トーンコントロールと、その関連であるラウドネスコントロールの話で、だいぶ長いことページ数をついやしてしまいました。そろそろ、別のコントロールの方へ話題を移そうと思います。
 別の話題、とは言ったものの、これから述べるフィルターは、アンプの周波数特性をコントロールするという意味からは、やっぱり、トーンやラウドネスの親せき、と言えないこともありません。

フィルターとは何か?
 私たちの身の回りにも、フィルターと名のつくものは、いろいろあります。たとえば茶こし、コーヒー・フィルター、エアー・フィルター、カメラのレンズのフィルター、等々。
 フィルターとは、じゃまものを取り除いて、目的物だけ取りだすためのもの。アンプについているフィルターも、まったく同じです。
 では、音のじゃまものとは……?
 たとえばテープヒス。レコードの針音(スクラッチノイズ)。FMを受信するときの、サーッという雑音。あるいはフォノもノーターのゴロゴロと低い回転音……。音楽を聴くとき、スピーカーからは、こういう雑音がいっしょに聴こえてきます。この、音楽の背景にあるノイズ――雑音――を取り除こうというのが、アンプのフィルターの役割です。

楽音と雑音は区別できない?
 雑音だけをきれいに消して、目的の音楽だけを美しい音で聴きたい。これは簡単なようで、実は大へん難しいことなのです。たとえばコーヒーのフィルター。紙や布で出来ていて、コーヒーをそこでストップさせて、おいしいコーヒーだけを飲むことができます。コーヒーや紅茶の場合なら、一方は粉であり細かいお茶の葉のような個体であるのに対して、飲むお茶の方は液体、というように、形が全然違いますから、フィルターはその両者を選別するという形で有効に働きます。エア・フィルターのようなものも、一方は気体であり他方はゴミという個体ですから同様。
 ところが、音の場合には、音楽と雑音の両者は、その組成がほとんど同じようなもので、再生装置のどの部分でも、音楽と雑音とを完全に弁別することができません。
 そりゃおかしいじゃないか、と皆さんは言われるかもしれない。音楽が鳴っているとき、サーッという雑音は音楽とははっきり聴き分けられるじゃないか。レコードの針音だったら、あのパチッパチッというスクラッチノイズと、音楽とは、あれはもう全然別ものだよ。
 まったくそうですね。耳で聴けば、誰だって聴き間違えなどしない音楽と雑音。ところが、機械にはその両者の区別がほとんどできないのです。音楽と雑音の区別が機械にはできないのですから、雑音だけをふるい分けて、音楽だけをクリアーに取り出すなどということは、将来はわかりませんが、いまのところは絶対不可能です。
 ともかく、フィルターでもドルビーシステムでも、どんな複雑な方式をもってきても、現在のところ、音楽と雑音という、耳で聴けば実にはっきりしているこの二つの音の完全な弁別が機械にはできない。このことは、これから説明するように、音楽の音と雑音との両者の性質を知っていただければ、あたりまえのように思えるのですが、それを耳ははっきりと聴き分けるという事実の方こそ、驚くべきことです。
 このことをもう少し別な角度から言い換えると、《音楽の音》と《雑音》とは、物理的には本質的な違いがなく、それは、心理的または生理的にしか区別できない、と言えます。

楽音と雑音の物理的性質
 音の物理的性質については、現在でもまだ完全に解明されているとは言えませんが、いちおう、次の四つの要素から定義できます。
 (1)音の強さ/大きさ
 (2)音程/音のピッチ/音の周波数
 (3)音の波形/時間とともに変化する性質
 (4)音の波の伝わり方/広がり方、などに分類します。
 (1)音の強さ/大きさについてはすでに説明しました。(2)の音のピッチについては、次章でふれます。(3)の音の波形。これには二つの意味があります。たとえばピアノとバイオリンの違いを考えてみます。かりに、同じA(440Hz)の音を鳴らしたとします。つまり(2)のピッチ(音程、周波数)は同じです。(1)の音の強さもいちおう同じにそろえることができます。それでもピアノとバイオリンとは、あきらかに音色が違う。
 その理由の第一は、音の鳴りはじめから鳴り終わりまでのモード(形)が違う、ということ。図3−9をみてください。ピアノは、叩いた瞬間に最も大きな音で鳴り、あとは次第に減衰してゆきます(実線)。ところがバイオリンは、点線のようにやわらかく鳴りはじめ、そのまま音を持続させることができます。こういう違いを、減衰音と持続音といいます。もうひとつ、シンバルのように、シャーンと衝撃的に鳴る音、これを衝撃音といいます。
 言い換えれば、バイオリンやオルガンや管楽器は、おもに持続音で、しかも、音の鳴りはじめ(音の立ち上がり、といいます)が、ピアノや打楽器に比べてやわらかです。
