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KEF Model 204

菅野沖彦

ステレオサウンド 64号(1982年9月発行)
「Pick Up 注目の新製品ピックアップ」より

 KEFから新発売された204は、同時発売のブックシェルフシステム203と共通のユニットを使い、これにバッシヴラジェーター、俗にドロンコーンと呼ばれる位相反転ユニットを追加したシステムである。KEFによれば、204は基本的にはフロアーシステムで、高域はソフトドームのT33、低域はベクストレンコーン使用のB120で、口径はそれぞれ2・5cmと20cmである。フロアー型としては決して大型ではないが、このシステムの場合、指向特性の中心軸がバッフル面に対して5度上向きになるように設計されている。したがって、このシステムは床にベタ置きにし、3m位離れた所で椅子に座って聴くことを想定しているといえるだろう。KEFのスピーカーに馴染みのある方なら、このシステムがかつての104シリーズの延長上にあることは一目瞭然だろう。そして、203が103・2の発展モデルであることも歴然である。
 この204が、104aBという104シリーズの最終モデルとどう違うかというところが興味のポイントになるところだが、従釆から伝統的にもっているKEFサウンドともいえる端正なバランスと緻密な質感に加えて、より一層タフネスでブライトな豊かさが加わったという印象を受けた。KEFのシステムは、明らかにイギリスのスピーカーだと感じさせる趣をもっているが、ともすると中域の張り出しに抑制が利きすぎて、ジャズやロック系の音楽のエモーショナルなノリに欠ける嫌いがあった。この204では、そうした傾向が払拭されており、全帯域にわたってヴィヴィッドな響きが楽しめる。しかも、クォリティは明らかにKEFのそれで、スピーカー・サウンドの第一級の品位をもっている。
 スピーカーに備わっているべき条件を、コンピューターを駆使した多角的な解析によって分析し、ユニットの設計からシステム設計・製造まで一貫した主張をもっているKEFに、私は技術的にも、センスの面においても大きな信頼感をもっているのだが、今回の新製品もそれが裏切られることはなかった。ちなみに、スピーカー・セッティングに関して、同社では必ず背面、側面に余裕をもって置き、壁面反射の害を避けるようにアドバイスしていることを申し添えておこう。

タンノイ Arundel, Balmoral

菅野沖彦

ステレオサウンド 61号(1981年12月発行)
「Pick Up 注目の新製品ピックアップ」より

 タンノイが’81年暮に発表した新製品は、トッモデルのG・R・ファウンテン・メモリーと、このアランデル、バルモラルの合計3機種である。そして、このアランデル、バルモラルは、そのイニシャルがAとBであるように、かつてのアーデン、バークレイにとって代るモデルとして開発されたものなのだ。アーデン、バークレイは、オリジナルからMKIIとなって長い間ファンに親しまれてきたシステムであったが、それに代って登場した2機種も、当然のことながらデュアルコンセントリックユニットを使うことに変りはない。アランデルが38cm口径の3839ユニット、バルモラルは30cm口径の3128ユニットを内蔵する。3839は連続入力120W、ピークで500W、3128はそれぞれ100W、350Wというヘビーデューティ、そしてクロスオーバー周波数は1kHz、1・2kHzの同軸型2ウェイ、つまり、コアキシャルユニットである。エンクロージュアは、アーデン、バークレイからはプロポーションに大きな変革がある。従来よりも高さと奥行きが増し、幅が狭められた。タンノイによれば、これはエンクロージュア内部の反射音による干渉を弱め、音の濁りをなくすのに有効であるとされている。エンクロージュア自体の剛性や作りは、G・R・F・メモリーを見た眼にはそれほど印象は強くないが、ビチューメンパネルと呼ばれるタンノイ独自の共振防止材をエンクロージュア内部5面に多数取り付けることによってアコースティックコントロールが行なわれ、中域の明瞭度や、全帯域での音の鮮明さを得ているという。タンノイ独特のロールオフとエナジーの2種類の調整ができるネットワークもそのままである。このネットワークコントロールは大変有効なものだ。つまり、ロールオフによって5kHz以上を4段階に増減、エナジーによって1kHz〜20kHzにわたってトゥイーターレベル全体を±6dBに増減が可能である。多少異なる点もあるが、JBLの最新2ウェイシステムに採用されていを方法と似ている。2ウェイユニット・3ウェイコントロールとでもいえるものである。これは、音楽を鑑賞する現実の条件に対応したタンノイらしいコントロール機能であり、このあたりに、真の音楽ファンのためのタンノイの、タンノイらしさが感じられるのである。

