日本のオーディオ界と欧米オーディオ界との交流が少しずつ密になるにつれて、私自身も海外のオーディオ専門家と直接合って、彼らの意見を聞き議論する機会が増えはじめた。そして驚いたことは、アメリカやイギリスやその他の欧州諸国のオーディオの専門家たちが、「日本のスピーカーの音は非常に個性的だ」と、まるで口をそろえたようにいうことだった。
 どんなふうに個性的かを、とても具体的に語ってくれたのは、例えばアメリカの業界誌『ハイファイ・トレイドニューズ』の編集長、ネルソンだった。彼はこういった。
「はじめて日本製のスピーカーの音を聴いたとき、私の耳にはそれはひどくカン高く、とても不思議な音色に聴こえた。ところがその後日本を訪問して、日本の伝統音楽(例えばカブキ)や日本のポップミュージック(演歌など)を耳にしたとき、歌い手たちの発声が日本のスピーカーの音ととてもよく似ていることに気づいて、それで、日本のスピーカーがあんなふうに独特の音に作られている理由がわかったように思った。だが、日本のスピーカーが欧米に進出しようとするなら、欧米の音楽が自然な音で鳴るように改良しなければならないと思う」
 全く同じ意味のことを、イギリス・タンノイの重役で、日本にも毎年のように来ているリヴィングストンもいう。「日本のスピーカーは、日本の伝統音楽や日本のポップミュージックを再生するために作られているように私には思える。だが、もしも西欧の音楽(クラシックでもポップスでも)を、われわれ(西欧の人間)が納得するような音で再生するためには、日本のスピーカーエンジニアたちは、西欧のナマの音楽を、できるだけ多く聴かなくてはならないと思う」
 同じくイギリスのスピーカーメーカー、KEFのエンジニアであり社長であるクックは、もっと簡単に「日本のスピーカーの音はとてもアグレッシブ(攻撃的)だ」とひとことで片づける。
 これらの話は、もうあちこちで何度も紹介したのだが、しかし、彼らのほかにも、私が会えた限りの欧米のオーディオの専門家の中に、日本のスピーカーの音を「自然」だという人はひとりもいなかった。
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 ところで誤解をしないでいただきたいのだが、この例は、なにも、日本のスピーカーの音が「悪い」といっているのではない。自分の匂いが自分にはわからないと同じように、日本人の大多数の耳には、そんなクセがあったり固有の音色があったりするとはとうてい思えない日本のスピーカーの音も、外国人の耳には、とてもユニークな、日本独特の(ときには「不思議な音」と形容されるほどの)変わった音にさえ聴こえる、ということを、一応知っておいていただきたかったからだ。
 そして、前項以前の話を思い出していただきたいのだが、アメリカ東海岸のスピーカーの説明の中で、私は何度も、東海岸独特の、とか、地方色(ローカルカラー)とさえ、表現した。そのアメリカ東海岸の、例えば少し以前のKLHやARのスピーカーの音は、それを作っているアメリカ人(東海岸の)の耳には、少しも独特でなく、逆にその音こそ最も「自然」で「素直」に聴こえているのだ。その証拠に、アメリカ東海岸の関係者の幾人かに、東海岸のスピーカーの音が「独特」だと私がいっても、彼らはキョトンとするか、それとも「やっぱりお前ら日本人の耳はずいぶん違う」という意味の答えが返ってくるか、どちらかだった。
 それぐらい、ひとつの地域、ひとつの国、ひとつの風土で生まれ、育った人たちに、彼ら自身の匂いを理解させることは難しい。というより、それを完全に理解させることは不可能に近いかもしれない。
 自分自身の匂いをほんとうに理解するには、自分がT他人Uに生まれ変わるしかないと同じように。