タンノイ GRF Memory

菅野沖彦

ステレオサウンド 60号(1981年9月発行)
「現代に甦るタンノイ・スピリット〝GRF MEMORY〟登場」より

現代に甦るタンノイ・スピリット〝GRF MEMORY〟登場

 イギリスのタンノイ社から新製品が届いた。新しいモデルの名は、〝ガイ・R・ファウンテン・メモリー〟と呼ばれ、いかにも伝統に輝くタンノイ社の製品にふさわしい風格と緻密なつくりを見せている。ガイ・R・ファウンテンとは、いうまでもなく、タンノイ社の創設者の名前で、オートグラフという同社のトップモデルやGRFシリーズを通して、タンノイファンには親しみ深い人である。そして、今は亡きこのファウンテン氏を偲ぶモデル名がこの製品につけられているわけだが、これが単にネイミングに止まらず、製品の総合的なつくりに、その雰囲気が溢れていることは誰の眼にも明らかであろう。
 クラシックなたたずまいを見せる〝ガイ・R・ファウンテン・メモリー〟とはどんなスピーカーシステムか? 三つ折り頁の「ビッグサウンド」のグラフィックと共に、立体的に、その全貌をお伝えしようというのが、今号の〝タンノイ研究〟のテーマである。
 内容積220ℓのエンクロージュアは、高さが1メートル10センチ、幅が80センチ、奥行きは48センチという大型フロアーシステムで、バスレフレックス方式を採用している。このサイズは、受注生産のオートグラフ・レプリカを除けば、現在のタンノイのシステムの中で最も大きく、GRFモデルを一廻り小さくしたディメンションである。ただし内容積だけに限れば、スーパーレッドモニターやクラシックモニターの230ℓより10ℓ小さくなっている。
 内蔵ユニットは、クラシックモニターに使われているK3838のスペシャル・ヴァージョンで、38センチ口径のデュアル・コンセントリック(同軸型2ウェイ)であるが、ネットワークは新設計のものだという。いうならば、最新のタンノイのテクノロジーを、伝統的な雰囲気とつくりをもった意匠で包んだもので、タンノイ社の力を十二分に発揮した入念の作品といえそうだし、その重厚な姿態と緻密で周到な細部のつくりには、今時のスピーカーらしからぬ風格を感じさせるものがある。あえて、今時のスピーカーらしからぬと書いたけれど、これは重要な問題であり、このシステムの価値の重さを語るのに触れぬわけにはいかない要素だと考える。
 大型フロアーシステムの数は決して少なくないけれど、新しい製品に一様に感じられる淋しさは、そのデザインとつくりに、往年のそれらの製品に見られたような家具としての美しさや風格が感じられなくがなったことである。高級機である以上、音に、非常に大きな影響力をもつエンクロージュアに、音響的、あるいは剛性などの点では充分な考慮がなされているとはいえ、それを超える工芸的な美を感じさせてくれる新しい製品が少ないことは万人の認めるところではないだろうか。高度な音楽芸術鑑賞のための道具である高級スピーカーシステムに、家具調度としての高い仕上げと風格を要求することは決して本質からはずれたことではなく、むしろ当然な要求だと私は思っている。それにもかかわらず、現代の合理的な産業システムは、これらの要求を満たす能力を失いつつあり、できたとしても、いたずらにコストアップを理由に、本気になって工芸的仕事に取組もうとはしなくなってしまった。もちろん、これは、オーディオ機器に関してだけの話ではなく、私たちの身の廻りのすべてにいえることだろう。現代人の美意識は一体どうなってしまったのだろうとうたがわざるを得ないのである。新しいものは味気がないなどの一言で、あきらめてよいはずはない。
 余談だが、私は、日本が世界に誇る、あの新幹線の駅を見るたびに、なんともやりきれない気特にさせられる。あのペラペラの倉庫のような建造物には美も文化も全く感じられない。コストを抑えて、必要な機能と安全性を考慮すれば、ああならざるを得ないというようなことは承知であるが、あれほど大きな建造物は、周囲の景色を大きく色付けるに充分な存在で、大げさにいえば、その国の文化を象徴せざるを得ない重要な建造物であるはずだ。もし、あれをニューデザインだというのなら、なにをかいわんやである。金属とガラスでできた現代のバラックではないか。どう見ても仮設駅含程度にしか私の眼には映らない。
