Category Archives: アンプ関係 - Page 20

DBシステムズ DBR-15B

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 このプリアンプの音は、高音域にやや色づきがあり、中域が平板ドヘ。やや中域の盛り上ったバランスでFレンジはそれほど広帯域を感じさせない。それだけに、新鮮な魅力は感じられないが、かといって、大きな難もない。コニサー好みの回路とコンストラクションをもったアンプだが、音だけでいうと、特にとりたてていうほどの魅力は感じられなかった。比較をしなければ、それなりにかなりの水準の音を聴かせてくれるのだが……。
[AD試聴]マーラーは可もなし不可もなしといった再生音でソツのない音だった。弦の瑞々しい音も、もう一歩だし、木管の清々しさも、このレコードの実力を十分発揮していないようだ。ジャズではピアノの高域のハーモニックスが強調され気味であるし、サックスの音色も少々硬さが気になった。ベースは量的な不満はないが、弦やフレットポジションによる音程に伴う音色の変化がいま一歩明瞭ではないのが残念だ。JBLのほうが好ましい。
[CD試聴]チューナーポジションで聴くCDの音の方がADより鮮度があって、ストレートなよさがある。ただ、音楽的情趣の点で不満が出るのはADと同じ傾向である。いろいろなCDを聴いてみると、明らかに、フォノイクォライザーよりクォリティが高く、ラインアンプ系の優れていることが判る。フォノのように中域の平板な感じはないが、ピアノでは、やはり丸味のない響きが気になった。全体に丸い立体的な響きが加われば……と欲が出る。

カウンターポイント SA-3

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 ソースの魅力を、あるがままに……という言葉を使いたくなるほどストレートに再生してくれる。だから、音楽がもつ、明るさや暗さ、硬さや柔軟さ、繊細さと力強さといった対照的な情緒のいずれにも偏ることがなく表現の複雑さや幅が生きるのである。それでいてこのアンプらしいアイデンティティともいえる質感はちゃんとあって、暖かく透明である。ソリッドな実体感もある。基本的には安定した優れた物理特性に裏付けられた高品位な音。
[AD試聴]粒立ちのよさと、透明な空間感、そしてマッシヴなハーモニーの融合で、オーケストラは大変効果的で、B&Wで聴いたマーラーの第6交響曲の響きは素晴らしかった。擦弦のリアリティが生き生き再現され、演奏の動きが生々しい。木管はまろやかで透明、金管は輝かしく力強い。人の声も暖かくボディがあって、唇のぬれている質感が濃やかに聴ける。ジャズでもよくスイング感が出てベースが快く弾む。JBLだとやや硬質になり、ドライに響く。
[CD試聴]CDではAD以上の魅力を発揮する。B&W、JBL共に、ショルティのワーグナーで、緻密かつ力強いパフォーマンスに圧倒的な印象を受ける。コントラバス群の弓の動きの実感は他のアンプとは一味も二味も違う。高弦のしなやかさと肉付きもよく、決して冷徹にならない。アメリンクのステージの空間にくっきりと浮彫りになる実在感と、艶と輝きに満ちて毅然とした歌唱の姿勢が手にとるようにわかる。ジャズでも音色の響き分けが見事だ。

アキュフェーズ C-200L

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 ワイドレンジでスケールが大きく、響きのたっぷりした音。肉付き豊かなグラマーな美人を見るようだ。それも、決して過度にはならない化粧をほどこした着飾った美人である。感覚的にはこんな感じだが、ひるがえって情緒的あるいはより官能的にいえば、暖かく弾力性に富む質感で、脂肪の適度に乗った濃厚さを感じる。細身の美人とさっばりしたお茶漬け好みの人には嫌われるかもしれないが、西欧音楽を鑑賞するにはこの質感は違和感がない。
[AD試聴]マーラーは大変豪華な響きで、B&Wが大きなスケールで鳴る。高弦が艶やかでいて、木管の清涼感もよく再現される。奥行きを含めたステレオ感が豊かで厚く、「蝙蝠」のステージの大きさがよく再現される。JBLでは、やや誇張のある鳴り方で、もう少し抑制が利いて自然な慎ましさが欲しい気もした。磨きのかかった輝かしい音色が、JBLだと、やや人工的に感じられなくもない。ロージーの声は艶っぽく濃厚な味わい。
[CD試聴]フォノの音とCDの音は共通していて、濃艶な表情がCDでも感じられる。明晰な分、CDにより好ましいアンプかもしれない。線の細くなるところがないために、CDの高域が神経質に聴こえることがない。ベイシーのCDで感じたのだが、ミュート・トランペットの音が輝きはあるが、一つ鋭さに欠ける……いいかえれば、高域にもう少し硬質な響きがあってもよいのかもしれない。また、CDの低音はフォノの時より、やや重苦しく弾みが悪かった。

マランツ Sc-11

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 明るく、めりはりの利いた快い音のプリアンプである。エネルギッシュで、熱っぼい響きだが、分解能がよいため、重苦しさや、押しつけがましさはなく、溌剌とした鳴り方だ。難をいえば、やや派手な傾向が強いが、荒々しくギラつくようなことがない。B&WでもJBLでも、よくスピーカーの特徴を生かしてくれたプリアンプであった。優れた物理特性に裏付けられた音でワイドレンジだが、そうした感じが表に出ない練られた音だと思う。
[AD試聴]マーラーの交響曲の色彩感を、細部まで行き届いた照明で明確に見るような鮮かな鳴り方である。打楽器の力感や、ブラスの輝きは得意とするところである。弦の質感も決してざらつかない。J・シュトラウスのワルツのリズムに乗ったしなやかな弦の歌も美しく響いた。ロージーの声も、中庸で、ハスキーな色っぽさがほどよいバランス。JBLだと彼女が10歳ほど若返った感じだが……。ベースは重厚で、しかもよく弾んでくれるのでスイングする。
[CD試聴]このアンプはADとCDの印象が違って聴こえた。ショルティのワーグナーでは、思ったより、ブラス音が明るくなく、少しもったりと響く。ジークフリート・マーチにはこのほうが適しているようにも思うのだが、他のアンプと違う鳴り方で戸惑った。B&Wの時にこの頃向が強く、JBLではこのアンプらしい透明な響きが聴けた。この辺がマッチングの微妙なところ。ベースを聴くと低域の締まりにもう一つ欲が出る。やや空虚な響きを感じるのだ。

ビクター P-L10

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 このプリアンプの音はコクがある。やや押しつけがましい感じがするほどである。繊細さや透明感といった面よりも、豊かさ、粘りのある質感といった印象の強い音である。だから、人によっては好みがはっきり分かれ、くどい印象として嫌われるかもしれない。開発時期が新しいものではないが、ウォームな質感は音楽の表現にとって、最新アンプにないよさもある。濃厚な質感で決して無機的な響きは出さないのだが、それだけに、やや重苦しい感触だ。
[AD試聴]それほどレンジの広さは感じないが、音がマッシヴなためオーケストラのスケールは大きく、迫力がある。これで、各音像にもう一つ輪郭の明確な彫琢のシャープさがあればよいのだが……。マーラーの再現には濃艶な味わいを聴かせる。「蝙蝠」のステージのライヴネスの透明感が不足するので、臨場感が不足する。余韻が抑えられる感じだ。ロージーの声は、いかにも年増の濃艶な色気たっぷり。ベースは重く豊かだが、弾みは悪くないのでスイングする。
[CD試聴]肉付きのたっぷりした、グラマラスな感じのする音はCDでも共通のオーケストラなどのマッシヴな厚味がよく出て、堂々と響くのはよいのだが、もう少し、透明感が欲しい。冴えとか、さわやかさといった情趣が苦手のようだ。反面、強い説得力がある音だ。B&Wより、JBLのほうが合うようで、量感のあるふくよかな音が、JBLのシャープなエッジと結びついて効果的だ。ジャズでは特にこの傾向が強くJBLは大変よく鳴った。

