「アダージョ・トランクィロ」

黒田恭一

ステレオサウンド 38号(1976年3月発行)
特集・「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」より

柳沢功力様

 敢てふたつにわければ、外にむかっている音と内にむかっている音とが、あるような気がします。外にむかっている音は、その音をだしている人をだすねてきた人を、両手をひろげ歓迎するということで、人恋しい音ということができるようです。当然のことに、そういうい音は、たとえばベートーヴェンの後期のクヮルテットのような求心的な性格をもった音楽より、同じ室内楽でも、管楽器のアンサンブルによるものなどの方がふさわしいといえるのかもしれません。
 それに反し、内にむかった音は、ひとりで静かにきくことこそこのましいものといえるでしょう。したがってそこできかれる音楽も、そういう音の性格にかなったものとなるのかもしれません。
 今回ぼくは、取材ということで、井上さんや、坂さん、それに編集長の原田さんをはじめとした多勢の方とご一緒におうかがいしましたので、どうしても、雰囲気としておちつかず、それがなにより、残念でした。と申しますのは、今日、柳沢さんにきかせていただいた音は、ひとりで、静かにきくための音──と、ぼくには感じられたからです。どう考えてもそれは、沢山の人がいる部屋できかせていただくのにふさわしい音とは、思えませんでした。
 きっと柳沢さんは、おひとりで、静かに、どちらかといえば騒がしいところのない音楽を、いつもきいていらっしゃるのではないかとも、考えたりいたしました。
 ぼくもむろん、たとえば室内楽をきくような時は、音量をひかえにして、内にむかって沈潜できるようにして、ききます。しかしその一方で、友人がたずねてくれた時に、一緒にたのしくきけるような、先の区分にしたがえば、外にむかった音をも求める気持があり、その点でいささかふんぎりのわるいところがあります。そういうことがあるものですから、柳沢さんの、音づくりの上での徹底ぶりに、感心せざるをえませんでした。その音は、もし言葉にするとすれば、SOUNDS FOR MYSELF とでもいうべきなのかもしれません。
 レコードで音楽をきくのがたのしいのは、ひとりで、好きな時に、その時ききたいと思う音楽を、好きなようにきけることにあると思います。そういうレコードで音楽をきくことのこのましさの一面を、柳沢さんは、徹底して追求していらっしゃるように、ぼくには思えました。
 むろん、そうしたことは、今日、柳沢さんがきかせてくださった音から、ぼくが感じたことです。その音は、トランクィロな(穏やかな、平和な)美しさにみちていたということもできるでしょう。人間的にがさついたところがあるためかとも思いますが、ぼくがこの自分の部屋でふだんきいている音には、そういうところがあまりないので、いささかの驚きをもって、柳沢さんの音をきかせていただきました。
 それにしても、音というのは、不思議なものですね。なんと雄弁に、その音を求めた人を、ものがたることでしょう。むろんお書きになったものは読ませていただいたことがありますが、これまで、これといったことをお話したこともない柳沢さんですが、今日、お宅にうかがい、その音をきかせていただき、そうなのか、柳沢さんという方はこういう方だったのかと思うことができました。あらためて、音というものの不思議さを、思ってみたりいたしました。
 ぼくは戦闘的な人間だから──と、柳沢さんは、ご自身でおっしゃっていましたね。その戦闘的な面の柳沢さんは存じ上げませんが、今日きかせていただいた音から、ぼくはぼくなりに、柳沢さんは、静かな、落着いた美しさに憧れる方ではないかと、勝手に思ったりいたしました。もっとも、ひとりで、静かに、おだやかな美しさを追い求めることができるというのは、本当の強さがあればこそで、だからこそ、「戦闘的な」柳沢さんもありうるのかもしれません。これは、まあ、ぼくの推測でしかありませんが。
 今日は、静かな、柳沢さんの音楽の場に、多勢でおしかけて、ごめいわくをかけたのではないかと、心配しております。
 また機会がありましたら、今度はひとりでおうかがいして、ゆっくり、静かに、柳沢さんの音をきかせていただきたいと思っております。
 どうも今日は、いろいろいありがとうございました。

一九七六年一月十日
黒田恭一

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