岩崎千明
ステレオサウンド 35号(1975年6月発行)
特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より
175の強力磁気回路型だが、この凝縮された高音のサウンドエレメントのパワフルぶりを知ると、ジャズファンならLE85を買わざるを得なくなるだろう魅力は充分。
岩崎千明
ステレオサウンド 35号(1975年6月発行)
特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より
175の強力磁気回路型だが、この凝縮された高音のサウンドエレメントのパワフルぶりを知ると、ジャズファンならLE85を買わざるを得なくなるだろう魅力は充分。
岩崎千明
ステレオサウンド 35号(1975年6月発行)
特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より
現存するあらゆる家庭ハイファイ用ユニット中の最強力型。強力このうえないマグネット回路と4インチ軽ボイスコイルのもたらす立上りのエネルギーは音のマシンガンだ。
岩崎千明
ステレオサウンド 35号(1975年6月発行)
特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より
175の強力磁気回路型LE85と相当のプロ用ユニット。ひきしまった高音の響き、立上りの鮮かさは175の比ではない。JBLのプロ仕様高音ユニット中のベスト。
岩崎千明
ステレオサウンド 35号(1975年6月発行)
特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より
175は、JBLのユニット中のぞくことができない優秀品。JBLで2ウェイを自作しようとする場合の最大の好伴侶となり、ビギナーのあらゆる期待に応えてくれる。
岩崎千明
ステレオサウンド 35号(1975年6月発行)
特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より
D130をベースにした低音用。中低域の充実している点で抜群であり、さらに冴え切ってひきしまった迫力も、という点からいっても例がないほどだ。ただし箱を選ぶこと。
岩崎千明
ステレオサウンド 35号(1975年6月発行)
特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より
ウーファーとして箱が大きく物をいい、その点25cmの大きさは誰にとっても手頃だ。超低f0なのでブックシェルフ型でよいので、扱いやすく、珍しい本格派のウーファー。
瀬川冬樹
ステレオサウンド 35号(1975年6月発行)
特集・「’75ベストバイ・コンポーネント」より
20センチ型のユニットとしては特筆すべきハイパワーに耐え、ことにジャズ、ヴォーカルに充実した力強い音を聴かせる名作。ただし国産のエンクロージュアではこなしにくい。
岩崎千明
ステレオ別冊「ステレオのすべて ’75」(1974年冬発行)
「オーディオ製品紹介 1975」より
JBLのオリジナル、もっとも初期からシステムとして構成されたその名も001。2ウェイの高音用として指定されたのが175DLH。ウーファーは130A、4cm径の金属ダイアフラムのユニットと約20cmのホーンはその前面に設けられたパンチングメタルを5枚、すき間をあけて重ねて作られた音響拡散器とによって、開口部における音響反射がおさえられるとともに90度の広角に高音エネルギーを拡散して、家庭用としてこの上なく理想的な高音輻射を実現している。パンチングメタルの間につめられたフェルト状吸音材によりJBLの他の高音用よりやや繊細なサウンドでこれが好みを左右する。
岩崎千明
ステレオ別冊「ステレオのすべて ’75」(1974年冬発行)
「オーディオ製品紹介 1975」より
JBLの初期から高名とどろくホーン型高音用が075。リングラジェーターと称しホーンのスロートでごく狭くした上でドーナツ状にして拡散を図ったが、設計の意図と違ってリング状のホーンの開口は、全体として約10cmのホーン開口と同じことになってしまって、せっかく鮮鋭な高エネルギーながら拡散特性はあまり良いとはいえず、高音用としての大きな利点を損なったともいえる。しかし73年になって、プロ用にこの075の拡散特性を大改良した角型開口の2405が発売され、さらにコンシューマー用としても、まったく同じ構造の077なる名器の075改良型がでることになるJBLブランドにふさわしい製品だ。