テクニクス SU-A4 MK2

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 淡白な味わいで、色に例えると、明るめのグレーといった感じの音である。温度でいうと20度Cぐらい。つまり、熱っぼい表現でもなければ、冷たいわけでもない。そして、音が軽目の印象でマッシヴな実体感は感じられない。高域に独特の木目の細かさがあって繊細感があるが、迫力は物足りない。絵に例えると水彩画の味わいで、決して油絵ではない。そんな印象の音である。特性のよさは感じられるのだがエネルギー感が不足しているのだろうか。
[AD試聴]ヴァイオリン群の高域に、独特のキャラククーがあって、ある種のリアリティを演出する効果があるが、少々線が細いようだ。音の出方が平板で、立体的な丸味が感じられない。空間のイメージは透明で、決してべたつかないのだが、音に実在感が不足する。いかにも日本的な、やや動物性蛋白質の不足した感じの音だ。だから、血がさわぐ情熱的な表現は苦手だが、趣味のよい端正さが特徴。ジャズよりもクラシックの静的な音楽に向く再生音である。
[CD試聴]CDらしいダイナミックレンジの広さと、がっしり安定した音の実在感が稀薄だが、反面、さわやかで押しつけがましくない音が楽しめる。物理的なダイナミックレンジは不足するわけではなく、音色から受ける印象である。ピアニッシモの透明な残響感などの再現は大変よく、SN比のよいCDの魅力を味わわせてくれる。B&WよりJBLのほうが、このアンプの特質を補って、より表現力の豊かな方にもっていってくれる。粗さのない滑らかな音だ。

エスプリ TA-E901

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 精密機械を感じさせるような緻密で、しっかりした音の造形は独特のものだ。決して冷徹な音ではないが、常に人工的な美しさの感覚がつきまとう。輝かしく磨き抜かれた貴金属をイメージアップするような音である。自然な質感とは違うが、これは、オーディオ的な美の世界として魅力的である。組み合わせるパワーアンプやスピーカーは選ばないほうで、このアンプなりの個性をしっかり発揮する。立派な作りと精緻な音をもった優秀なプリである。
[AD試聴]総合欄で書いたこのアンプの傾向は、レンジの広いオーケストラで圧倒的な威力を発揮する。ただし今回試聴したADには、ぴたっとくるものがなく、いずれもメカニカルな質感が気になった。ロンドン系の録音や電気楽器系の音楽によりマッチした音だろう。暖かく、まろやかな中低域が欲しいマーラーや、酒落た柔軟さで響いて欲しいシュトラウスなどが、少々肩肘張って固苦しい。ジャズはベースが力強く、しかも粘りもあるのでスイングする。
[CD試聴]ショルティのジークフリートのマーチは、録音の性格と演奏がよくマッチして直裁的で精緻なものだが、それがこのアンプでは圧倒的な再現が得られたクレッシェンドしてフォルティッシモに至るたくましさと激しさ、その中での音色の分解能は大したものだ。全体にいわゆるCDらしい音を聴かせるのが興味深くもあった。曖昧さを拒絶した透徹な音が、CDの特質と合っているのだろう。JBL4344とSA4によりよいマッチングである。

デンオン PRA-2000Z

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 全体にやや痩身な感じの音だが、それだけに、繊細で、さわやかな美しさがある。中低域に厚味が不足するような印象を受けるアンプ。それだけに、パワーアンプやスピーカーとのマッチングが決め手となるだろう。試聴したパワーアンプもSA4のほうがよく合う。スピーカーは、JBLがいい。曖昧さや、鈍さのないアンプだが、かといって、神経質すぎることもないし、高域のしなやかさも不満のないものだ。品位の高いプリアンプである。
[AD試聴]レーグナーのマーラーは大変美しい高域が生きて一段と洗練された演奏に聴こえる。B&Wだとやや神経質になる傾向だが、JBLでは小骨っぽさは残るものの、細かい分解能のため、オーケストラのテクスチュアーが鮮かに再現される。ローズマリー・クルーニーのハスキーさと艶っぽさがほどよくバランスした声が魅力的だし、ベースも、抑制されてボンボン野放図にならない、締まった質感の音だ。リラックスした雰囲気には欠けるが端正な音。
[CD試聴]分解能力の高い音はADへの対応と同じ性格であるが、このアンプの質感はCDでより生かされるようだ。ジークフリートのマーチにおける木管と金管の重奏部での音色の鳴らし分けは、クリアーな点、他の追従を許さない。ただ、中域の厚味が少々不足気味のためffへの盛り上りの迫力に物足りなさはある。アメリンクの声が大変明るく美しかったが、ややニュアンスが若過ぎる傾向だ。ジャズは、明解なタッチ、音色の妙の濃やかな再現だが、力が不足。

ヤマハ C-2x

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 このプリアンプは、情緒的な面よりも、まず、その物理特性の優れた、ワイドレンジと粒立ちのよさが印象的だ。したがって、全ての音楽的特徴に対して平均的に堅実な再生音を聴かせてくれるのがよい。しかし、裏返しに、深い思い入れや、個性の魅力といった面では物足りなさを感じるかもしれない。オーディオは物理特性の優秀さが最重点だとは解ってはいても、感性や情緒はそれだけでは満たされぬところが面白くも難しい。優等性的なアンプ。
[AD試聴]Fレンジも広く、スケールも大きいオーケストラの再生音は力感に溢れている。やや賑やかなのが高域の特徴。しかし、これは録音のせいかもしれない。東独のオーケストラにしては渋い味のある音が、派手になる傾向だ。「蝙蝠」のステージ感の拡がりや空間の豊かさにも優れた再生を聴かせるし、過不足のない音だが、もう一つ魅力に欠ける。ジャズもヴォーカルも、やや太目の印象で、力感はあるが、ベースの響きが少々重く、弾みに欠ける嫌いがある。
[CD試聴]CDの再生音はやはり全てのプログラムソースをストレートに聴かせる傾向である。CD臭さを強調するわけでもないし、かといって、丸めて無難に聴かせるわけでもない。どちらかというとJBLの方が合っていて、説得力のある再生音を楽しむことが出来る。B&Wでは、あまりに中庸的で魅力に欠けるようだ。が、B&W801Fからシンバルの硬質な響きをちゃんと聴かせた数少ないプリの一つ。ミュート・トランペットも鋭く、かつボディがある。

QUAD 44

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 やや淡白な響きだが、それだけに品のいい音で、クラシック音楽の端正な響きに好ましい再生を聴かせてくれる。試聴した二種のスピーカーでは、JBLよりB&Wに断然優れたマッチングを示す。JBL4344では、レンジの狭さや、小じんまりとした、おとなしい音が不満として現われるが、B&Wだと、それが前記のような品位ある方向に変るのである。クレルとカウンターポイントのパワーアンプとのそれよりスピーカーとの相性であろう。
[AD試聴]マーラーの交響曲は大変品位のよい響きで、流麗な雰囲気。派手さや輝かしさ、あるいは熱っぽさといった興奮度の盛り上る音ではなく、どちらかというと冷静淡白な音のプリアンプ。ぜい肉のない、それでいて厚さを失わないオーケストラの質感は素晴らしい。JBLだと、ややスケールの小さい音になる。ジャズは801の限界で、スイングとは異質な冷静なサウンドとなるが、JBLでも、もう一つワイルドさの欲しい鳴りっぷりであった。
[CD試聴]ここでも、ADで聴いたプリアンプの印象とは大筋で変化はないように感じられた。ワーグナーのブラスの響きが美しく、音色の識別が明確に出来る。その分、ffでの重厚さはやや不足だが、そのまた反面、弦の濃やかさ、さわやかさは見事だった。アメリンクの声がきりっとしまっていて高貴な雰囲気で、ピアノも実に軽やかなリズムのきれだ。ジャズは、ADと同じく、随所にキラキラと光る音色の美しさが聴ける反面、情感は若干不足ぎみ。

