ユニットの美学──ヤマハNS1000M以降、現代日本スピーカーの座標を聴く

井上卓也

ステレオサウンド 71号(1984年6月発行)
特集・「クォリティオーディオの新世代を築くニューウェイヴスピーカー」より

 現在の日本のオーディオ産業の実力は、もはや、その質、量ともに、世界の頂点に位置づけされるまでに到達している。
 しかし、その実力を発揮出来るのはエレクトロニクス技術にもとづくアンプ、チューナー、カセットデッキ、そしてCDプレーヤー、PCMプロセッサーの分野であるとする見解もある。トランスデューサー関係のスピーカー、カートリッジ、マイクなどの分野では、いまだに欧米製品に一日の長があるとするその見解は、根強く残っているようすである。
 スピーカー関係に的を絞って考えれば、たしかに1970年代までは、欧米製品の優位性を認めることはできる。しかし、それ以後、海外メーカーの開発能力に一種の陰りが見受けられ、かつてのように際立った新製品の登場が稀になっていることに加えて、国内製品は、新素材の導入、新技術の開発を繰り返してその水準はここ数年のあいだに確実に向上し、世界のトップランクの位置を確保しようとしているようだ。
 欧米メーカーといっても、国内市場で名実ともに認められたブランドは、予想外に少ない。それらのメーカーの特徴は、かつてはとても国内製品に望めなかった、優れた基本設計と材料をベースに充分な物量を投入して開発した強力なスピーカーユニットにあったわけで、米国系のアルテック、JBLや、英国系のタンノイが典型的な例であることは、いうまでもない。
 この、いわば強力なスピーカーユニットをベースにしたシステムづくりの動向は、国内製品にも強い影響を与えたのは事実である。ここしばらくは、ユニット開発を最優先とした傾向が強かったことが、国内製品の最大の特徴であろう。
 ことに、振動板関係の新素材の導入と開発はますます激化し、ベリリュウム、ボロン、航空・宇宙開発の産物であるハニカムコアに各種のスキン材を組み合わせたタイプ、カーボングラファイト、発泡軽金属、カーボン繊維などと、新素材の導入は、いまや珍しいものではなく、感覚的には、常識化されているといっても過言ではあるまい。
 現在では、普及機クラスのシステムにおいても、平均的な傾向は、物量投入型である。強力なユニット、オーバーデコレーション気味のデザインが標準であり、この二点が国内製品の特徴を明確に示している。
 残された問題は、エンクロージュア関係のチューニング技術の確率や、ネットワーク系、磁気回路系の内部的、外部的な干渉や妨害の検討を含め、総合的にバランスの優れたシステム開発を行うことである。
 現在の国内スピーカーシステムの実力を聴くために選んだ機種は、価格的に10万円を少し超した価格帯の製品であり、形態的には、ブックシェルフ型のモデルである。
 簡単に考えると、現在市販されているスピーカーシステムのなかで、いわゆるシスコン用としてメーカー独自のトータルシステムにも組み込まれるタイプを除いて、単体のコンポーネントと思われるランクの製品は、5万円前後の製品以上としてよいであろう。
 この、5万円をボーダーラインとする考え方は、スピーカーの分野に限らず、プリメインアンプやカセットデッキなどでも、従来から慣例的に行われてきたことである。いわゆる、〝売れ筋〟という表現でいえばスピーカーシステムにおいても従来から最大の需要をまかなってきた価格帯の製品だ。
 さらに細かく分類すれば、5万円前後とはいっても、5万円未満の25~28cm級ウーファー採用の3ウェイ構成の製品と、5万円以上の30~33cm級ウーファー採用の3ウェイシステムに区別されるが、ここでは、後者の価格帯の製品についてその内容を眺めてみよう。
 いわゆる標準的なブックシェルフシステムという見方をすれば、30cm級以上のウーファーを採用しているだけに、エンクロージュアの外形寸法は、このクラスですでに標準サイズ的な大きさになり、ユニット構成が3ウェイ方式であるかぎり、10万円以上のクラスの製品にいたるまで、この外形寸法にさして変化はない。これが、ブックシェルフ型システムの国内製品に見られる特徴である。
 一方、デザイン面から見ても、いわゆる売れ筋の価格帯の製品であるだけに外観は重視され、基本的に音質、性能と関係のない装飾用のオーナメント類にかなりの予算が投入されている。これは、むしろ10万円以上のクラスの製品よりも華美をきわめているといってよいだろう。