岩崎千明
ステレオ別冊「ステレオのすべて ’75」(1974年冬発行)
「オーディオ製品紹介 1975」より
JBLスピーカーの優秀性を端的に代表するユニットが38cmフルレンジD130。比類ない高エネルギーと能率の高さが、今日ではおろそかにされがちな音響変換器の本来持たねばならぬ素質の良さを、強烈な形で使う者に知らせてくれる。8000Hz上の高域はかなり低減するが帯域内でのバランスの良さ、特に200ないし80Hzのいわゆる中音域の充実感はこれを知ると手放せなくなろう。このユニットが日本のファンに好評な理由は、まずフルレンジとして高音をやや強めた状態で愛用され、あとから高音用ユニットを追加することにより、JBLオリジナルに近い2ウェイ・システムに高められるという利点にある。
菅野沖彦
スイングジャーナル 12月号(1974年11月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より
JBLがL26ディケイドという普及型のスピーカー・システムを出したのは、そう古い記憶ではない。今は値上りしてしまったが、発売当初は7万円ぐらいで買えたので、大きな人気を呼んだ。たしかこの欄でも私が採I)上げたと思うが、普及型ながら、まぎれもないJBLのクォリティをもった優れたスピーカーであった。アメリカでも好評であったらしく、今度、このディケイド・シリーズを上下に拡大し、L16、L36というニュー・フェイスが登場したのである。このシリーズの開発は、私の知る限りでも、かなり長い時間をかけており、ロスのカシタス・アヴェニューにあるJBL本社の試聴室には、そのプロト・タイプが前から置いてあった。昨年の春、同社を訪れた時にも、それを聴かせてもらって、その発売を楽しみにしていたものである。この1〜2年、小型ブックシェルフ・スピーカー・システムはヨーロッパ・メーカーから続々と優れたものが発売され、世界中で好評を得たというバック・グラウンドが、JBLにも、ディケイド・シリーズの拡大を考えさせる刺戟になったことは疑いない。ヘコー、ブラウンなどの製品が、同社の試聴室にあって、L16のプロト・タイプとの比較試聴に使われていたことからも、こうした事情がわかろうというものだ。
この秋になって、ようやく輸入発売されたL16を試聴してみて、さすがにJBL! という感概を改めてもったほど、この小さな〝ジャイアンツ〟は私を魅了してしまったのである。27×49×26cmという小さなエンクロージャーに収められたこの2ウェイのコーン・スピーカー・システムの音は、とても外観から想像できないスケールの大きさと、本格的なJBLクォリティーを備えているものであって、JBL製品の成功作といってよいと思う。JBLといえども、稀れには失敗作と思える製品を発売してしまうこともあるが、そのほとんどは、最高級のJBLシステムに通じる音の質感をもっていることは見事というほかはない。ほとんどのスピーカー・メーカーからの製品は、同シリーズといえども、全く異質な音を出してみたり、ましてや、発売時期に2〜3年と隔りのあるものや、使用ユニットやエンクロージャーのサイズが違ってしまえば同質のサウンドを聴かせてくれるものはないといってよい。スピーカーというものの赦しさをそのたびに感じさせられるものである。しかし、JBLは、コーンの2ウェイからホーンを使った3ウェイに至る多くのバリエーションが見事に同質のサウンドで貫かれているということは驚異といってよいくらいである。明るく、解像力に富み、屈託のない鳴り方は音楽の生命感や現実感を見事に浮彫りにして聞かせてくれる。濁りのないシャープな音は、時にあまりにも鋭利で使いこなしの難しさに通じるが、使用者が、自分の理想音を得る場合の素材としては、これほど優れた正確なものはないと思えるのが、私のJBL観である。可能性というものをこれほど強く感じさせてくれるスピーカーは他にはない。ほとんどの所で聞くJBLスピーカーの音は、その可能性を発揮していないといってもよいので、一部ではJBLスピーカーが誤解されているようにも思えるのである。