メリディアン MLP

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 いかにも外観にふさわしい、よく整理された音のプリアンプである。特にワイドレンジとも感じられないし、ひときわ抜きんでた物理特性の冴えによる目を見張らされるような音でもないが、楽器の質感を自然なタッチで聴かせ、音色バランス・帯域バランスが実に巧みにまとめられている。だから何を聴いても、快く、美しく、安心して音楽に溶け込むことができるのだろう。解像力もほどほどによく、鋭過ぎることも、鈍くもない。好印象だ。
[AD試聴]オーケストラの各楽器の濃やかな質感の違いや動きが緻密に再生されて快い。特に弦と木管のニュアンスが、やさしく、しなやかで魅力的である。「蝙蝠」のステージを彷彿とさせる空間感も透明で、ライブネスの再現も豊かである。セリフの子音も極度に強調されることはなく、バリトンやバスの声域も、重くなり過ぎることなく幅が出る。ジャズのベースの弾みもよく、音程も明解に識別できた。スイングするアンプ。ロージーはやや若々し過ぎるが。
[CD試聴]CDモジュールを通してのCDの書はMLP流の整理がなされて大変聴きよい耳当りのよい音となる。ワーグナーのイントロでの管の音色の分離と溶け合いが程よくコントロールされ、低弦楽器の擦過音もちょっぴりスパイシーでリアリティを演出する。トゥッティにおける安定したバランスも音楽的に美しい。ヴォーカルも中庸をいく自然さで、毅然さと艶っぽさをどちらもよく出す。ジャズもよくスイングするし、個々の楽器の実感も生き生きと聴かせる。

オンキョー Integra P-306RS

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 このプリアンプは、オンキョー独特のサウンドで好き嫌いがはっきり分れる音だ。つまり、プリアンプとしてはかなり個性的だが、この価格で、これだけ明確な個性の主張をもっているというのは、見方をかえれば立派だ。ベイシックな物理特性は水準以上のものだからである。立体感に富んだ音で、決してドライな響きにはならないし、粗っぼい質感も出さない。むしろ、ぽってりと太り気味の音である。それだけに暖かいし、ウェットである。
[CD試聴]CDに対してADと異なった対応が感じられる面は特になく、やはり弾力性のある太目の音だ。しかし、比較的CDが出しやすい機械的な冷たさは中和して聴かせる効果がある。ジークフリートの葬送行進曲の開始の雰囲気は壮重であり、音は分厚い。ただ、細かい弦のトレモロなどがやや不透明で、大把みな感じがする。ベイシー・バンドはピアノの冴えた輝きのある音色が丸くなり過ぎる傾向だし、ミュート・トランペットの音色の輝きもやや鈍いほう。
[AD試聴]マーラーのシンフォニーは粘りのある表現で低音の量感が豊かだし、高域のヴァイオリン群も、ギスギスしたり、ざらつくことがない。レーグナーの流麗な演奏とはやや異質だが、ユダヤ系のマーラーの音楽のもつ、一種の粘着性は効果的に表現される面があった。透明感とかデリカシーといった面には不満が残る。ロージーの声は年なみの円熟した色気があって、脂ののった濃艶な歌唱が魅力的で、こうした曲想に最適のアンプである。

試聴テストを終えて

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 コントロールアンプ26機種を聴いた。我々は、音の試聴だけで、使い勝手や、作り、デザインなどは評価から全く除外したことになっている。とはいうものの、眼の前に置かれたアンプを見ながら聴いたわけだから、それらが持つ、音以外のイメージが、全く、なんらの影響をもたらしていないとはいいかねる。しかも、ほとんどの製品は、今までに、いろいろな機会に接したことのあるもので、すでに自分の内に総合的なイメージが出来上っているものが多いので、ブラインドテストのような性格ではない。しかし、それがかえって、個々のアンプの音を浮彫りにするにあたってプラスになっていると思うのだ。仮に、ブラインドで、試聴室で聴いた感じだけで判断をすると、限られた条件だけでの結果になるわけで、かえって危険があるだろう。いまさらいうまでもなく、コントロールアンプ単体は、ありとあらゆる条件での組合せで使われるものであり、特定のパワーアンプやスピーカーとの組合せで、そのアンプの音の傾向を断じ切ることは出来ない。この試聴でも、二つのパワーアンプとスピーカーを用意したわけだが、それは、現実の組合せの中でのごく限られた条件にすぎないのである。対照的な二台のパワーアンプとスピーカーを用意することによって、最低限の条件設定としたのである。少々、口はばったいいい方になるが、こうした条件の制約があっても、長い経験と、過去に同製品を聴いた印象の総合での今回の判断は、個々の製品の性格や傾向をかなりの確度をもって把握できたと思っている。極端なことをいえば、今回の試聴で、それまでもっていた印象と全くちがったアンプがあったわけではないので、改めて聴かなくても印象記は書けたといってもよい。私が聴いたことのないアンプについては、よく知っているアンプと同時に聴けたことで、いっそう明確に、その素性を知り得たと思うのである。ただし、表現上、この試聴の実際に即した書き方をしているので、マクロ的な印象記にはなっていない。これが、話者に、あまりにも特定の条件下だけの印象記として受け取られる危険があるようにも感じられ、心配されるのである。読者諸兄の御賢察をお願いする次第である。
 オーディオコンポーネントの中で、スピーカーなどの変換器のように、個体差があるものではないが、コントロールアンプも、こうして26機種も連続的に比較試聴すると、個々の音の違いには驚かされる。何故? こんなに違うのだろうと不思議に思うほどである。そして、単体のコントロールアンプとなると、いずれもが、ただ機能をはたすということ以上の、個性的魅力を価値観の中に入れてこなければならない。同時に、たとえ、音の美しさや魅力が感じられたとしても、特性・機能などのハードウエアーとして問題のあるものは、当然チェックしなければならないとも思う。高価な単体コントロールアンプにもかかわらず、数万円のプリメインアンプのプリ部にも劣るSN比の悪いものなどは、いかに音がよくても問題である。この辺は個人によって考え方が違うと思うが、ノイズレベルが、CDの登場によって大幅に低減した現在、単体コントロールアンプとしてのSN比の条件は、かつてより厳しくあるべきだと思うのである。安定性や信頼性も大事な問題だが、今回は私の判断の条件の中には入れていない。試聴時に正常に動作している以上、音だけの担当という立場で、それらは無視することにした。ノイズは耳に聴こえる音のうちであるから無視するわけにはいかなかった。
 こうして特選と推選を選んだ。
●特選
①ウェスギU・BROS1
②アキュフェーズC280
③マッキントッシュC30
④マーク・レヴィンソンML7L
●推選
①メリディアンMLP
②デンオンPRA2000Z
③マランツSc11
④アキエフエーズC200L
⑤カウンターポイントSA3
⑥サンスイC2301
⑦H&Sエクザクト十エクセレント
 私の個人的嗜好は、強く出していないつもりである。いずれも、現時点での高い水準にあるものばかりであり、いわば、コントロールアンプの頂点に位置するものがほとんどである。しかし、オーディオは、頂点はワンポイントではなく、その頂上には、いろいろな花が咲く。どの花を求めるかがオーディオの楽しみでもあり、意味でもある。裾野に咲く草花も結構だが、単体コントロールアンプを求める人は、いずれも、そこからスタートして、頂上を目指す人達であるはずだ。

