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AKG K1000

菅野沖彦

ステレオサウンド 95号(1990年6月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 オーストラリアのAKGは、ヘッドフォンやカートリッジ、そしてマイクロフォンで世界中で高い評価を得ているトップブランドである。音楽の国オーストリア、特にウィーンやザルツブルグで、馴染みの深いこの国の香り高い文化がAKG以外には音の面ではあまり知られていないのはむしろ淋しい気がする。事実、このブランド以外の音響メーカーなきに等しいようで、私の音楽やオーディオの知人たちに聞いても、彼らが挙げるブランドはたいていドイツかスイスのものだ。オーストリアで使われているオーディオ機器は日本製品かアメリカ製品、そして、イギリス製がヨーロッパ製なのである。つまり、オーストリアではヨーロッパ製でよいのであって、ことさら、オーストリア製に対するこだわりはない。ヨーロッパの中でも、それほど独自な音の美感覚や音楽性をもっているウィーンのことだから、その感覚や伝統がオーディオに生きてきたら、さぞ魅力的なものが生まれるに違いない……と思うのは私だけだろうか? 彼らにとってオーディオ機器は機械であって、音の美にかかわるものとは思っていないようにさえ考えられる。しかし、何人かのウィーン在住のオーディオマニアを知っているが、彼らはオーディオ機器の音の美しさや魅力を単に機械の物理特性の問題だけでは考えていない。
 ところで、AKGは今までにもヘッドフォンには意欲的な開発性をもち続けてきたが、今回のK1000はあえて前置きに長々と書いたように、オーストリア製にふさわしい製品で、その美しい音の質感は、決してスピーカーからは聴くことのできないものだ。特に弦楽器の倍音の自然さとそこからくる独特な艶と輝きをもつ、濡れたような音の感触は、従来の変換器からは聴き得ない生々しさといってもよいだろう。こうして聴くと、CDソフトには実に自然な音が入っていることも再認識できるであろう。生の楽器だけが聴かせる艶っぽさを聴くことのできる音響機器は、ヘッドフォンしかない(特に高域において)と思っていたが、この製品はさらにその印象を強めるものだった。
 デザインは、内部的にも外観的にも大変ユニークなものである。NdFeマグネットをラジアルに配したオープン型磁気回路と、16〜17世紀のヴァイオリン製作者達に使われたニスの薄膜塗装を施した4層レイヤーのダイアフラムをユニットとした完全なオープン型ヘッドフォンだ。電極にも磁気回路にも通気性が阻はばまれることがないため、キャビティによる音色やレゾナンスが極めて少ないことが、この音の自然さに貢献しているのであろう。本来ヘッドフォンは、スピーカーに対してクローズド型でこそ性能を発揮するものともいえるが、このK1000は、そうした観念を完全に打ち破る、新しいヒアリングシステムとしてのジャンルをつくっている。A級パワーアンプのスピーカー端子に接続して聴くことが推奨されていることからも、独特なコンセプトがわかる。

ジェフ・ロゥランド・デザイン CONSUMMATE

菅野沖彦

ステレオサウンド 95号(1990年6月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 ロゥランド ・リサーチから、ジェフ・ロゥランド・デザイン・グループと社名変更した米国コロラド州コロラド・スプリングスにあるこの会社は、高級アンプのメーカーとしての定評を確立した。まだ10年足らずしか社歴はないが、その間に発売したアンプの高品位、高信頼性が今日を築いたことはもちろんである。見るからにハイクォリティなアンプにふさわしい作りの確かさは、新進の小メーカーにありがちな信頼性への不安を感じさせなかった。新社名となってからの製品には、トップクォリティに加えて、操作性に実用的な配慮を見せ、家庭で使う趣味製品としての総合デザインの完成度を指向するコンセプトが明瞭に打ち出されてきたと思う。
 新登場のコントロールアンプ/コンスメイトにも、当然、このことがはっきり現われており、若干未消化な部分は残しているが、エンスージアスティックなオーディオファイルが満足するクォリティを実用的な操作性にマッチさせる努力が結実した製品である。たとえば、そのボリュウムコントロールはマイクロプロセッサーによるコントロールで200段階の抵抗切替を行なうものだが、アップダウンはノーマルとハイスピードの両方のコントロールが可能であるし、ストアによって各インプットのレベルを聴感上バランスさせることもできるといった具合である。前面パネル上のプッシュボタンによって行えるほかに、別売のリモートコントローラーによっても操作できる。
 入力は3本のバランスと、同じく3本のアンバランスを持ち、イン/アウトともにRCA、XLR両コネクターが使用できる。電源はセパレートタイプで、ほぼ同サイズの筐体を上下二段重ねて使える。もちろん、左右に水平においてもよいが、縦に重ねてもフラックスの悪影響を受けないとメーカーは保証している。
 電源部はデュアルトロイダルトランスによる左右独立で、レギレーションはACラインフィルターにより十分配慮がなされ、極めてクリーンで安定した電源供給を実現している。回路的にはNFBを嫌ったクラスAのシンプルなもので、高品位パーツやディバイスの選択と洗練されたコンストラクションによってピュアナシグナルパスに努めたFET構成アンプである。
 音はかなりクリアーで繊細の極みだが、決して冷たくもないし神経質でもない。ざらついた輝かしさや鋭いエッジの立つことを好まないロゥランドらしいまとめ方だ。コントラストの強い音ではなく、照明なら、適度なレフレックス効果が利いたソフトなグラデーションである。このムードが、冒頭に記したクリアーと両立するわけだから、これは本物のクリアーさなのだ。なお、フォノイコライザーは後日別売りで発売されるとのこと。

アキュフェーズ P-500L

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 このアンプの音は、国産のアンプでは珍しい味わいをもつ。とろっとした〝おいしさ〟とでも表現したいほどだ。かといって、アンプとして支配的な音色が強いのではなくて、ソースの各楽音の特質はよく鳴らし分ける。「ドゥムキー」のコーエンのヴァイオリンは艶っぽくて、プレスラーのピアノは丸く暖かい音色に加えて、輝きもある。切れ込みも鋭いが、決して荒れることはなく、質感は滑らかだ。ベートーヴェンの「エロイカ」のトゥッティは力強くマッシヴで、細部と全体のバランスはよく整っていて立派。ffの弦楽器、特にヴァイオリンの音域がドライにならないので、ウィーン・フィルらしい優雅さが常に保たれる。木管の瑞々しさ、金管の繊細な輝きの美しさも大変よく再現してくれた。重低音がしっかりしているので、重厚なバランスが音楽に安定感を与える。ヘレン・メリルの声は低域の厚みがきいて、最近の彼女らしい幅のある表現に聴こえる。ベースも充実。

ソニー TA-NR1

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 キメが細かく滑らかな高音域と、中庸をいく音の雰囲気は明るすぎず、当然暗さとは縁遠く、よくコントロールのきいたバランスである。どこといって欠点や、ないものねだりをしたくなるようなところのないパーフェクトなアンプだと思う。いかにも日本の製品らしいクォリティとパフォーマンスの両立した音だ。ドヴォルザークの「ドゥムキー」での繊細で透明な弦楽器の質感とソノリティには、このアンプの質の高さがよくうかがえるし、全体のマッシブなffでの明晰さに、物量を投じたアンプらしい力量が現われている。「エロイカ」のトゥッティでの安定感も立派だ。100W/8ΩのA級アンプだが、スピーカーの能率が87dB以上あれば、かなりのエンスージアスティックな大音量再生も可能だし、なにより音の密度感や力感は数百W級のアンプのそれに匹敵するものがあるのが頼もしい。ヘレン・メリルは優しく、少々肌ざわりが滑らかすぎて美化されすぎ。