JBL 4435, 4430

菅野沖彦

ステレオサウンド 61号(1981年12月発行)
「Best Products 話題の新製品を徹底解剖する」より

 人によっていろいろな形に見えるであろう奇怪なホーンの開口部。JBL呼んでバイラジアルホーン、これが新しいJBLスピーカーシステムの個性的な表情であり、技術改良の鍵でもある。このホーンの設計は、水平・垂直方向それぞれ100度の範囲での高域拡散を実現することを目標に行なわれた。しかも、このホーンによって放射される周波数帯域は、1kHz~16kHzという広いものである。この奇怪な形状のホーンの威力は、まことに大きいものがある。このところマルチユニット化によって広周波数帯域の実現を目指してきたJBLが、この4435、4430において突如2ウェイによるシステムを発表したことは、われわれにとっても驚きであった。ご承知のように、4341に始まり4343、4345へと発展してきたJBLモニターシステムは、その旗艦4350を含め、すべて4ウェイを採用してきた。マルチユニットやマルチウェイというのは、スピーカーシステムの構成上一種の必要悪であることは多くの専門家の認めるところだが、この必要悪をいかに上手く使いこなし、その弊害を抑えてワイドレンジ化を図り、広指向性を実現しそして高リニアリティを追求していくというのがJBL高級スピーカーシステムの歴史であった、と私は理解してきた。同じウェスターン・エレクトリックの流れをくむアルテック社が、そのまま2ウェイを基本にしてアイデンティティを確立してきたことに対して、JBLの技術的な姿勢の堅持こそ、この両雄の健全な対時だと思っていた。そこへ急に2ウェイの高級モニターシステムが登場したのだから、こっちはびっくりする。アルテックがコンシュマー用のシステム、いわゆるHi-FiプロダクツでJBLに追従する姿勢をとり始めたことを苦々しく思っていたら、今度はJBLがアルテックのプロ用の、頑固なまでの2ウェイ姿勢と真正面からぶつかった。鷹揚で豊かなアメリカは今やなく、まるで日本のメーカー同志のような熾烈な競争のために〝こだわりの精神〟も〝誇り〟もかなぐり捨ててしまうようになったのであろうか……。もちろん、2ウェイがアルテックの特許でもないし、マルチウェイ・マルチユニットや音響レンズはJBLだけのものではない。そしてまた、同じ2ウェイといっても今回のJBLの新製品は、アルテックの2ウェイとはまったくとはいかないまでも、決して同類のものとはいえないユニークでオリジナリティのある開発である。この点ではまったく同じものを作って平然としている日本メーカーの体質とは比較にならないほど、まだ高貴な品位を保っているとは思う。しかし、この明らかなるJBLのテクノロジーの変化というか多様化というものは、オーディオ界の騎士道の崩壊であることに違いなかろう。技術の進歩は自ずから収斂の傾向をとるものだから、これは当然の成り行きとみることもできるだろう。しかし、もしそうだとするのなら、JBLは明らかにウェスターン・エレクトリックの主流派アルテックに脱帽せねばならないのだ。そして、脱帽されたアルテックの方も、Hi-FiプロダクツでのJBLへの追従を深く恥じるべきなのだ。
 こうなってくると、終始一貫あのデュアルコンセントリック1本で頑張っているジョンブル、タンノイなどは立派なものだ。しかし、それがいつまで通用するか。第2次大戦後、食糧難に日本中が飢えていた頃、頑としてヤミの食糧を食わずに餓死した高潔の士もいたことを思い出す。とにかく、メーカーにとっても我々ファンにとっても、騎士道や貴族性の保てた時代が終焉を迎えたことは事実らしい。それは、あたかも18~19世紀の貴族お抱えのオーケストラが、現代のような自立自営のオーケストラへの道をたどったプロセスにも似ているようだ。より広く大衆のものになり、経済競争に巻き込まれ、技術は向上したが文化的には首をかしげたくなるような、不思議な質的変化が感じられ、淋しさがなくもない。日本のオーディオ機器の多くは、今やスタジオからスタジオへ駆け廻り、何でも初見でばっちり弾いてのけるスタジオミュージシャンのようなものだ。さすがに欧米には、まだ立派なアーティストと呼べるようなアイデンティティとオリジナリティ、テクニックのバランスしたものがあるが、一方において日本のスタジオミュージシャンに職を追われつつある憐れな連中……いや機器も少なくはないのである。
 このような情勢の中でJBLの新製品4435、4430を眺めてみると、その存在性の本質をしることができるのではないだろうか。つまり、このシステムは時代の最先端をいくテクノロジーが、オーディオ界の名門貴族の先見の明の正しかったことを今さらながら立証し、かつその困難な実現を可能にした製品といえるように思う。
 JBLの製品開発担当副社長のジョン・アーグル氏が、去る9月のある日曜日の夜、我家に持ち込んで聴かせてくれた4435の音は素晴らしかった。一言にしていえば、その昔は私がJBLのよさとして感じていた質はそのままに、そして悪さと感じていた要素はきれいに払拭されたといってよいものだった。私自身、JBLのユニットを使った3ウェイ・マルチアンプシステムを、もう10数年使っているが、長年目指していた音の方向と、このJBLの新製品とでは明らかに一致していたのである。この夜、4435を聴く前に、私たちは、私のJBLシステムで数枚のレコードを聴いた。その耳で聴いた4435の音は、まったく違和感なく、さらに奥行きのある立体的なステレオイメージを聴かせてくれたのであった。私のJBLシステムは、JBLの人達も不思議がるほどよく調教されきった音である。善し悪しは別として、通常JBLのシステムから聴ける音と比べると、はるかに高音は柔らかくしなやかだし、中低域は豊かである。音の感触は、私の耳に極力滑らかに、かつリアリティを失わない輪郭の鮮明さをもって響くように努力してきた。その苦労の一端は、本誌No.60でご紹介してある。その音と違和感なく響いたことは、私にとって大きな驚きであったのだ。ちなみに、今春4345を同じように私の部屋で聴いた時には、私の想像した通りの一般的なJBLらしい音で、私のシステムとはほど遠い鳴りっぷりであった。
 音楽とオーディオの専門家、ジョン・アーグル氏との歓談の方にむしろ興じてしまった一夜ではあったが、この新しいJBLのシステムのなみなみならぬ可能性は、少なくとも私が旧JBLユニットに10年以上かけてきた努力を上廻る成果を、いともたやすく鳴らしてしまったことからも察せられた。
 製品の技術データを見ればうなずけることだが、4435、4430の何よりの特長は、ステレオフォニックな音場イメージの正確な再現性にある。これは、モニターシステムのみならず、鑑賞用システムとしても非常に重要な点で、音楽演奏の場との一体感として働きかけるステレオ再生の最も重要な意味に関わる問題を左右するものである。レコード音楽がもつ数々の音楽伝達要因の中でも、モノーラルとステレオの違いがきわめて大きなものであることは、今さらいうまでもない。ステレオの魅力を最大限に発揮させるために重要なものは、リスニング空間全般に可聴周波数帯域のエネルギーをフラットに拡散し得る、アコースティカルに特性の揃った一組のスピーカーの存在である。それも、できる限り2次、3次反射によらずにトータルエネルギーがフラットであることが望ましい。4435、4430は、新設計の定指向性ホーンとワイドレンジ・コンプレッションドライバー、巧妙な設計の2ウェイネットワーク、新採用ウーファーの特性とのコンビネーションにより、そうした目標に大きく近づくことになった。また、このホーンはショートホーンであるため、ウーファーとトゥイーターの振動系の機械的ポジションを同一線上に配置することが可能となり、構成ユニットの位相ずれの心配はない。これら新設計のユニットは、特性的にも最高の技術水準にあるもので、1kHzのクロスオーバーで実現した2ウェイコンストラクションとしてはスムーズなつながりとワイドレンジ、高リニアリティ、高能率と低歪率、すべてのスペックを最高のデータでクリアーしている。2421ドライバーの振動板は、ダイアモンドサスペンションと呼ばれるユニークなパターンのエッジをもつアルミダイアフラムである。
 4430は2ウェイ・2スピーカーシステム、4435はこれをダブルウーファーとした2ウェイ・3スピーカーシステムである。この2機種のシステムの試聴は、本誌試聴室で行なったが、この両者について簡単に甲乙をつけることは危険だと思う。パワーハンドリングについては、4435の方により大きなポテンシャルがあるのは当然だが、本誌試聴室での結果では、4430の方がバランス上好ましかった。しかし、4435も私の部屋で鳴ったような音は出なかったので、このあたりは部屋とのバランスで考えなければならない問題だろう。ブラック・ムーニング (アメリカで流行の若者の奇行のこと)を想起させる異様なバイラジアルホーンの姿とともに、このシステムはJBLの技術史上に重要な足跡を残す、意味のある新製品だ。