コンラッド・ジョンソン Premier Three

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 いろいろな点で中庸をいくアンプ。この場合の中庸とは決して中途半端な意味ではなく、文字通りの中葉である。バランス・質感共に、びしっと、一つのクリティカルポイントを得ているのである。したがって、プログラムソース個々のもつ特質が、明瞭に再生され、それぞれの魅力をよく伝える。あえて不満な点を指摘すれば、高弦の質感が、スピーカーによってはやや鋭くなる傾向と、低域の力強さが、今一歩といったところである。
[AD試聴]マーラーの第6交響曲はバランスが素晴らしく、質感も誇張がない自然なものだった。弦の細部のディテールの表情がよく再生されるので、シュトラウスの「蝙蝠」のオーケストラのしなやかな魅力がよく生かされる。人の声も、ぬれていて、いかにもそこにいるかのようなリアルさだ。ロージーの声も、ハスキーさと艶っぽさがほどよく調和した彼女の魅力をよく聴かせたが、ペースの力感がやや弱く、生き生きとしたリズムにならないのが惜しい。
[CD試聴〕チューナー入力でCDを聴いたが、それほど、鮮度の高い音とは感じられなかった。ショルティのワーグナーなどはむしろおとなしく聴きよい音の傾向で、風格のある音に昇華していた。アメリンクの声が少々賑々しく気品に欠けるのが惜しい。ロンドンのCDとフィリップスのそれとで、反応が異なって出たようだ。ベイシーのピアノのアクション感はよく再現されリアルであったが、音色のほうは、艶がないので、戸惑ってしまった。

京セラ A-710

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 京セラのセパレート型アンプは、独自の振動解析に基づいた筐体構造を採用して登場した、オリジナリティ豊かな特徴があるが、今回発売されたA710は、プリメインアンプとして同社初の国内発売モデルである。ちなみに、一昨年度のオーディオフェアで発表されたプリメインアンプは、基本構造が共通のため見誤りやすいが、あのモデルはセパレート型アンプなどと同じ910のモデルナンバーを持つ本機の上級モデルA910であり、既に輸出モデルとして海外では発売されており、本機に続いて国内でも発売されるようだ。
 A710は、A910のジュニアタイプとして開発されたモデルで、外観上では、筐体両サイドがアルミパネルから木製に変わっているのが特徴である。基本的に共通の筐体を採用しているため、回路構成にも共通点が多いが、単なるジュニアモデル的な開発ではなく、シンプル・イズ・ベストのセオリーに基づいて、思い切りの良い簡略化が実行されている点に注目したい。
 それはこのクラスのプリメインアンプには機能面で必須の要素とされていた、バランスコントロールとモードセレクターを省略し、信号系路でのスイッチ、ボリュウムなどの接点数を少なくし、配線材の短略化などにより信号系の純度を保つ基本ポリシーに見受けられる。つまり、一般的な最近の機能であるラインストレートスイッチとかラインダイレクトスイッチと呼ばれるスイッチを動作させたときと、本機の標準信号経路が同じということだ。
 さらに同じ構想を一歩進めたダイレクトイン機能が備わる。この端子からの入力は、ボリュウム直前のスイッチに導かれており、0dBゲインのトーンアンプをバイパスさせれば、信号はダイレクトにパワーアンプに入る。簡単に考えれば、ボリュウム付のパワーアンプという非常に単純な使用方法が可能というわけだ。
 出力系も同じ思想で、パワーアンプは出力部に保護用、ミュート用のリレーがなく、回路で両方の機能を補っており、信号はリレー等の接点を通らずダイレクト出力端子に行き、その後にスピーカーAB切替をもつ設計だ。
 その他、MC型昇圧にはトランスを使用、左右対称レイアウトの採用、信号系配線にLC−OFCケーブル採用などが特徴。
 試聴アンプは、検査後のエージング不足のようで、通電直後はソフトフォーカスの音だったが、次第に目覚めるように音に生彩が加わり、比較的にキャラクターが少ない安定した正統派のサウンドになってくる。帯域は素直な伸びとバランスを保ち、低域の安定感も十分だろう。このあたりは独特の筐体構造の明らかなメリットだ。また、信号の色づけが少ないのは、簡潔な信号系の効果だ。華やかさはないが内容は濃い。

マッキントッシュ C30

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 マッキントッシュから新しいコントロールアンプ、C30が発売された。マッキントッシュのコントロールアンプは、現在まで、C29とC33が多くのファンに愛用されているが、このC30の登場により、C29が消えることになる。この点からすれば、C30は、C29の系統をひく製品ということになるが、内容的には、むしろ、C32、C33の系統といえるものだ。ブロックダイアグラムは、ほとんどC33と変りはない。5分割のイコライザーは、30Hz、160Hz、500Hz、1・5kHz、10kHzとC33と同じものが採用されているが、これは、きわめて利用度の高いもので、よほど凹凸の激しい部屋でもない限り、音場補正としても有効である。パネルレイアウトは、この5つのイコライザーコントロールとヘッドフォンボリュウムの6つのツマミを中心にシンメトリックにまとめられ、マッキントッシュ伝統のシンメトリックレイアウトが生きている。もちろん、グラスイルミネーションの、あの美しい、グリーン、レッド、ゴールドのパネルデザインは、ユニ−クにして合理的、そして、夢のあるものだ。リアパネルは8系統のラインレベル入力をもち、フォノは1系統になった。さらに、エクスターナル・プロセッサーという、外部アクセサリーの入出力回路が2系統あって、きわめて豊富なファンクションを備え、出力端子も、ラインとテープををみても、マッキントッシュが、コントロールセンターとしてのユーティリティの高さを重視しているコンセプトがわかるのである。そもそも、マッキントツシュの製品の特徴は、高度な性能とクォリティサウンドを、使い易さの多機能性と結合させ、いささかも最高級品としての品位を犠牲にしないところにある。つまり、トータルパフォーマンスの高度な達成という点での完成度の高さが同社の主張であって、決して一部のマニアの要求に応えるために普遍性を失うようなことはしない。その意味では、俗にいわれるエソテリックオーディオの範疇に入るものではなく、多くの人達に使えて、しかも、並のマニアックな製品をはるかに超える優れたパフォーマンスを得ている真の大人の製品であるといえるだろう。これは、真のプロだけが作り得るものである。長いキャリアをもったメーカーでなければ作り得ないものともいえるだろう。この辺りが、巷間によくある、信頼性と、トータルコンセプトに乏しい、個人に毛の生えたようなガレージメーカ−の製品とは根本的に異なる点である。
 高性能な車といえばスポーツカーということになるが、多くのスポーツカーは信頼性に欠けるし、日常の使用に供し難いものがある。ぽくの知る限り、唯一、この点で高い完成度をもっているのは西独のポルシェである。もう、16年もポルシェに乗っているが、その信頼性は抜群で、まるで、フォルクスワーゲンと同じようなメインテナンスで、いつでも安定した調子がくずれない。イタリアンやブリティッシュのスポーツカーとは、この点が大違いである。年中、調整を必要としたり、あちこちがこわれたり、ガレージがオイルで汚れる……などといった心配は全くなく、それでいて、走りは、それらを上廻るのがポルシェの良さである。デイリーショッピングから、サーキットランまで一台で使えるのがポルシェなのだ。マッキントッシュも、それに似ている。ポルシェやマッキントッシュは、そうした理解のもとに買われるべきものなのだ。
 C30は、まだ手許で、一週間ほどしか使っていないが、その音は、まさに、マッキントッシュの重厚さと、滑らかさであって、C29の音より熟成した雰囲気をもっている。この点でも、C33の系統と考えて間違いない。C33から、モニターアンプや、エキスパンダー・コンパンダーを取り除き、ややコストダウンをはかったというのが、この製品であろう。入力切換などのファンクションスイッチは、信頼性を重視し、全て電子スイッチになり、機械的接点をもたない。このスムースなファンクションは、新しいだけに、C33をも上廻っている。外部機器との干渉には周到な注意が払われ、他からの影響は全くないといってよく、どう使っても、ハムなどの影響は受けない。些細なことと思われるかもしれないが、ノイズに悩まされる超高級機は意外に多いのである。マッキントッシュの製品には修理の出来ない不具合がないのである。ポルシェが手を油だらけにしないで乗れる唯一の高性能スポーツカーであるのと似ている。