YBA YBA1 POWER AMPLIFIER

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 イシドア・コーエンのヴァイオリンが、なんとも洒落たニュアンスでデリケートな魅力を聴かせる。線は細目で、倍音がよくのった繊細な美音である。ピアノは透明で、プレスラーのタッチはやさしい雰囲気を加える。チェロもよく歌い弾み、中低音のエネルギーがよくコントロールされている。ベートーヴェンの「エロイカ」は、瑞々しい潤いのある質感で、ウィーン・フィルの特質がよく生きた音だと思う。相当感覚的に洗練された音で、ただ物理的に優れた音というようなものではないようだ。決してドライに響かず、常に柔軟さと輝き、艶を失わない音である。サン=サーンスの「オラトリオ」も魅力的で華麗で透明なソノリティながら、陰影のニュアンスにも富む再現だ。ヘレン・メリルはやさしさが加わりセンサブル。ジャズの力と熱っぽさを前面に押し出してくる音ではなく、瞬時に消える音の一つ一つが印象に残るような美音に感じられるのが興味深い。

マークレビンソン No. 27L

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

「ドゥムキー」のヴァイオリンは硬質透明で華麗な音色。もう少ししなやかで柔軟な質感が欲しいと感じた。ピアノは輝きのある自然な質感で、プレスラーのタッチがよく生きていた。合奏の表現はよく抑揚が生きて弾みもよい。ベートーヴェンの「エロイカ」も明るく透明な音色で、やや硬質なウィーン・フィル。細部の明瞭度は実に鮮やかに浮彫りになり、分解能が高いことが音に現われている。陰や濁りは全くないので、若干ニュアンスの微妙さやムードに欠ける音だ。隅々にまで照明が当りすぎるという感じの音なのである。サン=サーンスの「オラトリオ」も同じ傾向で、こうしたヨーロッパ特有の雰囲気を持ったソノリティ(教会での録音)には見透しがよすぎて、やや違和感がある。ヘレン・メリルの声は充実していて生き生きとした生命感が感じられ、ロン・カーターの躍動感のあるベースの力と弾みも見事。ジャズの方が、明らかにこのアンプに同質の音だと感じた。

ブルメスター Model 878

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 輝かしく豊潤な音だが、繊細さには欠ける。とろっと脂ののった〝大とろ〟のような質感で、独特の魅力を感じるし、並のアンプにはないクォリティの高さをもっているとも思う。このアンプの真価は同社のコントロールアンプとのコンビで発揮されるものだと思う。パワー単独で聴くと若干大掴みで、濃やかさに不満が残るようだ。「ドゥムキー」のピアノは丸く太く輝かしく立派だが、弦が倍音ののりに欠けるので鈍くなる。力感に溢れた音だから、オーケストラの充実したサウンドは聴き応えのあるものだが、ウィーン・フィルのしなやかさと精緻さにはもっと繊細感がほしい。しかし、神経質で刺激的な音からは遠く、私の好みの音の範疇に入るものだ。太く艶っぽいヘレン・メリルの声は、彼女の豊かさをよく表現しているが、一方でハスキーな特徴が出ていない。いわば豊満な女体を連想させるような色艶には富んでいる。ベースも豊かだがやや鈍く重い。

ゴールドムンド Mimesis 3

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 いかにも緻密精緻な音の質感がスイス製であることと、このアンプのコンパクトなサイズに似つかわしく好ましい。品のよい音だ。「ドゥムキー」の弦、特にヴァイオリンは輝かしく、かつ艶っぽい。ピアノもよく締まった粒の立つ音で、生き生きとして立上りも鋭い。ベートーヴェンの「エロイカ」における柔軟性のあるしなやかなウィーン・フィルらしいヴァイオリンの音色の艶には感心させられたし、潤沢な木管の響きも美しかった。各楽器の音色の鳴らし分けも敏感な方である。ただ、トゥッティでややにぎやかな音になるのが惜しい。どっしりとした重厚な安定感が失われるのである。同じパワーのアンプでも、このあたりに違いが生じるのは、電源を中心とした全体の物量の差といえそうだ。サン=サーンスの「オラトリオ」における、各独唱者の声の色合いや質感の微妙な味わいの再現では最も優れたアンプの一つといえる。ヘレン・メリルは暖かく、ベースは少々力不足だ。

カーヴァー Silver Seven-t

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 繊細さや瑞々しさは十分とはいえないが、ごく標準的なレベルのグレードの再生音だ。中域がしっかりした密度感をもっているから、音楽のバランスはよく保たれる。「ドゥムキー」のヴァイオリンの音色は少々太く生ぬるいけれど、神経質になったり、粗くなったりしないのがよい。ピアノも、透明な輝きが不十分だが、厚みのある音である。
 ベートーヴェンの「エロイカ」では、細かい音やニュアンスの再現は不足するが、全体としては力もあり、トゥッティでの濁りや不安定さも感じられない。もちろん、ウィーン・フィルらしい魅力の再現というレベルには至らないが……。サン=サーンスの「オラトリオ」では、音が軽々とした雰囲気に変るのが不思議であった。ソースによってずいぶん変化するものだ。透明度もよく再現し、のびのびとしたソノリティを聴かせる。ヘレン・メリルの声の色艶はよく、ベースはやや軽い音である。

チェロ ENCORE POWER AMPLIFIER

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 チャンネルあたり60Wのパワーとは思えない力とソリッドネスを聴かせるアンプ。しかし、それは決して熱っぽくはなく、常に冷静である。冷徹と呼んだほうがよいかもしれない。このアンプの粒立ちの見事さ。繊細精緻な音の微粒子感の見事は、特質に値するものである。他に類例がない音といってもよいアイデンティティをもっている。チェロのアンプの特質なのである。まるで、すべてのプログラムソースのベールを一枚はいでしまうような透明さを聴かせるのが凄い。濁り、汚れ、曖昧さなどの一切を排し拒絶した透徹さをもっているし、この微粒子感の感触は、一種の快感を感じさせもする。つまり、決して冷たい無機質な音とは違うのだ。何を聴いても、ただその美しさに聴きほれて、絶句するありさま。しかし、どうしてもなじめない音なのだ、この音は僕にとって! これだからオーディオは面白い。端正明晰な麗人の肌の冷たい湿度に心凍てつくような妖しき誘惑である。

スレッショルド SA/3.9e

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 A級60W/8Ω/chのステレオアンプだが、繊細で明晰な音は美しい。しかし若干、音は軽めの雰囲気で、響きの深みや厚み、音の重厚な質感といった面に不満もある。スピーカーの能率が高ければ60Wのパワーは音量としては十分なはずだが、音の密度感や充実感にやや物足りなさが残るようだ。どちらかというと、重々しい響きを不得意とするアンプという印象。その分、明晰透徹で、緻密繊細な音色の鳴らし分けは魅力的である。肩の力が入りすぎない表情で音楽が美しく軽快に流れるのである。室内楽にはこのようなアンプの特質が生きて好ましかった。ベートーヴェンの「エロイカ」になると、明るく軽快できれいだし、ウィーン・フィルの特徴のある面はよく生かされるのだが、マッシヴなトゥッティの厚みと力に一つ押しと迫力が欠けるのだ。歌手の声の鳴らし分けはひじょうに鋭敏なレスポンスで多彩なのが印象的。どちらかというと小味なアンプだ。