 逆にいえば、ピアノや打楽器は、音の立ち上がりは衝撃的で、そのあとは減衰音になります。また、バイオリンでも、スタッカート奏法の場合は、レガートに比べて立ち上がりの音が鋭くなるというわけです。
 さて、さきほどの(3)、音の波形の第二の意味は、図3−10のように、音の基音(ファンダメンタル)に対する倍音(ハーモニクス)の分布の違いです。楽器はすべて、たとえば同じ440Hzを鳴らしてもその基音(ファンダメンタル)のほかに、倍音(ハーモニクス)が発生します。そのことは、次章のはじめの部分でもっとくわしく説明します。
 ピアノの場合は、ファンダメンタルに対してハーモニクスの量は少なく、しかも高次ハーモニクスになるにつれてその量は漸減してゆきますが、バイオリンでは、高次のハーモニクスの中に、ファンダメンタルと同じくらいの強い勢力があらわれます。
 もちろんこの図はほんのひとつの例で、同じ楽器でも奏者が違えば、ハーモニクスの分布まで違ってしまうし、まして楽器が違えばもっと波形は変わります。また、ここでは440Hzの例だけを示しましたが、たとえばピアノでは、もっと低い音になると、基音の方が倍音よりもずっと勢力が弱くなりますし、バイオリンは、もっと低い音になると、基音も最強で、倍音が漸減するといった形になります。このように、細かく例をあげていったらきりがありません。
 そういう細かな問題に入るまえに、さっきの(4)の項目、音の波の伝わり方、について簡単に解説しておきます。たとえば、楽器の中でもホルンなどは無指向性に近い楽器、といわれます。ホルンがどの方向を向いていても、ほぼ同じ音色、同じ強さの音が聴きとれます。
 これに対して、倍リオン刃、その向きや聴く方向によって音色が変わりやすい楽器です。こういう性質を「音の指向性」といいます。このことは、スピーカーの章でくわしく述べましょう。

雑音の性質
 バイオリンとピアノという、同じ音楽を演奏する楽器でさえ、前項で述べたくらいの物理的な性質の違いがあります。まして、楽器の音と、テープヒスやスクラッチなどのノイズとは、もっともっと性質が違います。それなのに、前項では、その物理的性質には大きな差がない、アンプはその差を識別できない、と書きました。そこのところを、もう少し説明しなくてはなりません。
 楽器の音に対して、こんどはテープヒスやスクラッチノイズやFM受信の際に聞こえるあのサーッという感じのノイズの物理的性質を、182ページであげた4項目の条件にあてはめて考えてみます。
 (1)の音の強さ、これは雑音自体の音の大きさですから、大きければ耳ざわりだし、小さければ気にならない。あたりまえのことですから説明の必要はないでしょう。
 (2)項の音のピッチ。これがくせものです。音楽の場合は、Aは440Hz、Cは256Hz……というように音のピッチが厳格に決まっているのに対して、雑音には、普通、特定のピッチがありません。というより、多くの雑音は可聴周波数の全域にわたって、およそ不規則に分布しているのです。言い換えれば、雑音には、およそあらゆる周波数が混じり合っている、と考えてもよろしい。もう少し別な見かたをすれば、雑音は、楽器が使うあらゆるピッチの周波数の中に、すべて入り混じって分布している、とも言えます。ここのところが、雑音を楽器から区別しにくいひとつの大きな理由です。
 むろん例外はあります。たとえばハム。あの、ブーンという低音の持続は、おもに電源の周波数に影響される場合が多いので、関東以北は50Hz、中部以西は60Hzの電灯線電源周波数が基本になっています。だから、ハムには明らかにピッチがあります。そういう例外はあるにしても、オーディオ装置で問題にする雑音は、固有のピッチをもっている場合がごく少ない。前記のハムも、いちおう50Hzまたは60Hzが基音になっているにしても、複雑な倍音が乗っています。ましてスクラッチ、テープヒス、その他のノイズの周波数分布のスペクトル(分布のありさま)はきわめて複雑で、楽器のような規則的な倍音関係を保ってはいません。
 楽器のような、といいましたが、楽器の中でも、マラカスとかカスタネット、タンブリン、タムタムなどのリズム楽器の類は、メロディ楽器のように規則的な倍音が乗ってくるのではなく、前に述べた雑音に似て、あらゆる周波数にわたって広く分布した複雑なスペクトルをもっています。ですから、前記のリズム楽器類を、別名、《雑音楽器》と呼ぶことさえあります。そして、シンバルや太鼓(スネア・ドラムなど)のような楽器も、音の性質は、一般のメロディー楽器よりも、はるかに雑音的です。周波数分布、音の持続、音の強さや音の広がり方、それらの性質にあまり規則性の見当らない、そういう音が雑音だとすれば、楽器の中にも雑音的な性格を持ったものがたくさんあるということ。これが、いわゆる楽音と雑音を区別する定義の難しい、大きな理由のひとつといえます。

フィルターはどう働くか?