タンノイ GRF Memory

菅野沖彦

ステレオサウンド 60号(1981年9月発行)
「現代に甦るタンノイ・スピリット〝GRF MEMORY〟登場」より

現代に甦るタンノイ・スピリット〝GRF MEMORY〟登場

 イギリスのタンノイ社から新製品が届いた。新しいモデルの名は、〝ガイ・R・ファウンテン・メモリー〟と呼ばれ、いかにも伝統に輝くタンノイ社の製品にふさわしい風格と緻密なつくりを見せている。ガイ・R・ファウンテンとは、いうまでもなく、タンノイ社の創設者の名前で、オートグラフという同社のトップモデルやGRFシリーズを通して、タンノイファンには親しみ深い人である。そして、今は亡きこのファウンテン氏を偲ぶモデル名がこの製品につけられているわけだが、これが単にネイミングに止まらず、製品の総合的なつくりに、その雰囲気が溢れていることは誰の眼にも明らかであろう。
 クラシックなたたずまいを見せる〝ガイ・R・ファウンテン・メモリー〟とはどんなスピーカーシステムか? 三つ折り頁の「ビッグサウンド」のグラフィックと共に、立体的に、その全貌をお伝えしようというのが、今号の〝タンノイ研究〟のテーマである。
 内容積220ℓのエンクロージュアは、高さが1メートル10センチ、幅が80センチ、奥行きは48センチという大型フロアーシステムで、バスレフレックス方式を採用している。このサイズは、受注生産のオートグラフ・レプリカを除けば、現在のタンノイのシステムの中で最も大きく、GRFモデルを一廻り小さくしたディメンションである。ただし内容積だけに限れば、スーパーレッドモニターやクラシックモニターの230ℓより10ℓ小さくなっている。
 内蔵ユニットは、クラシックモニターに使われているK3838のスペシャル・ヴァージョンで、38センチ口径のデュアル・コンセントリック(同軸型2ウェイ)であるが、ネットワークは新設計のものだという。いうならば、最新のタンノイのテクノロジーを、伝統的な雰囲気とつくりをもった意匠で包んだもので、タンノイ社の力を十二分に発揮した入念の作品といえそうだし、その重厚な姿態と緻密で周到な細部のつくりには、今時のスピーカーらしからぬ風格を感じさせるものがある。あえて、今時のスピーカーらしからぬと書いたけれど、これは重要な問題であり、このシステムの価値の重さを語るのに触れぬわけにはいかない要素だと考える。
 大型フロアーシステムの数は決して少なくないけれど、新しい製品に一様に感じられる淋しさは、そのデザインとつくりに、往年のそれらの製品に見られたような家具としての美しさや風格が感じられなくがなったことである。高級機である以上、音に、非常に大きな影響力をもつエンクロージュアに、音響的、あるいは剛性などの点では充分な考慮がなされているとはいえ、それを超える工芸的な美を感じさせてくれる新しい製品が少ないことは万人の認めるところではないだろうか。高度な音楽芸術鑑賞のための道具である高級スピーカーシステムに、家具調度としての高い仕上げと風格を要求することは決して本質からはずれたことではなく、むしろ当然な要求だと私は思っている。それにもかかわらず、現代の合理的な産業システムは、これらの要求を満たす能力を失いつつあり、できたとしても、いたずらにコストアップを理由に、本気になって工芸的仕事に取組もうとはしなくなってしまった。もちろん、これは、オーディオ機器に関してだけの話ではなく、私たちの身の廻りのすべてにいえることだろう。現代人の美意識は一体どうなってしまったのだろうとうたがわざるを得ないのである。新しいものは味気がないなどの一言で、あきらめてよいはずはない。
 余談だが、私は、日本が世界に誇る、あの新幹線の駅を見るたびに、なんともやりきれない気特にさせられる。あのペラペラの倉庫のような建造物には美も文化も全く感じられない。コストを抑えて、必要な機能と安全性を考慮すれば、ああならざるを得ないというようなことは承知であるが、あれほど大きな建造物は、周囲の景色を大きく色付けるに充分な存在で、大げさにいえば、その国の文化を象徴せざるを得ない重要な建造物であるはずだ。もし、あれをニューデザインだというのなら、なにをかいわんやである。金属とガラスでできた現代のバラックではないか。どう見ても仮設駅含程度にしか私の眼には映らない。
 古い建物が機能的に不備で、安全性にも欠けていることはよくわかる。しかし、少なくとも、美と風格の点では比較にならないほど立派なものが沢山あった。東京駅の丸の内側の駅舎と、八重洲口側駅舎を比べても、それは歴然としている。オランダのアムステルダム駅をモデルとしたといわれる、あの古い駅舎も、国鉄が大赤字をかかえていなければ、とっくに建て直されていたことだろう……。ヨーロッパの古い教会や駅も同じ運命にあるけれど、100年後、200年後の人々への遺産として、今のような建造物を残して平然としていられるのだろうか。20世紀後半に、当時の人間達は、それまでの文化を受け継がず、全て破壊し堕落させたと後世の歴史に書かれることだろう。そして、それと引き換えに、人類を危機に陥れる機械文明を手に入れたことが、果して、どれほど評価してもらえるだろうか? 〝古きを尋ねて、新しきを識る〟などという格言は、今の世の中には通用しないのであろうか。
 古いものがよいといっているのではない。新しいものの全てが悪いというつもりもない。歴史は連綿と繋げなければいけないといいたいのである。知的な革命は決して破壊であってはいけないのである。それが誤ちであることは、中国の文化大革命が証明している。国家社会の下部構造としての政治経済が、上部構造の文化文明を脅かしては、本末転倒である。
 少々、話しが横道にそれでしまったが、現代社会への不安は、オーディオ機器のあり方にも読みとれるものだということをいいたかったのである。高級スピーカーシステムに話しを戻そう。
 現在、手に入れることのできる(お金があればの話しだが)大型高級システムの中で、こうした不満を感じないですむものがどれほどあるだろうか? 好き嫌いは別としても、その数はしれたものだ。そして、それらのほとんどは旧製品のロングランとして作り続けられているもので、中には、要望によって限定再生産(たいていの場合、質は大きく低下している)されたものである。これらの中でのベスト・ワンを挙げろといわれれば、私は躊躇なく、JBLのパラゴンをとる。あのパラゴンの独創性、美しい姿、立派な風格は、多くのスピーカーシステムの傑作の中でも水際立っている。あれは、新しさも古さも超越したデザインと見事な作りであり、驚くべきことに、どんな環現においても、環境負けすることがない。クラシックなインテリアの中でも、モダーンな部屋にあってもだ。大抵の場合、我々の部屋の方が負けてしまう。負けるどころか、置くスペースが確保できない場合が多い。スペースがあれば、これを置くだけで、部屋の中は立派に見える。部屋がかえってみすぼらしく見える場合もないではないが、オーディオが好きならば、そうはならない。逆に、金がかかっていても、趣味の悪い装飾調度品が多い場合に、とんちんかんになる場合が多いだろう。むしろ、他に何にもないほうがよいくらいだ。