 古い建物が機能的に不備で、安全性にも欠けていることはよくわかる。しかし、少なくとも、美と風格の点では比較にならないほど立派なものが沢山あった。東京駅の丸の内側の駅舎と、八重洲口側駅舎を比べても、それは歴然としている。オランダのアムステルダム駅をモデルとしたといわれる、あの古い駅舎も、国鉄が大赤字をかかえていなければ、とっくに建て直されていたことだろう……。ヨーロッパの古い教会や駅も同じ運命にあるけれど、100年後、200年後の人々への遺産として、今のような建造物を残して平然としていられるのだろうか。20世紀後半に、当時の人間達は、それまでの文化を受け継がず、全て破壊し堕落させたと後世の歴史に書かれることだろう。そして、それと引き換えに、人類を危機に陥れる機械文明を手に入れたことが、果して、どれほど評価してもらえるだろうか? 〝古きを尋ねて、新しきを識る〟などという格言は、今の世の中には通用しないのであろうか。
 古いものがよいといっているのではない。新しいものの全てが悪いというつもりもない。歴史は連綿と繋げなければいけないといいたいのである。知的な革命は決して破壊であってはいけないのである。それが誤ちであることは、中国の文化大革命が証明している。国家社会の下部構造としての政治経済が、上部構造の文化文明を脅かしては、本末転倒である。
 少々、話しが横道にそれでしまったが、現代社会への不安は、オーディオ機器のあり方にも読みとれるものだということをいいたかったのである。高級スピーカーシステムに話しを戻そう。
 現在、手に入れることのできる(お金があればの話しだが)大型高級システムの中で、こうした不満を感じないですむものがどれほどあるだろうか? 好き嫌いは別としても、その数はしれたものだ。そして、それらのほとんどは旧製品のロングランとして作り続けられているもので、中には、要望によって限定再生産(たいていの場合、質は大きく低下している)されたものである。これらの中でのベスト・ワンを挙げろといわれれば、私は躊躇なく、JBLのパラゴンをとる。あのパラゴンの独創性、美しい姿、立派な風格は、多くのスピーカーシステムの傑作の中でも水際立っている。あれは、新しさも古さも超越したデザインと見事な作りであり、驚くべきことに、どんな環現においても、環境負けすることがない。クラシックなインテリアの中でも、モダーンな部屋にあってもだ。大抵の場合、我々の部屋の方が負けてしまう。負けるどころか、置くスペースが確保できない場合が多い。スペースがあれば、これを置くだけで、部屋の中は立派に見える。部屋がかえってみすぼらしく見える場合もないではないが、オーディオが好きならば、そうはならない。逆に、金がかかっていても、趣味の悪い装飾調度品が多い場合に、とんちんかんになる場合が多いだろう。むしろ、他に何にもないほうがよいくらいだ。
 他に、これに匹敵するものといえば、かつての見事な蓄音器たちを除けば、同じJBLのハーツフィールド、昔のエレクトロボイスのパトリシアン・オリジナル、パトリシアン600、タンノイのオートグラフ、GRF、現在買えるものなら、パトリシアン800の再生産モデル、ヴァイタヴォックスCN191コーナーホーン、クリプシュホーンK-B-WOぐらいまでが、どうやら許容できるものといったところだろう。
 モダーンデザインなら、JBLの各システムをはじめ、むしろ国産につくりのよいものがあるが、この辺になると風格といった領域にはほど遠い。私が現在夢中になっているマッキントッシュのXRT20などは、大変よくできたエンクロージュアだが、なんとも夢のない雰囲気で、家具としての美しさは薬にしたくともないといえる。機能本位のさっばりしたところが、うまく部屋に合えば消極的で厭味がないといった程度である。