 音の性質について調べることは、いまはここまでにして、この辺で、アンプのフィルターの働きを調べてみましょう。
 アンプのパネル面から、フィルターのスイッチを探してみてください。アンプの作り方によっていろいろの違いはありますが、コンポーネントシステム用の中級以上のアンプでは、たいていの場合、フィルターは LOW と HIGH の二つ(またはそれ以上)のスイッチに分かれています。
 LOW フィルターは、オーディオの雑音の中でも、前記のハムや、レコード演奏の際のフォノモーターの回転音(ゴロゴロという音がスピーカーから聞こえる場合がある一般には《ゴロ》という)など、成分が低い周波数の方に多く片寄って分布している種類の雑音を取り除くためのもの。また HIGH フィルターは、おもにレコードのスクラッチ、テープヒス、FMのサーッという雑音など、どちらかというと成分が高い周波数に多く分布している種類の雑音を除く目的のものです。
 前記の各種のノイズの中でも、ことにレコード再生の際のモーターのゴロ(英語ではランブルという)、および針音(スクラッチ)を除くというのが、フィルターの初期の目的であったため、いまでも、LOW フィルターのことを《ランブル・フィルター》、HIGH フィルターのことを《スクラッチ・フィルター》と呼ぶ場合があります。
 この、LOW(またはランブル)フィルター、HIGH(またはスクラッチ)フィルターのスイッチをON−OFFしたときの、一般的な特性は、図3−11のようになります。つまり、LOW フィルターをONにすると、低音が、ある周波数以下から急に弱められ、HIGH フィルターをONにすると、高音が、ある周波数以上から急激に減衰するわけです。
 この、ある周波数、というところが問題です。いま、ある5万円台のプリメインアンプのフィルター特性を調べてみると、LOW が70Hz、HIGH が8kHzになっていました。つまり、このアンプのフィルターの LOW と HIGH を同時にONにすると、70Hz以下の低音と、8kHz以上の高音が弱められてしまうわけです。言い換えると、フィルターをONにしたときは、このアンプの周波数特性(周波数帯域のひろさ)は、70Hzから8kHzまで、というせまいバンドになってしまうことを意味しています。それじゃ、低音も高音も出なくなってしまう? そうです。これが、アンプのフィルターです。モーターのゴロやハムや、スクラッチノイズやテープヒスを取り除くために、いや、取り除くなんて器用なことはできない、ただ単に《減衰》させるため、だけに、音楽の大切な低音と高音を犠牲にしてしまう。これがアンプのフィルターです。
 さきほどから、アンプのフィルターは音楽と雑音を区別できないと、繰り返し強調してきたのはこういう意味なので、雑音だけをきれいに取り除くのではなく、雑音を軽減させるために、音楽の一部をも捨ててしまわざるをえない、というのが困ったところなのです。

フィルターの効果を耳で確かめる
 このことは、レコードやテープやFM放送を聴きながら、フィルターをON−OFFしてみることによって容易に確かめることができます。
 LOW と HIGH の両方を、同時にONにしてしまうと、両者の効果の区別がつきにくい。そこで、低音のリズムが豊かに活躍するような曲を選んで LOW フィルターをON−OFFしてみます。フィルターOFFのときは、ブンブンと気持ちよくリズムをきざんでいたベースの音などが、LOW フィルターをONにしたとたんに、力が弱くなり、楽器が少し遠のいたように聴こえます。
 音楽ではよくわからない場合には、たとえば PHONO のポジションでレコードをかけないでボリュームを大きく上げ、場合によってはアース線をはずして、わざとハムを出して、フィルターをON−OFFすれば、ハムの音が変化することで聴き分けられます。
 もちろんこの場合、鳴っている音楽(音源)自体に、フィルターの遮断周波数(図3−11)以下の低音が豊富に含まれているということ、そして、あなたのスピーカーが、その低音をきちんと再生していること、が前提です。プログラムソースの方にはじめから低音が入っていなければ、フィルターをONにしても、音質に変わりはありません。また、もしも、スピーカーの低音の特性がよくなかったり、置き場所が悪くて低音がよく聴こえない場合も同じこと、フィルターの効果があまりはっきりわからないことがあります。
 この二つの条件が、もしも整っているのに、低音が少しも減ったように感じられず、音色が全然変わらないような場合があります。それはおそらく、フィルターの遮断周波数がもっと低いところにあって、音楽の音色を損なわないように作られているアンプなので、そのことについては後でくわしく説明します。
 同じように、HIGH フィルターの実験をしてみます。シンバルやマラカスなど、前にも書いたような雑音的な、言い換えれば周波数レンジの広い楽器の音がいちばんわかりやすいでしょう。そういう音に注意しながら HIGH フィルターをONにすると、輝かしく華やかな、軽くよく動いていたリズム楽器の音色が、どことなく曇ったような歯切れのよくない音に変わります。しかしもちろん、それと同時に、テープヒスや、スクラッチや、FMのサーッという受信雑音も多少弱められることがわかります。
 フィルターは、確かにハムやテープヒスやスクラッチノイズを減少させるために効果があります。しかしそれらの雑音と共に、楽器の音色の方もいくらか損なわれてしまう、という欠点があります。果たして、音色を損ねてまでも、雑音を多少でも減らしたほうがいいのかどうか――?