京セラ A-710

井上卓也

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 京セラのセパレート型アンプは、独自の振動解析に基づいた筐体構造を採用して登場した、オリジナリティ豊かな特徴があるが、今回発売されたA710は、プリメインアンプとして同社初の国内発売モデルである。ちなみに、一昨年度のオーディオフェアで発表されたプリメインアンプは、基本構造が共通のため見誤りやすいが、あのモデルはセパレート型アンプなどと同じ910のモデルナンバーを持つ本機の上級モデルA910であり、既に輸出モデルとして海外では発売されており、本機に続いて国内でも発売されるようだ。
 A710は、A910のジュニアタイプとして開発されたモデルで、外観上では、筐体両サイドがアルミパネルから木製に変わっているのが特徴である。基本的に共通の筐体を採用しているため、回路構成にも共通点が多いが、単なるジュニアモデル的な開発ではなく、シンプル・イズ・ベストのセオリーに基づいて、思い切りの良い簡略化が実行されている点に注目したい。
 それはこのクラスのプリメインアンプには機能面で必須の要素とされていた、バランスコントロールとモードセレクターを省略し、信号系絡でのスイッチ、ボリュウムなどの接点数を少なくし、配線材の短略化などにより信号系の純度を保つ基本ポリシーに見受けられる。つまり、一般的な最近の機能であるラインストレートスイッチとかラインダイレクトスイッチと呼ばれるスイッチを動作させたときと、本機の標準信号経路が同じということだ。
 さらに同じ構想を一歩進めたダイレクトイン機能が備わる。この端子からの入力は、ボリュウム直前のスイッチに導かれており、0dBゲインのトーンアンプをバイパスさせれば、信号はダイレクトにパワーアンプに入る。簡単に考えれば、ボリュウム付のパワーアンプという非常に単純な使用方法が可能というわけだ。
 出力系も同じ思想で、パワーアンプは出力部に保護用、ミュート用のリレーがなく、回路で両方の機能を補っており、信号はリレー等の接点を通らずダイレクト出力端子に行き、その後にスピーカーAB切替をもつ設計だ。
 その他、MC型昇圧にはトランスを使用、右左対称レイアウトの採用、信号系配線にLC−OFCケーブル採用などが特徴。
 試聴アンプは、検査後のエージング不足のようで、通電直後はソフトフォーカスの音だったが、次第に目覚めるように音に生彩が加わり、比較的にキャラクターが少ない安定した正統派のサウンドになってくる。帯域は素直な伸びとバランスを保ち、低域の安定感も十分だろう。このあたりは独特の筐体構造の明らかなメリットだ。また、信号の色づけが少ないのは、簡潔な信号系の効果だ。華やかさはないが内容は濃い。

ウエスギ UTY-5、マイケルソン&オースチン TVA-1

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)

特集・「実力派コンポーネントの一対比較テスト 2×14」より

 上杉研究所から新しく登場したアンプ、UTY5は、UTY1、U・BROS3に継ぐ、第三世代のパワーアンプである。
 これに対して、マイケルソン&オースチンのTVA1は、同社の第一世代のパワーアンプで、1978年発売以来、既に7年を経過した製品である。
 真空管アンプとしての設計技術は、今や完成の域に達して久しいが、それらが、必ずしも、同じような音では鳴らないというところは、他のオーディオ機器同様、きわめて興味深い問題である。この二機種の音も、かなり対照的な音といってよく、UTY5の端正で瑞々しい音の美しさに対し、TVA1の熟っぽく力強い音の魅力は、それぞれに個性的ではあるが、その個性は、ある普遍性をもったものとして、第一級のアンプであることを認識させてくれるのである。
 TVA1に関しては本誌でも度々紹介されているので、UTY5に関し少々その内容を御紹介することにしよう。
 UTY5は、モノーラルアンプとして完成され、ステレオには2台使用するし、2台をパラレル駆動させ(合計4台)、約2倍のパワーとして使うことも可能である。パワー管EL34/6CA7プッシュプルによる出力は40ワットである。基本的には、上杉研究所の一貫したポリシーに貫かれたもので前作U・BROS3のコンセプトを踏襲し、安定性と長寿命というディペンダビリティに周到な配慮を払った製品で、40ワットという、ひかえ目なパワーの設定もそのためである。事実、アンプの発熱は、真空管アンプとしては最小に留められている。U・BROS3との最も大きな違いは、先に述べたモノーラルアンプということと、出力段の回路構成にみられる。U・BROS3が、KT88のUL接続で、NFBを出力トランスの三次巻線から初段のカソードへ返していたのに対し、UTY5はEL34/6CA7のプッシュで、出力トランスにカソード専用の四次巻線を設けたカソードフィードバック方式を採用している。この特殊トランスは、上杉研究所とタムラ製作所の協同開発になるもので、これ以外のトランスも全面的にタムラ製作所製を採用している。初段はECC83/12AX7のパラレル接続で増幅・位相反転はECC82/12AU7のカソード結合によっている。電源部はチョークの採用、コンデンサーインプット方式など、基本的にはU・BROS3に準じた余裕のある、周到な設計である。構成は、手前に電源トランスとチョーク、そして初段から出力段の真空管が並び、出力トランスと、信号の流れをそのまま部品配置に置きかえたシンプルなものである。パワートランスと出力トランスが両側に高さがそろって並んでいるので、重量的にも、外観上もバランスがよくとれていて美しい。両トランス間に真空管群が保護されているような形になり、持ち運びも具合がよい。細かい神経による心配りが、いかにも上杉流である。部品配置、配線のワイヤリングなどは整然としたもので、ストレイキャパシティの有害なシールドワイヤーは使われていない。
 全体の仕上げは塗装で、ハンマートーンのトランス、チョークカバーとシャーシの色調は渋い中間色で落着いた雰囲気を感じさせる。この点だけでも、クロームメッキのシャーシにコア一丸出しで精悍さを感じさせるTVA1とは対照的である。そして、片方が、KT88から70ワットという高い出力を捻り出しているのも、ひかえ目なパワーに抑えているUTY5のコンセプトと対をなしていて面白い。たしかに、プレート電圧をプレート損失とのかね合いで規格ギリギリにかけて、高出力を得るというのは、球の寿命にとっては好ましくはない。上杉研究所は、U・BROS3でも、低目の電圧でリニアリティを確保し、球を労わって使っていた。しかし、私の昔の体験だと、この辺りの球の使い方は、ただ単にパワーの差だけではなく、音の量感のちがいとしても感じられたのを記憶している。それに単純に結びつけていうのは間違いかもしれないが、TVA1の音とUTY5の音の根底に潜むちがいに、多くの要因の一つとして、こんなことを思い出した。もちろん、トランスや球などの素子や部品のちがい、回路構成、その工作、コンストラクションなど、全ての無数のファクターの集積が音であり、そのうち、どこかがちがっても音は変るのが実情であるから、下手な推測はしないほうがよいようである。
 両者を徹底的に比較せよ、というのが編集部の命令であるが、個体としてのちがいは、いまさらいちいち取り立てて述べるまでもないほど違うのだ。小は線材から、大はトランス、球まで、ことごとく違うのである。たったひとつ、共通しているのは、電圧増幅に使われているECC83/12AX7という伝統的な真空管だけである。TVA1も、当時としては、きわめて進歩的な考え方でNFB量を低く抑え、裸特性を重視し、TIM歪の発生に着目した周到さの見られるアンプだが、NFBのかけ方は、出力トランスの二次側から初段のグリッドへ返すというコンベンショナルな方法をとっていて、UTY5とは全く違う。つまり、この両者に共通点を見出そうとしても、それは真空管式のパワーアンプの基本的なセオリーぐらいのものである。
 そこで、この両者の音の聴感上のちがいをやや詳しく述べることにしようと思うのだが、これがまた、個体差と同じようにちがうのである。一言にしていえば、頭初に書いたようなちがいなのだが、このちがいは、まさに人文的なちがいとしか思いようも、いいようもない。血のちがい、文化のちがい……つまり、人間のちがいである。
 どちらのアンプも、小規模なラボラトリーの製品で、手造りによる、一品、一品、丹念に仕上げられたものだけに、そこには製作者の感性が表現されているといってよいであろう。アンプの設計製造という技術的なコンセプトを通して、音という抽象的な、それ故に無限の可能性をもつ美的世界に、それが自然に滲み出たという他はあるまい。両者共に、これを作品として世に問うからには、十分な自信と満足の得られているものにちがいないからである。
 UTY5には、日本的な繊細さと透明さ、そしてTVA1には、コケイジアンの情熱的な息吹きと激しさが感じられるのである。それは、あたかも水彩画と油絵の美しさのちがいのようであり、フグやヒラメなどの白身の魚の美味と、ビーフやボークのスパイシーなソースによる料理のちがいのようでもある。
 オーケストラを聴くと、UTY5は、旋律的な印象であり、TVA1は和声的な響きである。これがまた、スピーカーとの組合せで、それぞれの美しさが多彩に変化するところが複雑だ。本誌の試聴室においては、JBLの4344で比較試聴したのだが、力感ではTVA1が圧倒的であり、透明さとまろやかさではUTY5が、ことのほか美しかった。そして、マッキントッシュXRT20をUTY5で鳴らしたことがあるが、この組合せでは、ふっくらとした柔軟さが加わり、しなやかな情緒が魅力的であった。そしてTVA1とXRT20の組合せは、大分前の記憶によるが、力強い低音に魅せられた。ブラスはTVA1の得意とするところだが、ウッドウインドはUTY5が、はるかに透明で清々しく美しい響きであった。
 こうした印象記から推測していただけると思うけれど、この二つのパワーアンプの特徴は、当然音楽の性格に結びついて、それぞれの良さを発揮するが、究極的には、それを使う人との感性の一致が鍵であろう。
 かつて、亡くなったジュリアス・カッチェンというピアニストと親しくしていたが、彼は、ヤマハのピアノの音の美しさに讃辞を呈していた。「こんなに透明で美しい音の楽器を弾いたことがない」と嬉しそうに賞めていたのを思い出す。
 また、ニューヨーク在住のデビッド・ベイカーという録音エンジニアは、ダイヤトーンの2S305を絶賛していた。
 どちらも、異文化のもつ香りへの憧れではなかろうか……と、私は感じたものだ。そして、ドイツ人の録音制作者、マンフレット・アイヒャーが私の家のJBLのシステムを聴いて「これがJBLとは信じ難い。あなたの録音と似ている。日本人はパーフェクショニストなんだなあ」といわれた。さらに、「日本の牛肉もそうだ」といったのである。確かに、日本の牛肉、それも極上の和牛は世界に類がない。しかし、時々ぼくは、そのあまりにも洗練された味に、牛肉特有の香り──悪くいえば獣の匂いだが──が不足するとも思える。牛肉は本来、もっと強烈なフレイバーがあると思うのだ。
 こんなことを思い出させられるような、二つのパワーアンプの音の対照が興味深かった。もちろん、作る当人達の意識とは無関係だし、意識があったら嫌らしい。そして、この自分達固有の特質というものは、時として卑下に連ることもある。日本人は特にその傾向が強いが、外人にもそれはある。特に最近、多くのアメリカ人達が自国の文化を卑下し嫌悪する話を聴かされることが多い。自分たちの文化に誇りをもち、異文化に畏敬の念をもちたいものだ。