 このデザイン面と共通したこととして、国内のブックシェルフ型システムは、その初期から、取外し可能なサランネットが標準装備であり、この部分についても10万円以上の製品と変わらない必須条件とされているようだ。
 6万円前後のブックシェルフ型システムは以上の2点のような、より高価格なシステムと共通の要求条件を満たしながらも価格を守り、しかも年々その内容は次第に高まってはいる。しかし、エレクトロニクス関係が計算機付クォーツ時計の例のように急速に価格低減が可能な特徴をもつことに比較して、基本的にメカニズムであり、単純な構造をもつだけに、スピーカーの合理化による価格の低減は非常に至難の技である。すでに現状で、価格を維持すれば、その内容的な向上は飽和領域に入っている思われる。
 短絡的な表現をすれば、2000ccの排気量の自動車に、より排気量の少ない平均的な効率のエンジンを搭載した車種、といった比喩ができるのが、このクラスのブックシェルフ型システムといえる。
一方、10万円後半から20万円クラスのブックシェルフ型システムを見れば、外形寸法的にもかなりの自由度があり、ユニット構成も、3ウェイ方式、4ウェイ方式と共通性は少ない。したがって、平均的に、国内製品のスピーカーシステムの実力を試す目的には、やや外れた印象がある。やはりこのランクは、ブックシェルフ型システムのスペシャリティクラスと考えるべきで、それだけに、いわゆるオーソドックスな使いこなしのノウハウがなければ、簡単にはその高い物理的性能を音として還元しきるものではないと考える。
 現状では、10万円前半の価格帯のブックシェルフ型システムが、コンポーネント用としては、標準的な性能と内容を備えた製品である。
 この価格帯のブックシェルフ型として定着したのは、ヤマハのNS1000Mが、その最初の製品であり、現在に至るまで、稀に見る超ロングセラーを誇っているモデルである。
 標準的な仕上げと前面にサランネットを備えた、家具としても見事な仕上げをもつNS1000の、米国流にいえばモニター仕上げタイプとして開発されたNS1000Mは、当時としては、非常に個性的なブラック仕上げのアクセントの強いデザインで登場した。いわゆるエキゾチックマテリアルとして注目を浴び、当時としては驚異的なベリリュウム振動板を採用して、高域ドーム型ユニットは鮮烈なシャープネスを得、ブックシェルフ型の当時のイメージとは一線を画したダイナミックな低音により検聴用モニター的な受取りかたがされた。そして、急速にファンを獲得して不動の地盤を形成し、現在に至っている。
 この間、各社からそれぞれ強力な内容を備えた、価格的にも15万円クラスまでの挑戦者が送り込まれたが、NS1000Mを倒すまでにはいたらず、姿を消していった製品の数も多い。
 しかし、昨年来より再び、価格的にもNS1000Mに焦点を合わせた新製品が登場しはじめ、この価格帯の状況は、にわかに興味深いものになりだしたようだ。
 私見ではあるが、NS1000Mが超ロングセラーを誇る理由をここで考えてみたい。発売時期の1975年でさえ、現在の物価感覚と比較して、当時としては非常に高価な145000円のNS1000と同じユニットを採用したモデルであっただけに、108000円というその価格は、もともと価格対満足度の優れた製品であったことが最大のポイントである。つまり、強力なユニットをベースとして開発された特徴は、JBLやアルテックなどの製品のもつ優位性と共通であり、物価上昇を加味すれば、それ以後に登場する挑戦モデルは、開発が新しいほど不利になる。
 もちろん、価格を維持する目的と性能を向上する目的からNS1000Mもモディファイはされている。しかし、ウーファーと同等の強力な磁気回路とボイスコイル直径65mmのベリリュウムダイアフラムを採用したスコーカーは、エージングが進むにつれてウーファーとのつながりの部分が豊かになり、低域から中域の厚みが充分にあることがわかる。これは、NS1000Mの特徴で、比較的に使いやすく、音に安定感があり、ピアノの音の魅力ある再生に代表される好ましいキャラクターが、他のシステムにない強みとなっているようだ。
 例えば、スピーカーのセッティングに少しの問題を残したとしても、このスコーカーの威力は非常に大きく、場合によっては、3ウェイ方式ながらもスコーカーだけですべてのバランスをとっているといってもよい鳴りかたをするように思う。
