レコードの溝を倍率の高い拡大鏡でのぞいてみると一本の細い溝がまるででこぼこ道のようにうねっていることが分かります。
 この溝のうねりを電流の変化にいったん変える、その役目をするのがピックアップで、針先が拾い上げたでこぼこの振動は、カートリッジの内部で電流の変化に変換(トランスデュース)されて、アンプに送られて増幅され、スピーカーがそれを空気の振動にさらに変換する。こうしてあの美しい音楽が鳴るのです。そんな理屈はいくら分かってみても、レコードの音溝を拡大してじっとながめていると、これが音楽の仮の姿かと、まるで魔法の世界の出来事のように思えてきます。

ピックアップの構造
 針先がレコードの音溝をたどる、そういう言い方をよくしますが、正しく言い換えれば、針は一カ所に止まっていて溝の方が動いてゆく。自動車が止まっていて道路の方が走ってゆくようなもので、しかし結局どちらでも同じこと。道路にでこぼこがあれば、タイヤはその通り、がたぴしと振動するわけで、針先もまた音溝のでこぼこの通りに動かされて、ピックアップ内部にその振動を正確に伝達しなくてはなりません。
 レコードを演奏しているピックアップを水平にながめると、図2−8のように、音溝をたどる針が、カートリッジの腹から突き出しています。針先というのは、正確に言えば図の部分を指しているので、それがカンチレバー(振動を伝達するテコ)を通じてカートリッジの内部に伝達されて電流の変化に姿を変える……。この振動を電流に変える方法にいくつかのタイプがあって、それぞれに面白いので、そのことから説明しましょう。

なぜいろいろのタイプがあるのか
 これから後で説明するように、カートリッジにはMM型だのIM型、MC型、IC型、半導体型、セラミック型、光電型、コンデンサー型……などとても一度では覚えられないような分類があって、各メーカーがそれぞれに特長を宣伝しています。そうしたいろいろなタイプが生まれるというのも、メーカーによっては、少しぐらい手間やコストがかさんでも音質をできるかぎり向上したい、という作り方があれば、半面、普通なみの音質が得られるならできるかぎり材料と手間の節約できる構造にしよう、という研究もあるし、あのメーカーの特許に抵触しないように意地でも独特の構造を考え出してやろう、というやり方があるというようにメーカーによってその追及する姿勢がみな違うからこそ、いろいろなタイプが生まれるのです。
 もしも客観的にみてひとつのタイプだけがあらゆる点から優秀だというのであれば、それ以外のタイプはぜんぶ姿を消してしまうはずです。あるものは音質本位、あるものはコストダウンを主眼に、あるものは折衷型、また中にはメーカーがその独自性を主張するため……というように,いろいろな角度からみてそれぞれの特長があるからこそ、たくさんのタイプが併立できるのです。
 もうひとつ大切なことは、たとえばMMというひとつのタイプの中でも、その性能にはピンからキリまであるということを忘れてはなりません。極端に言えば、国立大学卒、という肩書だけでは人柄など分からないと同じように、MMというタイプもそんなものぐらいに考えてもよいほどです。ピックアップだけではない。ダイレクトドライブ・モーター、OCLアンプ、ドーム・スピーカー……。オーディオの世界には、どうも肩書主義が幅を利かせます。肩書はあくまでもひとつの条件。その中で、繰り返しますが性能にはピンからキリまであるのです。肩書にとらわれてものを判断してはいけません。

ピックアップの分類(1)
発電型と変調型
 タイプだけが性能を左右するのではない。このことを頭に置いていただいて、ピックアップ・カートリッジ(図2−8)の構造の話をしましょう。まず大きな分類から、これは私の分け方ですが、《発電機型》と《変調機型》と、大別して考えると分かりやすい。先ほども、針先の振動を電流に変える、と書きました。その変え方に、大別すると以上の二つの型があるという意味です。
《発電機型》というのはその名の通り、カートリッジの中に小型の発電機が入っていると考えていただきます。それを動かす原動力は、レコードの溝による針先の振動です。つまり音溝のでこぼこの動きに比例して、カートリッジ自信が電流を発生するという仕組みで、これがカートリッジの大半を占めているといってもよいでしょう。