さて、このL16は、20cm口径のウーハーと3・6cm口径のコーン・ツイーターの2ウェイで、ウーハーは新設計のものだが.ツイーターはL26、L36、L100、4311モニターに共通のダイレクト・ラジエーターである。エンクロージャーはバスレフ型だ。JBLのユニット群は同社がスピーカー・ユニット製造の長年の歴史から得た貴重なノーハウと、確固たる信念にもとずいた、磁気回路、振動系の設計製造法によっているため、新しいシステムを出した時にも、全く別物のようなサウンドにならないといってよいだろう。それでもなお、ユニットの組合せ、エンクロージャーの違いによって、そのまとまりに出来、不出来が生じることもあるのだから、スピーカーというものは難しい。L16は、前にも書いたように、きわめて幸運?なまとまりが得られたシステムとなった。許容入力は連続で35W、音庄レベルは75dB(入力1Vで4・57mに置ける測定値)だが、ドライブするアンプは、50W×2ぐらいのパワーは欲しい。こんな小さなシステムでありながら、プリ・アンプやパワー・アンプのクォリティーを完全に識別させるほどの実力をもっているからである。
岩崎千明
ステレオサウンド 32号(1974年9月発行)
「AUDIO MY HANIECRAFT C・Wホーンシステムの制作と試聴記(下)」より
JBLのLE8T相当プロフェッショナルユニット♯2115は、業務用8インチ・トランスデューサーとしてポータブルモニターなどに使われている広帯域シングルドライバーだ。
音の傾向として、現代のハイファイスピーカーの志向する多くのものをもち、ここで試聴した六機種の中では、もっもとフラットレスポンスを感じさせるユニットだ。リニア・エフシェンシーとJBLでうたっている、音圧に対して非常に動作範囲が広く、さらにハイプレッシャーのユニットには違いないのだが、能率を多少犠牲にしてもリニアに動作する範囲が拡大されている。
そういった意味からは、ホーン型エンクロージュアに必ずしも合っているわけではなく、つまり、他の方式、バスレフ型や密閉型のほうがかえってこのユニットを活かすはずであろうが、しかし、実際にここで使ってみるとバスレフ型や密閉型の大型フロアタイプにしたのとは違った力強さが特に低音の迫力に感じられる。その意味ではもっとも成功度の高かったユニットだ。
ただ、ここで聴きいった他のユニットに較べ、能率がやや低めで、アンプの出力は必要とする。このユニットの特長は、フラットレスポンスなのだが、もうひとつJBLらしさは、やはり人間の声の音域での充実感であろう。この声の漁期に関して、周波数でいうと200Hzからおよそ1200Hzあたりまでの音域に関して、非常に豊かな感じをもっている。それが低音の力強さ、しかも質の良さに支えられ、豊かさを盛り上げている。
このユニットは、フルレンジとして完成度が高いのが何よりも魅力で、あえて高域用ユニットを補うという必要はあまりなく、かえってこのままの状態の方が、このユニットの持ち味を出せる。LE8Tと較べた場合、ぐっと高い方までレンジがのび、エネルギーも強められているので、高域に物足りなさを感じる場合にはトーンコントロールの操作で十分であろう。
ジャズなどを聴いてみると、かなりソロのエネルギーが大きく、ジャズのいわゆる醍醐味も十分。クラシックの弦楽器のファンダメンタルが、ちょうど声の漁期にあたり、実に豊かに出てくれる。いわゆる高い音の繊細な感じというのも充分に秘めながらも、しかも豊かな響きをもつ。
ジャズにしても唄やソロが単に迫ってくるというよりも、むしろ節度を保って前に出てくる。つまり、品の良い音という点でJBLのユニットの中でもはっきりそれを感じられる。
片チャンネルに2本のユニットを使ったことにより、あるいは高域のエネルギーが少々物足りないと感じる場合もあるかもしれないが、アンプのトーンコントロールによってやや高域を上げるだけで、自然なバランスを得られるのはユニットの質の良さによるものだ。ユニットを片側1本での場合はそのままのバランスで充分いける。