クレル KMA160

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 クレルは最近製品の種類が多いためか、一時(特に創業時から数年)のように、クレルのアンプの音という明確なイメージが感じられなくなった。つまり、いろいろな音がするようになった。全くアイデンティティがないとはいわないが、このアンプの音などは初期のクレルの音とは大きく異なり、かなり力強く華麗である。鋭いアタックが鮮やかで、ピアノの音が硬質になるし、中域にやや独特の響きがのって、効果的な場合と逆効果の場合とがある。繊細緻密で、べたつかず、端正で深々とした音が味わえた昔日のクレルはどこへ行ったのだろうか? ベートーヴェンの「エロイカ」のトゥッティも十分透明とはいえない。しかし、有機的で力のある充実した音で、強い表現力を聴かせる。サン=サーンスの「オラトリオ」では、歌手の発音の小音が強調され気味であり、声の出方に圧迫感がある。もっと軽く出てほしいところ。ヘレン・メリルは力強く濃厚でベースも明解。

ゴールドムンド Mimesis 9

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

「ドゥムキー」のヴァイオリンもチェロも引き締まった音で毅然とした端正な演奏に聴こえる。ピアノも自然で、どちらかというと控えめな鳴り方。緻密な分解能をもち、きちんとした音像の再現だが、決して物理的な裸の音ではなく、美しさを感じさせるアンプだ。「エロイカ」も、オーケストラの複雑な音色の綾を明解に、そしてよくまとまったバランスで聴かせる。よく調和して響くがウェットに濁ったりはしない。あくまで明晰な解像力を失わない。音質はやや硬質だし、線画調の細かさのある音だが、決して冷たくはない。緻密な音、精緻な音といった魅力が特徴で、ウィーン・フィルのしなやかな甘美さにはもうひとつ柔軟性が足りないようだ。ジャズには品位の高い音で、シンバルのこまやかな音色の変化をよく再現するし、ベースも締まっていて明るい。馬力のある音ではないが、決して弱々しい感じはなく、ジャズの強烈な直接音も極端な低能率SPでなければ大丈夫。

FMアコースティックス FM610

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 美しい音だし明るい音だが、それが単純な味わいではないところにこのアンプ独特の特徴があると思う。魅力的な雰囲気なのだ。このアンプを聴くと、アンプの音への美意識が、こちらの心に目覚めてくるような……何かをもっている「ドゥムキー」の演奏が他のアンプでは味わえない表情を聴かせるのである。艶っぽい弦、ピアノの音の弾力性のある独特の質感、音楽の流れや歌い方が実に滑らかで、やさしさを感じさせる。ベートーヴェンの「エロイカ」でもウィーン・フィルらしい、しなやかな艶っぽい弦楽器群の音色の魅力が、かなり本物と同質の色合いや質感で再生される。まろやかで瑞々しい木管、まばゆいばかりに輝かしく、かつ柔軟繊細な美しさを感じさせる金管の響きなど、多彩な音色の変化も敏感に鳴らし分ける能力を持つ。「オラトリオ」の歌手のなんと自然でリアルな声であることか……。暖かい肉声感がよく出るのだ。ヘレン・メリルはしっとりと美化。

スレッショルド SA/4e

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 透明でキメの細かいサウンドは、いかにもスレッショルドのアンプらしいが、これには暖かさも加わっている。音の質感が大変魅力で、妙な表現で恐縮だが、コリコリとした独特とした歯ざわり、肌ざわりのようなものが感じられる音だ。「ドゥムキー」のピアノは快感のあるタッチで、美しく、本来優れた美音の持ち主であるピアニスト、メナヘム・プレスラーの特質がよく生かされる。ヴァイオリンの音も艶っぽくはないが、芯のしっかりした輝かしい美音だし、チェロも豊潤。ベートーヴェンの「エロイカ」ではヴァイオリン群のffにやや鋭い響きがのるが、度を超してはいない。ウィーン・フィルの艶のある音色は、やや硬質な輝きとして再生される傾向だ。しかし明るく鮮度の高い音は安定していて、トゥッティにも明晰な透明感を失わない。サン=サーンス「オラトリオ」も極上とまではいわないが、第一級のアンプであることが確認できる鳴りっぷり。ヘレン・メリルもよかった。

テクニクス SU-C5000, SE-A5000

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 テクニクスから新時代のセパレートアンプが登場した。敢えて、新時代と書いたのは、そのプリアンプ/SU-C5000のファンクションが完全に現在のマルチプルソースインプットに対応するものであり、かつその表示のAV/TV、デジタルプロセッサー、VCR、DATなどから受ける印象によるものだ。フォノイコライザーもきちっと備えている万能コントロールアンプであるし、最近特に厳しくなったテクニクス・ブランド使用の製品であるだけに、これには松下電器の意気込みが感じられる。とはいうものの、さすがに大メーカーで、価格設定は比較的低く、プリアンプが20万円パワーアンプが30万円という標準価格になっている。
 ちなみに、松下電器のオーディオ製品のブランドである〝テクニクス〟は、このところ使用基準を非常に厳しくした。もともと、松下がオーディオコンポーネントに本格的に乗り出した時、ナショナル・ブランドでは電球や電気釜、洗濯機などのイメージが強く、オーディオ機器のような趣味の強い商品のイメージに適さないと言う理由から〝テクニクス〟というブランドが創られたのだが、これがポピュラーになりすぎて、ラジカセからカーオーディオ、小型ラジオに至るまで〝テクニクス〟が使われるようになっていた。これを濫用と認めたのであろう。昨年から、ある基準を設け(具体的には不明だが)テクニクス・ブランドを大切に、真に趣味性と高い技術の盛り込まれた製品にだけ使用するということになったのだそうである。広くは、従来から主に海外で使われているブランド〝パナソニック〟を使うことにしたようである。
 とにかく、私の知る限り、去年の新製品では、最高級CDプレーヤーに〝テクニクス〟が使われただけ。今年になって、このプリアンプとパワーアンプに〝テクニクス〟ブランドを発見したわけだが、他のニューフェイスはすべて〝パナソニック〟である。このことからしても、このセパレートアンプのメーカーとしての格付けが明確である。従来のプリアンプ/SU-A200とパワーアンプ/SE-A100の後継機として開発された製品だから、ハイクォリティ・オーディオコンポーネントであることに違いはないが、いかにもAVカラーが強いプリアンプのコンセプトに、ある種の〝こだわり〟で拒否反応のようなものも感じなくはない。つまり〝テクニクス〟がオーディオに限らず、あるレベル以上のものならばAVでもVでも使われるブランドなのだということを告げられたような感じがしたのである。認識不足であったのは私で、勝手に〝テクニクス〟は純粋にオーディオコンポーネントのためのブランドだと思い込んでいたのである。メーカーにとっては、迷惑な誤解ということになるだろうが……。
 SU-C5000は、すでに述べたように豊富な入出力にクラスAA方式を採用し、負荷インピーダンスの変動に安定したAクラス動作の電圧増幅回路が特徴である。電源には、レギュレーションのよいアクティヴサーボ電源の採用により、プリアンプとしての基本性能を確保している。
 SE-A5000は、クラスAAの電圧コントロールと、電流ドライブアンプを左右チャンネル独立とする計4台構成により純度高めている。電源には、電圧用は1個、電流用に2個の独立した3電源方式を備え、トランスには無酸素銅線による完全整列巻線法を採用し、各パーツにも最新の高品位パーツを使い、内部配線も全面的にOCC線材を使っている。パワーアンプの音に大きな影響を与える機械構造についても、電磁的にも振動的にも十分な配慮が見られるものである。現代アンプとしての最先端のテクノロジーと、テクニクスらしい緻密な技術の洗練が随所に見られるアンプで、仕上がりも美しい。
 両者の組合せで試聴した音は、実に精緻なもので、モーツァルトの「ポストホルン・セレナーデ」の第3楽章の弦合奏では、あたかも弦の数が明瞭に見えるような解像力に驚いた。やや響きが明るすぎるのと、軽い雰囲気があるが、透明感や繊細感は抜群である。
 パワーアンプを他のものに替えて試聴してみた結果、この音の性格にはプリアンプの方が支配的であることが感じられた。アーメリングの歌は少々若くなりすぎるし、胸からの力のある発声が物足りないが、きれいなことでは無類といってよい。ボザールの「ドゥムキー・トリオ」も同じように透明で限りなく美しい。あまりにきれいすぎて、現実感に欠けるほどである。中高域に独特の響きがのるためのように思えるが、この音には外国製アンプからは絶対に聴くことのない美と質感を感じる。油彩に対する水彩、動物性蛋白質に対する植物性蛋白質のような対比といったらよいだろうか……。淡くしかし華やいだ風情、あくまでこまやかなマチエール。現代技術の粋にも、こんな個性が宿る。興味深いことだ。