 他に、これに匹敵するものといえば、かつての見事な蓄音器たちを除けば、同じJBLのハーツフィールド、昔のエレクトロボイスのパトリシアン・オリジナル、パトリシアン600、タンノイのオートグラフ、GRF、現在買えるものなら、パトリシアン800の再生産モデル、ヴァイタヴォックスCN191コーナーホーン、クリプシュホーンK-B-WOぐらいまでが、どうやら許容できるものといったところだろう。
 モダーンデザインなら、JBLの各システムをはじめ、むしろ国産につくりのよいものがあるが、この辺になると風格といった領域にはほど遠い。私が現在夢中になっているマッキントッシュのXRT20などは、大変よくできたエンクロージュアだが、なんとも夢のない雰囲気で、家具としての美しさは薬にしたくともないといえる。機能本位のさっばりしたところが、うまく部屋に合えば消極的で厭味がないといった程度である。
 こんなわけで、大金を投じて買った高級スピーカーシステムにふさわしい、所有の充足感とでもいった気分を満してくれるものは今後、ますます少なくなりそうな気配である。こうした背景の中で登場した今回の〝ガイ・R・ファウンテン・メモリー〟は、たしかに目を引く存在感のあるシステムだと思う。かといって、芸術的な工芸品と呼ぶには、いささか、プロポーション、仕上げ感覚に注文をつけたい点もあるし、やや不自然ともいえる意識の出過ぎに、わざとらしさも感じられる。本物はもっと、巧まざる自然の姿勢から生まれなければいけないとは思うのだが、それにしても、現時点でこれだけのものを作り上げたタンイの情熱と力には敬意を表したい。
 SRMシリーズやバッキンガムがスタジオモニターとして作られたのに対し、このGRFメモリーは純粋にホームユースの高級システムとして作られたものであることは明白である。しかし、モニターとはいいながら、SRMやバッキンガムのエンクロージュアのつくりも、間違いなく現代第一級のレベルにあることを認めるし、このGRFメモリーには現代版としては、特級の折紙をつけざるを得ない。これだけ手のこんだエンクロージュアは、条件つきとはいえ、その美しさと風格を含めれば、少なくとも80年代の新製品では他にはないものだから。
 では、このGRFメモリーについて、少し詳しく述べることにしよう。横幅も充分にある縦型プロポーションのシステムの仕上げはオイルフィニッシュのウォルナットであり、背面などの構造材には25ミリ厚の硬質パーティクルボードが使われている。トップボードがひさしのように張り出しているのが大きな特長といえるが、私の個人的なバランス感覚では、やや出っ張り過ぎのように感じてならない。機械加工かもしれないが、エッジの随所はテーパー状に仕上げられた手のこみようで、細部の接合は留めに決めているところなどは、感心させられる。
 後面からバッフル前面にかけて、左右対称にしぼりこまれた梯形は、オートグラフ、GRFシステムのフロント・イメージと共通のものだ。したがって、バッフル面は、全横幅よりかなり狭くなっていて、このシステムの形状に立体感をもたせている。ディフラクションを避けるために左右を後方斜めに切り落とした恰好だ。この斜めにそがれた部分にバスレフのポートが設けられているが、表面はバッフル面と同一のサラングリルで被われている。
 フロントグリルは鍵つきのロックで固定されている。オーナーには、ゴールドに輝く鍵が渡されるわけだが、これをリリースして、サランのグリルをはずすと、そこにはまた美しい光景が展開する。38センチ口径の堂々たるユニットのコーン紙にはガイ・R・ファウンテンのオートグラフ(自署)が金色にプリントされ、ユニットの取付けられたバッフル面はコルクで貼りつめられているのである。見た目にも大変美しいしユニークであるが、コルクの音響材としての効果も無視できないのではなかろうか。このバッフル前面、左右の斜面は共に美しくフレーミングされていて高い精度の木工技術がうかがわれる。また、フロントグリルには、あのガイ・R・ファウンテンのオートグラフがエングレイヴされたバッジが、それも木製の台座を介して取付けられているという手のかかり具合である。内部は、バッフルボードと背板が井桁状の角材で補強され、高い剛性を誇っている。
 隅々まで周到に仕上げられたこのシステムには、タンノイ社の情熱と執念のようなものさえ感じさせられるし、あの経済的に決して好況とはいえない英国で、よく、これだけのものを作ったものだと感心させられるのである。確定的な価格は、本稿執筆の時点では発表されてはいないが、60方円前後だということだ。もしそうならば、これは決して高い買物ではないだろう。仮に、この大きさと、この手の込んだ細工のサイドボードを買えば、そのぐらいの値段はする。否、輸入品となれば、この値段では買えまい。そう、そう、忘れていたが、ネットワークによるロールオフとエナジーのコントロールのツマミまでが、ムクの木の削り出しだった。とにかく徹底的なのである。関係者の熱意には脱帽である。
 ところで、そろそろ、肝心の音ついて記さねばならないが、今回も従来のこのタンノイ研究シリーズと同じように、具体的に数種のアンプを使っての試聴を行った。以下、ドキュメントという形でリポートさせていただくことにしよう。
 8月中旬、一組のサンプルが本誌の試聴室にセットされたということで試聴に出かけた。写真を見せられただけのGRFメモリーである。どんな音が、あの優雅な姿態から流れ出ることかと、いささか興奮気味であった。
 タンノイのほとんどのシステムを聴いている私にとって、この新製品に寄せる期待は大きいものがあった。すべて、デュアル・コンセントリックのユニットを使いながら、システム毎に微妙にちがう表情の豊かなタンノイの鳴り方は、全製品に一貫して聴かれる、あの充実のサウンド故に、まことに興味深いものがある。オートグラフ、GRF、 コーナーヨーク、 レクタンギュラーヨーク、IIILZ、アーデン、バークレイ……、そして、バッキンガムモニター、スーパーレッドモニター、クラシックモニター、SRM15X、12X、12B、10Bと、ずい分沢山のタンノイたちを聴いた。そのいずれもが紛れもないタンノイでありながら、それぞれの響きをもって鳴った。鳴っている場所でも、がらがら鳴り方が変った。アンプやカートリッジによっても豹変した。それだけではない。私はもっと不思議な体験もしている。話しが艮くなって申し訳ないが、これは是非、お話ししておきたいことだから、この機会に書くことにする。
 あれは、今年の5月14日のことであった。束京のオーディオ販売店Dの主催するタンノイ・オートグラフの試聴と講演での出来事である。話しを正確にするため、ダイナミックオーディオの主催する第4回マラソン試聴会でのことだといい変えよう。会場は、赤坂のホテル・ニュー・ジャパンであった。私の受け持ったオートグラフの講演と試聴会は、夕方5時からだったが、その直別まで他の催しがあって、セッティングには全く立会えなかった。
