その問題とは、アームの慣性質量をある程度以上軽くできないこと、だ。
図1のAとBを比べてみる。Aは、ヘッドシェルやカートリッジが比較的重く、Bは軽い。ただし、A、Bどちらも、針圧は例えば同じ一・五グラムに調整したい。すると、アーム後部のオモリの大きさも、先端部の重さに比例して図のように、Aは重く、Bは比較的軽く、という形になる。
針先が静止している状態では、どちらも同じ一・五gの針圧がかかっているから、オモリが大きかろうが重かろうが、A、B両者は一見したところなにも変わらない。
けれど、回転しているレコードの上を針先がトレースしてゆくとき、現実のレコードは完全な平面ではなく、反ったりうねったり偏心したりしているから、針先は、ポンと上に跳ね上げられたかと思うと、こんどは逆に谷間に落とされ、また偏心によってアームの先端部は左右に細かくゆすられる。
演奏中のアームをよく観察してみれば、先端部は上下左右に細かく震えていることがわかる。いったんある方向に運動の力が加えられたとき、全体に重いアームのほうが、動きにはずみがついて、もとの位置に戻るまでに時間がかかる。
誰も乗っていないブランコを、急に動かしたり止めたりすることは容易だが、人が乗ったブランコは、いったん動かすとはずみがついてしまい、逆の方向に動かそうとしたり急に止めようとしたりすることが難しい。
アームの先端に取り付けられてレコードをトレースしているカートリッジが、針先の動きの柔らかいいわゆるハイコンプライアンス型であるほど、右の現象は悪い影響を及ぼす。
レコード面の凹凸の大きい場合、急に落ち込むときは図2Aのようにアーム先端がその急な動きについてゆくことができずに、針先は通常の位置よりも針圧が軽くなったような形になり、また急に凸部が来て先端部が持ち上げられようとしたときは、逆にBのように針先がボディにメリ込むように、つまり針圧が急に重くなったように、それぞれ動作する。
レコード面の凹凸にともなって針圧が増減しているような動作をさせられるのだから、カートリッジはたまったものではない。
ただ、こういう影響は、針先の動きの極度に柔らかいハイコンプライアンス型のカートリッジに対して問題なので、針先の動きの比較的硬いカートリッジの場合には、針先はアームの動作に逆らって勝手に浮き上がったり沈んだりすることが少ない。つまりアームの重いことが悪影響になりにくい。それどころか、あまり軽いアームでは低音が出にくくなることがある、などと、逆に軽くすることの弊害を生じたりする。
改めて断るまでもないことだが、ここでいう針先の柔らかさ、とは、針先を指などで動かしてみたときのそれとは直接の関係のない、コンプライアンス、あるいは機械インピーダンス、針先の実効質量、などいくつもの項目から定義される性質のものなので、簡単には見分けが難しい。
ただ、きわめて大まかないい方をすると、いわゆる軽針圧型の(針圧一グラム近辺を指定している)MMおよびIM型の系統のカートリッジには、アームを軽量化する方向が望ましい。
しかし、針圧一・五グラム以上を指定するMM系、および大半のMC型カートリッジに対しては、アームのことさらの軽量化はかえってよくないことが多い。
これはあくまでもやや乱暴に近い大まかな分類法だが……。