岩崎千明
スイングジャーナル 6月号(1973年5月発行)
「SJ選定新製品」より
小さいテリア・ニッパーが耳を傾けたあの可愛い姿で、じっと聴き惚れるにふさわしい、秀れた音のアンプが日本ビクターの手により実用性高い形で、やっと実現した。JA−S5である。
すでに6ヶ月前、ビクターの意欲作、高級大出力アンプJA−S9がSJ選定品としてこのページに登場するにふさわしい内容をもって、市場に出た。当時、オーディオ・フェアの直後という製品の最も多い時期であったのと、9万円という当時のレベルからして高価格製品ということも理由になって、惜しくも登場の期を逸したのであるが、その賀の高さは昨年後半から今年上四半期に至る数多いアンプ製品群の中でもベスト・スリーを下るまい。
その密度高く、迫力をみなぎらせたハイパワー出力からたたき出されるサウンドは、楽器をむき出しにしたジャズ再生の要求上限をもかるくいなすほどに底力を感じさせ、それまでのビクター・トーンとはうって変って私を驚かし、喜こばせ、とりこにしてしまったほどであった。
しかしそのJA−S9の9万円という価格はだれにでも勧められるというものではない。いくらビクターで自慢の7ポジション・トーン・コントロールSEAがついているからといっても、また音色判定を容易にするピンク・ノイズ発生回路を内蔵しているとしても、やはり9万円はアマチュアの懐には負担なのだ。
前後して出たSX3の評判がその後、急激にエスカレートすると共に、JA−S9の方はメーカーの思惑とは逆にその影が薄くなってしまうほどであった。おそらくビクターにしてみれば、文字通り嬉しいやら、苦しいやらであったろう。しかしSX3の近来まれなほどの成功が、JA−S5の門出をうながす結果となったのは、不幸を華に転ずるの例えに似よう。
SX3は大めしぐらい──ハイパワー・アンプでないとせっかくのサウンドが活きてこない──という多くの声が、ビクターの普及価格の高性能アンプの市場進出を大きく促すことになったわけである。申しそえるとJA−S9のもう一段下のランクにJA−S7があるが、これとて7万円だ。7万円というレベルは、市販アンプ群の最も密度の高いところで、競争製品は多く、それぞれ濃い内容を誇っており、JA−S7はそれにくらべて特筆するほど良いとはいい難い。つまりビクターはSX3が売れれば売れるほど、それをドライブすべきアンプに他社製品をいざなってしまうという矛盾をこの数ヶ月味わうことになってしまった。
そしてやっと待ちに待ったJA−S5が登場したのである。ビクターのSX3をフルに活かすにふきわしく、むろんこのクラスの市場製品中でも最も高い品質を秘めて。
JA−S5はひとつ上のランクのJA−S7ではなく、なんとそれを飛び越して、JA−S9のレベルにまで内容を高めんと、無謀ともいえる企画性が、その内容の基本となっている。
だからメーカー側もいう通り、パワー・トランスはJA−S9のそれを源として設計されている。最大出力も2万円高JA−S7と肩を並べるほどだし、すべてのアクセサリー、その他パネル・デザインなどもJA−S7に準じている。いや、かえってJA−S5の内容が優れている点が多い。例えば入力切換スイッチは、リア・パネルに近いイコライザーのプリント板にスイッチを取りつけて長い延長シャフトを前面パネルに出すなど充分高い注意が払われている。2万円も安くてそんなばかなことができようはずがないと思うが、その意表外な企画を実現するところはやはり、日本の伝統的ステレオ・メーカー、日本ビクターならではなのだろう。
つまりべらぼうな量産性と、そのための体制がガッチリとでき上っているからに違いないのだ。
JA−S5を試聴室のマッキントッシュのハイパワー・アンプと切換えてみても、JA−S5においてかえって音の立上りなどきれいすぎるほどに感じられるのは私だけであろうか。
ポール・ブレイの新しいソロ・アルバムにおける、タッチの「みずみずしさ」は、まさにぬれて輝くかのようで一瞬「ドキッ」としてしまうものがある。
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