 一方において、プログラムソース側の質的な向上や、ドライブをするアンプ側の確実な進歩も、現時点でいえば、物量投入型のシステムの力を引出す、背景にもなっていると感じる。
 結果としては、強力なスコーカーの存在がNS1000Mの鍵を握ってはいるが、このシステムは、いわゆるユニット最優先型の国内製品とは異なった部分がある。
 それは、次の各点である。第一に、完全密閉型のエンクロージュアは、一般型とは構造が異なり、かつてのタンノイ社のレクタンギュラーヨークに代表される欧州系の手法と思われる、エンクロージュア内部に中央を抜いた隔壁をもつ特異なタイプであること。第二に、吸音材処理方法に独自の手法が見受けられること。第三に、モニター仕上げであり、サランネットがないために、試聴時にはネットを外し、実際にはネットを取付けて聴くという、特性的にも音質的にも問題を残す国内製品独特の特異性が基本的に存在しないこと、などである。また、システムを構成する各パートのバランスが、当時としては異例に高かったことが、潜在的な特徴であると思う。
 このNS1000Mを中心に比較するシステムは、昨年来より急激に物量投入型の開発をはじめたパイオニアS9500を筆頭に、特許問題で最適な材料が使いにくいポリプロピレン系の振動取を脱皮してカーボンクロスコーンを新採用したオンキョー/モニター2000、独自の優れたハニカム構造の平板型ユニットを推進するテクニクスSB-M3、ユニット構造の基本から洗いなおした小型高密度タイプのダイヤトーンDS1000の4機種を加えた5機種で、現在の国内スピーカーの実力を聴いてみようということになった。
 結論からいえば、このクラスの製品を選んでおけば、あとは使いこなし次第でかなり高度な要求にも応えられるであろうし、今後、長期間にわたり、安心して楽しむことができるとすれば、価格も高くはない。
 現在の各コンボーネントのなかで、もっとも基本性能が高度なものは、エレクトロニクス系のアンプであろう。例えば、歪率(THD)をとってみても、スピーカーシステムに比較すれば、2桁は異なるはずだ。
 しかし、その優れた特性のアンプも、特性の劣るスピーカーで聴かなければ音質は判からない。これは、かのオルソン氏の、現在でも通用する名言である。
 最近の傾向として非常に困ったことは、スピーカーというのは、買ってきて、例えば、コンクリートブロックの上に乗せて結線をすれば、それで正しく鳴るものだ、とする風潮である。
 かつては、スピーカーシステムを使いこなすことに悪戦苦闘をすることは常識でさえあり、故瀬川冬樹氏のように、異常とも思える情熱をスピーカーの使いこなしに注いだ人もいたが、最近では雑誌も興味がないらしく、表面的な、床に近く置けば低音再生に有利になり、壁に近く置いても同様とする程度の認識で、セッティングに関してのかつての常識は、もはや皆無といってさえよいようだ。いまどきオーディオに携わる人々が、スピーカーシステムの置き台の差や、わずかのセッティングのちがいで音が大幅に変化することに驚いていたりすること自体が、大変に奇妙な話である。そればかりでなく、左右のスピーカーの置き台が異なっていても平気で製品の試聴をおこなう例などはもはや論外ともいうべきである。また、メーカーがセッティングした試聴の場合でも、左右のスピーカーコードの長さが異なっている例や、場合によっては、長いコードがコイルのように巻かれたままになっていることに驚かされるのは、いつものことなのである。
 この、使いこなしの不在。つまり、シスコンのように、買ってきて配達の人にセッティングをして賓ったらそれで終り、とする風潮がオーディオを面白くないものとし、オーディオビジネスを不況に導いた最大の理由なのである。
「コンポーネントシステム」というからには、各製品を選択し、基本に忠実にセッティングをしたときが終着駅なのではなく、その時点が実は出発点であるはずである。
 スピーカーシステムを新しく購入したとしよう。このときに要求されるのは、スピーカーのセッティングではなく、まず、従来から使用してきたシステムの総占検なのである。ここでは、細部にわたり書くだけの紙数がないために、基本的な部分のみ簡単に記しておく。
■AC電源関係
①プリメインアンプなどのアンプ類は、壁のコンセントから直接給電する。セパレート型は、プリアンプ、パワーアンプを、それぞれ壁コンセントから単独に給電する。不可能な場合は、大容量のコードを使ったテーブルタップを使う。