 こんなわけで、大金を投じて買った高級スピーカーシステムにふさわしい、所有の充足感とでもいった気分を満してくれるものは今後、ますます少なくなりそうな気配である。こうした背景の中で登場した今回の〝ガイ・R・ファウンテン・メモリー〟は、たしかに目を引く存在感のあるシステムだと思う。かといって、芸術的な工芸品と呼ぶには、いささか、プロポーション、仕上げ感覚に注文をつけたい点もあるし、やや不自然ともいえる意識の出過ぎに、わざとらしさも感じられる。本物はもっと、巧まざる自然の姿勢から生まれなければいけないとは思うのだが、それにしても、現時点でこれだけのものを作り上げたタンイの情熱と力には敬意を表したい。
 SRMシリーズやバッキンガムがスタジオモニターとして作られたのに対し、このGRFメモリーは純粋にホームユースの高級システムとして作られたものであることは明白である。しかし、モニターとはいいながら、SRMやバッキンガムのエンクロージュアのつくりも、間違いなく現代第一級のレベルにあることを認めるし、このGRFメモリーには現代版としては、特級の折紙をつけざるを得ない。これだけ手のこんだエンクロージュアは、条件つきとはいえ、その美しさと風格を含めれば、少なくとも80年代の新製品では他にはないものだから。
 では、このGRFメモリーについて、少し詳しく述べることにしよう。横幅も充分にある縦型プロポーションのシステムの仕上げはオイルフィニッシュのウォルナットであり、背面などの構造材には25ミリ厚の硬質パーティクルボードが使われている。トップボードがひさしのように張り出しているのが大きな特長といえるが、私の個人的なバランス感覚では、やや出っ張り過ぎのように感じてならない。機械加工かもしれないが、エッジの随所はテーパー状に仕上げられた手のこみようで、細部の接合は留めに決めているところなどは、感心させられる。
 後面からバッフル前面にかけて、左右対称にしぼりこまれた梯形は、オートグラフ、GRFシステムのフロント・イメージと共通のものだ。したがって、バッフル面は、全横幅よりかなり狭くなっていて、このシステムの形状に立体感をもたせている。ディフラクションを避けるために左右を後方斜めに切り落とした恰好だ。この斜めにそがれた部分にバスレフのポートが設けられているが、表面はバッフル面と同一のサラングリルで被われている。
 フロントグリルは鍵つきのロックで固定されている。オーナーには、ゴールドに輝く鍵が渡されるわけだが、これをリリースして、サランのグリルをはずすと、そこにはまた美しい光景が展開する。38センチ口径の堂々たるユニットのコーン紙にはガイ・R・ファウンテンのオートグラフ(自署)が金色にプリントされ、ユニットの取付けられたバッフル面はコルクで貼りつめられているのである。見た目にも大変美しいしユニークであるが、コルクの音響材としての効果も無視できないのではなかろうか。このバッフル前面、左右の斜面は共に美しくフレーミングされていて高い精度の木工技術がうかがわれる。また、フロントグリルには、あのガイ・R・ファウンテンのオートグラフがエングレイヴされたバッジが、それも木製の台座を介して取付けられているという手のかかり具合である。内部は、バッフルボードと背板が井桁状の角材で補強され、高い剛性を誇っている。
 隅々まで周到に仕上げられたこのシステムには、タンノイ社の情熱と執念のようなものさえ感じさせられるし、あの経済的に決して好況とはいえない英国で、よく、これだけのものを作ったものだと感心させられるのである。確定的な価格は、本稿執筆の時点では発表されてはいないが、60方円前後だということだ。もしそうならば、これは決して高い買物ではないだろう。仮に、この大きさと、この手の込んだ細工のサイドボードを買えば、そのぐらいの値段はする。否、輸入品となれば、この値段では買えまい。そう、そう、忘れていたが、ネットワークによるロールオフとエナジーのコントロールのツマミまでが、ムクの木の削り出しだった。とにかく徹底的なのである。関係者の熱意には脱帽である。