この選ばれたいくつかのユニットの中で、周波数レンジの広さもさることながら、音自体のクォリティの高さが特に感じられ、広く誰にでも、どんな種類の音楽を聴く人にも、このユニットは奨められる。いわゆるユニバーサルな傾向をもつシステムとして完成度も高い。
岩崎千明
ステレオサウンド 32号(1974年9月発行)
「AUDIO MY HANIECRAFT C・Wホーンシステムの制作と試聴記(下)」より
このJBL♯2110に対しては、僕自身も期待の程度がもっともも高かったわけ。原型のオリジナルユニットD208のプロ用としても、また38cmのD130の直系の20cmユニットという点からも。
JBLには、ここで作ったバックロードホーンとほぼ同じような構造をもつプロフェッショナルシステムとして、容積において約4倍近い♯4520というシステムがあり、それに38cmゆにっとをつけたじょうたいとあまりにも似ているので、このシステムには大きな期待をかけたわけだ。
このユニットのもっている傾向というのは、200Hzを中心としてサウンドのバランスの上で明らかにレベルが高い点だ。この辺は、声のファンダメンタルにあたり、声とか楽器のファンダメンタルが非常にアピールされる結果を促し、それ以下の低域エネルギーで、ホーンが効いてくるのでホーンロードによる力強い低音をささえている。
200Hzから800Hzぐらいまでの中低域から低域にかけての音は、いかなる音楽においても最も重要な帯域として、いわゆる豊かさの基となる。その充実感が非常によく出て、どんな曲を聴いても、いかにも音楽が鳴っているなという実感がある。ただ、このユニットは、原形の開発時期が非常に古く、オリジナルはJBLユニットの中でもD130と並ぶ歴史的なユニットだけに、高域に関しては必ずしもレンジが充分とはいえない。
聴いてみると、高域はおそらく3kHzあたりから落ちているし7kHzまでやっと出てる程度で、それ以上はかなり急激に落ちているようだ。したがって現代の再生音楽の水準を満足させんがためには、どうしても高域用のユニットを追加せざるを得ないといってもよい。
トゥイーターをどう選ぶべきかは、この場合幾通りもの考え方ができ、残された楽しみも豊富といえよう。このシステムのまでの完成度は、70点、あるいはそれ以下といいたいかも知れぬ。といっても、こうした音域バランスだけで判断するのは実に危険だ。このシステムの中低域の音の質の良さは、今回集まったユニットの中でも特に群を抜いている。だから70点というのは、そういった良さを無視した上での話であって、その中低域の良さを高く買えば満点にもなり得る魅力を持っている。しかし、2115に較べて誰にでも推めるというわけにはいくまい。楽器の音をなるべつ間近に再生したい方々の期待には充分満足させてくれるのは事実なのだが。
トゥイーターを追加して中音域から高音を補う場合、そのトゥイーターにどういうものを選ぶか、そのクロスオーバーをどの辺にもたせるか、具体的にはいろいろな方法がある。しかし、それによって完成されたシステムは、市販のあらゆるシステムの中でもめったにあるまい。無論ブックシェルフタイプでは到底得られっこないだろう。
今後へのグレードアップという余力を残して、さらに現在の段階においても充分な魅力を持っているという点で、非常にマニア向きな、自作をいとわずに自分の手でシステムを作ろうとする人にとっては大変興味深い上、後々までの楽しみも大きく秘めたるシステムといえる。今回集められたユニットの中で、一番ユニットの本領を発揮した。
岩崎千明
ジャズ 8月号(1974年7月発行)
「コルトレーン、すなわちジャズを感じるにはJBLの何がよいか」より
日本列島のほぼ中央に位置し、典型的な地方都市である静岡市の夜は早い。冬の土曜日の夜をオレは、泊るべき宿にあぶれてまだ九時だというのに暗く人通りの少ない街をさまよった。結局は、いつものようにオールナイトの場末の映画館の席に仮眠の場を求めることになってしまったが、それはそれで結構居心地がいいものだ。健さんのドスの血吹雪も二度目はうつらうつらとしかつき合ってはいられない。間もなくだらしなく眠りこけてしまったが、健さんの背中のほり物が、どこでどう混乱したのか、コルトレーンの 「アイ・ウォント・トウ・トーク・アバウト・ユー」が例の「セルフレスネス」のB面1曲目のあの曲が、頭の中いっぱいに、決して耳からではなく、脳の方から耳へ伝達して、頭蓋骨の内部にとめどもなくいつまでもあふれ流れていた。