 それでも、テープヒスは気になるからカットしたい、という人もあるでしょう。また逆に、シンバルのあの浮き上がるような華やいだ音色が損なわれるぐらいなら、テープヒスが少しぐらいあってもがまんしたい、という人もあるでしょう。こうなると好みの問題、といえそうですが、このことから、フィルターの役割というものを、もういちど考え直してみるのもムダではありません。

音楽の周波数、雑音の周波数
 人間の耳が聴きとれる周波数の範囲は20Hzから20kHz(2万Hz)といわれていますが、スピーカーを通して音楽を聴く場合に、そのすべての周波数範囲が必要なのではなく、低音はだいたい40ないし50Hzから、高音は12ないし13kHzまでの間が、フラットに歪が少なく、美しく再生できたとしたら、音楽の音色をほとんど損なうことなく、美しい、しかも生々しい音を聴きとることができます。こういうことは、W・B・スノウらの学者の研究からも言われていますし、現在の最新の技術でも確かめられています。そして、40Hz以下の低い音(超低音)の領域では、もちろんパイプオルガンなど、低音に大きなエネルギーをもった一部の楽器を除いては、多くの場合、《音楽》というよりは、唸りのような、あるいは身体じゅうを圧迫するような雑音として感じられやすい(スピーカーを通して聴く場合に)ということが知られています。
 普通、私達がレコードやテープから聴きとることのできる《低音》は、よほど低いと思われる唸るようなベースの音もオルガンの音も、せいぜい50から60Hzぐらいから上の低音です。カタログ上の表現は別として、いま私たちが聴くことのできるどんなに優秀なスピーカーを持ってきても、40Hz以下の低音を聴かせてくれるスピーカーは世界中にほとんどありません。たいていの場合、60Hzぐらいまでがちゃんと出るスピーカーを、私たちはものすごく良く低音が出るように感じます。40Hzがきちんと聴こえるスピーカーは、世界中に、さあ、5本の指で数えられるぐらいあるでしょうか。
 ですから、もしも LOW フィルターの遮断周波数(図3−11参照)を40Hz以下にすれば、たいていのスピーカーでは、フィルターをONしてみても、音色の変化がほとんど感じられないで、つまり音楽の音色をほとんど損なわないで、それ以下のごく低い周波数の、フォノモーターの回転音などの唸りだけを、きれいに取り除くことができるわけです。そういう設計のアンプもあることは190ページ少しふれておきました。
 むろん、こういうフィルターでは前項にも述べたようなハムのような(電灯線電源周波数の50または60Hzをベースにしている)雑音を除くことはできなくなります。

HIGH フィルター
 では、HIGH フィルターの方はどうでしょうか。普通のフィルターは、遮断周波数が6〜9kHzのあいだであるため、フィルターをONにすると、雑音も減るかわりに楽器の倍音のデリケートなニュアンスも同様に(わずかながら)損なわれます。それなら前に述べたように、13kHzぐらいから上のごく高い周波数(超高音領域)から上だけをカットすれば、音楽の音色をほとんど損なわずに、雑音のカットができるでしょうか。
 この点は、必ずしも低音と同じとはいえません。すでに書いたようにテープのヒス、レコードのスクラッチ、FMのノイズなどは、楽器の倍音領域(4〜5kHz以上)の広い周波数に不規則に分布しているのでむろん12〜13kHz以上をカットすれば、音楽の音色にあまり関係のない超高音域のノイズはカットできますが、耳につきやすいサーッという感じの雑音は、どちらかといえば、それよりも下の、ちょうど楽器の倍音領域と同じくらいの周波数帯域(4〜5kHzから12〜13kHzぐらいまでのあいだ)に大きなエネルギーをもっているので、超高音域をカットしても、テープヒスなどのノイズを十分に取り除くためにはあまり大きな効果が期待できないのです。