 開演5分所に会場の席についたときには、大きな宴会場の正面にオートグラフが据えられ、プレーヤー、アンプ類(私の指定のもの)も既に結線されていた。熱心なファンも50名ぐらい、もう備についていた。スタート直前、係の一人が、「こんな会場なもので、どうも、いい音は出ませんが……、ええ、かなり厳しいようで……」と、口ごもりながら私に耳打ちしてくれた。どう厳しいのか判然としなかったけれど、決して良い意味にとれなかった。こういう催しの常である。そのスピーカーの能力の60%から70%発揮されれば最高といってよいだろう。しかし、この感じだと50%にもいかないなと私は直感した。そりゃ、当り前だ。コーナータイプのオートグラフは、部屋の壁面をホーンの延長として使うように設計されている。ところが、その場のオートグラフときたら、コーナーはおろか、左右、後方に数メートルの距離のある状態。しかも宴会場は薄手のペニアの間じきりで、どこを見ても、いかにもボコン、ポコンといった感じであるから、とてもとても、まともな音など期待するほうが無理というものだろう。実は、この会場で、前年にもタンノイの講演をしたのだが、その時鳴らしたのは、スーパーレッドモニターだった。これはオートグラフとちがって、よりコンベンショナルなバスレフ・エンクロージュアだから、まだなんとかなったものだったが、今度は最悪だ。
 こういう催しで、精一杯話した後で出した音が、話しとは似ても似つかぬ音だった時には、穴があったら入りたくなるほどつらいものなのである。何をいっても言い訳にしかならないだろうから、じっとこらえて、苦々しく音を聴いている他はない。寿命が縮む思いである。レコードは余裕をもって選んではあるが大幅にカバーするわけにはいかない。私は覚悟を決めてし講演を始めた。いっそのこと2時間しゃべり続けてしまおうかとさえ思ったほどだ。さあ、もうこうなったら念じるより他はない。あのカートリッジで、あのアンプで、本当ならあの音がするはずなのに……と、もう、半ベソの有様。心で泣いても顔では何とやら、つとめて冷静に、快活に、ずるずると40分ほど話し続けた。もう駄目だ。そろそろ鳴らさなければ……。前列の熱心なファンの表情も、そろそろ音に飢えてきた様子。「伝統に輝くオートグラフの音は……」という私の言葉に、生ツバをゴクンとのんでいるではないか。隣りの青年は、早く鳴らせといわんばかりにノビをして、眼鏡越しに私の顔をチラリ! 絶体絶命である。オートグラフよ頼む! 鳴ってくれ! お前のあの音を出してくれ! カートリッジにも、アンプにも、私は同じ願いをこめてレコードをターンテーブルに載せたのであった。リハーサルがないから、音量からしてボリュウムの位置では見当がつかない。日頃のカンを働かせ決めた。古い録音からスタート。ピエール・モントゥ一指拝ウィーン・フィルのハイドンの交響曲「時計」である。
 おおっー、いい。いいではないか。しなやかな弦。ウィーン・フィルらしい艶。豊かな中~低音の響き。これなら、ひかえ目にいっても70点。次に小編成で、ヤニグロとソリスティ・ディ・ザグレブの演奏。これもなかなかの鳴りっぶり。気をよくした私の話しも、一段と熟っぼく滑らかに進みだす。お客の眼も輝きだした。盛んにうなづいてくれる人もいる。時たま首をかしげる奴もいたけれど(気になるもんですよ、そういう人)……、そして遂にラストナンバー。比較的新しい録音の一枚として、ミケランジェリのピアノ、ジュリーニの指揮するウィーン・シンフォニーの演奏でベートーヴェンのピアノ協奉曲第1番をかけた。堂々たるオーケストラのソノリティ、輝かしいピアノが圧倒的な盛り上りを演じたのだった。
 私も、ファンの人達も、スピーカーと一体となって熟っぽく燃えているのがよくわかった。終るやいなや、数人のファンから歓声が上った。「よかった!」と大声で叫んだ人もいた。その場の人々が全員、満足し、感動したことは、確かな実感として私に伝わった。口々に礼をいって去っていくファンの人たちの表情にもそれがあった。そして、係のスタッフたちが、まるで孤につままれたような表情で「先生、何をしたのですか?」と私に聞くのだった。「信じられないなあ……。直前まで様にならないひどい音だったのに……」。そして、ファンからも同じ言葉が述べられた。また、この催しの前の催しを担当していた他メーカーの人の驚きようはもっと凄かった。「アンプが暖まったなんていうもんじゃないですよ、あの変りようは! 装置をそっくり入れ替えたようだった」というのである。
 理由は、私にも判らない。しかし、このような劇的なハプニングとまでいかなくても、これに類した体験はいくらでもある。
 実をいうと、ガイ・R・ファウンテン・メモリーに関しても、これに近い体験をさせられたのであった。
 本誌の試聴室でのガイ・R・ファウンテン・メモリーとの初対面は、不幸にして、決して素晴らしいものではなかった。
 試聴には、エクスクルーシヴのP3プレーヤーシステム、カートリッジはオルトフォンのMC20/II、コントロールアンプはマッキントッシュのC29、パワーアンプは同MC2500という組合せで、まず音を出した。聴き馴染んだハイドンのシンフォニー「軍隊」(ネヴィル・マリナ一指揮)の第1楽章の序奏を聴いただけで「驚愕」とまでいかずとも、愕然とした。鋭く硬く、とげとげしい弦の音。ステレオフォニックに、ふくよかに拡がるはずの空間のプレゼンスは、2チャンネルに二分され、音が左右のスピーカーの位置にへばりついたままではないか? こんなはずはない。だいたい本誌の試聴室は、きかに製品テスト用の試聴にふさわしく、すべてのスピーカーが楽しく聴けるというよりは、アバタもエクボもさらけ出す傾向にあるのだが、それにしてもひどい。タンノイ研究のシリーズだって、第1回は別として(ティアックの試聴室)、その後はずっと、ここで聴いてきたのである。SRMもクラシックモニターも、アーデンも、かなり楽しく聴けたのである。
 なんとかならないものかと、まずカートリッジを交換してみた。ゴールドバグのブライヤーをつけた。このカートリッジのしなやかな高域と豊かな中低域によって、かなり聴きよい音にはなったものの、とても、期待にそうものではない。アンプを変えた。前回までのこのシリーズの実験の結果、タンノイのスピーカーとのベスト・マッチングとして私が推薦したコントロールアンプのウエスギU・BROS1とパワーアンプのオースチンTVA1を試みた。さらに一段と向上はしたが、まだ、私のタンノイのイメージからは、ほど遠い。そこでパワーアンプもコントロールアンプと同じく上杉研究所のU・BROS3を2台、パラレル接統にして使ってみた。この方が、また一段と音がまとまってきたが、それでも決してかつてSRMやクラシックモニターから得られた音の水準には至らなかった。
 私のコンディションのせいかと、自らを疑ってもみたが、立会いの編集部のM君もS君も同じょうに浮かぬ顔つきである。これは困ったことになったと一同呆然。置き方やレベルコントロールもさわってみたが効果なし。バランスだけではなく、音の質感が悪いのである。歪みっぽくさえあるのだ。なんだかんだと数時間を費したけれど、うまくいかないので、日を変えようということになったのである。そこで翌週、再度挑戦ということで当日は終了ということにした。