オンキョー Grand Integra M-510

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

特集・「CDプレーヤー・ダイレクト接続で聴く最新パワーアンプ48機種の実力テスト」より

 全体的にグラマラスで豊潤なムードをもった音のアンプで、刺激的な音や小骨っぼさはない。かといって分解能は十分高いし、力感もあり、決して太りすぎのものではない。つまり、このアンプの音の滑らかさやボディのついたふくよかさがもつ個性として理解したい。スピーカーのドライブ能力は非常に高く安定していて乱れがない。ソプラノは派手に響かず艶っぽいし、低域の量感がずっしりとした響きの造形をつくる。各楽器の音色的特徴の鳴らし分けがやや鈍い傾向は指摘してもよい。

音質:8.6
価格を考慮した魅力度:9.0

チェロ AUDIO PALETTE

菅野沖彦

ステレオサウンド 75号(1985年6月発行)
「BIG New SOUND」より

 マーク・レヴィンソンといえば、オーディオ愛好家なら誰一人として知らない人はいないだろう。そのマーク・レヴィンソン氏が、最近、チェロというメーカーを起し氏特有のデリカシーとパーフェクショニストぶりを遺憾なく発揮した製品開発を再開した。
 その第一弾が、ここに御紹介する〝オーディオパレット〟である。といっても、これは初めての造語であるから、どういう機械だか解らない方も多いにちがいない。まず、この機能の説明から始めなければならないだろう。一言にしていえば、これは〝音色バランスコントローラー〟である。つまり周波数イクォライザーであるが、グラフィックイクォライザーという言葉は使うべきではない。グラフィックというのは視覚的という意味で、パターンとして眼で判別できる機能にこそあてはまる。このオーディオパレットは、むしろ、そのグラフィックに真向から対立するコンセプトにこそ特徴のあるイクォライザーであって、このことを理解しないと、この製品の意図を誤解することになるし、ひいては、この製品の価値に疑いをもつことになるだろう。あえて、グラフィックイクォライザーに対する名称を与えるとすれば、これはエステティックイクォライザー(esthetic frequency equalizer)とでもいうべきものである。グラフィックイクォライザーが、周波数特性がグラフィックに見ることにより調整するという、いかにも物理的な観念で作り出されたものであるのに対し、このオーディオパレットは、実際に音の変化を聴きながら、レコード(プログラムソース)からスピーカーの鳴る部屋の音までのトータルの感覚的に調整する機械なのだ。そして、その調整が最も有効かつ容易におこなわれるための、周波数帯域の設定、カーヴの設定、増減幅とそのステップの設定に綿密で周到な配慮と、ノウハウが投入されている。さらに、この機能を万全に働かせるため、きわめて精密なパーツの特製により、最高の次元のメカトロニクスに具現したところが、いかにもマーク・レヴィンソンらしさである。
 因みに、そのコントローラーは、15Hz、120Hz、500Hz、2kHz、5kHz、25kHzの6ポイントを中心に巧妙な帯域幅と組み合わされ、15Hzでは±29dBにまで及んでいる。そして、その増減度は、帯域によって異なると同時に、500Hz、2kHzではワンステップが0・25dBという精密さまで持っているのである。そのコントローラーは抵抗式でラチェットは削り出しの59接点2連式の超精密型である。プリント基板は見るだに美しいディスクリート構成で、5000個にも及ぶというパーツ類全て超高級品で、この機器の挿入による宿命的なロスを最少限に食い止め、そのメリットを大きく生かすのに役立っているのである。大型トロイダルトランスによる充実した電源部とそのレギュレーターによる高品位なパワーサプライを見ても、この製品の並々ならぬ高品位性が納得出来るであろう。左右チャンネルを上下二段構成にまとめたシャーシーコンストラクションも本物だ。
 誰が、かつて、このような機能をもった機器を、このような作りの高さで仕上げること考えたであろうか。まさに常識をはるかに逸脱した信念と執念の情熱的結晶である。
 さて、肝心の効用について述べなければならないが、初めに断っておきたいことは、この〝オーディオパレット〟の使い手に要求される能力についてである。
 もちろん、誰が使っても、すぐ使えるし、それなりに音の変化は楽しめる。この機械をリスニングポジションの前方に置いて、音を聴きながら、それぞれのレコードで、あるいは、それぞれの音楽のパートでコントロールすることで、まるで、指揮者や録音ミキサーのリハーサルのように、音色を自由に制御できる喜びを味わえるであろう。一度これを使ったら、やめられなくなる魔力をも感じられるであろう。オーディオによるレコード音楽の鑑賞は、聴き手の再演奏であるというぼくの持論からも、この〝オーディオパレット〟の存在には決して否定的ではない。どうぞ御自由に……といいたいところなのだが……。まかり間違うと、とんでもないバランスで音楽を聴くことにもなりかねないのである。イクォライザーによる音の変化は、専門のミクサー達にとっても決して容易な仕事ではない。音楽のあるべきバランスの直感的判断力を要求される仕事なのであって、それには長年のキャリアを必要とする。それだけに、このパレットを使うことによって、自身の音楽的感性を磨くことも可能であるし、熟練すれば、レコードや機器や部屋の欠陥を補うことも容易である。このあたりを十分認識して使いこなすことが出来れば、これはたいへんな機器になる。ぼくがエステティックといったのは、美学には感性と、その裏付けとなる造詣が必要であるからだ。
 この〝オーディオパレット〟をさわって、まず感じることは、そのアッテネーターの抜群のフィーリングである。廻しているだけで快感をおぼえる。そして、これは増減を大幅にやりながら、だんだん細かく攻めていくというのが使い方のノウハウである。初めからワンステップやツーステップを恐る恐るカチカチやっていても埒があかない。大胆に大きく左右に廻す。そこから、感じを把んで、徐々に微調整に入る。重要な帯域は0・25dBステップだから、この辺りが、最後のツメとして絶妙な効果が期待できる。まことに心憎いばかりの配慮である。考えようによっては、高価なスピーカーやアンプの買い替えからすれば、この高価格も馬鹿げた出費ではないとも思えてくる。しかし、現実に、これを一枚一枚のレコードでいじっていたら、肝心の音楽を聴いている暇はない。調整が終わった頃にはレコードも終りかけている……ということもあり得る。また、ある程度、固定させて使うことを考えると、グラフィックのほうがよいように思えてくる。また、メモリー機構もほしくなる。しかし、それでは、〝オーディオパレット〟は生きないのだ。つまり、この〝オーディオパレット〟は、プロ級の実力をもつものが使ってこそ初めてその威力を発揮するといえるだろう。だから、録音スタジオなどでは、従来のイクォライザーとはちがった使い易さと、クォリティの高さで真価を発揮するように思われる。いうまでもないが、SN比、歪率などの物理特性は最高で、イクォライザーIN/OUTでの音の鮮度の差は全く問題なしといいきってよい。オーディオパレット、つまり、音の調色機とは云い得て妙である。
 なお、これには、2チャンネルの入力ゲインコントロールと出力のマスターコントローラー、そして3Dのセンターレベルコントローラー、正逆の位相切替スイッチ(いわゆるアブソリュートフェイズ切替)もついていて、3Dによる左右チャンネルのセパレーションコントロールも可能である。サブウーファー的な3Dというよりも、むしろ、中央定位用の広域センターチャンネルを意図しているらしい。