 言いかえれば、HIGH フィルターは、LOW フィルターとは違って音楽の音色を損なわずに雑音だけをうまくカットするといううまい方法は無い、ともいえるのです。それだからフィルターとは違う原理によって、ドルビーシステムなどがクローズアップされてくるわけです。

LOW フィルターの新しい考え方
 188ページでも、一例として、LOW フィルターの遮断周波数70Hzという例をあげましたが、市販のコンポーネントアンプの遮断周波数の多くは、60Hzから100Hz近辺にあるようです。しかし前にも述べたようにこれは音楽の低音に大切な帯域ですから、フィルターをONにしてローカットしようというときには、音楽の低音を少々犠牲にしてまでも、低音の雑音――たとえばハムやモーターのゴロなど――を取り除きたい、という要求にほかなりません。しかし、オーディオの技術は日々に変化してゆきます。昔通りのこういう考え方で果たしていいのでしょうか。
 オーディオの技術が進んだといっても、スピーカーに関してみれば、40Hz以下といった超低音をほとんど再生できないことは前にも書いたとおり。もう何十年もこの点は変わっていません。が、アンプの方は、ここ数年、大きく変わりました。
 一般のアンプが管球式からトランジスター式に移り変わったのは、ほんのここ七〜八年の間のことです。
 それまで管球式アンプ、および管球式からトランジスター式に移り変わりはじめた初期のTRアンプは30Hzなんていう超低音を増幅できるものがむしろ少なかったのです。超低音は、アンプの中で自然に衰弱してしまうのですから、わざわざ、30Hzや40Hzのフィルターを入れる必要もありませんでした。ところが、最新のトランジスター式のプリメインアンプになると、ごくローコストのものでも、20Hz以下の低い周波数を楽々と増幅してしまう。すると、プログラムソース側の超低周波の雑音や唸りも、そっくりそのまま拡大されてスピーカーを無理やり動かそうとする力になってしまいます。これではスピーカーはたまったものではありません。
 こういう雑音や唸りを発生する犯人は、おもにレコード演奏の際のフォノモーターの回転音(ゴロ、ランブル)です。
 すでにトーンコントロールの実験のとき、レコード演奏の際、BASS のコントロールをいっぱいに上げたりすると、スピーカーからは音楽以外のゴロゴロとかウッウッという感じの、耳や身体を圧迫するような感じの唸りのような雑音が聞こえてくることにお気づきでしょう。この原因の大半が、フォノモーターのランブルです。また、レコード盤自体にそういう雑音が録音されている場合もあります。こういう唸りは非常に耳ざわりで、ことに前記のように、トーンコントロールで低音を強めようとすると、音楽のじゃまになり、せっかくの美しい音を汚してしまいます。そこで、この唸りを取り除くフィルターが有効に働くわけです。
 かつて、リムドライブ・タイプがフォノモーターの標準機であったころは、モーターの回転音は50Hzから100Hzまでも分布していて、レコードに針を下ろしたとたんに、音楽の鳴らないうちから、ゴロゴロ、ゴーゴーという雑音がスピーカーから聞こえてくるものが多かったのです。こういう雑音を、耳ざわりでない程度にまで弱めるには、音楽の低音を犠牲にしてまでも、100Hzあたりから下の低音をカットする必要があったわけです。レコードの製造技術も拙劣で、レコード自体にモーターの唸りやハムの入っているものが以外に多かった。いくら良いフォノモーターを使っていても、レコード自身に雑音が録音されていたのでは話になりません。
 さらに加えて、管球式アンプの全盛時代には、レコード演奏の際に、ハムを少しでも出さないアンプは非常に少なかったのです。いくらボリュームを上げてもハムを出さないアンプは、よほどの高級品で、そういうアンプを作るのは高等技術のうちでした。
 そうしたいろいろな事情から、LOW フィルターの遮断周波数を、60Hzから100Hzあたりに選ぶというのが、アンプ設計のひとつの定石になっていたわけです。
 しかし、現在ではそうした事情が少しずつ変わってきています。