「六時で閉館ですよ」という掃除夫にゆり起こされて、立上ろうとしても足もとがふらついて、立てそうにないのにコルトレーンのテナーだけは朗々とまだ響いていた。今までジャズが夢の中で鳴り響いたことがないわけではなかったけれど、この時ほど、永く、強く、自分の内部に我を忘れて続いたことはなかった。フレーズのひとつひとつが、これほどまで確かな形で。
多分、その期間、ジャズオーディオという自分の溜り場で、毎日、JBLによってコルトレーンに酔いしれていたことが、この夜の夢となって、自ら気付かなかった内側のコルトレーンを導き出したのだろう。
コルトレーンの常に自らの中に深く探究して止まないサウンドは、だからジャズを知るものにとって、ひとつの最終目標となるのだろうが、オレにとっても、それは例外ではなく、コルトレーンはジャズ・サウンドの典型として乃至は象徴として、考えるべきだし、そうなれば、コルトレーンの再現を求むるとき、それをいかなる形で具現化すべきかは、ジャズ・ファンにとってもっとも大きな課題といってよかろう。
「ジャズ向き」ということばで、まったくいやになってしまうほどイージーな受け止め方でJBLのサウンド・リプロデューサー(音響再生機)は判断されてしまう。
「ジャズ向き」なんていう判定とか別け方が、あってたまるか。ジャズ・ミュージシャンの、つまりジャズの心を再現し得るシステムなら、それこそ古典楽曲だって古今の偉大なマエストロやコンポーザーだって、その内側を露出でき得よう。なにもジャズ・ミュージシャンには限るまい。
だが今や、いかに安っぽくJBLのシステムが選択されてしまうことか。いわく、ランサー101は名器!? いわく、オリンパスは最高!? いわく、スタジオ・モニター4320こそ最終システム!?
すべてジャズ・サウンド風の完全なアプローチには役不足なのだ。なぜか。それはすべて広帯域を優先したため、ベースレフレックス方式かパッシブラジェタ一により最低音域でのレンジは確かに延ばしているものの、パルシブなアタックに対しては甘い。
コルトレーンにはやはりエルビンのどぎつく強烈なドラミングでなければならないし、マッコイのとぎすまされたタッチがからむのでなければテナーの朗々たる響が活きない。サンダースのずぶとく鮮かなタンギングが、ねぼけた姿となって寄り添ったのでは、あの熱っぽくくりひろげられるコルトレーンのサウンド・スペースはヴィヴイッドな生命力を失うのだ。
だから、オレは、誰がなんといおうとも、誰に高音が粗いといわれようと、D130に固執するのだ。15インチのフルレンジD130のスケールの大きな、それでいて緻密な中声域は、他に同じサウンドを求めようとしてあり得ない。僅かにスケール感を除けば20センチのLE8Tがあるのみだ。
しかし、それとてエルビンの鮮烈で複雑きわまるシンバルワークは歯が立つまい。D130の唯一の弱点(ウィークポイント)は確かに音量感と力の激減するその高域にある。
それだからといって、なにもあわてて、高音用を追加しなくてはとあせることはない。D130さえ手元におけば、その秘めたるパワーをまずフルに活かすことだ。
高能率だからD130は確かに、ハイパワーアンプでなくたって十分に迫力をみせる。今日の平均的なブックシェルフでは到達せられっこない激しい中に強大なエネルギーを秘めて爆発寸前にまでふくれ上るジャズ・サウンドをストレートに感じさせてくれる。だからといってハイパワーアンプがいらないのではない、D130ただ一本を活かすのはやはり絶対的なハイパワーなのだ。今や50ワット/50ワットの出力は国産アンプの高級品の平均といってもよかろう。しかし、できればもっと欲しい。このところ、各社で力を入れる片側100ワット・クラスの強力なジャンボ・アンプの数々こそ、D130の偉力を、理想の形で発揮させられよう。なにも、決して大きい音量を出そうというのでなくとも、ジャズにおいて絶対的な条件といえる「眼前に間近かに位置するミュージシャンのソロのサウンド」は、録音の際に幸いなことに、今日のオンマイク録音によってレコードの音溝には間違いなく刻みこまれているのだから、それを再現する側の努力だけで、それがフルに活かされ得る。それはハイパワーアンプのもつパワーのゆとり以外にあり得ない。
