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ジェフ・ロゥランドDG Model 8Ti HC, Model 9Ti HC

井上卓也

ステレオサウンド 130号(1999年3月発行)
「モデル8Ti/9Tiハイカレント・ヴァージョンの実力」より

 ジェフ・ロゥランドDGのパワーアンプは、ロゥランド・リサーチをブランドネームとした時代から、安定度が高く、しなやかさと力強さを巧みに両立させた音の魅力と、音と表裏一体となった筐体デザイン、精度、仕上げなど総合的なバランスの優れたアンプとして手堅い評価を獲得していた。
 ’92年11月に新製品として登場したステレオパワーアンプのモデル8とモノーラルパワーアンプのモデル9は、従来のモデル5やモデル7Fなどからいちだんと高い次元に発展したモデルだ。電圧増幅投とドライバー段部分には、当時の技術傾向を導入したモジュール化が採用されている。ディスクリートタイプと比べると、一体化されたモジュールは温度的に安定し、シグナルパスの短縮化、外部からの干渉の排除など電気的な利点に加えて、機械的な強度が高く、共振のコントロール、機械的なストレスによる音質劣化防止などの利点があり、メカトロニクスの産物といわれるパワーアンプではメリットの多い方式である。
 モデル8の筐体は、19インチサイズのフロントパネル、両サイドの放熱板、入出力系や電源系を扱うリアパネル、トランスなどの重量物を支持し固定する底板がハコ型に組まれ、これに着脱可能のトッププレートを組み合せた、パワーアンプの定番的構造の設計である。ただし、とかくシャープエッジで共振しやすい放熱板のフィンのコーナーをラウンド処理しているのは、同社製品の特徴。大型電源トランスは筐体中央のリアパネル側にあり、大型電解コンデンサーはフロントパネル側に別ピースのサブシャーシ上に取り付けてある。線材関係で目を引くのは、出力系の配線に銅パイプを使っていたことだ。
 翌’93年2月になると、同サイズの筐体中に鉛バッテリーを4個組み込んだ専用電源BPS8を組み合せたモデル、DC8とDC9が発売される(バッテリー電源部は両者同等)。BPS8は、バッテリーのB電圧が±24Vとやや低いため、完全DC駆動時の出力は、DC8が100W+100W(8Ω)、DC9が100W(8Ω)になる。BPS8は、パワーアンプ電源から充電されるタイプで、完全DC駆動時にはACプラグを抜くことで可能となる。
 究極のDC電源として、鉛バッテリーは管球アンプ時代から一部で実用化されていたが、現実に詳しくチェックをすれば、完全充電時から放電時までにアンプの音は予想を超えて変り、充電量の異なる電池の組合せは音質劣化を伴うなど問題も多く、アンプ電源として長期間安定に働かせるためには、かなりのノウハウが必要だ。しかし鉛バッテリー動作は、アンプ設計者なら一度は試みたいマイルストーンであるようだ。
 同年10月には、筐体設計を完全に一新したモデル8SPが発売された。筐体の主要構造は、分厚いフロントパネルとリアパネルを、同様な厚みの2枚の構造材でII字型に結合した構成である。電源部は、前後をつなぐ厚い金属板間に、2個のトロイダルトランスが横位置に、4本の電解コンデンサーが前後上下に固定されている。
 筐体中央部で構造材によって2分割するこの構成は、いわゆるデュアル・モノ構成の筐体では、もっとも理想的な構造と断言できるが、筐体内空間を伝わる電磁波やシャーシを流れる各種グラウンド電流の相互干渉については効果はなく、依然としてモノ構成とは一線を画したものと考えたい。
 モデル8SPをベースに、入力部にトランスを使うトランスインピーダンス・ディファレンシャルモード増幅を採用した改良版がモデル8Tであり、さらに、新開発のパワーICを各チャンネル12個並列動作とした第3世代の改良版がモデル8Tiである。当然のことながら、モデル9系の発展もほぼ同様ではあるが、一部、内容が前後することがある。
 モデ8および9の技術的な発展改良のプロセスは、入力段モジュール化、入力トランス採用、パワーIC開発、鉛バッテリー電源の導入などの電気的な部分に加え、筐体構造の抜本的設計変更などの、エレクトロニクスとメカニズムの発展改良が相乗効果的に働き合った、いかにもメカトロニクスの産物であるパワーアンプにふさわしい典型的な進化だと言えるだろう。
 モデル8Tiでいちおうは完結したかに思えたが、さらなる飛躍のチャンスが待ち受けていたようだ。モデル8Tiをベースに6チャンネルまで拡大し、トライアンプ駆動を可能としたMC6の開発・発売が、その契機である。
 MC6は定格値では6チャンネルパワーアンプではあるが、低域用は2台のパワーアンプを並列動作させる設計で、実際には8チャンネル分のパワーアンプを内蔵してているものである。この並列動作と通常の動作との計測的、聴感的な比較が徹底して行なわれた結果、使用パワーICを2倍としたハイカレント・ヴァージョン(以下HC)が開発されることになった。並列動作の数を増加しても直流電圧が一定であれば、8Ω負荷時での出力は変らないが、負荷が2Ω、1Ωとなってくると電流供給能力の差が現われ、計測値的にも、聴感的にも、大きな格差が生じてくるようである。
 モデル8TiHCは、パワーICの数は、8Tiの12個並列から24個並列と倍増している。
 設計者のジェフ・ロゥランド氏の見解によれば、2倍の出力供給電流と出力インピーダンスが1/2となる利点に加え、歪率が半減し、特にiM歪みは50%に低減する効果があるという。通常のパワー段のデバイスの数を増す方法では、逆に歪みは若干でも増す傾向があり、スピードも低下する、ということである。ちなみに、パワーICは、1個で賞出力パワーアンプとして働くICパックで、高域特性に優れた小型パワーデバイスが使えるメリットがあるようだ。現実のモデル8TiHCでは、入力部に入力トランスを採用したバッファーアンプがあり、この部分の利得切替で、26dBと32dBが選択可能で、この出力をパワーICが受ける構成である。
 なお、モデル8TiHCも、BPS8電源の使用は可能である。
 モデル8Tiとモデル8TiHCおよびモデル9TiHCの3台を用意し試聴する。
 8Tiは、信号を流してからの経時変化が穏やかで、比較的に早く安定状態に入り、この安定度の高さが特徴である。当初のモデル8は、安定度の高さを基盤にした、ややコントラストを抑えたしなやかな音を聴かせたが、入力信号に対応した力強さも併せ持っていた。8SPでのドラスティックな変化は、音にも劇的な変化をもたらしたが、リジッドなベースと剛体感のある音の骨格を持ってはいるが、それらが決して表面に出ず、聴感上では意識されないレベルに抑えるコントロールの巧みさは、ジェフ・ロゥランドの音の奥ゆかしいところであるようだ。
 8Tiの音でもっとも印象的なのは、抑制的な表現が払拭され、ほどよくエッジが張りコントラストの付いた、ダイナミックな表現力が与えられたことである。もともと優れた増幅系と筐体構造を持つだけに、いかにも音楽を聴いているようなオーディオの楽しさを感じる、この音の魅力は絶大である。
 8TiHCは、コントラストが少し薄くなり、ゆったりとした余裕のある大変に雰囲気のよい音を聴かせる。熟成された大人の風格があり、少々玄人好みであるようだ。
 9TiHCは、8TiHCの内容をいちだんと濃くした音で、異例に鮮度感が高く、反応がシャープ。スピーカーを自由闊達に、伸びやかに歌わせる、この駆動力の見事さは圧倒的だ。