 いまでは、ほんの少しの例外的な製品を除いては、管球式アンプに代わってトランジスターアンプがほとんどを占めています。そして、トランジスターアンプの設計法自体も、初期の製品からみると大幅に変わってきました。
 ひとつの例が、パワーアンプの回路方式です《全段直結・差動増幅回路・準コンプリメンタリー・二電源方式・OCL……》。
 こういった方式は、トランジスター初期にはむしろ特殊な回路方式でしたが、現在では高級アンプのひとつの標準的な回路になってしまいました。
 こうした新しい開発の結果、アンプの音質は格段に飛躍したのですが、たとえば周波数範囲ひとつ取り上げてみても、かつてのアンプでは30Hzぐらいまでを増幅するのがやっとでしたが、OCL回路では、10Hz、5Hz、3Hz……さらには直流まで、というように、人間の耳には聴きとれない超低音(サブソニック)の領域までも、楽々と増幅するようになりました。そうなと、今まで問題にならなかったような別のトラブルが発生してきたのです。

レコード演奏の際のサブソニックの発生
 いまから数年前、ある音響研究所と共同で、レコードに入っている音域を分析してみたことがあります。
 専門家の間で、低音がよく入っていると定評のあるレコード数枚に加えて、歌謡曲やロックのレコードなど合わせて10枚近くの代表例で比べたところ、耳で聴いていると非常に低い低音が豊かに鳴っている部分でさえ、せいぜい60Hzから50Hzどまりで、40Hz、30Hzとなると、ほんの数パーセント以下の割合になり、30Hz以下の周波数は、音としてほとんど検出できないことがわかりました。例外的ともいえるほど少ないレコードの中に、30数Hzという低い周波数が、相当のエネルギーで持続している例がありましたが(メータ指揮、ロサンゼルス・フィル演奏のロンドン盤「ツァラトゥストラはこう語った」リヒャルト・シュトラウス作曲)、何度も繰り返したように、スピーカー自体に40Hz以下の音を正確に鳴らせるものがめったいにないのですから、そういう音が入っていると分析出来ただけで、正しい音として再生出来たというわけではありません。
 それはともかく、一般的に考えて50ないし60Hzぐらいの低音が美しく再生出来て、やや不正確であっても40ないし30Hzぐらいまでが、不満足ながらでも鳴らせるとしたら、それはよほど高級な再生装置だと考えてよいわけです。その意味では、古いアンプやスピーカーでも、大きな違いはなかったのです。
 しかし、レコードに《音として》入っている低音がそのくらいまでであっても、実は、《音以外》の、たとえばモーターの振動などの雑音を、ピックアップが拾い上げていることもすでに言いました。もっと細かくいえば、モーターの回転振動音のほかに、レコード盤自体の、そりや偏心などがあります。また、プレイヤーを置いてある場所に外部から伝わってくる細かな振動もあります。レコードの溝に刻まれた振動のあの微細な振幅に比べたら、前記のさまざまな振動は無視できないほど大きいのです。
 そして、ピックアップ自体の性能の向上も伴って、レコードを演奏しているピックアップは、《音》以外のこれらの振動の一部を拾い上げて、アンプのところまで運んできます。これが、いわゆるサブソニック・ノイズ(超低音領域での雑音)で、可聴周波数以下(20Hz以下)のあらゆる領域に広く分布しています。
 こういう低い音がアンプに入ってきても、以前はそれほど問題ではありませんでした。なぜなら、アンプ自体にそういうサブソニックを増幅する能力がなかったのですから。
 ところが、新しいアンプでは、こうしたサブソニック・ノイズを平気で増幅してしまう。すると、音にならない低周波数の雑音は、スピーカーのところまで立派に増幅されてきて、スピーカーの振動板を無理やりに動かそうとする大きなパワーになります。
 でも――と、反論が出るかもしれません。いくらスピーカーにそういうパワーが加えられても、スピーカーは40Hz以下を再生できないといったじゃないかだいいち、そんな低い音は耳に聴こえないんだから、全然問題外じゃないのかい……?