 ところで、そろそろ、肝心の音ついて記さねばならないが、今回も従来のこのタンノイ研究シリーズと同じように、具体的に数種のアンプを使っての試聴を行った。以下、ドキュメントという形でリポートさせていただくことにしよう。
 8月中旬、一組のサンプルが本誌の試聴室にセットされたということで試聴に出かけた。写真を見せられただけのGRFメモリーである。どんな音が、あの優雅な姿態から流れ出ることかと、いささか興奮気味であった。
 タンノイのほとんどのシステムを聴いている私にとって、この新製品に寄せる期待は大きいものがあった。すべて、デュアル・コンセントリックのユニットを使いながら、システム毎に微妙にちがう表情の豊かなタンノイの鳴り方は、全製品に一貫して聴かれる、あの充実のサウンド故に、まことに興味深いものがある。オートグラフ、GRF、 コーナーヨーク、 レクタンギュラーヨーク、IIILZ、アーデン、バークレイ……、そして、バッキンガムモニター、スーパーレッドモニター、クラシックモニター、SRM15X、12X、12B、10Bと、ずい分沢山のタンノイたちを聴いた。そのいずれもが紛れもないタンノイでありながら、それぞれの響きをもって鳴った。鳴っている場所でも、がらがら鳴り方が変った。アンプやカートリッジによっても豹変した。それだけではない。私はもっと不思議な体験もしている。話しが艮くなって申し訳ないが、これは是非、お話ししておきたいことだから、この機会に書くことにする。
 あれは、今年の5月14日のことであった。束京のオーディオ販売店Dの主催するタンノイ・オートグラフの試聴と講演での出来事である。話しを正確にするため、ダイナミックオーディオの主催する第4回マラソン試聴会でのことだといい変えよう。会場は、赤坂のホテル・ニュー・ジャパンであった。私の受け持ったオートグラフの講演と試聴会は、夕方5時からだったが、その直別まで他の催しがあって、セッティングには全く立会えなかった。
 開演5分所に会場の席についたときには、大きな宴会場の正面にオートグラフが据えられ、プレーヤー、アンプ類(私の指定のもの)も既に結線されていた。熱心なファンも50名ぐらい、もう備についていた。スタート直前、係の一人が、「こんな会場なもので、どうも、いい音は出ませんが……、ええ、かなり厳しいようで……」と、口ごもりながら私に耳打ちしてくれた。どう厳しいのか判然としなかったけれど、決して良い意味にとれなかった。こういう催しの常である。そのスピーカーの能力の60%から70%発揮されれば最高といってよいだろう。しかし、この感じだと50%にもいかないなと私は直感した。そりゃ、当り前だ。コーナータイプのオートグラフは、部屋の壁面をホーンの延長として使うように設計されている。ところが、その場のオートグラフときたら、コーナーはおろか、左右、後方に数メートルの距離のある状態。しかも宴会場は薄手のペニアの間じきりで、どこを見ても、いかにもボコン、ポコンといった感じであるから、とてもとても、まともな音など期待するほうが無理というものだろう。実は、この会場で、前年にもタンノイの講演をしたのだが、その時鳴らしたのは、スーパーレッドモニターだった。これはオートグラフとちがって、よりコンベンショナルなバスレフ・エンクロージュアだから、まだなんとかなったものだったが、今度は最悪だ。
 こういう催しで、精一杯話した後で出した音が、話しとは似ても似つかぬ音だった時には、穴があったら入りたくなるほどつらいものなのである。何をいっても言い訳にしかならないだろうから、じっとこらえて、苦々しく音を聴いている他はない。寿命が縮む思いである。レコードは余裕をもって選んではあるが大幅にカバーするわけにはいかない。私は覚悟を決めてし講演を始めた。いっそのこと2時間しゃべり続けてしまおうかとさえ思ったほどだ。さあ、もうこうなったら念じるより他はない。あのカートリッジで、あのアンプで、本当ならあの音がするはずなのに……と、もう、半ベソの有様。心で泣いても顔では何とやら、つとめて冷静に、快活に、ずるずると40分ほど話し続けた。もう駄目だ。そろそろ鳴らさなければ……。