D130の良さについて、意外に気付かれていないのは最大音量の絶対的大きさ、つまり音量エネルギーの絶大なる大きさだが、それを一層、力強い形で発揮させるのが、ピークに対する比類ない応答ぶりだ。過大ドライブ入力つまり許容範囲を越える動作において、当然発生するべき歪は、それが聴き手の側でははっきりした形で意識されないのだ。マグネットの絶大な大きさによって生きるボイスコイルの大入力振幅時に対する強さがその根底にある。これと同じ条件を具えたスピーカーはD130系の、ウーファー130Aと、そのプロ級ユニットを除いては、日本の三菱の誇る放送局仕様のウーファーだけだがそのウーファーは価格的にもJBLのD130をはるかに上廻るはずだ。
高能率という根本条件を失うことなくこうしたピーク入力に対する歪発生が極めて少ない特性は、それを得るために、絶対的巨大なマグネットを要求するから、価格的にも想像を越えたものとなってしまうわけなのだが、それはそのままもうひとつの大きな特長をもたらす。それが、過度特性つまり音の立上りの良さなのだ。よく立上りよい音と簡単にいうが、本当にそれをサウンドの上で、はっきりした形で意識でき得るのはジャズ・サウンドを理解するハードなジャズファンのみである。
例えばマイルスのミュート・トランペットにおける強い音圧、コルトレーンの激しく断続するテナーのリードの振動。マッコイの一音一音区切られながら叩きつけるタッチ、こうしたファクターがすべて立上りの優れたスピーカーの再生を要求して止まない。それをはっきりとした形でこなし得るのがハイエネルギーのD130系のユニットであり、それを受け止め得るのはジャズ・リスナーだ。
ジャズの持つ中域から高域の鮮かさを強めんと旧くはアンプの高音を強め、あるいは、相対的に同じ効果を得ようと、低音を減衰させることがよく行われたが、それはそのまま、高域上昇によるみかけの立上りの良さを追究したといってもよい。こうした立上りの良さを、アンプに求めるなら、それはハイパワー・アンプ以外にはあり得ないのだ。
山水のAU9500がジャズにおいて強力ぶりをみせるのも、デンオンPMA700がジャズ・サウンドをみずみずしく生き返らせるのもすべて、ハイパワーなればこそであるし、オレがケンソニックのハイパワーアンプを常用するのも、テクニクスのSE9600にジャズを再発見したのも、それらがむろん超広帯域特性に加えて50〜150ワットと強力なためだ。
同一時間内に、といってもそれは1/50秒とか1/100秒という瞬間的な時間経過だが、そうした瞬間にハイパワーアンプはそのパワーの許容し得る範囲までの最大値に達することが可能だ。同じ条件で、半分の出力しかないアンプでは立上りは半分の大きさでしかあり得ないし、その事実が実はそのまま立上り特性を示すわけだ。だからハイパワーアンプほど、さらにこれを音響出力として考えれば、最大エネルギーの大きいスピーカーほど立上りは良いといえるのである。
さて、こうした事実を追究すればD130をハイパワーアンプでドライブすることこそ、立上りの良さを実現できるといい切ってよい。さらにいま一歩深くつっこんで考えれば立上りの良さをより向上するために、さらに音響出力の大きい高音用ユニットを加えることが、ジャズ・サウンドへのより情熱的なアプローチといえよう。
LE85が、かくて浮上してくる。ここでは一般的な175DLHでなくて同一構造ながらマグネットのはるかに強力なるLE85ユニットでなければならない。そして、そのホーンも175DLHのように音響レンズでの減衰の大きなホーンではなく、エネルギーのストレートに得られるスラントプレート型の拡散器(デュフェーサー)のHL91でなければならない。
375はここでは不要というよりも好ましくはない。なぜなら高域のなだらかな減衰は歴然で、そうなればさらに超高域ユニット075が必要となり、振動板が「低音」「中音」「高音」と分離しなければならないことによって、単一楽器のサウンドが聴き手において三つからバラバラにおそってくるというめんどうきわまりないことになってしまう。ドラマーのベースドラムと、スネアーと、タムタムと、シンバルとそれぞれが3つのユニットから出てくることによるドラマーの位置のボケルというマイナス以上に、テナーのような広音域楽器の音像のボヤける方が恐いと考えるのはジャズ・ファンとしては当然であろう。