サンスイ B-2302 Vintage

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

サンスイが久々にパワーアンプの新製品を出した。従来のB2301Lに代る登場である。
 このB2302は外観こそ今までのアンプに似ているのだが、中味は完全に新製品といってよい新しいアンプであって、大筋での基本を踏襲しながら、細部をつめたというだけでは説明しきれないものだ。大筋での基本というのは、サンスイがアンプ技術の基本に据えているバランス伝送、バランス増幅の回路コンセプトであり、機械構造へのこだわりである。回路と機構という二つの条件は、パワーアンプの本質的な能力を左右する基本であって、人間の体でいえば体質と骨格のようなものだ。今度のアンプは、この体質を改善し骨格をより強固なものにしたこともさることながら、いわば頭脳を鍛え、感性を洗練させるに似た改良を行なっているのである。
 まず、その第一は、パワー素子に新しくサンスイのカスタムメイドによるLAPT23/200WPcトランジスターを採用したことだ。これはすでに同社のプリメインアンプに先行採用されて、その成果が認められるもので、従来のトランジスターより格段と高い遮断周波数特性をもち、非磁性化が施された高リニアな素子である。パワー素子が変ったことだけでも、パワーアンプとしては別物といってよいと思うが、さらに回路構成の各デバイスである抵抗やコンデンサー、線材に至るまで全面的なパーツ変更が行なわれているのである。こうしたことが即、音質改善に連なるならば、アンプの新製品造りは楽なものである。よりよい物理特性をもったパーツが現われたら、その都度差換えていけばよいからだ。
 しかし、現実はそれほど容易ではない。部分変更は危険は少ないが、成果も小さい。新製品としてドラスティックな改善と、その新しい存在の必然性を生むには、より大きな全面変更を誰もが期待するだろう。アンプの性能と音質が、現在の水準のようにいいものになると、開発担当者は大変である。全面的に0から造れば、それなりに違った製品になるのは必至だが、そこにメーカーの一環したアイデンティティをもたせるのはさらに難しい。体質と骨格も維持して、知性と感性をブラッシュアップしてリファインするという、このサンスイの姿勢こそ一番効率もよく、ユーザーのためにもなり、メーカーの姿勢も好感と信頼感をもって迎えられるというわけだ。
 しかし、私としてはあの箱型の筐体とメーター廻りのデザインには若干飽きがきていて、もう少し見た目にも新鮮な魅力を盛り込んで欲しかった。オレンジの出力メーターはスイッチオフできるし、よく見て触ってみると、仕上げ、質感にも大きなクォリティアップが感じられる。各所に手の込んだ防振構造と高剛性化が施されているし、プラグやターミナル類には品位の高い製品が使われている。このアンプのための特製品だけではなく、海外製のパーツも使われているようだ。
 こうして登場してきたB2302の音は、明らかに従来のB2301Lを凌駕していることはもちろん、多くのパワーアンプの中でも存在価値の高い製品に仕上っている。サンスイのアンプで、私がもう一つ気になっていたのは、音がウェットに過ぎることだった。よさでもあったといえるのだが、どちらかというと、繊細さや、明るく、さらっとした清々しさに欠けていた。そういう音楽にも、脂肪ののった艶やかさと重厚な雰囲気で包んで鳴らす傾向をもっていたのである。冷たかったり、乾いた響きになったりするよりはずっとよいのだが、音楽には、ありとあらゆる色合いや質感の音があるわけだから、それぞれ鳴らし分けることが望ましい。すべての音響機器はなんらかの個性をもつので、程度問題なのだが、スピーカーほどではないにしても、アンプにも、支配的な音色や質感がつきまとう。この点、このB2302は一次元上がって音色・質感の鳴らし分けに鋭敏になった。一言にしていえば、より素直になったということだろう。細かな音色もよく鳴らし分けるので、音楽の繊細さが生きて、一段と緻密な再生音になった。
 8アームで480Wのダイナミックパワーを持っている大出力アンプとして、この緻密な音の質感の再現能力は見事である。そして、その力感と音の安定感は旧製品譲りのもので、優れた低域の能力に支えられたバランスのよさは、オーケストラのトゥッティの厚く堂々とした響きに十分発揮される。例えば試聴に使ったラヴェルの「紡ぎ車の踊り」などの多彩な音色の変化と充実した響きには、従来のサンスイのアンプが、ドイツ系の音楽の重厚さに聴かせたウェットさを超えた繊細感がある。また、ボザールの「ドゥムキー・トリオ」の透明でソリッドなピアノと粘っこくならないヴァイオリン。かといって決してドライではなく、演奏姿勢が毅然とした雰囲気を感じさせるような端正ささえ聴取可能になったことは大きな改善だ。優れたパワーアンプである。

FMアコースティックス FM810

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 同社のFM610より即物的な味わいだが、それだけ忠実が高いともいえるだろう。一言にしていえば、透明で力のある充実した音である。精緻といってよい高音域の解像力、締まって迫力のある低域のドライブ感は、400W強のパワーに支えられた高度な安定感と信頼感をもっている「ドゥムキー」の透徹な響きは美しく、ピアノも輝かしく鋭いタッチが見事に生きるし、ヴァイオリンの芯がしっかりした、きりっとした響きには品位の高さが漂う。それだけに、もう少し脂肪っぽい艶が出れば……とも思うのだが、これはFM610の領域だ。このアンプの特徴は、これだけ解像力の良さと力を持ちながら、妙に明るさ一辺倒にならない点だ。彫琢の深さと陰縁を立体的に聴かせるのである。ウィーン・フィルは少々冷たく硬いが美しい。透明な木管、切れ味のシャープな金管、そして弦は繊細でオーバートーンが明瞭。ヘレン・メリルが少々異質で、極端に知的冷静さになった。

スレッショルド SA/6e

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

「ドゥムキー」の各楽器の音色の鳴らし分けが鋭敏で、アンプの音色が支配的でないことがわかる。粒立ちが精緻で、イシドア・コーエンのヴァイオリンのよく締まった、硬質だが滑らかな音色が美しい。ある種のアンプのように瑞々しい魅力や、味わい深い雰囲気というようなものはないが、かといって物足りない音ではない。中庸というべきなのかもしれない。ウィーン・フィルも同じ傾向で素直に再現するのだが、ウィーン・フィルらしさ……、つまり、あの、しなやかで艶やかな音、上品な華麗さの再現は若干不十分で、どこかに冷たさが感じられた。淡く明るく鳴りすぎる。くすんだ音色、陰影に乏しいのだろう。サン=サーンスの「オラトリオ」でのアルトが明るすぎるというメモがあるが、この辺も共通した特質と思われる。もう少し含みのある陰影が欲しい……というメモが続いてる。しかし、ヘレン・メリルでは艶とハスキーさのバランスもよくベースも充実。