 普通に考えればその通り、ですね。しかし実は大違いなのです。さあ、それを確かめるために、ひとつの実験をしてみてください。
 あなたのアンプが、割合に最近のトランジスター型で、いわゆるOCLなら最もいい。そしてスピーカーが、密閉型でない、いわゆるポート(孔あき)型、バスレフ(位相反転)型なら、一層好都合です。もしもそうでなければ、この種のコンポーネントで鳴らしている友人の家や、ショールームなどでやってみせてもらいましょう。
 スピーカーのグリル(サランネット)を取り外して、ウーファー(低音用スピーカー)がよく見えるように、できることならスピーカーのななめ横の方から光があたるようにして、スピーカーのコーン(振動板)の動きがよく見えるようにします。
 レコードをかけて、特にピックアップがレコードの外周の、音の出ない部分をトレースしているとき、ボリュームを上げて、ウーファーの動きに注目してください。おそらく、フラフラと大きく前後に動くはずです。音が出ないのにコーンが動く。つまりサブソニックがスピーカーのコーンを動かしているのです。
 アンプの低域の特性がよく伸びていれば、この動きは大きくなります。また逆に、低域の特性が伸びていないのに、低域の動作が不安定なアンプでも、コーンはフラフラとゆれます。しかしスピーカーが密閉型の場合には、バスレフ型ほど顕著に見えない場合が多いので注意が要ります。その場合は、プレイヤーのキャビネットのふちを、わざとコンコンとたたいてみると、それにしたがってコーンはブルブルと揺れてみえます。これもサブソニック・ノイズの一種です。
 さて、その状態で、アンプの LOW フィルターをONにしてみましょう。コーンの動きはピタリと止まるはずです。サブソニックを、フィルターでカットすると、余分なノイズがスピーカーに加わらなくなるのです。
 スピーカーのコーンが大きく動くのを、低音がよく出たとよろこぶ人がいますが、これは間違い。たとえば40Hzなんていう低音でも、1秒間に40回の割合という速さでコーンが動くのです。そんな速い動きは、はっきりと目に見えにくいのです。フワフワという感じの動きは、数ヘルツ以下のほんとうに低い、むろん耳には絶対に聴こえないサブソニックです。

サブソニックの害
 コーンが動いたって、聴こえないんだからかまわないんじゃないか、と言われるかもしれません。ところが、これには二つの害があります。
 第一は、音に無関係にこういう大きな振幅でコーンが動いていて、そこに音の波が重なって鳴るわけですから、そういう状態では、変調歪という有害な歪を発生して、音のにごりを生じます。にごるというようにはっきり聴き分けられないまでも、澄んだ美しい低音、しまりのある歯切れの良い低音が再生できません。
 第二に、スピーカーがつねにそういう強い力で動いているのですから、振動板の疲労を早めます。密閉型がバスレフよりも動かないのは、コーンが動こうとしても箱の中に密閉された空気のバネの力によってコーンの動きにブレーキがかかっているからなので、見ていて動かないからといっても、コーンの根元(ボイスコイル)に、コーンを動かそうとする強い力が加わっていることに違いはないので、バスレフは素直に動くのに比べて、密閉はかえって始末が悪いとさえ言えるかもしれません。
 いずれにしても、耳に聴こえないこういう低い周波数が、しかも無視できないパワーで発生するとなると、あらかじめ、そういうノイズをカットすることが、いちばんの解決策になるわけです。

LOW フィルターとサブソニック・フィルター
 アンプの「LOW フィルター」は、従来は、プログラムソース(レコードやテープやFM)に含まれている低音域での雑音、たとえばハムやその他の唸り音や、モーターの回転音(いわゆるゴロ音)などをカットするためにある、というのが、これまで長い間の考え方でした。
 しかし、この種の(明らかに耳に聞こえる)雑音を取り除くためには、音楽の低音としても大切な60Hz付近から、フィルターを働かさなくてはなりません。《雑音》をカットするために、音楽の低音も同時にカットされてしまいます。低音の良く鳴る音楽を聴きながら、LOW フィルターをON−OFFしてみて、低音が明らかに不足するようなら、そのアンプのフィルターは、おそらく60Hz以上、100Hzあたりまでの間で、低音をカットしているはずです。
 もちろん、ハムなどの雑音をカットするためには、50ないし60Hzの周波数を切らなくてはなりません。ハムには、たいていの場合、電灯線の周波数と、その倍音のところに出てくるからです。60Hzを切りとるためには、60Hzからカットしはじめたのではダメだということは、188ページの図3−11でわかっていただけるでしょう。そのために、フィルターの遮断(カットオフ)周波数を、80から100Hzあたりに選ぶのです。
 しかし、こういうフィルターをONにするということは、もはや音楽の低音を多少犠牲にしても、雑音を減らしたいという場合に限られます。そんな極端な雑音が入ってくる例は、最近ではめったにありません。
 たとえばFM放送以前の話、NHKでも、地方局からの中継線で放送する場合には、よく、ハムを出すことがありました。むろんいまでもそういう例がないわけではありません。FMでさえ、ローカル局では妙なハムを出すことがあるようですから。