前列の熱心なファンの表情も、そろそろ音に飢えてきた様子。「伝統に輝くオートグラフの音は……」という私の言葉に、生ツバをゴクンとのんでいるではないか。隣りの青年は、早く鳴らせといわんばかりにノビをして、眼鏡越しに私の顔をチラリ! 絶体絶命である。オートグラフよ頼む! 鳴ってくれ! お前のあの音を出してくれ! カートリッジにも、アンプにも、私は同じ願いをこめてレコードをターンテーブルに載せたのであった。リハーサルがないから、音量からしてボリュウムの位置では見当がつかない。日頃のカンを働かせ決めた。古い録音からスタート。ピエール・モントゥ一指拝ウィーン・フィルのハイドンの交響曲「時計」である。
 おおっー、いい。いいではないか。しなやかな弦。ウィーン・フィルらしい艶。豊かな中~低音の響き。これなら、ひかえ目にいっても70点。次に小編成で、ヤニグロとソリスティ・ディ・ザグレブの演奏。これもなかなかの鳴りっぶり。気をよくした私の話しも、一段と熟っぼく滑らかに進みだす。お客の眼も輝きだした。盛んにうなづいてくれる人もいる。時たま首をかしげる奴もいたけれど(気になるもんですよ、そういう人)……、そして遂にラストナンバー。比較的新しい録音の一枚として、ミケランジェリのピアノ、ジュリーニの指揮するウィーン・シンフォニーの演奏でベートーヴェンのピアノ協奉曲第1番をかけた。堂々たるオーケストラのソノリティ、輝かしいピアノが圧倒的な盛り上りを演じたのだった。
 私も、ファンの人達も、スピーカーと一体となって熟っぽく燃えているのがよくわかった。終るやいなや、数人のファンから歓声が上った。「よかった!」と大声で叫んだ人もいた。その場の人々が全員、満足し、感動したことは、確かな実感として私に伝わった。口々に礼をいって去っていくファンの人たちの表情にもそれがあった。そして、係のスタッフたちが、まるで孤につままれたような表情で「先生、何をしたのですか?」と私に聞くのだった。「信じられないなあ……。直前まで様にならないひどい音だったのに……」。そして、ファンからも同じ言葉が述べられた。また、この催しの前の催しを担当していた他メーカーの人の驚きようはもっと凄かった。「アンプが暖まったなんていうもんじゃないですよ、あの変りようは! 装置をそっくり入れ替えたようだった」というのである。
 理由は、私にも判らない。しかし、このような劇的なハプニングとまでいかなくても、これに類した体験はいくらでもある。
 実をいうと、ガイ・R・ファウンテン・メモリーに関しても、これに近い体験をさせられたのであった。
 本誌の試聴室でのガイ・R・ファウンテン・メモリーとの初対面は、不幸にして、決して素晴らしいものではなかった。
 試聴には、エクスクルーシヴのP3プレーヤーシステム、カートリッジはオルトフォンのMC20/II、コントロールアンプはマッキントッシュのC29、パワーアンプは同MC2500という組合せで、まず音を出した。聴き馴染んだハイドンのシンフォニー「軍隊」(ネヴィル・マリナ一指揮)の第1楽章の序奏を聴いただけで「驚愕」とまでいかずとも、愕然とした。鋭く硬く、とげとげしい弦の音。ステレオフォニックに、ふくよかに拡がるはずの空間のプレゼンスは、2チャンネルに二分され、音が左右のスピーカーの位置にへばりついたままではないか? こんなはずはない。だいたい本誌の試聴室は、きかに製品テスト用の試聴にふさわしく、すべてのスピーカーが楽しく聴けるというよりは、アバタもエクボもさらけ出す傾向にあるのだが、それにしてもひどい。タンノイ研究のシリーズだって、第1回は別として(ティアックの試聴室)、その後はずっと、ここで聴いてきたのである。SRMもクラシックモニターも、アーデンも、かなり楽しく聴けたのである。