②アナログプレーヤーも①に準ずるが、プリアンプのACアウトレット使用時は、アン・スイッチドから給電する。
③デジタル系のCDプレーヤーは、アンプ系と異なる壁コンセントから給電する。
④AC電源の極性は、対アース電位の低い方を基準とする。メーカー側で極性表示をしてある場合でも、マーク側がホットか、グランドかは、メーカーによっても異なるし、場合によれば、同一メーカーでも、アンプとアナログプレーヤーで異なる例もあり、実測が基本である。
⑤アナログプレーヤー使用時は、CDプレーヤー、FMチューナー、TV、VTRなどの電源スイッチはOFFにする。
⑥アナログプレーヤーの近くに照明用に螢光灯は使ってはいけない。
■結線関係
①RCAピンコードは、よく吟味をし、最適なものを選択するとともに、プラグの先端-分、アンプなどのジャック部分をクリーニングする。
②スピーカーコードは、左右同じ長さを使用し、スピーカーに給電する経路、位置などを左右対称にするとともに、最短距離にカットして使う。また、端末処理は芯線を切らないように注意し、ターミナルは確実に締めること。
 線材は、平行2線タイプの充分に容量のある線を基本とし、チューニングアップ時には、同軸型、スタッカード型などの構造的な違いや、OFC、LC-OFCなどを状況に応じて試用する。
■セッティング関係(スピーカー以外)
①アナログプレ-ヤーの設置場所は、充分に剛性があり、固有の共鳴や共振がない場所を選び、ハウリングマージンに注意する。カートリッジの針圧は、MC型、MM型を問わず、最適針圧を中心に0・1gステップで軽・重両側に調整する。
②アンプ関係は、積み重ねず、アナログプレーヤーに準じた状況に置くこと。
③CDプレーヤーの置き場所は軽視されがちだが、アナログプレーヤー以上に置き場所の影響を受けるため、設置場所は、充分に注意をし、誤ってもプリアンプなどの上に乗せて使用しないこと。
 概略して以上の諸点は必ずチェックをしていただきたい最少限のことである。
■スピーカーのセッティング
①左右の条件を可能なかぎり同等にする。
②置き台に乗せるときには、グラつきを抑えないと低音の再生能力は激減する。
③置き台にグラつきや、ガタがある場合には床と置き台の間に適当なスペーサーを入れスピーカーと置台の間には入れないこと。
④一般的なコンクリートブロックを使う場合を例にする。簡単にするために、横方向に一段だけ使うとすれば、左右ブロックの間隔は、スピーカーの底板がブロックに半分かかる位置が基準。前後方向の位置も、底板に対してブロックの前後が等しくなる。つまり、ブロックの中央に置く位置が基準。
 左右の間隔は、システムの低域のダンピングに関係し、広くすれば、明るく、開放的な傾向を示し、低域の量感も増す。狭くすれば、制動気味になり、タイトな低域になるが、量的には減る傾向を示す。
 順序は左右間隔の調整を先行させる。
 最適間隔を決定後、前後方向の位置決めをする。変化量は、ウーファー帯域のレスポンスが変化した印象となり、前に動かすと、低域の下側の量感が増し、ややモニター的な音となる。後に動かすと、低域の上から中低域の量感が増し、伸びやかな音になる傾向がある。左右、前後とも極端に動かし、傾向をつかんでから、少なくとも、2~3cmきざみで追い込む。
⑤ブロックとスピーカー底板の間には、フェルトなどのクッション兼ダンピング材を入れ、ブロックの固有共鳴を抑える。ブロックのカサカサした響きが中域以上に悪影響を与えるからである。
⑥ブロックと床面、それにスピーカー底板で形成する空洞の反射、共鳴を避けるため、吸音材的なものを軽く充たす。これは、中域以上の分解能、SN比を飛躍的に向上させる決め手として重要な処理だ。
■ユニットの増し締め
 概略のセッティング終了後、高域・中域・裏板部分のスピーカー端子取付ネジ・低域の順序でステップ・バイ・ステップ、結果を確認しながら適度の増し締めをす
る。概略的には1/8~1/16回転ほどの余裕を残して増締めをすること。とくに木ネジの場合は、「適度な増し締め」を絶対に厳守されたい。ネジ構造は、ゆるめて取外してみれば明瞭だ。無理な増締めは故意の破壊であり、クレームの対象とはならないことを、くれぐれも注意していただきたい。

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