《変調機型》というは、カートリッジ自体では電流を起こす能力を持っていない。その代わり、外部から――主にアンプの方から――カートリッジに対して、あらかじめ電流を流しておきます。これをバイアス(オモリを乗せて傾けておく、というような意味)といいます。そして針先の振動でこの電流を変化させ、変化した部分を検出して増幅するという方法です。なぜ、こんなめんどうなことをしなくてはならないのか、その理由は構造のところで説明します。

ピックアップの分類(2)
二つの発電機――電磁型と圧電型
 右の分類の発電型の方からさらに細かく分類してゆきます。
 磁石とコイルを相対させて、どちらか一方を動かすと電流が発生するということは第1章で説明しました。そのことから、図2−9のカンチレバーの根元のところに、コイルを取りつけて動かし、その周囲に固定した磁石を置けば、電流が発生することは容易に理解されるでしょう。その逆に、カンチレバーには磁石を取り付けてそれを動かし、周囲に固定したコイルを置けばそれでも同じことだ、ということも容易に分かっていただけるはずです。
 コイルを動かすタイプをムービング・コイル型といい、マグネットを動かすタイプをムービング・マグネット型と呼びます。それぞれの頭文字をとって、MC型、MM型と、普通は省略して呼びます。磁石とコイルの相互関係で電流を発生するという点でどちらも同じ種族です。少々脱線すれば、自転車についている発電機も、山奥の水力発電所にある発電機も、規模の違いはあってもすべて磁石とコイルの組み合わせで電気を起こすという点、みな同じ親族です。
 磁石かコイルかのどちらか一方を動かす以外に、しかしもうひとつの手段があります。磁石もコイルも固定しておいて、その中間に磁気を誘導する物体――簡単にいえば鉄のような磁性体を置いて、それを動かすことによっても、同じような結果が得られます。MC型、MM型のような言い方をすれば、これは昔はムービング・アイアン型(アイアンは鉄の意味)と呼びました。ところがアイアンなどというといかにも大きな鉄のかたまりが動くみたいな印象をきらったのか、それともこのタイプがピックアップの中で最も古いタイプであったためか、近ごろはもう少しかっこうをつけて、バリアブル・リラクタンス型(磁気抵抗変化型=略してVR型)と呼び、さらに最近ではインデュースド・マグネット型(磁気誘導型=略してIM型)などと、メーカーによっていろいろな呼び方をしています。どんなふうに呼ぼうと、みな前記の親族で、基本的な原理はすべて同じです。
圧電気現象
 針先が拾い上げた音溝の振動に応じて自分から電流を発生するタイプの中に、前項で書いた電磁型とは全然違う圧電型というのがあります。
 ある種の結晶体に特定の方向から力を加えると、その表面にプラス、マイナスの電気を発生します。これを圧電効果とか圧電現象(またはピエゾ効果= piezo-electric effect)と言います。
 結晶体には水晶、ロッシェル塩、(酒石酸カリソーダ)、セラミック素子(チタン酸バリウム)などがあります。圧電効果を利用して、ピックアップのほかにマイクロホンや圧力計などにも使われます。
 電磁型(マグネチック型)が外部からの力に応じてコイルに電流を発生すると同時に、逆にコイルに電流を送り込むと力が発生することはすでに書きました。前者が発電機、後者が電動機(モーター)ですが、圧電気効果にもこれと同じように、結晶素子に電気を加えるとそれに応じて結晶体が変位する、圧電気逆効果という現象を生じます。この効果を利用すれば、クリスタルまたはセラミックに音声電流を加えてそれに応じた振動をさせれば、スピーカーやヘッドホンに使うこともできるというわけ。十数年前にはクリスタル・スピーカーというのがありましたが音質が悪く音量も上がりにくいため、現在ではイヤホンだけに使われています。ポータブル・ラジオやテレビに付属している、耳の孔にさしこむタイプのイヤホンは、ほとんどが前記のクリスタル・タイプです。
 余談になりますが、右に書いた結晶体の中でも水晶は高価ですし、ピックアップやイヤホンに使えるほど大きな変位がとれないため、圧電逆効果を利用して水晶共振子として活用されています。水晶片に高周波(または超音波)を加えると、結晶自体の固有共振で極めて正確に共振するので、発振周波数を正確に保ちたい商用の高周波送受信機やアマチュア無線用の送信機・受信機などに、水晶発振器として欠くことのできない存在になります。近ごろ話題のクオーツロックというのもこの応用で、時計やターンテーブルの回転精度が格段に向上していることはご承知の通りです。