かくて、D130にLE85プラスHL91のこうしたシステムがハードなジャズ・ファンの考える最終日標となってくるのだ。
国産スピーカーの中にD130系の以上のような特長を求めるならば、それはきわめてシビアな選別とならざるを得まい。
しかし、その最右翼がコーラルBL20Dであるのは、それが最大エネルギーの点でJBL製品に匹敵するからに他ならない。
三菱の新システムDS36BRもサウンドの特長とバランスがJBL的な点を買おう。
国産システムでも特異な存在・日立HS1500はサウンドへのアプローチがJBL志向である点を注目しよう。
使用プレーヤーはマイクロのSOLID5、DCサーボなのだが性能の上ではDD並で、アームの良さも国産製品はおろか海外製品にも匹敵する。
カートリッジLM20は、外観上の薄さが非常に現代的デザインで内容においても現在トップクラスのものだ。
井上卓也
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
JBLプロフェッショナルシリーズのモニタースピーカーは現在4機種あるが近日中に、さらに充実したシステムがシリーズに加わると予測されている。4320は旧D50SMモニターをベースとしてモディファイしたプロフェッショナルモニターの中心機種である。とかくモニターといえばドライ一方の音になりやすいが、表現力が豊かであり強烈なサウンドも、細やかなニュアンスも自由に再現できるのは近代モニターの魅力だ。
井上卓也
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
JBLの新世代を象徴する新しい魅力をもったシステムである。米国では約130ドルで現在ではJBLのもっともローコストなシステムであるが、このディケードの音は、まさしくJBLの、それもニュージェネレーションを感じさせる、バイタリティのあるフレッシュで、かつ知的なサウンドである。米国内でも爆発的な人気らしく、JBLのラインのほとんどがこのシステムでしめられていたのを見ても裏付けられるようだ。
菅野沖彦
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
本来プロのモニター用として開発されたシステムだが、その充実した音の緻密さは、すべての音楽プログラムを一分のあいまいさもなく再生する。デザインだって、プロ用とはいいなから、家庭の部屋へ持ち込んで少しもおかしくない。むしろ、その直截な現代感覚はモダーンなインテリアとして生きる。シャープな写真が魅力的で、しかも、正直に対象を浮き彫りにして魅力的であるように、この明解で一点の曇りのない音は圧倒的だ。
瀬川冬樹
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
スピーカー・ユニットというものは原則としてキャビネットに収めるのだから、外形などどうでも良いという考え方があるが、JBLのユニットは、磁束を有効に利用するための理想的な磁気回路の形状の追求や、大きな音圧にも共振したりたわみを生じたりすることのないダイキャスト・フレームというような、性能のオーソドックスな追求から、自然に生まれた美しい形態で、ネットワークも含めてどの一つをとっても何とも見事な形だ。
瀬川冬樹
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
同じJBLでもパラゴンと4320は別ものといえるくらい音質が違う。プロ用、家庭用という意味でなく、明らかに新しいジェネレーションの透徹したクールな鳴り方で、プロ用としての無駄のない構成、少しザラザラしたグレイの塗装と黒いネットのコントラスト、あらゆる面で現代のスピーカーである。アルテック612A、三菱の2S305、フィリップスのモニター等にも、機能に徹した美しさがみられるが、4320は抜群だ。
瀬川冬樹
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