 さて、週は変り、再度挑戦である。今度は場所をティアックの試聴室に移した。用意した機材は、プレーヤーはローディのTTU1000にフィデリティリサーチFR64fxトーンアーム。カートリッジはゴールドバグ・ブライヤー、トランスはアントレーET100、コントロールアンプはマッキントッシュのC29とウエスギU・BROS1、パワーアンプはマッキントッシュのMC2255、ウエスギU・BROS3、マイケルリン&オースチンのTVA1というラインナップである。
 結果は、まさに、ドラマティックな変貌であった。到底、部屋と多少の機材の変更からは想像のつかない変りようだったのりだ。
 前回の条件に近づけるため、まず、トランジスターアンプで試聴した。マッキントッシュC29とMC2255である。ハイドンの「軍隊」交響曲のイントロダクションが流れた途端、それは先週聴いた同じスピーカーとは全く違った響きであった。弦のしなやかさ、空間のプレゼンスが、このレコードの鳴るべき音で鳴ったのである。アレグロの第1主題におけるヴァイオリンが、かつての粗さが出ず、すっきりとした響きの中に芯の通ったリアルなものであった。木管の輝きと柔軟さも、適度な距離感をもって聴こえるのだった。
 これは確かにタンノイの音だ。それも、かなり上質の豊かな響きである。フィッシャー=ディスカウがバレンポイムの伴奏で新録音したシューベルトの〝冬の旅〟も、ピアノのきりっと締った響きといい、バリトンのまろやかな声といい、まず申し分のないものと感じた。続いて、ジャズをかけてみたが、これがまた大変よく弾む。タンノイの旧製品のように低音が重くないし、SRMシリーズに共通の張りのある明快さと力強さを兼ね備えている。初めの試聴時にはパワーアンプがMC2500であったが、この違いは、そんなものではない。第一、MC2500とMC2255は、パワーこそ500Wと250Wの差があるが、音質的にはきわめて近いものであることは確認ずみなのだ。プレーヤーはエクスクルーシヴのP3から、ローディのTU1000+FR64fxの組合せに変っているが、たしかにこの組合せは、たいへん滑らかで透明な音であることは、私の自宅で使って強く印象づけられている。しかし、それにしても、この音の変化の大きさには驚かされる。ゴールドバグのブライヤーは初試聴の時にも使ったことは既に述べたとおり。このガイ・R・ファウンテン・メモリーにはたいへんよくマッチするカートリッジで、その柔軟で豊潤な音が生きてくるようだ。パイプの材料として有名なブライヤーの根を削り出してボディを作ったこのカートリッジのもつ手工芸の味わいは、GRFメモリー・システムの持味ともぴったりで、趣味性豊かなオーディオ・ライフを感じさせてくれる。
 これで、GRFメモリーの真価は充分発揮されたように感じたが、さらに次の5種類の組合せで試聴してみた。
①U・BROS1+TVA1
②U・BROS1+U・BROS3×2
③C29+U・BROS3×2
④C29+TVA1
⑤U・BROS1+MC2255
 用意したアンプの相互組合せをやってみたわけで、これらのアンプは、タンノイにベスト・マッチと思われるものばかりである。プレーヤーはTU1000+FR64fx+ゴールドバグ・ブライヤーが成功したので、これを今回のリファレンスとした。結果として整理すると、次の3種の組合せにしぼってよいだろう。
①マッキントッシュC29+MC2255
②ウエスギU・BROS1+オースチンTVA1
③ウエスギU・BROS1+U・BROS3×2
 つまり、試聴した計6種の組合せで、この3種以外は、参考までに試聴したわけで、もし、飛び抜けた組合せが発見されればと思ったわけだが、そうはいかなかった。というより、あえて、トランジスターと管球式のハイブリッドを試みる必然性はなく、バランス上、同種の組合せのほうが完成度が高かったというべきだと思う。
 既に、この研究シリーズで、タンノイを鳴らすゴールデン・カップリングとして、②のU・BROS1+TVA1を推薦してきたが、今回はこれに、パワーアンプも上杉研究所のU・BROS3を、それも2台用意し、各々をパラレル接続にしてモノで使う組合せを加えた。こうすることにより、U・BROS3の控え目なパワー50Wを90Wに上げられるし、音質的にも、やや淡白であったものが、ぐんと力と艶がのってくるように感じられたのである。オースチンのTVA1の熱っぽい音とはちがうが、品のよさ、滑らかさ、透明感といったこのアンプの特質は格別の魅力のあるものだ。ぜいたくな使い方だが、2台をパラレル接続で使うと力の点での弱点をカバーできて、ある意味では従来のゴールデン・カップリングを凌ぐといってよい。エモーショナルにはオースチンのTVA1がもつ充実のサウンドに軍配が上るが、メンタルには、U・BROS3のほうが端正で透明なのだ。この二種の組合せには甲乙つけ難いのが正直なところである。情熱的な音を嗜好されるならTVA1を、洗練度の高さを求められるならU・BROS3になるだろう。
 これら二種の管球アンプの組合せは、たしかに、トランジスターアンプのマッキントッシュの組合せとは音の質感や発音性に違いがある。しかし、これも、どちらが勝っているとはいい難いのである。緻密な情報量ではマッキントッシュのほうが優れているように感じられるが、音の流動感と立体感では一味、管球アンプの組合せに魅力がある。ハードなジャズやロック、フュージョンまで鳴らすことを考えると、マッキントッシュの組合せのほうが力を発揮すると思うが、ポピュラー・ヴォーカル、あるいは、スイング・ジャズぐらいまでなら、そして、クラシックからセンスのよいソフトなポピュラーという範囲でなら、U・BROS1+U・BROS3×2の品位の高い音の魅力が生きるはずである。いずれにしても、この3種の組合せは、タンノイの新しい魅力的なシステム、ガイ・R・ファウンテン・メモリーの可能性を100パーセント発揮させてくれることだろう。
 故ガイ・R・ファウンテン氏と創立時代より共に仕事をしてきたロナルド・H・ラッカム氏が、ファウンテン氏のメモリー(追憶)というモデル名のこの製品に情熱を燃やしたことが今回の試聴でよく判った。紛れもないタンノイ・サウンドが保持されながら、新しい録音に対応できる、よりヴァーサタイルな性格をもつことは、同時に参考試聴したオートグラフとの比較で明らかであった。クラシックモニターとの差も勿論あったが、概して共通のキャラクターといってよさそうだ。それよりも、部屋や、そこへのセッティング、使い手との関係による音の変化のほうがよほど大きいので、あまり機械自体の特質を重箱の隅をつつくような見方は控えたい。しかし、この新しく古い丹精なエンクロージュアと対面して音楽を聴けば、モダンなデザインのSRMシリーズ(クラシックモニターも共通のデザインだ)とは趣きも雰囲気も違った音が聴こえて当然だろう。視覚によって、音の印象が変化しないような鈍感な人間は、もともとオーディオの世界とは縁なき衆生ではなかろうか。