圧電型ピックアップ
 さて、話をピックアップに戻しましょう。
 図2−10Aのように、結晶体を薄く切って表面にごく薄い電極を貼りつけます。そして外部から力を加えると、BやCのように電荷が生じます。Bはクリスタル(ロッシェル塩)の場合、Cはセラミック(チタン酸バリウム)の場合ですが、こういう細かな違いは、あまりくわしく覚えていただかなくても結構です。ともかく、圧電気効果という現象があって、外部から加えられた力に応じて電気を発生させる方法がある、とだけ知っておいていただければよいと思います。
 同じ理由から、図2−10での力の加え方、つまり結晶体を曲げるような力のほかに、結晶体をねじる形で電気を起こす方法があって、前者をベンディング(曲げ)型、後者をトーション(ねじり)型と分類しますが、現在ステレオ用には後述の理由からベンディング型(つまり図2−10の型)しか使われませんし、こういう細かなことまでおほえておく必要はありません。

ピックアップの分類(3)
変調型のいろいろなタイプ
 以上説明した二つ、電磁型と圧電型は、自分から電気を発生するタイプだから発電型と呼んだのですが、これから述べるほかのタイプは、あらかじめて外部から一定の電位(バイアス)を加えておき、レコードの音溝の振動によってそのバイアスを変調(モジュレイション)して、それを検出し増幅するというものです。発電型(電磁型と圧電型)は、アンプに直接つなぐことができるのに対して、変調型はバイアスを加えるためのいろいろなアダプターや特殊なアンプや検出装置が必要になるので、ピックアップを簡単に他のタイプに交換することが困難です。そういう使用上の繁雑さのために、一般のコンポーネント・ステレオのファンから敬遠されがちですが、しかし構造はなかなか面白いし、性能の良いものを少なくないのです。そのいくつかの代表的なタイプを列挙しておきます。
1dコンデンサー型
 別名を静電型(electrostatic type)と言います。図2−11のように二枚の電極を接触しないよう向かい合わせてそこに電流を加えると、一定の電荷(静電気)がたくわえられてます。こういう装置をコンデンサー(蓄電器)と言います。この電極一方を固定し、他方を動かすことができるようにしておいたとするとこれを固定極と可動極と言います。そして可動極にレコードの音溝からの振動を伝達すれば、電極間にたくわえられた電荷は振動に比例して変化します。この変化した電荷を検出・増幅すればピックアップとして動作します。マイクロホンも同じ原理で可動極に空気の振動を伝えるのです。
 従って、コンデンサー型ピックアップ(またはマイクロホン)には、あらかじめ電荷を形成させるために、電極に電位を与える必要があります。これをバイアスと呼ぶことは前にも書きましたが、バイアスの与え方に、 (A)直流の電流を加える方式=直流バイアス式、 (B)高周波を加えて変調する高周波式、の二つの方式がありました。ところが数年前から、これに加えて、 (C)エレクトレット型というのが登場しました。電極に一度高電界を加えると半永久的に電荷が残るという性質をエレクトレット効果といいますが、そういう性質を持ったエレクトリック素子を使えば、バイアスを加える必要がありません。これは便利だというで、最近ではマイクロホンなどに数多く使われるようになりましたが、ピックアップにもこれはなかなか便利な性質なのです。
 ただし、いかにバイアスが不要でも、変位した電荷を検出し、増幅するための専用アダプターが、アンプとは別に必要なことは言うまでもありません。
 話が前後しますが、 (A)の直流バイアス型は、もう二十年近い昔のこと、いまのソニーが東京通信工業という名前だったころ、もちろんステレオのまだないころ市販されたことがあります。性能は優秀でしたが、直流の高圧が必要なために梅雨どきのように湿度の高いころになると絶縁不良その他で不安定になり、短期間で姿を消してしまいました。現在はそれがエレクトレット型に変わって、東芝などから市販されていることはご承知の通りです。しかし日本でコンデンサー型を実用化したのはスタックスが最も早く、このメーカーでは高周波型をずっと採用しています。これはコンデンサーを高周波の発振回路に入れて、レコードの音によって発振周波数または振幅を変調しそれを検波するというものです。