オーディオリサーチ CLASSIC 150

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 全体的に中庸をいく音質だと思う。つまりアンプの支配する音色や質感が強くなく、ソースの持つ音の個性をストレートに出すタイプ。それだけに強い魅力のあるアンプではないが、長期間の使用にも飽きのこない素直なアンプだと思う「ドゥムキー」のピアノの丸く輝かしいタッチと弾力的な質感が美しいし、リアリティがあって演奏表現がよく生きる鳴り方だ。暖かい音も、艶のある音も、そしてシャープでドライな質感も、鋭敏に鳴らし分けるので音色の多彩な変化が美しい。ウィーン・フィルの音色的特徴はよく再現され、しなやかな弦楽器群、特にその艶のあるヴァイオリンは素晴らしい。サン=サーンス「オラトリオ」の、各歌手の声の特徴も、適切な音色感で脂ののった滑らかな声質が大変美しいし自然。他のアンプで聴く声よりウェットだが、これが本当かもしれないと思える説得力がある。ジャズもよく弾み表情が生き生きと再現され、楽しい。再認識されたアンプである。

ブルメスター Model 808MK3, Model 878

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

 西ドイツの高級アンプリファイアー〝ブーメスター〟は一時、日本へもある業者によって輸入されたが、本格的導入に至らず残念に思ったことがある。今回はCECという、我々に馴染みの深いメーカーによって再び輸入が開始されることになった。前の輸入時のようにちょっと手をつけて、売れ足が遅いとすぐ放り出すというような中途半端なことはやらないほうがよく、今回の中央電機の本腰を入れた導入の姿勢には期待が持てる。
 この製品のように、明らかに造る人間の熱意と誠心の込められた高級機というものは、派手なセールス展開よりもじっくり腰を据えた、長期間安心してユーザが愛用できる体制の下に導入が図られるべきであろう。パーツやサービスの供給が安定していてこそ初めて、こうした製品にふさわしい信頼感を持って迎えられるものであり、何台か売って、ハイそれまで……では、どんなに優れた魅力的な製品でも定着するはずはない。
 そんなわけで、この西独のブーメスターは、今回が正式な日本デビューといってよいものだが、本国ではすでに10年以上前から、最高級アンプとしての評価を得ていた。私も7〜8年前から西独で、このアンプは見聴きしていて、その素晴らしさを知っていたから、なぜ今まで、本格的に日本の市場に参入しないのか不思議に思っていたのである。
 ところで今回、試聴しご紹介する同社のプリアンプとパワーアンプは、1977年にディーター・ブーメスター氏の率いるグループによって開発されたものをオリジナルとして、基本的にはほとんど変更はない。入出力のバランス回路を当初からの基本設計とするが、民生用機器としては、この実現は早期のものといったよいだろう。洗練された高級パーツの採用と、入念なコンストラクションとフィニッシュは音にも当然反映していて、ハイクォリティで主張の明確な音楽性をもっているが、誰の目にもそれが、製作者たちの〝こだわり〟の具体化と感じられるアピアランスをもっていることがわかるはずだし、好き嫌いは別として、この製品は純粋に設計製造者の意欲から生まれたものであり、彼らの英知と感性の結晶であるから、立派な〝本物〟として評価することに異論はあるまい。いい換えれば〝物を通して、その向う側に存在する創作者と対話が可能な作品〟なのである。
 プリアンプ/モデル808MK3は、徹底したモジュール構成によるシステムアンプで豊富なオプションモジュールを備えている。標準装備はCDモジュールと出力モジュール1個だが、入力モジュールとして他にフォノが3種類用意されている。つまり、MC型用のバランス/アンバランス各々とアンバランスのMM用である。その他にラインがチューナー、テープ、AUX、DATの4種類ある。またさらに、変更用のバランス型出力モジュールとアンバランス型出力モジュールもある。これらの豊富なオプションモジュールの中から、標準装備のモジュールを含め6個選択し構成できるようになっている。詳しくは現物に即してマニュアルでご検討いただくのがよいと思うが、モジュール交換・追加によって、常にリファインが可能という、いかにもドイツ的な合理性をもっている。また電源部は独立したセパレート型である。フロントパネルのコントロールは入力、セレクターと2系統の出力レベルが独立して設けられているが、その他にはモニターとソースの切替えスイッチがあるだけのシンプルなもの。肉厚のトロッとしたクロームメッキ・フィニッシュは、このアンプの音にどこか共通するセンスを秘めている。磨き抜かれた輝かしさと艶っぽさをもった音で、低域の豊潤さと力感は特質に値する。
 パワーアンプ/モデル878はデュアルモノーラル構成のステレオアンプで、バランス伝送は、この2台のアンプをブリッジ接続してモノーラル仕様にすれば理想的だ。このアンプにはオプションでクロスオーバーモジュールがあり、周波数を指定して注文できる。これもプラグインすれば、6dB/octのハイパス/ローパスフィルターつきのアンプとしてバイアンプ駆動が可能になる。なお、この両アンプを接続するには、独自の4ピンコネクターによるバランスケーブルで行なうが、一般アンプとの接続には変換コネクターが必要となる。
 この組合せによる試聴では、プリアンプで述べた輝かしさと艶が芳醇な光沢を聴かせ、豪奢な雰囲気である。細部ほど明るい照明が当てられたような、輝度の高い音場が展開する。しかし、決して人工的で機械的な光り、輝きとも違った質感で、この種の質感は、確かに生の楽音がもっていることに思いあたるのである。紛うかたなきゲルマン・トーンであり、曖昧さ、脆弱繊細さは求められない、張りのある凛然としたソノリティだ。

ワーフェデール Coleridge

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
「BEST PRODUCTS 話題の新製品を徹底試聴する」より

ワーフデール。なんという懐かしい響きであろう。私の青春時代のオーディオは、ワーフデールのスピーカーによって奏でられていた。ワーフデールは、英国のスピーカーメーカーの名門で、タンノイやグッドマンと並んで、第2次大戦後のオーディオ界の花形メーカーであった。当時、エアデイルと呼ばれる大型システムが憧れの的で、創刊間もない頃の本誌で、夢のオーディオシステムとして、このエアデールを片チャンネル4本使った誌上プランを書いたのを思い出す。ステレオ初期の私のシステムは、ワーフデールのユニットで構成し、12インチのウーファーW12RS/PST、8インチの全帯域ユニット/スーパー8をスコーカーに、トゥイーターはスーパー3という3ウェイシステムを組み、当初はネットワークを使っていたが、後半はこれをマルチアンプによってドライブしたものだった。創立者のブリッグス博士はスピーカー設計の草分けとして、その著書は多くのスピーカーエンジニアエンジニアの教科書でもあった。
 そのワーフデール・ブランドが久しぶりに日本の市場にカムバックする。アーサー・ランクのコンツェルン傘下にあって、普及型システムのメーカーに成り下った同社の存在に淋しい思いを噛みしめていたのは私だけではあると思われる。現在のワーフデールは新生ワーフデールとして独立し再出発した模様であるが、その代表モデルがこの〝コーリッジ〟である。2ウェイ構成の中型ブックシェルフというのは、代表モデルとしてはちょっと淋しいが、現在の英国オーディオ界の実態を物語ってもいる。この洒落っ気ゆえに少々安っぽい感じのするデザインフィニッシュは往年の風格に比すべくもないが、これも現在のイギリスのトレンドからすれば入念な仕上がりといえるものだろう。見た目の存在感としては、往年のワーフデールを知る者としては、失望の他はないのだが、一本九万円台という価格に高級機を期待する方が無理というものだ。
 しかしその音を聴いた途端、さすがと思わず唸り、嬉しくなってしまった。このサイズのシステムとしては、第一級の音を持ってるのはいうまでもなく、サイズや価格をさておいても、音として誠に正統的な質感とバランスをもった自然なものであった。イギリスの伝統である〝音楽的な自然さ〟をメーカーも標榜しているが、全くその通りである。端正な造形バランスの中に美しい彫琢の整った音像が浮彫りになり、楽音の千変万化への反応が鋭く明晰である。節度のあるコントロールで、曖昧な共鳴による演出はなくなり、締まった低音はローエンドまでとはいかないが、十分な低域の量感も再現するし、なによりもよく弾み、濃やかなタッチを鮮やかに聴かせてくれるのがよい。すっきりとした品のよい佇まいはサラブレッドの美しさを保っている。