マッキントッシュ MC2500

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 500W+500Wのパワーをもつステレオアンプで、これは最低保証値。実際は600Wオーバーの実力をもつマッキントッシュ・アンプ・シリーズの旗艦である。その内容からすると、これでも最もコンパクトである。MC3500以来の伝統的デザインイメージを保ち、自他ともに王者の貫禄を示す。高度な技術(開発生産両面)と長いキャリアをもつ同社にして可能な内容価値と風格をもつものだろう。ピークホールド機能をもつ大型メーターつき。

音質の絶対評価:10

マッキントッシュ MC2205

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 マッキントッシュのアンプ代表機種で、200W+200Wのパワーが、パワーガード・サーキットで安定して供給され、サチュレーション・フリーである。400Wモノーラルアンプとしても使える。あのブルー・メーター、グラス・イルミネーションの美しさは、古い新しいを超越した美しいものであるばかりでなく、ガラスを割らない限り、その美しさは半永久的に持続する。現在最も信頼性と完成度の高いパワーアンプの一つだろう。

音質の絶対評価:9

マッキントッシュ MC502

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 マッキントッシュとしては異例の薄型のプロポーションを採用したアンプで、50W+50Wのステレオアンプ。グラス・イルミネーションは全く同じで、金文字がパワー・オンでグリーンに美しく変色する。ブルー・メーターはないが、明らかにマッキントッシュのアンプであることは一目瞭然。パワーガードが威力を発揮し、まずクリップ音は出てこない。モノ接続で150Wアンプとなる。伝統のアウトプットランスは持たないAB級。

音質の絶対評価:8.5

マッキントッシュ C32

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 同社のプリアンプの最高峰がこの製品だ。はっきりいって、エキスパンダーは余計なもので、このアンプを使う人たちの音への要求と、この機能はちぐはぐだと思う。これは日本人とは異なる発想としか思えない。しかしこれをスイッチ・オフして使わないとしても、このアンプの魅力は、いささかも損なわれない。C29とはひと味違った楽音のニュアンスが、ここには聴ける。29同様、大人の風格と、王者の貫禄をもったプリアンプ。

音質の絶対評価:10

アキュフェーズ C-200X

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 アキュフェーズのオリジナル・デビュー製品、C200のマイナーェンジのパネルデザインだが、中味は、メイジャーチェンジで生れ変ったもの。アキュフェーズらしい堅実だが、少々野暮な顔つきが特徴。しかし癖や嫌味がなく、仕上げのクォリティが高いので、長年使って、あきないはずだ。内容にほれ込めば、あばたもえくぼとなるだろう。価値ある製品だ。操作性も向上して、内容の充実にふさわしい質の高さだ。

音質の絶対評価:9

アキュフェーズ C-230

菅野沖彦
’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 ブッシュボタン式の使いやすいパネルレイアウトは、上級機C240と共通のイメージだが、私は、あまりこのパネルは好きではない。決してセンスがよいとは思えないし、高級感があるわけでもない。もちろん、アキュフェーズらしい美しい作りだし、仕上げの質も高いのだが、魅力が感じられないのだ。機能性とオリジナリティは認めた上で好みの問題だ。操作性、感触は質が高く、緻密なクォリティを感じさせるものだ。

音質の絶対評価:7.5

スタックス DA-100M

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 100WのA級モノーラルアンプで、AB級でもパワーは同じに抑えられている。AB級動作では、その分、省エネにつながるはずだ。放熱はヒートシンクを使わず、ヒートパイプによる。いかにもスタックスらしいユニークさをもっている。デザインや仕上げは取り立てていうほどのこともなく、むしろメーカー製らしい魅力のないところを平然と打ち出すあたり、アメリカの新生小メーカーと共通の野暮と驕りが感じられる。

音質の絶対評価:8.5

スタックス CA-X

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 スタックスはユニークな技術をもったグループで、いかにも専門メーカーらしいアイデアと執念で独善的に製品をまとめ上げる。このプリアンプもパワーサプライが左右独立して、さらに左右独立のイコライザー、コントローラーとも上下にセパレートという潔癖ぶりで、デザインも、それがそのまま現われたというそっけなさ。夢もセンスもない、ただひたすら機械としての必然性に徹するのがスタックスの魅力というべきだろう。