2d半導体型
 半導体――という名前は、いまや電子機器のあらゆる分野で活躍していて、最も耳になじんでいるトランジスターやダイオードの中にも、気の遠くなるほどの種類があります。最近では、極めてわずかな電流を加えただけで美しい光を発生する発光ダイオードなどというのがカメラやアンプにまで使われはじめましたが、ピックアップやマイクロホンに応用される半導体は、大きく分けると次の二つのタイプになります。
 その第一は、外部から加えられた力に応じて、内部抵抗その他の電気特性が変化するもの。
 第二は外部から光を当てると、そのエネルギーに対応して自ら電流を生じたり、またはあらかじめバイアス電流を加えておくと光の変化に応じて流れる電流が変化するもの、などです。
 この第二のグループは、半導体の中でもまた特殊なグループなので、普通は半導体型とは呼ばずに「光電型」と呼んで別の種類として扱われるので、項目を改めて取り上げます。
 そこで普通の半導体型と呼ばれる第一のものには、細かく分けるとまたさらに二つのタイプが出てきます。 (A)は外部からの圧力に応じて内部抵抗が変化するもので、あらかじめバイアス電流を流しておき、その電流をレコード音溝から拾い上げた振動に応じて変調し、検出・増幅するものです。もうひとつ (B)のタイプとして外部から加えられる圧力によって、もっと複雑に電気特性の変化する感圧トランジスターとか感圧ダイオードという種類がありますが、ピックアップのような微少な振動を扱う分野では、まだ実用の域に達していません。
 そこで (A)のタイプについて簡単に説明しますが、圧力応じて内部抵抗が変化する半導体には、シリコンなどが利用されます。前項で説明した圧電型が曲げやねじりで圧力を加えるのに対して、半導体には伸び・縮み(圧縮伸長)の力を加えます。それには図2−12のような変換素子を作ります。これは世界で初めて半導体をステレオ・ピックアップに応用したアメリカのユーホニクス社のもの、およびそれをさらに小型化して発展させた松下電器のものの模型図ですが、実際に使われる半導体素子は肉眼でやっと見えるほどに小さいもので、しかも伸び・縮みしやすいよう、図のように中央がくびれた形になっています。それをプラスチックの基板に取り付けて、基板自体を前項の圧電型のように曲げ(ベンディング)型として使うと、それが半導体に対して伸長・圧縮の形に変換されるという仕掛けです。
 しかし最近では、さらに松下電器の手によってSFT応力変換素子というのが開発されました。図2−13がそれで、厚さが50ミクロン以下といいますから髪の毛一本分以下の厚みの薄い耐熱性樹脂(ポリイミド)の上にゲルマニウムを蒸着したもので、実物は親ゆびの爪の上に何十個も並ぶほど小さくできています。そのために針先への負担がほとんど無く、現在はまだ製品化されていませんがむしろ将来発展しそうな有力株といえます。このように半導体型のピックアップはこれからますます発展し、いまはまだ想像もつかない新顔がまたまた現れることでしょう。
3d光電型
 半導体の仲間であることはすでに書きましたが、これ自体では何の働きもせず、外部からの光に感じて仕事をはじめるというのが変わっています。これにも大別すると二つの種類があります。
 第一は光が当たるとそれ自身が電流を発生するもの。第二は素子の中にあらかじめバイアス電流を流しておくと、光の強弱に応じて内部抵抗が変化して流れる電流の強さが変わるというものです。
 前者の大がかりなものが太陽電池(高純度のシリコンやガリウム)で、宇宙開発などでも半永久的な電源として話題になっていますが、手近なところではカメラの露出計の受光素子に使われています。古いものでは少し前までのカメラにはたいてい採用されていたセレン光電池があります。露出計の受光部が、トンボの目玉のように複眼式のレンズになっていたのはたいていこの型です。後者もまた最近のカメラに採用されている Cds (硫化カドミウム)などで、電池などの電源が必要ですが、そのためにセレンよりも小型で感度が高い。