オーディオデバイス AD-P2

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 オーディオ的にはきわめて質の高い音で、いかにもクォリティの高い音がする。そして前作AD-P1にあった粘りがとれて、素直な音に向かっていると思う。しかし全体の印象としては、もう一つ繊細な雰囲気に不満が残るのである。心に沁み入る味わいのようなデリカシーの魅力を聴かせてくれるイシドア・コーエンのヴァイオリンがそっ気ない。透明で美しいのだが、ハーモニックスの微妙なのりに欠けるのかもしれない。微やかに打ち振えるボーイングのデリカシーがもう一つ聴かれなかった。
 ウィーン・フィルの音のソリッド感が高く立派なのだが、ヴァイオリン群が輝かしく滑らかに過ぎる。しなやかな情感がなくなるのが、高級アンプの傾向のようだ。あまりに研ぎ澄まされている音なのかもしれない。直接音主体のジャズには充実した再生音で、迫力のある質感を聴かせた。硬質だがソリッドで立派である。

マークレビンソン No.20.5L

菅野沖彦

ステレオサウンド 94号(1990年3月発行)
特集・「いまこれだけは聴きたい ’90エキサイティングコンポーネント 最新パワーアンプ18機種の徹底試聴」より

 とても100W/8Ωのアンプとは思えない力の感じられるアンプで、スピーカーのドライブ感は300Wクラスのアンプの感じだ。ソリッドに締まった音の質感といい、底力のある大振幅の再生音の充実さは大出力アンプとしか思えない。それでいて、きわめて濃やかで緻密な質感は、確かに停低歪みのアンプらしい。このアンプの前身、No.20Lの出現以来100W級Aクラスアンプが多くなったが、ここまでの製品はまだない……と思っていたらNo.20・5Lというリファインモデルになった。
「ドゥムキー」もほぼ完璧だし、ウィーン・フィルの明晰で精緻な解像力と透明な響きは極上といってよい。ただ、ないものねだりをするなら、しなやかさと粘りといったウェットな情緒の不足であろう。どちらかといえば透徹で硬質な音である。鮮やかすぎるくらい明晰だと、曖昧さがほしくなる……という欲深さが僕にはある。ジャズも4344の能率なら十分の音量で最高の質感だ。

アキュフェーズ DP-80 + DC-81

菅野沖彦

ステレオサウンド 79号(1986年6月発行)