京セラ C-910

菅野沖彦

ステレオサウンド 76号(1985年9月発行)
特集・「CD/AD 104通りの試聴テストで探る最新プリアンプの実力」より

 バランスとしてはまとまっているが、音色的には楽器によって、ニュートラルさをか欠いた音色で不自然さが気になる。特にハイエンドに特徴があって、ハーモニックス成分の再生に不満が残る。低音域の量感はあるのだが、少々重く鈍い。パフォーマンスは水準だが、単体プリアンプとしての音の品位や洗練度では、もう一息の感じがする。物理特性にも、一段の向上を望みたいし、バランス作りにはさらに磨き上げがほしい。
[AD試聴]Fレンジの広い、そして、そのバランスが重要なオーケストラの再生で、高域に異質な質感が聴かれることがある。そのため、ヴァイオリン群の響きにしなやかさが乏しく、やや華やかになり過ぎる。ステレオの空間感の再現は若干狭く、ステージの奥行きの見通しが悪い。ジャズでは、ベースがこもり気味で、弾みが十分ではないので、スイングしにくい。重く、量感だけで迫ってくる感じが強い。ピアノの音色も冴えたところがなく鈍いほうだ。
[CD試聴]ADでの印象と大きく変るところはないようだ。ジークフリートのマーチのイントロのティンパニーの音色の抜けが少々悪い。中域の厚味がやや不足する感じで、強奏での音のマッシヴな響きが、やや薄くもなる。力感のある音なのだが、繊細な音色の再現が苦手なためか、音楽の愉悦惑が薄れる。ベイシーのピアノの粒立ちが平板になるし、ベースの音もやや重く弾力感が不足するのが惜しい。明るい音だから一つ繊細さが加われば……と悔まれる。

テクニクス SU-V10X

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 CD、PCMプロセッサーなどのデジタルプログラムソース、ハイファイVTR、ビデオディスクなどのAVプログラムソースなど、多様化するプログラムソースに対応する現代のプリメインアンプとしてテクニクスから登場した新製品がSU-V10Xである。
 アンプとしての基本構成は、テクニクスが理想のパワーアンプを目指し、クロスオーバー歪とスイッチング歪を解消するシンクロバイアス回路ニュー・クラスA、トランジエント歪に対するコンピュータードライブ、理論的に歪を0とするリニアフィードバック方式などの技術と、大電涜が流れる出力段で発生する電磁フラツクスを抑えるコンセントレイテッド・パワーブロック構造の採用などが、従来からのテクニクスアンプのストーリーだが、今回さらに、駆動電圧と電流間に位相差をもつ実スピーカーに対し、リニアな駆動とドライブ能力を向上するコンスタントゲイン・プリドライバー回路を採用したことが特徴で、オンキョーのアプローチとの対比が興味深い。
 機能面では、AVシステムの中心となるアンプらしく、AV信号を連動切替するAV入力セレクター、単独切替のRECセレクターとグラフィックイコライザーなどを使用する外部機器専用端子、ターンオーバー可変型トーンコントロールなどが備わるが、AUX1/TV、AUX2/Video、TAPE2/VTRと3系統のAV入力端子のうち、AUX2/Video端子は、フロントパネル面にもあり、フロントとリアがスイッチ切替可能である。
 パワーアンプは、150W+150W(6Ω負荷)の定格をもつが、電源部は、従来のトランスと比較し10~20%以上太い線を高密度に巻ける尭全整列巻線法を採用し、レギュレーションを改善している。線材は無酸素銅線、3重の磁気シールド内に特殊レジン封入で振動が少ない特徴がある。なお、電解コンデンサーは全数300Aの瞬間電流テストを行なう特殊電解液使用のオーディオ専用タイプで強力な電源部を構成し、310W+310W(4Ω負荷)、400W+400W(2Ω負荷)のダイナミックパワーを誇っている。
 JBL4344とLC-OFCコードによるヒアリングでは、ナチュラルに伸びた広帯域型のバランスと、聴感上でのSN比が優れ、前後方向のパースペクティブを充分に聴かせる音場感と実体感のある音像定位が印象的である。優れた物理的特性に裏付けられたクォリティの高さ、という従来の同社アンプの特徴に加えて、スピード感のある反応の早さ、フレッシュな鮮度感のある表現力が加わったことが、魅力のポイントである。新製品が登場するたびに、ひたひたと潮が満ちるようにリファインされているテクニクスアンプの進歩は見事だ。

ヤマハ A-1000

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ヤマハからの新製品A1000は、昨年、高級プリメインアンプの市場に投入され見事な成果を収めたA2000と基本的に同一コンセプトをもつ製品である。
 このところ、ブラックパネルが大流行のようで、視覚的に各社間のデザイン的な特徴が希薄になりがちのなかにあって、ツヤを抑えたヤマハ独自のシルバー仕上げのパネルと、ウォルナット鏡面仕上げのウッドキャビネットを配したデザインは、クリアーで、エレガントな雰囲気をもつ新しいヤマハの顔であり、A2000とのパネルフェイスの違いは、好みが分かれるところであろう。
 アンプとしての構成は、MC型カートリッジをダイレクト使用可能な、NF/CR型ハイゲインイコライザー、低域をスピーカーに対応して約1オクターブ伸ばす独自の3段切替リッチネス回路とト-ンコントロールを備えたラインアンプ、B2x、A2000パワーアンプ部に順次採用されてきた、純A級アンプに電力損失を受持つAB級パワーアンプを組み合せたヤマハ独自のデュアル・アンプ・クラスA方式の120W+120W(6Ω負荷)、140W+140W(4Ω負荷)の出力をもつパワーアンプ、の3ブロック構成で、A2000の流れを受け継ぐものである。なお、パワーアンプ部にはヤマハ独自開発のZDR歪回路を採用し、一般的な純A級パワーアンプのわずかの素子の非直線性に起因する歪をも除去し超A級ともいえるリニアリティを実現し、織細で美しい音を得ている。
 電源部は、多分割箔マルチ端子構造ケミコン採用で、総計14万6千μFの超強力電源を構成し、2Ω負荷時のダイナミックパワーは、279W+279Wを得ている。
 機能面では、入力切替スイッチに2系統のTAPE入力を組み込み、アクセサリー端子を独立して設けたのが特徴。AV対応時のサラウンドアンプやグラフィックイコライザーなどの接続時に使い、使用しないときにはショートバーで結んでいる。なお、この端子の後に、ミューティング、モード、バランス、ボリュウムコントロールがあるため、接続されるアクセサリー横器の残留ノイズ等はボリュウムで絞られ、通常の使用時でのSN比は良く保たれる。
 JBL4344とLC-OFCコードによるヒアリングでは、音の粒子が、細かく滑らかに磨き込まれており、素直に伸びた適度なワイドレンジ感と、自然な雰囲気の音場感的な拡がりが印象的で、ナチュラルサウンドの名にふさわしく、洗練された音だ。A2000と比較すれば、全体の音を描く線が、細く、滑らかなのが特徴であり、このしなやかな表現力は、使うにしたがって本来の良さが判ってくるタイプの魅力だ。リッチネスを使うときのポイントは、わずかに、トレブルを増強することだ。

ソニー TA-F555ESII

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 ソニーから、去る9月に発売された新プリメインアンプは、デジタルプログラムソースからアナログプログラムソースまで高忠実度で再生できるように、基本特性を向上させるとともに、AV対応にはビデオ入力端子を2系統と出力端子を1系統備えていることに特徴がある。
 アンプとしての基本特性の向上のポイントは、実使用時のダイナミックレンジ120dBと左右チャンネル間のセバレーション100dBを実現していることだ。
 アンプ構成上の特徴は、プリアンプ部とパワーアンプ部との間に新たにカレント変換アンプを設け、信号系をプリアンプ部とパワーアンプ部とに電気的に分離し、独立できるオーディオ・カレント・トラスファー方式にある。この方式は、電圧としてプリアンプ出力に出てくる入力信号を、いったん電涜信号に変換し、このカレント変換アンプ終段に設けたリニアゲインコントロール型アッテネーターで再び電圧信号に戻す、というものだ。この方式の採用でプリアンプとパワーアンプ相互間の干渉やグランドに信号電流と電源電流が混在することに起因する音質劣化や、歪、ノイズなどの問題が解消でき、実使用時のダイナミックレンジの拡大と優れたセバレーション特性を獲得し、音質を大幅に向上しているとのことである。
 この電流変換アンプに設けられた新方式アッテネーターは、最大から実際に使われる音量に絞り込むに比例してインピーダンスが低くなり、通常のリスニングレベルでの歪や周波数特性、SN比、クロストークなどの諸特性が改善できる特徴をもつ。
 パワーアンプ部は、独自のスーパー・レガートリニア方式パワーアンプと大型電源トランスを組み合せ、100W以上の大出力時にも広帯域にわたりスイッチング歪、クロスオーバー歪を激減させ、4Ω負荷時180W+180W、1Ω負荷で、瞬時供給出力500W+500Wを得ている。
 なお、音質を左右する大きな要素である配線材料には、このところ話題のLC-OFCを大量使用しているあたりは、いかにもOFCワイヤー採用以来のソニーらしい動向を示すものだ。
 JBL4344を、LC-OFCコードを使いドライブしたときの本機の音は、ピシッと直線を引いたように感じられるフラットな帯域バランスと、タイトで密度感があり、十分に厚みのある質感、ダイレクトな表現力などが特徴だ。低域は芯がクッキリとし、力感も充分にあり、従来のソニーアンプとは一線を画した見事なものだ。
 音場感的には、音像が前に出て定位するタイプで、輪郭はシャープ。前後方向のパースペクティプな再生も必要にして充分だ。
 質的にも洗練され、ダイナミックでストレートな表現力を備えた立派な製品である。

オンキョー Integra A-819RX

井上卓也

ステレオサウンド 73号(1984年12月発行)
「BEST PRODUCTS」より

 CDの登場により、デジタル記録をされたプログラムソースが手近かに存在するようになると、これを受けるアンプ系やスピーーカーも、根本的に洗いなおす必要に迫られることになる。いわゆる『デジタル対応』なる言葉も、このあたりをマクロ的に捉えた表現であるようだ。
 オンキョーからインテグラRXシリーズとして新発売されたプリメインアンプA819RXは、せいぜい入力系統の増設や1〜2dBのパワーアップ程度でお茶をにごした間に合せの『デジタル対応』でなく、根本的にデジタルソースのメリットを見直し、確実にそれに対応し得る本格派『デジタル対応』に取り組み完成した新製品だ。アンプ内部での位相特性を大幅に向上し、CDのもつ桁外れに優れた音場感情報の完璧な再現に挑戦したのが、新シリーズの特徴だとのことである。
 構想の基本は、スピーカーの電気的な位相周波数特性で、特にf0附近で大きく変化する電圧と電流の位相変位に着目し、これを駆動するパワーアンプの電源トランスに1対1の巻線比をもち非常に結合度を高くしたインフェイズトランスを設け、+側と−側の電解コンデンサーの充電電流の山と谷を打消して位相ズレ情報を除去し、電圧増幅部への影響をシャットアウトして、正しい位相情報を再生しようというものだ。
 また、インフェイズ・トランスにより、+側と−側の電解コンデンサーの充電電流が等しいということは、電源トランスの巻線の中央とアース間に電流が流れないことを意味し、フローティングも可能であるが、コモンモードノイズ除去のため、トランス中央はアースに落してあるとのことだ。
 アンプ構成は、MC対応ハイゲインフォノイコライザーアンプとパワーアンプの2アンプ構成で、パワーアンプは、SP端子+側からNFBをかけ、さらに、超低周波での雑音成分をカットするためのサーボ帰還がかけられ、SP端子−からはアースラインのインピーダンスに起因する歪や雑音をキャンセルする、ダブル・センシング・サーボ方式を採用。また、A級相当の低歪リニアスイッチング方式が採用されている。なお、音楽信号を濁らせる電解ノイズを低減するチャージノイズフィルター、外部振動による音質劣化を防ぐスーパースタビライザー、2系統のテープ端子用に独立したRECセレクターなども特徴である。
 試聴した印象では、独特の粘りがありながら、力強くエネルギー感のある低域をベースに、豊かな中低域、抜けの良い中域から高域がバランスをした帯域感と、説得力のある表現力を備えた独特のまとまりがユニークだ。音場感は豊かな響きを伴ってゆったりと拡がり、定位感もナチュラルである。この低域から中低域をどのように活かすかが使いこなしのポイントである。