 このように、光に応じて特性の変化する現象を光電効果(photoelectric effect)といいます。もう少し詳しくいえば、前者のように光を受けて電流を生じるものを外部光電効果といい、後者のように光を受けて内部抵抗が変化するものを内部光電効果または光導電効果と呼びます。さてそこでピックアップですが、現在実用化されているものには、シリコン太陽電池を使ったものと、シリコン・フォト・トランジスターを使ったものとがあります。前者は光に感じて電流が発生するタイプ、後者は光に応じて増幅率の変わるタイプですが、どちらも基本的な構造は図2−14のようなもので、光電素子に光を送るための超小型のランプがあって、ランプと素子の中間にスクリーンを置いて、針先の振動でこのスクリーンを動かして、音溝の変化を光量の変化に変えようというのです。従って、光電型のピックアップは必ず内部に豆ランプを内蔵していることと、ランプや光電素子にバイアスを送るとともに素子から出てきた電流を検出・増幅する専用アダプターが必要になります。
 以上で、レコードの音溝の振動を針が拾ってそれを電流の変化に直す原理にいろいろな方法があることを説明し、その大まかな分類をしてみました。しかしその構造の詳細をまだ説明していないので、次項はその点にふれながらそれぞれのタイプの利害得失を比較してみましょう。

いろいろなタイプの構造とその得失
1d電磁型各タイプの構造
 磁石とコイルを相対させて置き、マグネットかコイルのどちらかを動かすと、コイルに電流が発生することはたびたび説明してきました。コイルを固定し、マグネットを動かして音溝の振動を電流に変えるものをムービング・マグネット型(MM型)と呼び、逆にマグネットを固定してコイルを動かすものをムービング・コイル型(MC型)と呼びます。このほかに、マグネットもコイルも固定しておいて、両者の仲だちをする磁界(磁力線をみちびく部分)の一部を動かして発電するタイプをムービング・アイアン型とかバリアブル・リラクタンス型とか、インデュースド・マグネット型(IM型)と呼ぶ。ここまでは復習です。図2−15、16、17にそれぞれの型の構造の基本を示します。針がレコードの音溝の振動を拾い、カンチレバー(テコの意味)を通じてそれぞれマグネット、コイル、磁性体を振動させる原理がおわかりいただけるでしょう。
 しかしこの図ではステレオになりません。少し前の話ですが、32ページでステレオ・レコードの音溝の構造を説明しました。右と左の各チャンネルが互いに45度の方向に刻まれているのですから、ピックアップの構造もそれに応じてなくてはなりません。したがって、実際のピックアップの構造は図2−18に示すように、右ch用と左ch用の磁極(またはコイル)が互いに組み合わさった形になります。たとえば図2−18Bで針が右chの方向(左ナナメ上下方向=レコードにはこの方向に右chが刻まれている)に動けば、コイルには右chだけの出力電流が発生し、左ch方向に動いたときは左chだけに出力が出てくるわけです。この図はMM型を主にして書いてありますが、MC型、IM型については図2−16、17と対応してみてください。なおこれらの構造図は細部を省略した原理図ですから、実際に市販されている製品は、メーカーによってさまざまのバリエーションがあります。
2d電磁型各タイプの得失
 同じ電磁型の中に、なぜ上記のようないろいろなタイプが生まれるのか。それにはもちろんいろいろな理由があって、その結果、当然各タイプの得失が生じます。
 MM型は、性能が安定していて扱いやすく、針交換が簡単、という具合にユーザー側からみても特長が多いのに加えて、メーカー側からは性能の良い割りには量産が利くという点、従って割合に安く良い性能のものが供給できるという点で、電磁型の中では最も広く普及しています。従って製品種類も多く、扱いやすさを生かして性能をほどほどにおさえた5千円ぐらいの製品から、輸入品で5万円を超えるところまで多彩です。言い換えれば、普及品から最高級品までの幅広いバリエーションをこのタイプだけで作ることが可能なわけで、その意味でも包容力の大きなタイプです。最近では数万円クラスのモジュラーステレオにも使われるようになっています。また、市販されているコンポーネント用アンプのほとんどすべてが、MM型カートリッジを標準にして設計されていることをみても、このタイプは当分の間主流の座を占めるでしょう。つまりアンプ設計の側からみても、ちょうど扱いやすい出力が出てくるのです。