 なんとかならないものかと、まずカートリッジを交換してみた。ゴールドバグのブライヤーをつけた。このカートリッジのしなやかな高域と豊かな中低域によって、かなり聴きよい音にはなったものの、とても、期待にそうものではない。アンプを変えた。前回までのこのシリーズの実験の結果、タンノイのスピーカーとのベスト・マッチングとして私が推薦したコントロールアンプのウエスギU・BROS1とパワーアンプのオースチンTVA1を試みた。さらに一段と向上はしたが、まだ、私のタンノイのイメージからは、ほど遠い。そこでパワーアンプもコントロールアンプと同じく上杉研究所のU・BROS3を2台、パラレル接統にして使ってみた。この方が、また一段と音がまとまってきたが、それでも決してかつてSRMやクラシックモニターから得られた音の水準には至らなかった。
 私のコンディションのせいかと、自らを疑ってもみたが、立会いの編集部のM君もS君も同じょうに浮かぬ顔つきである。これは困ったことになったと一同呆然。置き方やレベルコントロールもさわってみたが効果なし。バランスだけではなく、音の質感が悪いのである。歪みっぽくさえあるのだ。なんだかんだと数時間を費したけれど、うまくいかないので、日を変えようということになったのである。そこで翌週、再度挑戦ということで当日は終了ということにした。
 さて、週は変り、再度挑戦である。今度は場所をティアックの試聴室に移した。用意した機材は、プレーヤーはローディのTTU1000にフィデリティリサーチFR64fxトーンアーム。カートリッジはゴールドバグ・ブライヤー、トランスはアントレーET100、コントロールアンプはマッキントッシュのC29とウエスギU・BROS1、パワーアンプはマッキントッシュのMC2255、ウエスギU・BROS3、マイケルリン&オースチンのTVA1というラインナップである。
 結果は、まさに、ドラマティックな変貌であった。到底、部屋と多少の機材の変更からは想像のつかない変りようだったのりだ。
 前回の条件に近づけるため、まず、トランジスターアンプで試聴した。マッキントッシュC29とMC2255である。ハイドンの「軍隊」交響曲のイントロダクションが流れた途端、それは先週聴いた同じスピーカーとは全く違った響きであった。弦のしなやかさ、空間のプレゼンスが、このレコードの鳴るべき音で鳴ったのである。アレグロの第1主題におけるヴァイオリンが、かつての粗さが出ず、すっきりとした響きの中に芯の通ったリアルなものであった。木管の輝きと柔軟さも、適度な距離感をもって聴こえるのだった。
 これは確かにタンノイの音だ。それも、かなり上質の豊かな響きである。フィッシャー=ディスカウがバレンポイムの伴奏で新録音したシューベルトの〝冬の旅〟も、ピアノのきりっと締った響きといい、バリトンのまろやかな声といい、まず申し分のないものと感じた。続いて、ジャズをかけてみたが、これがまた大変よく弾む。タンノイの旧製品のように低音が重くないし、SRMシリーズに共通の張りのある明快さと力強さを兼ね備えている。初めの試聴時にはパワーアンプがMC2500であったが、この違いは、そんなものではない。第一、MC2500とMC2255は、パワーこそ500Wと250Wの差があるが、音質的にはきわめて近いものであることは確認ずみなのだ。プレーヤーはエクスクルーシヴのP3から、ローディのTU1000+FR64fxの組合せに変っているが、たしかにこの組合せは、たいへん滑らかで透明な音であることは、私の自宅で使って強く印象づけられている。しかし、それにしても、この音の変化の大きさには驚かされる。ゴールドバグのブライヤーは初試聴の時にも使ったことは既に述べたとおり。このガイ・R・ファウンテン・メモリーにはたいへんよくマッチするカートリッジで、その柔軟で豊潤な音が生きてくるようだ。パイプの材料として有名なブライヤーの根を削り出してボディを作ったこのカートリッジのもつ手工芸の味わいは、GRFメモリー・システムの持味ともぴったりで、趣味性豊かなオーディオ・ライフを感じさせてくれる。
 これで、GRFメモリーの真価は充分発揮されたように感じたが、さらに次の5種類の組合せで試聴してみた。
①U・BROS1+TVA1
②U・BROS1+U・BROS3×2
③C29+U・BROS3×2
④C29+TVA1
⑤U・BROS1+MC2255