 テープでは、何度もダビングを重ねた録音などで、ハムが混入することがあります。ナマ録音をした際、うっかりマイクのアースが浮いていて、ハムが入ってしまうこともあります。レコードでも、SP時代のライブ・レコーディングなどで、ハムが入ったものがよくありました。むろんステレオ・レコードの中にも、たまに、変なハムの入っているものがあります。もっと周波数の低い唸り音、たとえばカッティング・マシンのものらしいモーターの回転音(うんと低いゴロゴロいう唸り)や、繁華街のスタジオで録音されたらしく、表を通る自動車や、どうも地下鉄か何からしい地響きのような低い唸りが入ったレコードもときどきあります。
 それらの、何らかの意味での欠陥を、再生の際に取り除こうとすれば、音楽として大切な低音を犠牲にすることを承知の上で、ローカットする必要があります。これは仕方のないこと。雑音を我慢するか、低音を減らしてでも雑音を減らすか、どちらかです。
 これが、永いあいだの、アンプの LOW フィルターの役割と考えられていたわけです。
 しかし、これまでにも述べたように、アンプの低音が容易に可聴周波数以下まで伸びている現在では、前記のような(ローカット)フィルターをONにするかOFFにするか、といった二者択一的な単純な考え方では具合が悪くなってきたわけです。耳には聞こえない雑音(サブソニック・ノイズ)でも、スピーカーに負担をかけないため、あるいはスピーカーの雑音をにごらせないために、取り除いたほうがよい。こういう目的のフィルターを、《サブソニック(Subsonic)フィルター》と呼びます。
 サブソニックの定義は正しくは可聴周波数の最低音(16ないし20Hz)以下の低い周波数、ということになるので、定義どおり解釈すれば、15Hzよりも低いところからカットするようなフィルターを指すわけですが、すでに何度か書いてきたように、一般のプログラムソースと市販の再生装置を使うかぎり(研究的な目的の特殊な録音再生を行うのでないかぎり)、40Hzよりも低い周波数ならカットしてもほとんど耳では判別できないことがわかっていますから、遮断周波数が30Hzよりも低いフィルターは、一応サブソニック・フィルターと呼んでも差し支えないと思います。
 言い換えれば、フィルターをON−OFFした際、音楽の低音まで道連れにしてカットするようなフィルターを《LOW フィルター》、そして、フィルターをONにしても、どんなに優秀なスピーカーで聴いても、音楽の低音にほとんど影響しないフィルターが、《サブソニック・フィルター》だと考えてもよいでしょう。
 さらに言えば、LOW フィルターをON−OFFすれば、音を聴いてもON−OFFしたことが聴き分けられるのに対し、サブソニック・フィルターは、ON−OFFしても音が変化しないので、ONしたことが聴き分けられない、とも言えそうです。
 大切なことは、サブソニック・フィルターをONする必要のあるのは、おもにレコード再生の際だということです。テープやFM放送では、サブソニックの発生する可能性は、レコードに比べるとごく少ないので、フィルターOFFのままでも、前項で書いたような大きな害はないわけです。

サブソニック・フィルターと LOW フィルターの使い分け
 最近作られたプリメインアンプには、LOW フィルターとサブソニック・フィルターの両方がついたものが増えてきました。LOW フィルターのスイッチのところに、30Hzよりも低い周波数が書いてあれば、サブソニック・フィルターと考えよいでしょう(40Hz以下でも、一応、うんとオマケしてサブソニック的なフィルターといってもよろしい)。
 これに対して、60Hzよりも高い遮断周波数のフィルターが、ふつうの意味での LOW フィルターです。
 ちょっと高級なプリメインアンプでは、LOW フィルターのスイッチが三段に動くようになっていて@フィルターOFF、Aサブソニック、B LOW フィルターとして動作します。
 こういうタイプのフィルターは、FM、テープでは特別のことがないかぎりOFFにしておき、レコード演奏の際だけ、サブソニックをONにします。むろんレコード演奏でも、レコードのコンディションのよいときはOFFのままで結構。
 そしてFM、テープ、レコードのどの場合でも、プログラムソース側の欠陥でハムなどの雑音がよほど耳ざわりのときにかぎって、LOW フィルターを使うわけです。
 しかしどんなアンプでもこの両方がついているわけではありません。どちらか一方だけしかつけられないとすれば、レコード演奏の際には、まず九割がたは必要なサブソニック・フィルターがついている方がよいのです。いまや LOW フィルターはめったに使わないのですから、なくても差し支えないのですが、アンプ設計者が、古いままの頭の持ち主だと、いまだに50Hz、60Hz、80Hz……などという LOW フィルターをつけて、サブソニック・フィルターなしで平然としています。
 しかしこれには、ユーザー側の理解も必要なのです。ここまで読んで下さったみなさんはもうお分かりいただけたと思いますが、フィルターの遮断点を低くとって市販すると、「このフィルター、ON−OFFしても全然きかないなよ」とか、「フィルターが故障している」なんていうクレームがメーカーに来るのだそうです。サブソニック・フィルターをONするとどうなるのか、もういちど思いかえしていただきたいと思います。