 しかしユーザーにとっては、針交換が容易だという点が最も魅力かもしれません。図2−18Aの針先からマグネットまでの部分(スタイラス・アセンブリー)が、つまみやすいホルダーにまとめられて、カートリッジの先端を引き抜くだけで古い針を捨てて、新しい針を挿入すればそれで終わり。これのできるのはMM型とIM型だけで、MC型は例外を除いては針交換ができません。
 ところで、針交換と書くと、使って減った針だけを交換するように思えますが、MM型やIM型の場合は、いまも書いたように、針とカンチレバー、マグネット、ダンパーというパーツがいっしょに交換されるのです。そして大切なことは、この交換されるパーツこそ、カートリッジの性能(音質)を決定する心臓部なのです。だから、MM型の針を交換するということは、そのカートリッジの内臓を入れ替えて新品にするというのと同じことです。針を交換するたびに、カートリッジはほとんど新品に生まれ変わるのです。カートリッジの本体(ボディ)に残されるコイルと磁極は、コイルの断線やレヤ・ショートなどの事故のないかぎり、半永久的に使えます。
 カートリッジの説明書には、針交換の際は同じ型番の(同じメーカーの)純正品を使うよう指示があります。これは何もカートリッジ・メーカーが他社の製品にいじわるをしようとか、自社製品でもうけようなどというのではなく、つまり針交換こそそのメーカーのその製品の音質そのものなのですから、他社製品でうまく合うのがあったとしても、それはもう別のカートリッジになってしまうわけで、その方がよいと感じる人は別ですが、原則として同じ型番の針をつけるという理由をこれで理解していただけるでしょう。
 補足しておきますが、MC型でも例外があると書いたその例外とはサテンのMC型で、日本人独特の発明で針の部分だけを割合簡単に交換できるようになっています。サテンの場合はMM、IMと違って音質を決める心臓部はカートリッジのボディの方に入っているので、針交換しても音質はほとんど変わらないというのもひとつの特長です。
 ところでMM、IM、MCには、針交換以外にもいろいろと得失があります。
■出力電圧の違い  前項でもMM型の出力電圧がひとつの標準になっていると書きましたが、具体的にいうと、普通のレコードを鳴らしたときの出力は2mVから5mVぐらい。高級品の平均が3mV前後になっています。(1mVは1Vの1/1000。音楽は強弱の変化が大きく、カートリッジの出力もフォルテでは大きく、ピアニッシモでは小さくなります。右記の値はあくまでも平均値です)
 3mV、などというとものすごく小さな電圧ですが、現在のエレクトロニクスの技術では、このくらいの電圧を何十ワット、何百ワットの出力に増幅するのは割合容易です。普通市販されているアンプの「フォノ入力感度」というところを見ていただけば、たいてい2mV近辺に設計されていることがわかるでしょう。
 MM型は以上の通り。そしてIM型も出力の点ではMM型とほとんど同じですが、MC型は、例外を除いてはMM/IMに比べてずっと出力が小さい。有名なデンマークのオルトフォンや国産のデンオンDL−103あたりの出力は、平均値で0・002mVから0・3mVぐらい。MM型の平均値と比べると、1/100から1/10以下ということになります。こういう小さな出力電圧になると、現在のアンプ製造技術では雑音なしに正確に増幅することが難しくなってきます。ボリュームを上げると、ブーンというハム、ザーッという雑音が聞こえてくる、あの雑音です。
 カートリッジの出力が小さいと、ボリュームをうんと上げなくては大きな音量が出せませんから、出力の小さなカートリッジほど、雑音の点で不利になりやすいのです。
