マークレビンソン ML-6L

瀬川冬樹

ステレオサウンド 53号(1979年12月発行)
特集・「第2回ステート・オブ・ジ・アート賞に輝くコンポーネント17機種の紹介」より

 マーク・レビンソンというアメリカ人の若いエンジニア──といっては正しくない。彼はまたミュージシャンでもあり、録音ミクサーとしても一流の腕を持っているのだから──の完璧主義ぶりについては、いろいろの機会にすでに紹介されている。そして、その彼の作ったコントロールアンプLNP2(L)と、それをいっそうシンプルにしたML1Lが、他に類のない透明な美しい音を聴かせることも、いまではよく知られている。
 LNP2は、1973年にはじめて発表された。彼はその発表に先立つ少なくとも2年以上まえにその原型をほとんど完成させていた。が、発売後も彼は持ちまえの完璧主義で、LNP2に随時改良の手を加えていた。マーク・レビンソンのしプが、発売後ほとんど同じモデルナンバーで売り続けられているために、レビンソンはモデルチェンジをしないメーカーだと一般には理解されているが、実際には彼のアンプは、もう全く別のアンプと言ってよいくらい、内部の回路も使用パーツも、とうぜんその音質も、変ってしまっている。最新型のLNP2Lと初期のLNP2を聴きくらべるとそのことがよくわかる。初期の製品を、最新型とくらべると、ずいぶん音が曇っているし硬い。反面、最新型にくらべて音の肌ざわりがどこか暖かいとかえって旧型を好む人もあるが。
 そういうアンプの作り方をするレビンソンの、現時点での最新作が、このML6で、シャーシから電源まで完全に独立したモノーラルのプリアンプだ。したがってステレオ用としては二台を重ねて使う。とうぜんのことながら、すべてのコントロールは、LR別だから、ボリュウムも二つを同時にまわす。といってもこれは実際には意外な難作業だ。というのは、このプリアンプでボリュウムを絞って聴きたいときのボリュウムコントロールの位置は、絞り切った点からほんのちょっと上げただけのあたりに最適位置があって、そういうポジションでステレオの二台の音量を正確に合わせるというのは、ひどく難しい。
 ただし、コントロールのツマミはこれ以外にはもう一ヵ所、入力切替スイッチしかついていないから、ボリュウム以外には操作のわずらわしさはない。とくに入力切替は、フォノとライン(AUX)の中間にOFFポジションがあるから、レコードのかけかえ等にいちいちボリュウムを絞る手間は省ける。とはいっても、レコード一枚ごとの音量を小まめにやりたい私のような人間には、このボリュウムの操作は気が狂いそうに難しい。
 だいたいこのML6というアンプは、音質を劣化させる要素をできるだけ取り除くという目的から、回路の簡素化を徹底させて、その結果、使いやすさをほとんど無視してまで、こんにちの技術水準の限界のところでの音質の追求をしている製品だけに、そういう事情を理解しない人にとっては、およそ使いにくい、全く偏屈きわまりないプリアンプだ。個人的なことを言えば、私はレコードを聴くとき、できればトーンコントロールが欲しいほうだから、本来、こんな何もないアンプなど、使う気になれないというのが本心だ。
 そうでありながら、このML6の鳴らす音を一度耳にした途端から、私はすっかり参ってしまった。なにしろおそろしく透明で、素直で、音の表情を素晴らしくナイーヴに、しなやかに、鳴らし分ける。どこか頼りないくらい柔らかな音のように初めのうちは感じられるが、聴いているうちに、じわっとその音のよさが理解されはじめ、ふわりと広がる音像の芯は本当にしっかりしていることがわかる。こういう音を鳴らすために、いまの時点でこういう使いにくさがあるとしても、こりゃもう仕方ないや、と、いまやもうあきらめの心境である。
 しかしレビンソンが菜食主義であるせいだろうか、彼の音には、こってりした、とか、たっぷりと豊かな、とか言う形容の音がない。そこが、レビンソンを嫌う人の少なくない点だろうか。

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