「世界一周スピーカー・サウンドの旅」

黒田恭一

サウンドボーイ 10月号(1981年9月発行)
特集・「世界一周スピーカー・サウンドの旅」より

 ウェストコースト的とか、イギリス的とか、はたまた日本的とか、ともかく的という言葉をつかって十把ひとからげにしてああでもないこうでもないと、わかった風なことをいいたててみても、本当ところはなにひとつはっきりしない。
 実は、この的という言葉は、なかなかどうしてくせもので、あつかいがむずかしい。よほどうまくつかわないと、意味があいまいになってしまう。なんだこの文章は、なにをいいたいのかよくわからない──と思ったら、よくよくその文章をながめてみるといい。きっとその文章には、的、ないしはそれに類した言葉が、あちこちでつかわれているにちがいない。
 そういうあいまいなところが的という言葉にはあるので、つかう方としてはつかいやすいし、安直につかってしまいがちである。たとえば、なるほどこの音はドイツ的だ──といった感じで、つかってしまいがちである。そのようにいわれた方としては、半面では、なるほどドイツ的なのか──と思い、残る半面では、実際のところ、ドイツ的とはどういう音なのであろう──と思うことになる。つまり、ひとことでいえば、わかったようでいてわからない。
 それぞれのスピーカーには生れ故郷がある。アメリカのウェストコーストで生れたスピーカーもあれば、イギリスで生れたスピーカーもある。したがって当然(といっていいのかどうかはわからないが)、ともかく、生れ故郷のちがいが音のちがいに、なんらかのかたちで、影響している。いかなる理由でそういうことになるのかは、よくわからない。いろいろまことしやかな理由で説明してくれる人もいなくはないが、これまでに説明されて納得できたことは一度もない。
 産地がちがえば、ミカンの味もちがう。これはあたりまえである。しかし、なんでスピーカーの音がちがうのであろう。スピーカーはミカンでないから、土地や気候のちがいがそのまま音に反映するとは考えられない。にもかかわらず、ウェストコーストのメーカーでつくられたスピーカーでは、誰がきいてもすぐにわかるようなちがいがある。
 そのちがいは、否定しようのない事実である。ここでは、さしあたって、ちがうという事実だけを問題にする。なぜ、いかなる理由でちがうのかは、ここでは考えないことにする。さもないと、ことは混乱するばかりである。はっきりさせたいのは、どのようにちがうかである。
 それぞれのレコードにも生れ故郷がある。ドイツで録音されたレコードもあれば、ニューヨークで録音されたレコードもある。このレコードについても、スピーカーと似たようなことがいえる。このことについては、多少なりともひろい範囲でレコードをきいている人なら、すでに確認ずみのはずである。さわやかだね、この音、やっぱりウェストコーストのサウンドだね──といったようなことを口にする人は多い。ここでは、そういうレコードの音とスピーカーの音を、ぶつけてみようと思う。ウェストコーストで録音したレコードをウェストコーストのメーカーでつくられたスピーカーできき、その後、故郷をちがえるレコードをそのスピーカーできいてみて、どのように反応するのかをききとどけてみようというわけである。
 理想をいえば、ウェストコーストで録音されたレコードをいかにもウェストコーストで録音されたレコードらしく、イギリスで録音されたレコードはいかにもイギリスで録音されたレコードらしくきかせるスピーカーが、このましい。しかし、それはやはり理想でしかなく、多くのスピーカーは、なんらかのかたちで、そのスピーカーのお国訛りを、ちらっときかせてしまう。愛矯といえばいえなくもないが、つかう方からすれば、その辺を無視するわけにはいかない。いかなるもちあじを魅力とするスピーカーなのかをしかとみとどけてつかえば、それだけそのスピーカーを積極的につかえるはずである。
 世間ではしばしば、クラシック向きスピーカーとか、ロック向きスピーカーといったような区分がおこなわれ、それはそれなりに多少の意味がなくもないが、ここでは、生れ故郷をちがえるスピーカーがどのようにちがう音をきかせるのか、その辺にポイントをおいて、きいてみた。
 さしあたってここでは、さまざまなスピーカーに対して、「あなたは、どの国の出身のレコードの再生がお得意なのででしょうか?」と、たずねてみたことになる。スピーカーの答えは、さて、いかなるものであったか──。

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