 したがってMC型はトランスまたは専用の低雑音プリアンプで5mVから10mV近くまで電圧を上げてからアンプに入れてやる、という使い方をします。MM型やIM型よりも大きいぐらいの出力になるので、雑音の点はかえって楽になりますが、MM/IMでは不要のトランスが余分に必要になり、いちいちそれう接続する手間もかかります。つまりMM/IMよりも扱いがめんどう……とよく言われますが、実際には、接続したままスイッチでトランスあり/なしを切り替えられる便利なトランスが各種市販されていたり、最近の高級アンプの中にはMC用のプリアンプが組み込まれているものがあったり、MC型の代表ともいわれるデンマークのオルトフォンのSPU−GTシリーズのようにカートリッジとトランスを一体にして接続の手間を無くしたもの、あるいはサテンのようにMC型でも例外的に1mVから2mVの出力が出るもの、などが、あるので、機械いじり恐怖症の人でないかぎり、決して面倒なことはありません。
 したがって、MM/IMとMCの実用上の違いは、やはり針交換の問題に絞られそうです。MM、IMと、MCでも前記のサテンを除くと、大半のMC型は、針交換の費用を添えて新品と交換する、というシステムをとっています。ご承知のように針は急にある日減るわけでなく、知らず知らずのうちに少しずつ減ってくる。もう減ったろうか、まだ大丈夫だろうか、と心配しながら聴いているわけです。針の交換時期を見分けるキメ手はありません。MM型なら、予備の交換針を買っておいて、ときどきさしかえて聴き比べてみる、ということができますが、MC型ではカートリッジまるごとのスペアをもう一組買っておく、なんていうのはよほどの音キチでしょう。
 MC型は、もともとMM系のカートリッジよりも構造が複雑でデリケートなので、製造の手間もかかり、高価につきます。したがって針交換代もMM/IMよりは一般に高価です。

■針圧の違い もうひとつ、普通見落とされやすいMM/IM型とMC型の違いに、針圧の問題があります。最近の性能のよいMM型、IM型のカートリッジは、針圧が1グラムから1・5グラムどまりで使えるように作られています。これに対してMC型は、軽くても1・5グラム、普通は2グラムから3グラム、中には3・5グラム以上の針圧をかける必要のあるものまであって、この点でMM型と大きく開いています。
 よく、針圧2・5グラムと1・5グラムでは、針やレコードの寿命に大きな違いが出る、という人がありますが、実際にはそんな大きな差は出ません。カートリッジはその設計によってそれぞれ最適の針圧があるので、適正値が1・5グラムのカートリッジと3グラムのカートリッジで針やレコードの寿命が2倍違う、などというばかな話は起きないのです。
 SMEというイギリス製の最高級アームが、最近になってモデル・チェンジをしました。変更の最も大きな部分は、旧型では針圧を0・25グラムから5グラムまで広範囲に変えられたのが、新型では最大1・5グラムまでしか使えないように制限してしまった点でしょう。SMEでは、最近の高級カートリッジのほとんどが、0・5グラムから1グラム近辺の針圧を指定するようになったのでそれに合わせて設計した、と言っています。たしかに内外の高級カートリッジの中でもMM型、IM型のほとんどは、1グラムあたりを最適針圧に指定するように変わってきました。
 カートリッジの針圧というのは、ただ単に、アームに取り付けて指定の重さに調整すればよいというようなものではなく、大まかにいうと1・5グラムから2グラムの針圧あたりを境にして、アームの設計の方法が全く違ってしまうのです。そのことはアームの項で詳しく説明しますが、以上の話からも想像していただけるように、1グラムから1・5グラムが適性針圧のMM型、IM型と、2グラムから3グラムを指定するMC型とは、厳密にいうと組みあわせるアームが全然別なものでなくては、それぞれの性能を発揮できないのです。このことは非常に重要で、この問題の大きさに比べたら、針交換の問題や出力の問題など、何でもないくらい小さなことです。
 では、なぜそういう違いがあるのか、そしてその違いを知りながらMM型に対してMC型が存在しているのでしょうか。それは音質の違いだといえます。

■MMの音色、MCの音色 よく、MM型の音は柔らかく、MC型は引きしまっているだの、MM型は雰囲気がよく出るし、MC型は解像力がよくひとつひとつの楽器をくっきり浮かび上がらせる、などといわれます。半分はそのとおり。しかし、そういう話から、MM型やMC型すべてがそうだと誤解してはなりません。前項でも書いたように、MM型といっても5千円から6万円という幅があり、音質も外観も構造も別もののような違いがあるのです。極端をいえば、MM型の数多い製品の中から、あるメーカーのMC型と非常によく似た音の製品を探すことだってできます。