3ウェイのオールホーンを、しかもステレオでこれほど見事に造形化したスピーカーはほかにない。低音ホーンを形成する前面の大きな湾曲はステレオの音像定位の面でも理にかなっているが、音質そのものは、必ずしも現代風の高忠実度ではなくことに低音にホーン独特の共鳴もわずかに出る。がそうした評価より、この形の似合うインテリアというものを想定することから逆にパラゴンの風格と洗練と魅力を説明することができる。
岩崎千明
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
JBLユニットで傑作中の傑作はホーン型ラジェターにあると思うが、そのオリジナル175の強力型が275でその現代版がLE85だ。ひとまわり大きく強力な中音専用375にくらべ、この組合せは2ウェイ用として存在する点に意義がある。175との対比をしばしば問われるが、圧倒的な差は高域になるほど強くなる最強エネルギーの違いであり、それがハイエンドの力と冴えとなり、その点こそLE85でなければならぬ理由だ。
岩崎千明
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
またD130か、といわれてしまいそうだが、ジャズを愛するならその真髄を、そのソロを、このスピーカーほどリアルなエネルギーで輝かしく再生するユニットは、おそらく価格の制限を外してもそうざらにはない。たしかに今日の水準からは高域のレンジはかなり狭く、レベルも低いがそれはアンプのトーンコントロールでハイを上げて補えば、2ウェイにするまでもなくジャズは他のユニットにない生々しい再生をやってのける。
岩崎千明
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
ブックシェルフ型というイメージを一掃し、カラフルなユニット風のシステムは実用性の高い未来志向を強く持ち合わせ大きな魅力。
サウンドは定評のL26と同形で低域の自然さは一歩ゆずってもバランス良い聞きやすさは、プリマの大きなプラスだ。
多くを語るより、「まあ使ってみて」といおう。良さは音だけでなく、オーディオとして以上のより多くを君に感じさせるに違いないから。
岩崎千明
ステレオサウンド 31号(1974年6月発行)
特集・「オーディオ機器の魅力をさぐる」より
「ヴェロナ」がカタログから消えてしまって、今やJBLのフロア型もクラシックなスタイルで豪華なたたずまいの製品はこの「サブリン」だけになってしまった。だから「ヴェロナ」に対する愛着と願望とが「サブリン」に妥協した、といってもよい。フロア型に対する望みがブックシェルフ型と根本的に違うのは、室内調度品としての価値をもその中に見出したい点にあるが、それがサブリンに凝縮したともいえる。
瀬川冬樹
ステレオサウンド 29号(1973年12月発行)
特集・「最新ブックシェルフスピーカーのすべて(下)」より
L88NOVAとくらべるとかなり大幅に音質が改善されている。ノヴァを最初に聴いたのは本誌16号で、そのときは、ブックシェルフに珍しくのびのびと豊かに鳴るその響きの良さに私は最高点を入れた記憶がある。ことに中音以下──というよりウーファーの受け持ち範囲──の音質の良さは抜群で、緻密で充実して音楽をしっかり支えている。その良さはL88Pでも全く変らず受けつがれている。そしてノヴァの弱点であったトゥイーターが、全然別のモデルに変って、L26(本誌28号)で指摘したような、高域のやや冷たい鋭い鳴り方も抑えられて、よくこなれた滑らかな音を聴かせる。クラシックの弦合奏もこれなら十分にこなせる。むしろジャズの場合に、L26の弱点と背中合わせのシャープな鳴り方が魅力だという人があるかもしれないほどだ。ともかく安定なおとなしい音、それでいて力もあり緻密さ、充実感も十分持っているが、ヨーロッパ系の音とくらべると本質的には乾いた傾向があるから、かなり表情の豊かでクォリティの高いカートリッジやアンプを組み合わせたときに88Pの良さが発揮される。私見だが、このままスコーカーを加えずに鳴らす方がトータル・バランスが良いと思う。
周波数レンジ:☆☆☆☆
質感:☆☆☆☆☆
ダイナミックレンジ:☆☆☆☆☆
解像力:☆☆☆☆
余韻:☆☆☆
プレゼンス:☆☆☆☆
魅力:☆☆☆☆
総合評価:☆☆☆☆
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