「興味ある製品を徹底的に掘り下げる」より

 CDプレーヤーが誕生して、今年は4年目を迎える。正確な数字ではないが、この間、恐らく30社以上のブランドが200機種に余るプレーヤーを製造して売り出したと思われる。そして、CDソフトのほうも急速に充実が計られ、今年中には12000種に及ぶものと見込まれている。オーディオコンポーネントの中で、CDプレーヤーは今、もっとも注目されている花形であり、やや低調気味なオーディオ業界の救世主のような存在である。レコード会社のレコードの売り上げも、ここ数年低迷を続けてきたが、CDの出現のおかげで、総売り上げで約2%、ほんの少しではあるが前年増となっている。前年減のくり返しが続いたことを思えば、これは明るいニュースに違いない。
 エジソン以来100年余りのレコードの歴史の中で、このCDの登場は、アコースティックが電気に変わったこと以上に、画期的な技術革新と言ってよいものだと、ぼくは思う。いろいろな技術革新が続いた。蠟管から円盤、縦振動から横振動、機械録音から電気録音、SPからLP、モノーラルからステレオ、テープレコーダーの発明と普及etc、全て大きな技術革新と成果だが、それらがもたらしたショック以上に大きなショックを、CDの登場はもたらしたと思うのだ。しかし角度を変えて見れば、従来のイノヴェイションが、使い手側にとって、常にある程度のコンパチビリティをもってスライド式に発展出来たり、あるいは原理的には相似式記録方式……つまりアナログ方式の発展という形で推移したのに対して、CDはソフト、ハード共にコンパチビリティは全くなく、符号式記録……つまりデジタル方式という全く異なる原理の上に成り立つという純粋に新しい方式の登場であるだけに、混乱は少なかったともいえる。
 今まで、ハイファイオーディオのメインプログラムソースであったステレオレコード(アナログディスク)と並行してCDが存在することになったわけであり、すでに膨大なレパートリーとなったアナログディスクが、一挙に無用の長物になったわけではない。それどころか、アナログディスクのもつよさは、CDに対しても高く評価する人が大ぜい存在するし、オーディオホビィに関しては、アナログプレーヤーのもつ精妙な曖昧性が、人の頭と腕を使う領域を多く残し、知識や経験、そしてセンスの生かせる趣味の本質を包含する魅力において、優位性をもっていることも言えるだろう。
 何ら手を施す余地のないブラックボックス的存在のCDプレーヤーは、この点だけでは、たしかに面白くない存在である。CDプレーヤーの登場は明らかに、先進テクノロジーが現代文化に及ぼしている様々な諸現象と同質の影響をレコード音楽とオーディオの領域に持ち込んだものであり、全面的に美徳をたたえるわけにはいかない。しかし、この技術の成果は、さらに大きな可能性をもたらし、レコード音楽とオーディオのレベルを向上させたものであることは間違いないし、先述の、人の趣味性に関しても、新たな世界を創造する力を秘めているとも思われる。この面では現在は未だ、その発展の過渡期であると思うのである。
 CDおよびCDプレーヤーの、この4年間の推移を見ていると、たしかに急速に普及し、多くの音楽愛好家を楽しませているようだが、残念ながら、従来からの他のオーディオコンポーネントに比して、中級以下のものにメーカーの力が入り、ハイエンドユーザーの心や要求を満たす製品分野は弱い。そもそも、デジタルテクノロジーは、ちゃんと動作すれば出てくる音に違いは生じないという、浅はかな考え方が喧伝され過ぎたようである。そして、また、そこそこの機械から出てくる音の水準は、同クラスのアナログプレーヤーに比べれば、はるかに高く、作る側も使う側にも、これで十分というような安易な満足感が生まれがちである。メーカーにとってみれば、コストダウンが、アナログ系の機械のように、如実に音の悪さとして出てこないCDプレーヤーはありがい。なんといっても安いものは数多く売れる。質より量でいくほうが適した面のある製品ともいえる。高度なテクノロジーによる製品ではあるが、きわめて量産向きの製品でもあるので、こうした特質が、まず活用された。安い価格でクォリティのよい音をという大義名分と共に、価格蓉争という傾向にまっしぐらに向かってしまったようである。当然、熱心なオーディオファイルがこういう状況下におけるCDプレーヤーに満足するはずはなく、一部の真面目な音質追求派の人達の間においては、むしろCDへの反感さえ生まれたように思えるのである。本誌で、ぼくが訪問しているベストオーディオファイルの諸氏のような熱心なファンの間で、CDを取り入れている例は極めて少ないのに驚かされる。こうした、いわばオーディオファイルのエリート達のCDの所有率は数%であろう。CDの全般的な普及率からすると、異常に低いといってよいと思う。
 一方、ぼくを初め、ぼくの周囲のオーディオの専門家達の間では、100%の普及率といってよい。仕事上当然の事と思われるかもしれないが、必ずしもそうではなく、個人として楽しむ時間でも、CDをプレイすることが多いのである。アナログディスクとCDとの演奏時間の割合は、半々か、ややCDのほうが多いというのが実状だと思う。これに関して分析を始めると長くなってしまうのでやめておくが、CDの実体は、多くのオーディオファイルの間で正しく認知されていないことは確かである。それには、こうした熱心なオーディオファイルが、本気になって取り組む気を起こさせるCDプレーヤーが少ないことが、大きな原因の一つのように思うのだ。
 こうしたバックグランドの中で、期待を担って登場したのが、ここに御紹介するアキュフェーズのセパレート型CDプレーヤー、DP80とプロセッサーDC81のシステムである。アキュフェーズは今さら御説明するまでもなく、日本のアンプ専門メーカーとして、創業以来、質の高いオーディオ技術と、自らオーディオを愛してやまない信条の持ち主たちの集団により、数々の優れた製品を生んできた。量産量販の体質を嫌い、本来のオーディオのあり方を反映させるべく、生産販売一貫して専門メーカーらしい努力を続け、ファンの間で高い信頼をもって迎えられている。多くのメーカーが、大型化したことにより招いた諸々の問題点を教訓として、ユーザーと共に真にオーディオを楽しめるメーカーという印象をぼくは持っている。社長の春日二郎氏、副社長の出原眞澄氏をはじめ、社員全員がオーディオファイルという感じである。それでいて、立派に経営の基礎を作り、堅実に成果を上げていることが喜ばしい。単純にいって、社員一人当りの売り上げは大きく、効率のよい優良企業である。『自らが納得するものを作り、その製品の理解者に買ってもらう』という、メーカーとしての根本的な本質をわきまえた企業なのだ。売れるものだけを作る……、あるいは、売れないものでも売ってしまう……といった経営哲学がぼくは大嫌いである。もちろん、自らが納得するものという意味には幅がある。人様々、そして、その納得するものもまた様々であるからだ。
 こういうアキュフェーズからCDプレーヤーが出るという話を耳にして以来、ぼくは、ひたすら、その登場を待ち続けていた。2年にはなるだろう。アキュフェーズでは、CDが産声をあげた頃から、このシステムのもつ優れた特質に眼を向け、研究開発に怠りがなかったようだ。第1号機の本機の誕生には3年の開発期間をかけたそうだ。今春、初めて本機に接し、その音を自宅のシステムで聴いたのだが、一聴して、このCDプレーヤーのもつ音の品位の高さに胸を踊らせたのである。
 CDプレーヤーは、登場以来、当初の音は全部同じという前宣伝とはうらはらに、機種別の音のちがいに驚かされたものだった。そして、ほぼ半年おきに現れる新製品には明らかな音質改善が重ねられ、そこから、CDの音の大きな可能性を予感させられ続けてきたものだ。もともと、期待した以上に音がよかったというのも事実だが、それでも、初期のCDプレーヤーの音には、不自然でメカニカルな質感を強く感じたことが多かったものである。
 時を経るにつれ、各メーカーは、それぞれ独自の技術的な改良点をあげ、新製品をアピールし始めた。そのどれもが確かに音に現れ、音質改善の成果として認められたのである。あるメーカーは光学系にメスを入れ、別のメーカーはメカニズムの振動系に対策を施し、さらには、フィルター、コンバーター、ディグリッチャーなどのオーディオ回路に、あるいは基本的な電源や、伝送系のノイズ対策など、数えあげればきりがないほどの改良ポイントの発表があった。まさに各社各様、あちらこちらから、多くのアイデアが生まれ出てきたのである。この機械が、まあまあな音が出るという段階で見切り発車したものであることを証明するようなものだった。
「だから、いわないことじゃない。CD技術は十分研究所内で暖めて、もっともっと音楽再生装置としての微妙な点まで煮つめ、21世紀の新システムとして登場させればよかった。それまでは、世界のオーディオメーカー間のサミットで、現行のアナログで十分実をとるビジネスを続けるべきだ。しかも、アナログには、まだまだ技術開発の余地が大きく残されている。つまり、ビジネスとしても、技術開発としても、そしてユーザー達の幸せのためにも、そのほうがよい。そんなに急いでどこへ行く? 死に急ぐことはあるまいに……」
 これが、ここ数年間、ぼくが言い続けてきた言葉だった。だが、出てしまった以上、これは繰り言に過ぎない。繰り言をくり返しながら、ぼくは現実のCDとCDプレーヤーをアナログと並行して楽しみ、日に日によくなっていくこの世界の音の成果に、大きな期待を寄せてきたことも事実だったのである。
 このアキュフェーズのプレーヤーには、現時点までに各社によって試みられた多くの改良点と、音質の鍵となるポイントの攻めが全て盛り込まれているといってよいだろう。そして、それだけでなく、未だ、どのメーカーもがおこなっていない世界で初めての試みも見られる。つまり、アキュフェーズが独自に盛り込んだ努力だが、それらは、3年という開発期間をおき、よく技術の流れを観察し、情報を集め、音を聴き続けた成果にちがいない。アキュフェーズのCD開発室は賢明であった。そして多くのメーカーがやったように、他社へ製造を依頼してブランドだけをつけるというような商行為には眼も向けなかったのは立派だ。このメーカーとしては、そうする必要もなかったのだろう。自らが納得の出来るものを作るまで、じっくりねばっていたのである。
