岩崎千明
スイングジャーナル 7月号(1975年6月発行)
「ベスト・バイ・コンポーネントとステレオ・システム紹介」より
グレースはグレース・ケリーのグレースと同じ綴り、などというと年が判っちゃうかな?。グレースのグレースは高尚とかいうが、実はグレイからもじられたグレースというのが多分本当だろう。
グレイというのは、昨年来、日本市場にも再度10何年ぶりにお目見えした超豪華プレイヤーについていたアームのブランド名だ。しかし再度と知っているオールド・マニアにとっては、グレイはオイルダンプド・アームの本家としてモノーラル時代に世界を圧した業務用アームの老舗である。この誇りあるのれんの重さは当時にあっては並ぶべきものが全くなかったほどだった。
やがてステレオ期になって、軽針圧カートリッジ時代に入るとぷっつりと姿を消して、その名も絶えてしまったのが本家の米国グレイ社であった。マイクロトラックというブランド名の重量級プレイヤーについている武骨なオイルダンプ・アームは、まぎれもなくグレイ社の製品であったのを懐かしむ者もいたはずだ。本家のグレイが落ちぶれたのに対して日本のグレースは、ステレオになるやMM型カートリッジの秀作F5、F6とヒットを送りさらに400シリーズから発展した500シリーズの軽量級パイプ・アームが市場を長い期間独占していた。
こうした成功は決して僥倖によるものではなくて、ひとつの製品を土台にしてその改良を絶えず行ない、さらにその集積を次の新製品とする、という偉大なる努力を間断なく続けてきた結果のF9シリーズは、それらの技術的姿勢の賜物というべきだろう。だからこのF9も決して他社のように新製品のための新型ではない。技術の積み重ねが得た止むに止まれずに出てきた新製品なのである。
F9はMM型メカニズムとして従来のF8と全く異るというわけではないが、その磁気回路とコイルとの組合せによって成立する構造は従来のF8には盛り切れなくなって達した新機構ということができる。それは、しばしばいわれるように、シュアーV15がタイプIIIになって新らたなるメカとなったことと共通しているといえようか。だから wv9は、よくシュアーのV15IIIと比較されることもあるが、その違いはF9の基本的特性が素晴らしくのび切ったハイエンドを秘めているのに対してV15タイプIIIは必ずしも数万ヘルツまで帯域が確保されているとはいい難い。それどころか最近多くなったCD4ディスクへの対応という点ではV15タイプIIIはもっとも弱い立場にあるともいわれる。F9のデーターにみるフラットな再生ぶりは、類がないものだ。
プロ志向に徹したマニア・ライクなシステム
こうした技術データーの優秀性はそのまま音の上にもはっきりと感じとることができ、澄み切った音は今までになく透明で、しかも従来のような線の細さがF9になってすっかり改められ、力強さを加えていることだ。これは中高域における1dB以内とはいえレベル・ダウンがなくなったことが大きなプラスとなっているのだろう。つまり、解像度はよいが繊細すぎるといわれた点の改善である。
こうした音色上の改良点は、そのまま再生上の水準を大きく引き上げることとなりF9になって海外製品との比較や組合せが、心おきなく可能となったのは大きな収穫だろう。
このF9を生かすべき組合せは、この透明感と無個性といいたくなるほどのクセのない再生ぶりを生かすことだ。そのために選んだのが、これまた音の直接音表現で名をはせるテクニクスのアンプである。
テクニクスはこうした面での再生を高いポテンシャルで実現する点、国産高級アンプ中でも無類の製品だ。かつてはSU3500で価格の割高なことがマイナスとならなかったロングセラー・アンプであることは有名だ。日進月歩の今日3500は3年を迎えて、今でも第一級なのだから。この3500以来テクニクスのアンプの優秀性はひとつの伝鋭となったくらいで、その最新作9200セパレート型アンプ、 引き続いての9400プリメイン・アンプと、どれをとっても透明そのものの再生ぶりがメカニックなプロフェッショナル・デザインと共にユーザーに強い印象を与え、多くのテクニクス・アンプの支持者を生むことになったのだ。
プロ志向にあこがれるのはベテラン・マニアだけでなく若いファンとて同じなのだ。
さて、このF9プラス、テクニクス・アンプとプロフェッショナル志向の強くなった組合せは、プレイヤーにデンオンの新型、コストパーフォーマンスの高いDP1700を選ぶのは妥当だろう。このアームはデンオンのプロ用直系で、F9にとってグレース・ブランドのオリジナルと同様好ましい動作が期待できよう。
またスピーカー・システムに関してもプロフェッショナル志向という点で、サンスイのモニター・シリーズを選ぶのはごく自然な成り行き、結着といえるだろう。ここではモニター2115、つまりLE8Tのプロ用ユニットを収めたやや小型のブックシェルフ型だ。さらに大型の10インチ2120も考えられる。しかし、ただ一本でできるだけ良質の再生ということからは、この2115こそもっとも妥当なセレクトといってよい。
このシステムで再生したラフ・テスト盤のフォノグラムの最新作「ザ・ドラム・セッション」の端正きわまりない再生ぶり、底知れぬ力に満ちたドラムのアタックと4人の個性的なサウンドと、その奏法のおりなす生々しい展開は試聴室をスタジオの現場と化してしまうほどであった。そのスケール感と定位の良きは、F9の基本的性能の良さを立証するものに他ならないといえよう。
このシステムから流れ出るサウンドは.なぜか聴き手を引き込むようなサウンドであり、しばらくはSJ試聴室でだだただ興奮!
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