 用意したアンプの相互組合せをやってみたわけで、これらのアンプは、タンノイにベスト・マッチと思われるものばかりである。プレーヤーはTU1000+FR64fx+ゴールドバグ・ブライヤーが成功したので、これを今回のリファレンスとした。結果として整理すると、次の3種の組合せにしぼってよいだろう。
①マッキントッシュC29+MC2255
②ウエスギU・BROS1+オースチンTVA1
③ウエスギU・BROS1+U・BROS3×2
 つまり、試聴した計6種の組合せで、この3種以外は、参考までに試聴したわけで、もし、飛び抜けた組合せが発見されればと思ったわけだが、そうはいかなかった。というより、あえて、トランジスターと管球式のハイブリッドを試みる必然性はなく、バランス上、同種の組合せのほうが完成度が高かったというべきだと思う。
 既に、この研究シリーズで、タンノイを鳴らすゴールデン・カップリングとして、②のU・BROS1+TVA1を推薦してきたが、今回はこれに、パワーアンプも上杉研究所のU・BROS3を、それも2台用意し、各々をパラレル接続にしてモノで使う組合せを加えた。こうすることにより、U・BROS3の控え目なパワー50Wを90Wに上げられるし、音質的にも、やや淡白であったものが、ぐんと力と艶がのってくるように感じられたのである。オースチンのTVA1の熱っぽい音とはちがうが、品のよさ、滑らかさ、透明感といったこのアンプの特質は格別の魅力のあるものだ。ぜいたくな使い方だが、2台をパラレル接続で使うと力の点での弱点をカバーできて、ある意味では従来のゴールデン・カップリングを凌ぐといってよい。エモーショナルにはオースチンのTVA1がもつ充実のサウンドに軍配が上るが、メンタルには、U・BROS3のほうが端正で透明なのだ。この二種の組合せには甲乙つけ難いのが正直なところである。情熱的な音を嗜好されるならTVA1を、洗練度の高さを求められるならU・BROS3になるだろう。
 これら二種の管球アンプの組合せは、たしかに、トランジスターアンプのマッキントッシュの組合せとは音の質感や発音性に違いがある。しかし、これも、どちらが勝っているとはいい難いのである。緻密な情報量ではマッキントッシュのほうが優れているように感じられるが、音の流動感と立体感では一味、管球アンプの組合せに魅力がある。ハードなジャズやロック、フュージョンまで鳴らすことを考えると、マッキントッシュの組合せのほうが力を発揮すると思うが、ポピュラー・ヴォーカル、あるいは、スイング・ジャズぐらいまでなら、そして、クラシックからセンスのよいソフトなポピュラーという範囲でなら、U・BROS1+U・BROS3×2の品位の高い音の魅力が生きるはずである。いずれにしても、この3種の組合せは、タンノイの新しい魅力的なシステム、ガイ・R・ファウンテン・メモリーの可能性を100パーセント発揮させてくれることだろう。
 故ガイ・R・ファウンテン氏と創立時代より共に仕事をしてきたロナルド・H・ラッカム氏が、ファウンテン氏のメモリー(追憶)というモデル名のこの製品に情熱を燃やしたことが今回の試聴でよく判った。紛れもないタンノイ・サウンドが保持されながら、新しい録音に対応できる、よりヴァーサタイルな性格をもつことは、同時に参考試聴したオートグラフとの比較で明らかであった。クラシックモニターとの差も勿論あったが、概して共通のキャラクターといってよさそうだ。それよりも、部屋や、そこへのセッティング、使い手との関係による音の変化のほうがよほど大きいので、あまり機械自体の特質を重箱の隅をつつくような見方は控えたい。しかし、この新しく古い丹精なエンクロージュアと対面して音楽を聴けば、モダンなデザインのSRMシリーズ(クラシックモニターも共通のデザインだ)とは趣きも雰囲気も違った音が聴こえて当然だろう。視覚によって、音の印象が変化しないような鈍感な人間は、もともとオーディオの世界とは縁なき衆生ではなかろうか。

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