Category Archives: 海外ブランド - Page 45

最新セパレートアンプの魅力をたずねて(その16)

瀬川冬樹

ステレオサウンド 52号(1979年9月発行)
特集・「いま話題のアンプから何を選ぶか」より

 ここまで触れたアンプはオースチンTVA1を除いてすべてアメリカ製であった。これ以外にも、アメリカ系の音をかなりまとめて聴いている。そのあとに、突然QUADが鳴った。その瞬間、あ、これはもうどうしてもアメリカでは鳴らせない音だ、と思った。
 QUADから♯405が発売されてからもうずいぶん経っている。最初の頃は405に組合わせるプリが出るものと期待したが、一向にその気配もない。ピーター・ウォーカー(QUADの創設者、現会長)に、そのことを質問すると、「♯33の音でどこか不満か?」逆に質問されて、ぐっとつまった話はもう以前にも書いたが、しかし♯44が発売されてみると、どうやら我々はP・ウォーカーにすっかりとぼけられていたらしい。実は昨年の秋のオーディオフェアの頃、来日したKEFのレイモンド・クックからは、QUADが新型のプリを作っている、という情報を聞いていた。ともかく、いかにもQUADらしいのんびりした製品開発だが、しかし鳴ってきた音は、なるほど、と唸らせるだけのことはあると思った。
 ♯44と♯405の音は、従来のQUADと同じく、どちらかといえば骨細だし、スケール感も決して堂々たるといった感じにはならない。どこか小じんまりとして、ひっそりしている。けれど、この音が鳴っていると、しぜんに、レコードもモーツァルトや、フランス近代や、室内楽などに手がのびる。そしてまたそういう曲への期待を裏切らない音がするし、そのままずっとテストをやめて音楽に身をゆだねたいという気持になってゆく。こういうしっとりした味わいは、アメリカのアンプのどれを持ってきても決して聴くことができないというのが実にふしぎだ。そしてQUADの音をしばらく耳に馴染ませてしまうと、いったい何を好んでアメリカ製のあの高価で大げさなアンプに灯を入れて、スペクタルなサウンドを鳴らす必要があるのだろう、という気分になってくる。なにしろ、レコードを次から次へとかけかえ、トーンコントロールなども適度に調整しながら、音楽をしばらく聴きふけりたいと思わせたのは、今回、QUADとマッキントッシュと、それにさっきのC240+TVA1の三機種だけだった。そしてマッキントッシュは、アメリカ製とはいうもののむしろこんにちのアメリカの高級アンプの水準からみれば、ひかえめなほどひとつの枠の中で世界をきずきあげていることを思うと、結局、音楽を楽しむためのアンプというもののありかたを、もういちど考えさせられてしまう。
 だがそうはいっても、それならお前、いますぐマーク・レビンソンその他の大型アンプをきっぱり捨てて、QUADか、せいぜいマッキントッシュの世界に切りかえられるか、と問いつめられたとしたら、やっぱりそれはできそうもない。せめてC240+TVA1なら、けっこう満足するかもしれない。ただ、TVA1のあの発熱の大きさは、聴いたのが真夏の厚さの中であっただけに、自家用として四季を通じてこれ一台で聴き通せるかどうか──。
 そう思いながら、しかしQUADやマッキントッシュの完結した小宇宙は、ひどくわたくしを誘惑する。いまある装置を一切放り出して、ギリギリに切りつめた再生装置一式を揃え直して、もう音うんぬんを考えるのをやめて、楽しくレコードを聴きたいという気持に襲われる。夏の疲れのせいばかりではない。やはりわたくしの中に、こういう簡潔な装置にあこがれる気持が、昔から一貫して流れつづけているらしい。

最新セパレートアンプの魅力をたずねて(その15)

瀬川冬樹

ステレオサウンド 52号(1979年9月発行)
特集・「いま話題のアンプから何を選ぶか」より

 アムクロンは、かなり早い時期に大出力のDCアンプ、DC150で日本にも知られている。しかし初期の製品は、アメリカのPA用ハイパワーアンプの例によく見受けられるように、1ワット以下での日本の愛好家の多くの常用パワーでは、むしろ歪が多く、音のキメが粗くて過程での音楽鑑賞用という感じではなかった。IOCという名で改良されてからのモデルにはその弱点が薄れて、これは立派に現代の尖端をゆく優れたパワーアンプだという感想を持った。そして今回はさらに新型のプリとメインになって試聴に登場した。ただひとつ、しかし最も特徴的であるのは、この最新の電子式コントロールアンプにはフォノイクォライザーが組み込まれていない点で、そのことからみても、このアムクロンが、ここ数年来アメリカではPA用としてつとに名を高めていることと考えあわせて、一般的なレコード鑑賞用のアンプとして企画されたのではないことがはっきりといえる。それでいて、音の質は、鑑賞用として聴くに耐えるだけの磨かれた美しさを持っている。そしてこの音にはわたくしは相当に好感を抱いた。
 それは、プロ用として堅実に徹した音だけが持つ爽快感とでもいったらいいだろうか。本質的に音が乾いている。つまり鳴ってくる音にうじうじした湿り気がない。言いかえればどこかあっけらかんとした明るさがあるのだが、しかし、コンシュマー用のアンプのある種の製品によく聴かれる、聴き手への媚がない。あるいはことさらの音の誇示または顕示がない。聴かせてやろう、とか、こう聴かせたらお前らしびれるだろう、的な悪い作為がまったく感じられない。ただ正確に、安定に、電気的性能をきちっとおさえて作った、という印象で、そこが聴いていてまことに爽やかである。パワーを上げても音の腰の坐りがよく、安定感があって危なげが少しもない。コントロールファンクションをいろいろいじってもよくこなれているのは、プロ用としては当然だろうが、ボタンに触れるだけで音量が増減し、デジベル数値がディジタルで表示されるボリュウムコントロールの感触も楽しい。まあ、どことなく「クロウトさんのお使いになるアンプ」といったイメージがあるが、しかしこういう中庸を得た媚のない音の快さというものは、近ごろあまり聴くことができなかったように思う。

最新セパレートアンプの魅力をたずねて(その12)

瀬川冬樹

ステレオサウンド 52号(1979年9月発行)
特集・「いま話題のアンプから何を選ぶか」より

 ところで、ML6の音は良いと思い、ML2Lの音にまた感心し、両者を組合わせたときの音の素晴らしさに惚れ込みながら、しかしその音だけでは十全の満足が得られないように思われる。それは一体何だろうか。
 おそらく、音の豊かさ、それも、豊潤(あるいは芳醇)とか潤沢とか表現したいような、うるおいも艶もそして香りさえあるかのような豊かさ。光り輝くような、それも決してギラギラとまぶしい光でなく、入念に磨き込まれた上品な光沢、といった感じ。
 そんなリッチな感じが、レビンソンの音には欠けている。というよりもレビンソン自身、そういう音をアンプが持つことを望んでいない。彼と話してみてそれはわかるが、菜食主義者(ヴェジタリアン)で、完璧主義者(パーフェクショニスト)で、しかもこまかすぎるほど繊細な神経を持ったあの男に、すくなくとも何か人生上での一大転換の機会が訪れないかぎり、リッチネス、というような音は出てこないだろうと、これは確信をもっていえる。
 いわゆる豊かな音というものを、少し前までのわたくしなら、むしろ敬遠したはずだ。細身で潔癖でどこまでも切れ込んでゆく解像力の良さ、そして奥行きのある立体感、音の品位の高さと美しさ、加えて音の艶……そうした要素が揃っていれば、もうあとは豊かさや量感などむしろないほうが好ましい、などと口走っていたのが少し前までのわたくしだったのだから。たとえば菅野沖彦氏の鳴らすあのリッチな音の世界を、いいな、とは思いながらまるで他人事のように傍観していたのだから。
 それがどうしたのだろう。新しいリスニングルームの音はできるだけライヴに、そしてその中で鳴る音はできるだけ豊かにリッチに……などと思いはじめたのだから、これは年齢のせいなのだろうか。それとも、永いあいだそういう音を遠ざけてきた反動、なのだろうか。その詮索をしてみてもはじまらない。ともかく、そういう音を、いつのまにか欲しくなってしまったことは確かなのだし、そうなってみると、もちろんレビンソン抜きのオーディオなど、わたくしには考えられないのだが、それにしても、マーク・レビンソンだけでは、決して十全の満足が得られなくなってしまったこともまた確かなのだ。
 それならそういう音を鳴らすアンプが現実にあるのか──。

最新セパレートアンプの魅力をたずねて(その11)

瀬川冬樹

ステレオサウンド 52号(1979年9月発行)
特集・「いま話題のアンプから何を選ぶか」より

 さて、ここにこれも新型のML3(パワーアンプ)を持ってくるとおもしろい。いままでの話は、パワーアンプにML2Lまたはその他のメーカー製品を組合わせていたときのことだが、ML6とML3の組合せでは、どこか頼りないというあの感じがいっそう際立ってくる。全体に柔らかく甘い雰囲気が漂っていて、LNP2L+ML2Lのようないくぶん硬質のピシッと締った音とはかなり傾向を異にしている。したがって、ヴァイオリンのソロなど、それもやや硬めに録音されたレコードなどでも、高域がことさらきつくなるようなことがない。ただ、ジャズ等の場合でのドラムスやスネアの、打音の力感、あるいはスネアドラムの引締った乾いた音を求めて聴くときには、ML3ならむしろLNPでドライヴしたほうがピントが合ってくるし、逆にML6のどこまでもこまかく切れこんでゆく解像力を生かすのなら、パワーアンプはML2Lのほうが正解ではないかと思う。
 言うまでもなくML2Lは純Aクラス・モノーラル構成で公称25ワット、ML3はABクラスのステレオ構成で公称200ワット。この両者を比較すれば、ML3のほうがよほど力のあるアンプのように思えるが、現実に鳴ってくる音はどちらかといえばむしろ逆で、ML2Lの力感は音を聴いているかぎり25ワットの出力などとは(輸入元の話では最近のモデルは50ワット以上出ているそうだが、それにしても)とうてい信じ難い。引締った打音の迫力や、ぜい肉を少しもないしかし徹底的に鍛えた筋力をみるようなしなやかな力感は、さすがと思わせる。一方のML3は、200ワットという出力への期待の割には、低音域での力を露に感じさせない。その点ではML2Lのほうが、コリコリと硬質の低音を聴かせるのにML3の低音は、芯をほぐして量感をややおさえる感じだ。つまりレビンソンに関する限り、小出力のML2Lのほうが総体に硬めの音がして、大出力のML3のほうが柔らかく、弦やヴォーカルの滑らかな感じが一見よく出るかに思わせる。
 LNP以来レビンソンの音を気に入って愛用しているひとりとして、現時点でどれをとるかといわれれば、ML6+ML2L(×2)ということになりそうだ。この組合せが最も音の透明度が高く、そしてML6がML2Lの内包している音の硬さを適度にやわらげてくれる。ML6のコントロール・ファンクションの全くないこと、そしてボリュウムなどが連動しないモノーラル構成のためやや扱いにくいこと、はこの際言ってもはじまらない。わたくし個人はトーンコントロールのないプリアンプはレコードを聴く側として大いに不満なのだが、しかしML6の音の透明感は、そうしたコントロール・ファンクションを省略したからこそ得られたものにちがいないことが、音を聴いて納得させられてしまう。その点、従来からあったいくつかの内外のプリアンプが、トーンコントロール類を省略してもなおかつ、LNPの透明感にさえ容易に及ばなかったのにまさに雲泥の相違といえるだろう。それにしてもML6は、手もとに置いて永く使っていると、その音質にますます惚れ込んでゆきながら、それと反比例してコントロール類のいじりにくさ、少なさに、次第に欲求不満がこうじてきそうな気がするのはわたくしひとりだろうか。しかし音が良い。困ったものだ。

最新セパレートアンプの魅力をたずねて(その10)

瀬川冬樹

ステレオサウンド 52号(1979年9月発行)
特集・「いま話題のアンプから何を選ぶか」より

     *
 レビンソンは、最初LNP2とJC2という二種類のプリアンプと、MCヘッドアンプしか発売しなかったから、せっかくのLNP2の透明な音質を生かすために、パワーアンプにはずいぶん迷った。エクスクルーシヴのM4をやや長いあいだ聴いているうちにSAEのMARK2500を聴く機会があった。このパワーアンプは、300W+300Wという大出力ながら、それ以前のアメリカの大出力アンプに共通の、弱音での音のにごりや汚れの感じられない点に好感を持ったが、それよりも、LNP2と組合わせたときに、MARK2500の、どちらかといえば手綱をゆるめた感じの低音、それゆえのふっくらした豊かな鳴り方、が、LNPの、というよりレビンソンの本質的に持っている線のやや細い、いくぶん冷たい音質をうまく補ってくれて、総合的にとても良い組合せだと感じた。MARK2500のごく初期のサンプルを知人がいち早く購入してその音の良さは知ってはいたが、決して安くはないので少々ためらっていたところ、本誌特別増刊のアンプ特集号(昭和51年/1976年)の試聴で、その当時気になっていたいくつかのアンプと比較しても、LNP+SAEの組合せに感じていた好ましい印象は全く変らなくて、少なくともわたくしにとっては最良の組合せに思えたので、MARK2500を購入。この組合せが、永らくわたくしの愛機でもあり比較のときの標準尺度ともなっていた。レビンソンからは、やがてML2Lが発表された。聴けば聴くほど、その音の透明でどこまでも見通しのよい感じの解像力の高さや、ひずみ感の全くない音の品位の高い美しさに惹きつけられた。反面、LNPと組合わせたときに、とうぜんのことながらレビンソンの体質そのものとでもいいたいような、いくぶんやせすぎの、そしてどこか少々強引なところも感じられる音を、果して自家用としたときに永く聴き込んでどうなのか、見きわめがつかないまま、購入を見送っていた。わたくし個人には、やはりSAEと組合わせたときの音の豊かな印象のほうが好ましかったからだ。
 昨年の暮に新しいリスニングルームが完成し、音を出しはじめてみると、こんどは残響を長く、部屋の音を豊かにと作ったせいか、SAEの鳴らす低音を、心もちひきしめたくなった。そこで試みにML2Lを借りてきてみると、以前よりは気にならないし、なにしろその解像力の良さはどうしても他のアンプでは及ばない。それでML2L×2も自家用のラインに加えて、ここしばらくは、組合せをときどき変えながら様子をみてきた。
 そこに今回の試聴である。
 新型のプリアンプML6Lは、ことしの3月、レビンソンが発表のため来日した際、わたくしの家に持ってきて三日ほど借りて聴くことができたが、LNP2Lの最新型と比較してもなお、歴然と差の聴きとれるいっそう透明な音質に魅了された。ついさっき、LNP(初期の製品)を聴いてはじめてJBLの音が曇っていると感じたことを書いたが、このあいだまで比較の対象のなかったLNPの音の透明感さえ、ML6のあとで聴くと曇って聴こえるのだから、アンプの音というものはおそろしい。もうこれ以上透明な音などありえないのではないかと思っているのに、それ以上の音を聴いてみると、いままで信じていた音にまだ上のあることがわかる。それ以上の音を聴いてみてはじめて、いままで聴いていた音の性格がもうひとつよく理解できた気持になる。これがアンプの音のおもしろいところだと思う。
 ともかくML6の音は、いままで聴きえたどのプリアンプよりも自然な感じで、それだけに一聴したときの第一印象は、プログラムソースによってはどこか頼りないほど柔らかく聴こえることさえある。ML6からLNPに戻すと、LNPの音にはけっこう硬さのあったことがわかる。よく言えば輪郭鮮明。しかしそれだけに音の中味よりも輪郭のほうが目立ってしまうような傾向もいくらか持っている。

最新セパレートアンプの魅力をたずねて(その9)

瀬川冬樹

ステレオサウンド 52号(1979年9月発行)
特集・「いま話題のアンプから何を選ぶか」より

 先ほどもふれたアメリカのオーディオ機器の一時的な衰退あるいは不毛から脱出するきっかけを作ったのは、アンプの分野ではマーク・レビンソンの出現であったことに異論はあるまい。レビンソンは、1973年に、彼の最初の市販品LNP2型コントロールアンプを発売している。この製品が日本に広く知られるのは1976年以降のことになるが、永いあいだ、真の意味での優秀なオーディオアンプが誕生しなかったアメリカで、LNP2以後、続々と若い世代がアンプメーカーを興しはじめて、それらのほとんどが、スペック(規格)を発表する際に『レビンソンと比較して……』といった表現をとっていたことから、逆に、レビンソンの性能がいかに大きな影響を及ぼしたかが伺い知れる。
 LNPを最初に自宅で聴くことができたのは、1975年だった。この試聴はそして、マランツ、JBL、マッキントッシュ以来、絶えて久しくおぼえたことのなかった驚異をもたらしてくれた。JBL以後の新しいトランジスターアンプへの永いあいだの疑念を、LNP2は一挙に拭い去ってくれた。かつてあれほど、JBLの透明な解像力の良さに驚かされたはずなのに、LNP2を一度聴いたあとでは、JBLでさえすでに曇って聴こえた。電子工学の進歩を、ほんとうに思い知らされた。だが、SG520の発売が1963年。すると、マーク・レビンソンまでの10年ものあいだ、SG520は、トランジスター・プリアンプの王座を保ち続けたことになる。これもまた、たいした偉業と言ってよいだろう。
 さて久々に良いプリアンプにめぐり会って、わたくしの衝動買いの癖はたちまちLNP2を手に入れたが、実はこのコントロールアンプくらい、発売以後いろいろと手が加えられ、音質の改善されている製品も珍しい。LNP2がLNP2Lとなり、その後電源が新型のPLS153Lに改善された、という程度にしか、外観からの変化は見つけにくい。だが、実際には、増幅素子のオペアンプ・モジュールの変更、プリント基板やボリュウム・スイッチ類の改善、その他のこまかな改良等、LNP2の音質はずいぶん変化している。そして、改良のプロセスごとに、音質はいっそう透明度を増し、聴感上の音のひずみや濁りが減少して美しい音質にはいっそうの磨きがかけられてきた。我が家のLNP2も、やがてLNP2Lとなり、最近になって新電源つきの新製品にと、つごう三回、交換されている。もともとやすくないアンプだが、だからといって、一旦改良型の音を耳にしてしまうと、多少の無理をしてでも交換したくなるというのが口惜しいところだ。

SAE

SAEの広告(輸入元:RFエンタープライゼス)
(スイングジャーナル 1979年7月号掲載)

SAE

SUMO THE POWER

SUMOのパワーアンプTHE POWERの広告(輸入元:バブコ)
(スイングジャーナル 1979年7月号掲載)

SUMO

KEF Model 103

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 いかにも英国の代表的スピーカーの音という感じの、輪郭の明快なサウンドが得られる2ウェイシステムだ。私の感覚ではちょっと小骨っぽいという印象だがそれだけ芯がしっかりしているともいえるわけで、むだなたるみのないすっきりとした端正な音が聴かれる。英国のオーケストラのサウンドにも共通するものといえる。

セレッション UL6

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 先ほどの分類からすれば後者に当る。本格的ホーンシステムの小型版のような音をもっている。ユニークな設計がなされたもので、音にもたつきがない。

アルテック Mantaray Horn + 817A System

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 大容積のホールなどで鳴らすべきシステムである。いかにもアルテックらしい本当の意味でのパブリックアドレスシステムといえよう。

UREI Model 813

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 武骨なスタジオモニターながら実に堂々たるアメリカンサウンドを聴かせてくれる。アルテックの音には違いないが、高域の歪感のなさは、確かにリファインされたモデルといってよい。

ロックウッド Major

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 タンノイの38cmHPD385Aを使ったシステムながら、オリジナル・タンノイとは一味違った雰囲気を再現する。より明快に音が立ち、低域も引き締っている。タンノイユニットの優秀さがマニアライクに仕上げられたシステムだ。

ヴァイタヴォックス Bitone Major

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

一種独特な雰囲気をもっている。同社を代表するスピーカーの一つだけに、相当高度なところで聴き手の嗜好と可能性を問われる、本格的大型フロアーシステムである。

JBL L300

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 同社の3ウェイモニタースピーカー4333Aに相当するユニット構成をもつシステムだけに、本格的なJBLシステムの良さを十分にもった、ワイドレンジな、優秀なスピーカーの代表といってよい。

マッキントッシュ XR7

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 マルチウェイ・マルチユニットの行き方をしたスピーカーとして、地味ながら聴くほどによさのわかるスピーカーといえる。優れた指向性と平均したエネルギーバランスの良さが素晴らしい。

セレッション Ditton 11

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 同社独自のABR(ドロンコーン)をもたない密閉型の2ウェイシステム。小型ながら明快な音楽表現力をもっていることが特徴だ。

ブラウン L100

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 西独ブラウンのスピーカーは、あくまで家庭内での音楽再生ということを基本に開発され、その範囲内での巧みな音のまとめ方がなされている。このL100もそういう意味で、相当主張の強い音だが音楽が説得力をもって生き生きと鳴るスピーカーシステムである。

ヴィソニック David 502

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 ミニスピーカーとして定評のあったダヴィッド50のタイプIIにあたる製品で、ミニスピーカーながら個性的なうまい音楽のまとめ方をする、聴きごたえのある再生音を聴かせてくれる。

ジョーダン・ワッツ Jumbo

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 高さ42cm、奥行約9cmと薄型コンパクトにまとめられたスピーカーで、同社のモジュールユニット一発のみというシンプルな構成になっている。キメの細かい輝かしい音が特徴で、見た目のようにカラリングが強いが、いかにも英国らしい粋なスピーカーだ。

ロジャース LS3/5A

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 小型モニタースピーカーだが、本格的音のイメージをもっている。しかるべき音量で鳴らす分には、質のいい歪みの少ない音が得られる。

B&W DM4/II

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 ピリッとどこかにからしのきいた、きちっとした輪郭をもちながら音楽を豊かに再生する。しかし、大型スピーカーのような大音量再生には不適当だ。

KEF Model 104aB

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 20cmウーファーと独特の楕円型ドロンコーン、ドーム型トゥイーターをもつ2ウェイシステムで、端正なまとまりの中に芯のしっかりした音をもっている。

フィリップス RH541

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 MFBを利用したパワーアンプ内蔵の小型システムだ。プリアンプ一台とソース系があればローコストシステムが構成できる点もメリットで、ヨーロッパのスピーカーらしい一つの味わいがある。

セレッション Ditton 15XR

菅野沖彦

ステレオサウンド 51号(1979年6月発行)
特集・「評論家の選ぶ’79ベストバイ・コンポーネント」より

 同社のスピーカーには、独特の豊かさを感じさせるものと、明るく軽快な、ちょっとホーンスピーカーを思わせるようなふっきれた音のものとの二つの大きな流れがあるが、これはどちらかというと前者の暖かいふくよかな音をもっている。洗練された音が魅力。