サンスイ・オーディオセンターの〝チャレンジオーディオ〟五周年

瀬川冬樹

ステレオサウンド 53号(1979年12月発行)
「サンスイ・オーディオセンターの〝チャレンジオーディオ〟五周年」より

 新宿駅の西口、高層ビルの一群の最も南寄りにあるKDDビルからもうひと筋駅寄りに、明宝ビルというこちらは高層ではないふつうのビル。その一階のひと隅に、、サンスイ・オーディオセンター(ショールーム)がある。この中に約50人を収容する試聴室(第一試聴室)があって、レコードコンサートなどが常時開催されているが、その催しのひとつとして、毎月第2金曜日の夜、オーディオファンの皆さんとの楽しい集まりを定期的に受け持たせて頂くようになってから、この11月で満5年になったのだそうだ。
 だそうだ、とは決して無責任でいうのではなく、毎月一回で五年間、すでに60回を過ぎてこれからも続くこの毎回の集まりが、私自身とても楽しくて、とても5年が過ぎたような気がしないからだ。
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「チャレンジオーディオ」というテーマで、菅野沖彦氏と私とが定期的に担当しているこの集まりの、たぶんまだ初めのころ、試聴室に常備されているJBLの♯4350および♯4343(当初は♯4341だった)について、お前はJBLでクラシックが聴けると書いているが、いまこうして鳴っているこの音が本当にそうか、という質問が出た。私はそこで、いや、私の考えているJBLの音とはあまりに遠い、と答えた。それまでは、試聴室でのセッティングにそのまま手を加えずに、不満はがまんしながら鳴らしていた。
 それなら一度、カートリッジからアンプまで言うとおりのパーツを集めるから、ひとつその「クラシックも聴ける」JBLの音とやらを、われわれに聴かせて頂こうじゃないか、というような話になった。メーカーのショールームという性格上、他社製品の持込みはそれまで遠慮していたのだが、たぶんこれがきっかけになって、こんにちのようにメーカー色をおさえた自由な聴きくらべの場を作る下地ができはじめたのではなかったかと思う。
 さて当日、機材の搬入や接続に意外に手間取って、6時開催の時間になってもまだ調整以前の状態だった。もう仕方がないので、いっそのこと調整のプロセスからすべてを、来場の諸兄に一切、手のうちまで見て頂きながら試聴を進めようと居直ってしまった。
 だが最初の一時間は調整が思うようにゆかなかった。聴いている側にも、期待外れの気配が濃厚だった。しかしさらに30分ほど経過して、どしやら調整のピントが合ってくる、室内が妙にシンと静まりかえってきた。それまでのひどい音が目立って改善されてきたことが、聴き手にも伝わりはじめたのだった。完全に調子が出はじめたのはとうに8時を廻ってからだったが、そうなるともう誰も席を立たない。一曲鳴り終えたとき、誰かが思わず拍手してくれた。♯4350の、どうやら85%ぐらいの能力は抽き出せたようだった。それでも、聴き馴れていたつもりのJBLがこんなに別もののような音で鳴るとは思いもよらなかった、という声が私にはうれしかった。
 噂を聞きつけた人たちから、ぜひ聴きたいとの要請があって、やがて同じようなことをくりかすようになったが、鳴らすたびに同じ音はしない。すると常連のあいだから、きょうの音はこの前ほどじゃないと手厳しい批判が出る。その反応はこわいほどだが、こうした体験を通じて、音に関しては百万語尽すよりもともかく、その音を鳴らして聴いて頂くことのいかに重要であるかをひしひしと感じた。活字が一度に数万数十万の読者を相手にできるのにくらべると、こうした場で、一度にしかも良いコンディションで聴いて頂くことのできる人数はひどく限られる。それはいわば「辻説法」ほどにもまだるこいやりかたには違いないが、活字と違って直接、音を聴いて頂く自信は、鳴らし損なったときの怖さと裏腹に大きい。
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 だが、毎回このような厳しい試煉ばかりしているわけではない。ときに肩の凝らないなかばゲームのような聴きくらべもあれば、ときにはゲストをお招きして楽しいオーディオ談義に花を咲かせ、またときにはテーマをきめずに来場の諸兄と自由に語り合う。とくに強調したいことは、ここが一メーカーのショールーム、つまりいわば広報・宣伝のための場であるにもかかわらず、メーカー色を全くおさえて、同好の志の全くわけへだてのない楽しい集まりに徹している、という点だ。むろんメーカーとしては、宣伝も広報もしたいだろう。だが、TVの番組でも、提供スポンサーのできるかぎりひかえめであるほうが、爽やかで清々しい印象を残す。ましてメーカーのショールームに、貴重な時間を割いて楽しみを求めて集まる愛好家の誰が、わざわざ宣伝を聞きにくるものか。
 私はそう割り切って、あえて我ままを通させて頂いている。その我ままを通してくださっているのは、「チャレンジオーディオ」の直接の担当者である西川彰氏である。彼はサンスイの社員にちがいないが、愛好家の前では少しもメーカーの一員のような顔をみせない。彼もまた一オーディオファンであり、音楽の好きでたまらないレコードファンで、そのことは来場諸氏にも素直に伝わるものだから、私は彼にすっかり甘えているが、社内ではずいぶんと風当りも強いにちがいない。だが前にも書いた考えから、私はむしろ依怙地なほど──ということはスポンサー側にはひどく失礼に当ることもままあることを承知の上で──、私はメーカー色をおさえているつもりだ。そのほうが結局、スポンサーのセンスを高く評価されると確信して。
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 こんな雰囲気の中で五年も顔を合わせていると、常連同士で気の合う人たちの小グループもいくつかできはじめているらしい。そんな下地のできたところに、3年前から、毎年12月の集まりの日に、いつもより早く切り上げて有志で会費制の忘年会をやることが、これも西川氏の提案から実現した。食事のあともそのまま解散にはならないで、どこかのバーで二次会になる。終電車もなくなるころには、学生さんなどは三人五人と気の合う仲間で、どこかの終夜喫茶で始発まで夜を明かすらしい。
 おそらく都内では稀な暖かい集まりをこうして五年続けてこられたのは、そういう雰囲気を楽しんで大切にしてくださる来場諸兄のご協力のおかげだが、また一方舞台裏でのおおぜいの方々、中でもオーディオセンターの歴代所長と所員諸兄、とくに現西川和夫氏所長代理の親身のお力添えを有り難いと思っている。そしてもうひとつ、毎回のようにメーカーや輸入商社から貴重な商品をお借りする面倒な役割を、多忙の中を無理して引受けてくれている本誌編集部のM君はじめ諸兄のご尽力にも、深く感謝していることをぜひつけ加えておきたい。
 そして最後にひとこと、そういう楽しい集まりです。まだご存知ないかた、ぜひお気軽に覗いてみてください。

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