菅野沖彦
ステレオサウンド 53号(1979年12月発行)
特集・「いま話題のアンプから何を選ぶか(下)最新セパレートアンプ25機種のテストリポート」より
「ザ・パワー」とはよくつけた名前である。設計製作者のジム・ボンジョルノは、かつて、アンプジラを、テァドラを世に出した男で、アンプ作りの天才ともいわれるが、そのネーミングのセンスの奇抜さからも想像できるように、きわめて個性的な発想の持主だ。エンジニアとして型破りのスケールの大きな人間味豊かな男である。音楽好きで、自ら、ピアノを弾き、アコーデオンを奏でる。その腕前はアマチュア域を越えている。そして大変な食い道楽であり、ワインには滅法うるさい。話し出したら文字通り口角泡を飛ばして、止まるところを知らない情熱家だ。
その彼が、新たに設立したスモ・エレクトリック・カンパニーから発売した一号機が、この「ザ・パワー」である。400W/チャンネルの大出力アンプであるがその内容もユニークだ。フォア・クォドラント差動平衡型ブリッジ回路という、このアンプの構成は、スピーカーをつないで鳴らしてみれば納得せざるを得ない。今までにない強力なパワーアンプなのである。スピーカーというものの実体を正しく把握して、スピーカーを勝手に動作させない……つまり、あくまで、スピーカーに与えられる音声エネルギーに忠実にスピーカーが動くように、いわば強制的にドライヴするアンプといってよいだろう。そのインピーダンスの周波数による変化や、振動板の動きから生じる慣性に影響されることなく安定して動作するアンプが、ボンジョルノの開発のポイントであった。アンプ内の回路構成はバランス型で、入力から出力まですべてブリッジアンプ構成とし、その4隅から同時にフィードバックをかけることにより、スピーカーをプラス側だけからドライヴするのではなく、マイナス側からもドライヴするべく、スピーカー端子にプッシュプル・フィードバックをかけるという考え方である。新開発のパワートランジスターをはじめ、使用パーツは入念にセレクトされ、そのほとんどが、米国軍用規格適合品を使い、シャーシはユニークなモノコック構造で組み上げられている。4組の独立電源部と10組の安定化電源、電圧・電流値・位相・温度の変化を自動検出し、異常時には100ナノセカンドの高速で回路をシャットしてアンプを保護する保護回路などを装備した超弩級のアンプである。かなりの大型のボディだが、重量は比較的軽く36kgである。大胆な外観からすると内部の作りは緻密で美しい。設計者自身、理屈より音だという通り、この「ザ・パワー」の音が、何よりも雄弁に、その名前の正当性を証明してくれるであろう。
音質について
このアンプの音は、ひかえめにいっても、今までに聴いたことのない力と豊かさに満ちている。しかも、決して荒さや、硬さを感じさせるものではない。音としては、妖艶といってもよい。脂の乗った艶と輝きをもち、深々とした低音の魅力は他に類例のないものだといってよい。試聴に使ったJBL4343は、まるでブックシェルフの小型スピーカーのように手玉にとられ、アンプの思うように自由に鳴らされる、といった感じである。この、かなり個性と主張の強いスピーカーが、名騎手に乗り馴らされた荒馬のように素直に整然と鳴らし込まれてしまうのである。他のチャンスにアルテックのA5を鳴らした時もそうだった。あのA5から信じ難いほどの太く豊かで、深い低音が朗々と鳴ったのである。今回の試聴でも、ベース奏者が、他のアンプで聴くよりずっと指の力が強く、楽器を自在にコントロールしているように聴えた。中域から高域にかけても、常に肉のついた豊かさと血の通いが失せない。ヴァイオリンの高域のデリカシーということになるとやや大把みだが、しなやかで暖かい。
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