音質の絶対評価:7

パイオニア M-Z1

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 あらゆる点でユニークなパワーアンプである。独自の回路により、NFBを避けて音の鮮度を図った発想だ。60Wのモノーラルアンプで、そのボディは、プリアンプ、プリプリアンプと共通のタテ長のプロポーションでシステムイメージをもたせている。プリアンプでは不自然さを指摘したそのプロポーションも、パワーアンプでは問題するに当るまい。ガラス越しに見えるピークインジケーター、トランスも面白い。

音質の絶対評価:9

マッキントッシュ C29

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 現在アメリカのオーディオメーカーの中で最もメーカーらしい信頼性と安定性で製品の高性能・高品質を保っているのはマッキントッシュだと思う。この製品にもそれが現われていて、バランスのとれた感覚と設計技術がうかがえる。部分的には決してマニアックではないし、流血革命派のような気負いもない。しかし、ここにはメーカーとしてのキャリアが、最新技術と伝統をバランスよく製品に生かした高品位の大人の風格がある。

音質の絶対評価:10 

マッキントッシュ C504

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 同社として初の薄型のプロポーションをもったプリアンプだ。伝統あるガラスパネル・イルミネーションを踏襲しているので一目瞭然、同社の製品であることがわかる。エモーショナル・レスポンス・フォー・ミュージックを大切にする同社の考え方は、このグラス・イルミネーションに現われている。比較的手頃な価格でマッキントッシュ・フィーリングを所有出来るアンプで、パワーアンプMC502とのバランスが大変よい。

音質の絶対評価:8.5

パイオニア C-Z1

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 Zシリーズとして登場した、ノンNFBアンプのプリアンプ。パワーアンプM−Z1と共通のプロポーションにまとめたシステム・デザインだが、必ずしも、これが使いやすさにつながるともいえないようだ。ガラス越しにブロックダイアグラムが見え、これにダイオードが点灯するというマニア好みの味つけは楽しいし、好ましい。ヘアライン・ブラックフィニッシュが、少々緻密感とデリカシーを損なっているのが惜しい。

音質の絶対評価:8.5

マークレビンソン ML-2L

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 Aクラス動作で25Wのモノーラルアンプがこの大きさ! いかにもMLらしい大胆な製品である。やりたいこと、やるべきことをやるとこうなるのだ、といわんばかりの主張の強さがいい。そして2Ω負荷100Wを保証していることからしても、アンプとしての自信の程が推察できるというものだ。パネルはML3に準じるが、ヒートシンクが非常に大きく、上からの星形のパターンが目をひく。2台BTL接続端子がついている。

音質の絶対評価:9

マークレビンソン ML-3L

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 マーク・レビンソンのパワーアンプらしい風格をもった製品。200W+200W(8Ω)のステレオアンプで、見るからに堂々たる体躯のシンメトリック・コンストラクション。前面パネルにはパワースイッチだけがセンターに、その真上に、あのモダーンなロゴがプリントされている。両サイドのハンドルを含め、シンプルながらきわめてバランスのよい美しさである。これぞ、パワーアンプという雰囲気だ。

音質の絶対評価:8.5

マークレビンソン ML-6AL

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 左右独立、それも電源からボリュウムコントロールまでという徹底ぶりだ。その勇気と潔癖症には脱帽するし、こういう製品が一つぐらいはあってもよいと思う。しかし、これはもう一般商品とはいえないし、プロ機器としては、さらに悪い。本当は業務用こそ、誰が使っても間違いなく、容易に使えて、こわれないものであるべきなのだ。この製品の登場は業務用機器のメーカーではないことを立証したようだ。

音質の絶対評価:7.5

マークレビンソン LNP-2L

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 いかにもマニアックなクォリティに満ちた製品で、見てもさわっても、音を聴いても、他製品とは全くちがう肌ざわりを感じる。これは明らかに業務用機器のもつ質感である。その意味では、きわめて高い可能性をもった機器なのだ。しかし、ハイファイ製品(良い意味で)は、それが、さらにリファインされていなければならない。プロ機器が常に一般機器の上とは限らないのである。もう一つ大人になってほしい製品だ。

音質の絶対評価:9

マークレビンソン ML-7L

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 LNP2Lより、さらに生硬な印象をうけるが、音は別稿の通り立派なものだ。ただし、マーク・レビンソンの一連の製品についていえることだが、明らかに一般ハイファイ・マニアを相手にしながら、プロ機器仕様とデザインを決めこんでいるのはどうかと思う。車でいえば、トラックやブルトーザーのようなデザインばかりではないか。中ではLNP2Lが一番まともだが、決して使いやすくもない。

音質の絶対評価:9

マランツ Sm-1000

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 マランツのパワーアンプ・シリーズの旗艦として、かつての500シリーズに代って登場した製品である。400W+400W(8Ω)、650W+650W(4Ω)のパワーを誇る。ラックマウント金具をサイドに持つが、これは木製のキャビネットにも入るはずだ。センスのよいメーターの色調、仕上げの高いパネルなど、高級アンプにふさわしい風格を備える。豊富なスピーカー切替ファンクションをもっている。

音質の絶対評価:8.5

マランツ Sm-9

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 Sm6の上級機種で、これはマホガニー・キャビネットに収められている。150W+150W(8Ω)のパワーをもち、Sm10とはわずかな価格差だが、コンセプトの異なるアンプ。マランツのシリーズは豊富で、それぞれの要求にキメ細かく対応しようというメーカーの意欲が感じられる。これも一段と高級感をもったマランツ伝統のイメージを踏襲し、現代的にリファインした美しいデザインと仕上げをもっている。

音質の絶対評価:8

マランツ Sm-10

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 120W+120WのパワーはAB級で8Ω負荷時、別に切替でA級30W+30W(8Ω)、350Wモノーラルアンプとしても使えるDCアンプ。モノーラルアンプを2台カップルして、ステレオユニット化した構造が外観からもわかるし、これがデザインの基調ともなっている。作りも仕上げも美しく、往年のマランツのイメージをよく生かした製品だ。Smシリーズの中でもユニークな存在で、個人的にも好きな製品である。

音質の絶対評価:8.5 

マランツ Sm-6

菅野沖彦

’81世界の最新セパレートアンプ総テスト(ステレオサウンド特別増刊・1981年夏発行)
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」より

 AB級120W+120W(8Ω)、A級動作で30W+30Wのパワーハンドリングは、上級機種Sm10と同規格であるが、こちらはデザインもコンストラクションも違う。パワーメーターつきパネルフェイスはSm7や9と共通イメージのマランツの現代の顔である。といっても、もう伝統的といってもよいイメージだ。木製キャビネットは別売り。美しい仕上げだし、メーターの色彩も華麗で使う楽しみをもっていてよい。

音質の絶対評価:7