 それでは少し具体的に、このDP80/DC81コンパクトディスクプレーヤーシステムについて述べてみよう。
 まず外観から。シャンペンゴールドのアキュフェーズアンプと共通のパネル仕上げをもつ。どういうわけだか、黒パネルばかりのCDプレーヤーの中にあって、これは全く、そうした世間の動向に左右されず、しかも、堂々と自社のアンプとのシリーズ・デザインとしたところもこのメーカーらしい。プレーヤー部DP80を一目見れば、その操作系が、きわめてシンプルであることに気づくだろう。スイッチは最小限に整理され、プレイ、トラック、サーチ2個、ポーズ、そしてトレイのオープン/クローズだけである。ストップはトレイスイッチに兼用させているらしい。もちろん、これでは、あまりに機能がシンプル過ぎるが、実はたいへんな多機能である。それらの操作スイッチは、全て蓋つきのサブパネル内に収められているのである。これみよがしに10キーがずらりと並び、マイコンルックのプレーヤーが多い中で、このコンセプトはユニークであり、かつ、レコードを聴くものの心に寄り添う心配りとも感じられるのである。プロセッサー部DC81も同じデザインであるのはもちろん、両者共に、これもアキュフェーズ・イメージとして定着したパーシモンの側板つきである。
 プレーヤー部とプロセッサー部は、統一規格の75Ωフォノジャックで結合される他、専用のオプティカル・カップリングが設けられている。そして出力は50Ωのバランス型のキャノンプラグと、アンバランス型のフォノジャックが固定出力、可変出力の2系統、合計3系続設けられている。両方共、脚には真ちゅうムク材の削り出しが使われている。プレーヤー部はもちろん、リモートコントロールコマンダー付属である。どちらも重厚で剛性の高い作りと防振対策が入念に施され、目方は、並のCDプレーヤーより桁違いに重く、ずっしりとくる。見るからに高級プレーヤーとしての質感もあり、これならば、かなりのオーディオファイルにとって、第一関門をパスできる風格ではないだろうか。時間的に経済的に、そして情熱を傾けて完成したオーディオシステムのメインプログラムソースとして、チューナーかカセットデッキの安物と見間違うような軽薄なCDプレーヤーを組み込む気になれるはずがない。はっきり言って、ぼくのシステムのなかで49、800~69、800円のCDプレーヤーを常用しろといわれても無理である。価格だけにこだわるのは愚かかもしれないが、ものにはバランスというものがある。数百万円のシステムのメインプレーヤーが、49、800円とはいかないまでも10万円そこそこということに、何のアンバランスも感じないような人間がいるだろうか? もし、CDプレーヤーというものが、49、800円以上のコストは無駄で、よりよくしようがないとしても、本気になって使う気がしないだろう。ましてや現実はまだまだ音のよいCDプレーヤーを作り得る可能性がはっきりしているのだから。オーディオファイルの心を満たすCDプレーヤーは、必然性をもったハイ・プライス……つまり、内容、外観、価格が、自然にそのものの価値観とバランスする製品でなければならないと思う。この機械は、先ず、この第一の条件を適える製品として評価出来る。
 さて、中身についてだが、トレイの動作を含むアクセスは第一級と折り紙をつけてよい。出入りの速さ、フィーリング、アクセスタイムのスピードと確実性、そして、リニアモーター使用のレーザーピックアップ系、そのメカニズムは定評のあるS社製だろう。アキュフェーズからは確認がとれないが、まず間違いあるまい。現在、もっとも優れたメカニズムである。アキュフェーズのようなメーカーにとって、こうしたパーツが提供されることは幸せであり、提供したS社の姿勢も好ましい。ここ当分、このメカ系を世界の高級CDプレーヤー各社に提供することを勧めたい。と同時にまた、さらにこれを上廻るメカニズムの開発をも期待したいものだ。
 このシステムの最も特徴となるところはD/Aコンバーターである。CDプレーヤーの音質を左右するファクターは無数にあるといってよく、そのトータルバランスが音に出ると思われるが、デジタル信号をアナログ信号に変換するD/Aコンバーターが、中でも重要な位置を占めることは明らかである。本機では、16ビットのD/Aコンバーターを、既成のICを使うことなく、世界で初めて、ディスクリートによって構成した。これによって理論値に近い実動作の達成を目指したものである。これだけで音質を云々することは危険だが、このシステムの音質の優れた要因として、このコンバーターの存在は大きいものと思われる。
 また、アキュフェーズというメーカーは、アンプ専門メーカーであるが、チューナー技術に関して第一級のレベルを誇ってもいる。確かに、もともと同社の社長、春日二郎氏は、高周波専門の技術者であり、トリオ(現ケンウッド)の創始者である。そのバックグランドからして、アキュフェーズが優れたチューナーを作っていることは領けるであろう。こうした高周波チューナー技術のキャリアは、デジタル信号のもつVHF帯域の扱いに関して活きないわけはない。CDプレーヤーにとって、これらのデジタル信号の不要成分は全て有害なノイズであり、オーディオ信号を攪乱して音質劣化させる悪さをする。
 フォトカプラーや光伝送はそうしたことに対する方式として使われ始めたのだが、本機においても、その技術がよく生かされ、デジタル部とアナログ部は34個の高速オプト・アイソレーターによって電気的に分離されながら信号の伝送をおこなっているし、プレーヤー部とプロセッサー部にも標準仕様の同軸ケーブルの他に、専用の光伝送方式を採用し、ユーザーが選択使用出来るようになっている。他のプロセッサーとの組合せにはともかく、このシステムの結合には、光ファイバーによる場合のほうが音質的に優利であり、両者の比較をやってみたが、光ファイバー結合のほうが音に一種の滑らかさが感じられるようだ。
 D/Aコンバーターは左右独立、またその前に高域不要成分のカットに挿入されるローパスフィルターも、左右独立の2倍オーバーサンプリング方式のデジタルフィルターとしている。前段がデジタル・ローパスフィルターだと、カット周波数の下限が高くとれるため、サンプリングホールド後のローパスフィルターは負担が軽くなり、現在はデジタルフィルターが主流になっている。とはいうものの、後段のローパスフィルターは、スプリアス成分のカットという本来の目的だけではなく、フィルターによってアナログ信号の音色が異なるようだ。本機では、アクティヴタイプの9次バタワース型フィルターを採用している。リップルの少ないバタワース型で、9次のものを使って減衰特性を確保しているのであろう。
 他にチェビシェフ型、ベッセル型などのフィルターがあるが、この辺の選択は音質に対する鋭敏な耳で決めるのが最終的な決め手となるのではないだろうか。因みに減衰特性ではチェビシェフ型、位相特性ではベッセル型、帯域内リップルではバタワース型が優利ということになっている。
 なお本機のローパスフィルターは、ディスクリートで、その後にディエンファシス回路、バッファーアンプと続くが、そのゲインは0dBでDCカスコード・プッシュプルというアキュフェーズらしいもので、バッファーからの出力端子は直結である。
 電源部はデジタルとアナログはもちろん、LRも分離、またプリントボードもLR独立構成とするなど、内部の構成はきわめて整然として美しい。外観と内容がマッチしたオーディオファイルに認められる風格をもったCDプレーヤーシステムといえるだろう。
 ゴールデンウィークの期間、ぼくは自宅で、このCDプレーヤーシステムで数多くのCDを聴いた。音が分厚くて密度が高く、重厚である。それでいて、透明度が高く、聴感上のS/Nがすこぶるよい。面白かったのは、この艶と輝きやその質感は明らかにアキュフェーズ・アンプに一貫したものであったことだ。CDプレーヤーにも人が出る。メーカーが出る。全く他のオーディオコンポーネントと変わらない。実に興味深いことである。
 CDプレーヤーは音が冷たいとか、固いとか、あるいは、弦がキンキンしてメカニカルだといった声が聞かれる。しかし、このプレーヤーで聴いた、オリジナルがアナログ録音のレーグナ一指揮ベルリン放送管弦楽団のマーラーの交響曲第3番、第6番が入った3枚組のCDアルバムは、そんな風評とは無縁の素晴らしい音であった。この2曲はアナログディスクでも持っているが、このドイツ・シャルプラッテンの録音は、アナログ録音の最高峰といってよい優れたものだ。そこに聴かれる弦のしなやかでくすんだ音色の妙、ブラスの輝きと重厚さなど、各楽器の質感の再現は実に見事なものだ。そして、これがCDでもちゃんと聴かれたのである。
 改めて、最近SMEシリーズVを取り付けた、自宅のトーレンスのリファレンスで(カートリッジはオルトフォンMC20スーパー)、アナログディスクを聴いてみた。そして、CDがハイファイメディアとして素晴らしいものであることを再確認したのである。むろん、違いはなくはない。ノイズがちがうだけでも音色の印象は変わる。伝送系の違いがこれほどあって、寸分違わぬ音がするわけはない。しかし、CDは弦がキンキンするとか、何か情報が欠落するといったような表現は当たらない。CDで弦がキンキンするとしたら、まず、そのCDのオリジナル録音と製造プロセスを疑うべきだ。このマーラーのようにオリジナルの録音のよいものは、CDでもちゃんとよさが出る。次にその特定のCDプレーヤーの問題となる。たしかにプレーヤーによってはかなり大きな差があるのだから……。
 ごく限られた経験だけで、CDはこうだと決めるのは、乱暴過ぎる。情報が欠落しているようだというのもよく聞かれる不満であるが、これもー概には言えない。むしろ情報量が多いともいえるぐらいだ。だいたいにおいて、情報が欠落しているという人の多くは、アナログディスクが、再生系の機器を含めて創生する、情報ノイズや位相差成分などの、微妙な歪に慣れ親しんでいる場合が多いようである。しかもそれが、情緒性としてその人にとって美しく快いとあれば、否定し去るわけにはいかないのが、この世界の面白さであり難しさでもある。
 こんなことを書いて憚らない気にさせてくれたのが、このアキュフェーズのDP80とDC81のCDプレーヤーシステムであった。
 CDの世界は、オリジナル録音から再生システムまでの全プロセスにおいて、今後、まだまだよくなる可能性をもっている。