パイオニア CS-E900

菅野沖彦

スイングジャーナル 2月号(1971年1月発行)
「SJ選定新製品試聴記」より

 今月の選定新製品として選んだ、CS−E900は、同社がクリアー・サウンドというキャッチ・フレーズで売り出し中の一連の音のキャンペーンに連る。
 スピーカーというものは難しいものだ。これほど、再生装置を構成するパーツの中で、全体の音を左右するものはない。つまり、すべてのスピーカーは、ある技術的な理想に向ってつくられているはずなのに、その音は千差万別、それぞれ極めて個性的なのである。カートリッジについても、アンプについてすらも言えることだが、スピーカーほど独自の性格をもつものはないのである。スピーカーは電気音響の粋といってよくその動作の電気的特性から類推するという管理ではとても追いつかない。着実なデータの集積と長い経験鋭い感覚から生れるスピーカーづくりのノーハウは、それぞれのメーカー独特の手法として存在し、そのメーカーの体質となり血となってほしいものだ。
 褐色に着色したコーン(FBコーンと同社は称している)を使用したウーハー、スコーカー、そしてマルチ・セルラー・ホーンのトゥイーターを使い、バッフルは仕上げの高い木肌の魅力をもった完成度の高いシステムである。これほどCS700、500など一連のシリーズの経験を生かしたシステムとして高く評価できるものだ。マルチ・セルラー・ホーン・トゥイーターのデュフィーザーは廻転式で、システムを縦位置においても横位置においても、これを90°回転をさせて水平方向への指向性を改善できる。もっとも、これはデュフィーザーの設計で、そのままで水平垂直方向へ拡散させるものをつくればよりよいわけだ。中音は12cmコーン、ウーハーは30cmコーンである。最近のほとんどの製品がそうであるように、インプット端子はネットワークを介したフル・レンジ用と、3つのユニットにダイレクトに接続されるもの、そして、トゥイーター、スコーカーはネットワークを用いる2ウェイ式の切換スイッチ及びターミナルをもつ。アッテネーターは前面バッフルに±3dbの範囲で調整できるものが装備され高域、中域のレベルを独立してコントロール出来る。エンクロージュアは完全密閉型で、かつての優秀製品CS10やCS8の流れをくむものだ。クロスオーバーは400Hzと4kHzの2点。
 試聴感は、全体にさわやかな透明感が感じられ、音の傾向としては華麗である。重厚味やマッシヴな力感という面はあまり感じられない。したがって、どちらかというと黒っぽいジャズの再現には少々線が細く、よりソフィステイケイトされた音楽のほうがしっくりいく。高域の輝やかしい音色は魅力的だが、中域にやや腰くだけのようなあいまいさが残るのが玉に傷だ。もっとも傷のないスピーカー・システムなど、今だにお目にかかったことはなく、その他に良い面が強くあって、アバタもエクボとなるようならよしとしなければならないのが実状である。このシステムのまとまったバランスド・サウンドは、緻密な仕上げのエンクロージュアや外装デザインと共に整然とした完成度の高いものだ。あまりにも端整なのが、よきにつけ、あしきにつけ、このシステムの特長であろう。前面サランネットをつけた本機のたたずまいは、きわめて洗練されたもので、最近のパイオニア製品共通のセンスを感じる。それは、テープレコーダーにもステレオレシーバーにも散見できるセンスのひらめきであり、オーディオ機器が嗜好品としての性格を持つという本質をよく理解した製品づくりの誠意が感じられて好ましい。
 スピーカーの音は、一朝一夕に出来るものでもないし、作ろうとして作ったものは根底から人の心を動かすことは出来ない。エネルギー変換器としてのスピーカーの物理特性とまともに取り組むことから滲みでてくるのが本当の個性である。人が技術を通して滲み出る。これが本物だ。したがって、スピーカー技術者が、そしてメーカーが、まず人として魅力あるパーソナリティをもち、普楽の心を抱いていなければならない。技術は技術、人は人で音作りをしたような製品ではこれからのオーディオ界には通用しないのだと思う。

Leave a Comment


NOTE - You can use these HTML tags and attributes:
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください