井上卓也
ステレオサウンド別冊「世界のオーディオブランド172」(1996年11月発行)より
プロジェクトT1は、超高級機を基本的に一人の技術者が開発するという、ソウル・B・マランツ氏の製品づくりを現在にリバイバルした開発で、現社長の株本辰夫氏の、いわば独断と偏見に満ちた原点復帰の大英断により開発が始まった。日本のオーディオ史上でも、ヤマハの巨大フロアー型システムで、プリアンプまでシステム構成化したGF1のプロジェクト以外に類例のないものであろう。
管球式パワーアンプの原点に帰り、最も音質的に優れた直熱型3極管300Bと、大型送信管の形態をもつがA級増幅用に特別に開発された845が、現在主に中国で再生産されていることを基盤にした開発である。
非常にユニークな点は、通常は出力管としての使用例が多い300Bを、初段と2段目にトランス結合でプッシュプル、つまりバランス型アンプ構成とし、終段を845PPにしていることだ。また整流管には、このクラスともなれば水銀蒸気整流管が使われるが、このタイプ固有のノイズ発生を避けるために、あえて845を2極管接続として使用した、細心の注意を払った設計となっている。
一般的に見逃されやすいが、本機は入力・段間の2段と出力にトランスを採用したトランス結合型である。見掛け上、真空管が増幅していると誤解されているが、増幅率の極めて低い300Bはほとんどど増幅率を持たず、単純にインピーダンス変換器としての動作をしており、増幅度のほとんどすべてをトランスによる昇圧比で得ていることが、このモデルの最大の特徴だ。これは、類稀な音質の優れたアンプであることの所以でもある。
直熱3極管のヒーターは、すべて定電流型電源によるDC点火だ。これは、定電圧型に対して、真空管生産のバラツキが吸収され、ヒーターを定常状態とすることが可能というメリットがある。なお、前段用300Bの高圧電源にも整流管5U4Gを使用、ヒーター整流回路のダイオードや制御回路のノイズ対策は万全を期した設計だ。
このプロジェクトT1は、感度87dBで超重量級ウーファーコーン採用のB&W801S3を軽々と鳴らす。重さ、鈍さが皆無で、ゆったりと余裕をもって鳴らし、かなりのピークレベルにも対応する。このアンプは、真空管、半導体のいずれをも超えた、今世紀最後を飾るオーディオの歴史に残る金字塔を、マランツ・ブランドは再び築いたという印象の、感嘆すべきモデルである。
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