ジェフ・ロゥランドDG Consummate + Model 9(JBL S9500との組合せ)

井上卓也

ステレオサウンド別冊「JBLのすべて」(1993年3月発行)
「ハイエンドアンプでProject K2 S9500を堪能する」より

 パワーアンプのモデル9は、2ブロック構成のアンプ部と電源部を、同じ床面に左右チャンネル間も、相互干渉のないように十分に離して設置することが、本来の音質を得るための必要条件であるが、通常のこの試聴室のパワーアンプの設置位置では、スピーカーの音がアンプ筐体に反射をし固有音が発生することがあって、仕方なく左右スピーカーの内側に電源部、アンプ部二段重ねとした。しかしこの状態でも左右がやや近接しているため、モデル9の本来の音を聴くためには不十分な置き方ではある。接続はすべて平衡ケーブルを使い、パワーアンプの利得切替えはローである。
 最初の音は、視覚的イメージに反し、小型な50Wクラスのパワーアンプを思わせる、スッキリと爽やかで、可愛らしい音であり、音場感的拡がりも、標準より狭く小さくまとまる傾向である。ウォームアップでの変化は、3分間ほどで中低域の豊かさが加わった反面、線の細いクリアーさが薄れ、中域をも少し抑えた穏やかな音に移行する。5分間ほど経過すると高域が目覚めはじめるが、表情は抑え気味で温和な聴きやすい音である。さらに高域の見通しのよさが加わると、中高域から高域に独特のしなやかで濃やかでナイーブな印象となり、非常に魅力的、かつ、耽美的ですらある。
 さらに約3分間ほど経過すると、全体行きにわたり、いかにも目覚めたような音に移行し、徐々に穏やかに同じ方向にウォームアップは進む。トータル約20分間でほどよく音のエッジが張ったクリアーさが加わり、このあたりが最低限度のウォームアップタイムとなるが、音場感的に聴けば左右の拡がり、奥行き方向のパースペクティヴでも不満な面が残っている。
 音のディテールをさりげなく聴かすだけの、海外製品としては優れた聴感上のSN比の高さが、このシステムの大きな魅力である。帯域バランスはフラットで、ワイドレンジ感は意識させないが、ほどよく密度感を保ちながら、低域、高域とも必要にして充分なレスポンスを聴かせる。音色はやや沈んだ傾向を示すが、これは、CDプレイヤーのアキュフェーズDP90/DC91との組合せによるものかもしれない。
 1時間半ほどたてば、次第に力強さ、反応の速さが顔を出し、オーソドックスでナチュラルな本来の魅力が聴かれ、低域と高域のユニットの形式の違いによる質感の差も感じさせず、よく鳴りよく響く正統派の音は実に魅力的である。やや色彩感を抑える傾向はあるが見事な音だ。パワーアンプの利得をハイにするとスッキリと広帯域型となるが薄味だ。