの優劣は、かなり明瞭に出てくることがその裏付けとなるだろう。プリメインアンプは電気的な増幅器であるだけに、基本的な物理性能が優れていることがミニマムの条件であろう。よく、特性を向上しすぎたために結果的な音が悪くなる、との声をきくがそんなことはあり得ない。一面の特性を向上したために他の特性が劣化したか、または、基本的な電源回路や機械的な構造などが不備で本来の性能が結果に結びつかないと考えるべきであろう。
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