瀬川冬樹
ステレオサウンド 59号(1981年6月発行)
特集・「’81最新2403機種から選ぶ価格帯別ベストバイ・コンポーネント518選」より
本誌第59号ベストバイ・コンポーネント選定投票は、本誌のレギュラー執筆者八名によっておこなわれた。その結果や詳細についてはそれぞれのページをご参照頂くことにして、各項目中、①オープンリール型テープデッキ ②MC型カートリッジ用ヘッドアンプおよびトランス ③レシーバーおよびカセット・レシーバー(カシーバー)の三項については、あらかじめ規定された当籤必要票数を満たす製品が少なかったため今回は単に集計一覧表を公表するにとどめ、あえてベストバイ・コンポーネントとしての選定をしなかった。その理由について解説せよというのが、私に与えられた課題である。なお、以下に書く内容は、他の七名の選定委員の総意ではなく瀬川個人の意見であり、文責はすべて私ひとりにあることを明記しておく。
オープンリール・テープデッキ
もう言うまでもなく、こんにち、カセットデッキおよびテープの性能が、実用的にみても相当に満足のゆく水準まで高められてきている。数年前によく行われた「オープンかカセットか」の類の比較論は、カセットという方式の枠の中で、カセットをかばった上での論議であったことが多く、私自身は、カセットの音質が真の意味でオープンの高級機と比較できるようになったのは、ほんのここ一〜二年来のことだと考えている。それにしても、事実、カセットの質がここまで向上してきた現在、そのカセットの性能向上にくらべて、いわば数年前性能でそのまま取り残されているかにみえる大半のオープンリール機については、こんにち、改めてその存在意義が大きく問われなくてはならないと思う。
オープンリール機の生き残る道は二つあると私は思う。その一つは、高密度録音テープの開発とそれにともなうデッキの性能のこんにち的かつ徹底的な洗い直しによって、カセットをはるかに引き離したオープンリールシステムを完成させること。これについては、本年5月下旬に、赤井、日立マクセル、TDK,およびティアックの四社が連名で、この方向の開発に着手した旨の発表があった。たいへん喜ばしい方向である。オープンの存在意義のその二は、大型リール、4トラック、安定な低速度の往復録再メカの開発による超長時間演奏システムを本機で開発すること。この面での音質はカセットと同等もしくはカセットの中級機程度にとどまるかもしれないにしても、往復で9時間、12時間あるいはそれ以上の超ロングプレイという方向には、オープンならではの意義が十二分にある。
MCカートリッジ用トランス/ヘッドアンプ
5万円を割るローコスト・プリメインアンプにさえ、MC用ハイゲイン・イコライザーが組込まれている現在、あえて数万円ないし十数万円、ときにそれ以上を、トランスまたはヘッドアンプに支払うというからには、それなりの十分の音質の向上が保証されなくてはならない。ところがこの分野はまだ、根本のところまで解明されているとは思えなくて、現実には、どこのメーカーのどのMCカートリッジを使ったかによって、また、その結果それをどういう音で鳴らしたいか、によって、トランスまたはヘッドアンプの選び方が正反対といえるほどに分れる。別の言い方をすれば、一個で万能の製品を選ぶことが非常に難しい。そして、概して出費の大きな割合には得られる成果が低い。おそらくそうした現実が投票にも反映して、誰の目にも客観的にベストバイ、という製品が選ばれなかったのだろうと思う。トランス、ヘッドアンプについては、こんにちの最新の技術をもって、一層の解析と改善をメーカーに望みたい。
レシーバーとカシーバー
棄権票が最も多かったということは、本誌のレギュラー筆者にとって魅力のある製品が極めて少なかったからであろうと思われる。いつ頃からか、チューナーとプリメインアンプを一体に組込んだレシーバーという形は、アンプとしては一段低い性能、という考え方が支配的になり、その反映として、作る側も、レシーバーをオーディオの真の愛好家むけに本機で作ろうとする姿勢を全く見せてくれていない。けれど、こんにちの進んだ電子部品と技術をもってすれば、レシーバーという形をとったとしても、性能の上では単体のチューナー+プリメインアンプという形にくらべて全くひけをとらないほどの製品に仕上げることは十分に可能なはずである。
またレシーバーという形は、その使われ方を考えれば、本来、メインの再生装置が一式揃えてあることを前提に、大家族の個室、寝室、書斎、食堂その他に、さりげなくセットしてごく気軽に日常の音楽を楽しむという目的が多い。とすれば、なにもプリメイン単体と同格の性能を競うのでなく、むしろ電気特性はほどほどに抑えて、聴いて楽しく美しい音を出してくれるよう、そして扱いやすく、無駄な機能がなく、しかし決してチャチでない、そんな形を目指した製品が、せめて四つや五つはあっていいのではないだろうか。レシーバーといえば、入門者向き、ヤング向き、ご家庭向き、音質をうるさく言わない人向き……と、安っぽくばかり考えるという風潮は、せめて少しぐらい改めてもいいのではないだろう。少なくとも私自身は、日常、レシーバーをかなり愛用しているし、しかしそうして市販品をいろいろテストしてみると、オーディオの好きな人、あるいはオーディオマニアでなくとも音楽を聴くことに真の楽しみを見出す人、たちの求めているものを、本気で汲みとった製品が、いまのところ皆無といいたいほどであることに気づかされる。レシーバーなんて、作ったってそんなに売れない。メーカーはそう言う。それなら、私たちオーディオ愛好家が、ちょっと買ってみたくなるような魅力的なレシーバーを、どうすれば作れるか、と、本気で考えたっていいはずだ。
ところで昨年あたりから、このレシーバーにさらにカセットを組込んだカセット・レシーバー、いわゆるカシーバーという新顔が出現しはじめた。これもまた、いや、もしかするとこっちのほうがいっそう、レシーバーよりも安っぽい目でみられているように、私には思えてならないが、レシーバーに馴れた感覚でカシーバーを使ってみれば、この形こそ、セカンドシステム、サブシステムとしての合理的な姿だと、私は確信をもって言える。だが、現実はまだそういうことを論じるにははるかに遠い。たとえば、①プリセットメモリーチューニング ②テープ自動セレクターつき ③録音レベルの自動セット──この三つはカシーバーを扱いやすくするための最低条件だし、しかもその機能が、安っぽく収まっているのでなく、音楽を楽しむのに十分の性能を維持していてくれなくては困る。どうせ小型スピーカーと組合わせるのだから、ワイドレンジ/ローディストーションであるよりは、必要にして十分な小さめの出力。ほどよく計算された聴き心持のよい音質。加えて扱いやすく、ジャリっぽくないデザインと操作のフィーリング。そんなカシーバーを、どこのメーカーが一番先に完成させてくれるか、楽しみにしている。
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