 そういう点を頭に入れて置いていただいて、MM型の最高級品とMC型の最高級品を、それぞれ最適のアームと組み合わせてベスト・コンディションで比較すると、やはり根本的な音色の差が出てくる。その違いをいうと、前にも書いたような違いがあるほかに、ことに大型の楽器――バス・ドラムやベースやグランド・ピアノなど――がしっかりと地について、安定感、言い換えれば、音のすわりのよさを、MC型の方がよく表現できます。しかしお断りしておきますがそれは私のような音気違いの言うこと。一般の愛好家が日常レコードを楽しむには、いろいろな意味で扱いやすいMM型、IM型の中から良いものを選んで使うという方をおすすめします。
 しかしすでに分類したように、ステレオ・ピックアップには、マグネチック型以外にも多くのタイプがあります。いろいろなタイプがありながら、現在のステレオプレイヤーの主流はマグネチック型――中でもMM型――が占めていることも、すでに説明しました。なぜ、マグネチック・タイプ以外のカートリッジが主流になりえないのか。その理由は、マグネチック以外の型の構造と得失を説明することから、逆に明らかになるでしょう。
3d圧電型と半導体型
 圧電型グループの中には、ロッシェル塩を使ったクリスタル型とチタン酸バリウムを使ったセラミック型があることをすでに説明しましたが、圧電型は、ローコスト型の小さな電蓄や卓上型ステレオなどでは、まだまだ世界的に数多く使われています。圧電気現象については60ページで説明しましたが、ロッシェル塩またはチタン酸バリウムの結晶体を薄い短冊状にして両面に電極を貼りつけ、その結晶体を曲げる(またはねじる)ような力を加えると、加えられた力に比例した電流を発生するというものです。
 図2−19に、クリスタル型およびセラミック型の構造の一例を示します。上に述べた結晶片を、互いに90度角度で「ハ」の字状に配置してこれを動きやすいようにゴムで支持して、その結晶片に針先から振動を伝え、結晶体の両面に針先の振動に比例した電位が生じるのです。
 この図からもわかるように、クリスタル型はマグネチック型(図2−18参照)にくらべると構造が非常に簡単です。悪くいえば精密さに欠けた構造です。しかし半面、その簡単な構造のため量産が容易で非常に安い価格で作れるので、ローコスト型の卓上ステレオなどでは、まだまだ需要が多い。
 さきほど、MM型が主流と言ったものの、あくまでも音質本位のステレオ・セットの場合の話で、外国――ことにヨーロッパあたりのステレオ・セットでは、ごく高級なものを除いては、ほとんどがクリスタルまたはセラミック型を使っています。クリスタル型がローコスト・セットに使われるもうひとつの大きな理由は、出力が大きい(あるいは出力の大きなものが容易に作れる)という点でしょう。
 MM型の平均的な出力は2mVから5mVだということはすでに書きました。ところがクリスタル型は、普通のものでもその100倍、つまり200mV(=0・2V)から500mV(0・5V)と、ものすごく能率が良いのです。音質本位に精密に作った場合でも、50mVから100mVは容易に得られ、逆に出力電圧本位で音質を少々落としてもよいのなら、1Vから、ときには5V以上のものさえ作れます。
 出力が大きければ、アンプが簡単になります。アンプというのは、小さな電圧を少しずつ増幅するのですから、出力がはじめから100倍あるのなら、その分だけ増幅回路を節約できるのです。
 しかも、クリスタル型とマグネチック型は、もうひとつ本質的な特性の違いがあります。
録音特性とイコライザー
 レコードの音溝に刻まれた音を電流に変え、それを増幅してスピーカーを鳴らす、そのプロセスで、いままでふれずにいましたが大きな条件があります。というのは、レコードが作られた状態では、低音を弱め高音を強めた独特の音になっていて、そのまま再生したのでは音のバランスが悪く、聴けたものではありません。アンプにトーンコントロールがついていたら、低音を絞り切り、高音を最大にして、音を聴いてみてください。レコードに録音された音は、そんな具合になっているのです。でも、実際のステレオ・セットではそんな変なことにならないで普通に聴けるのは、アンプの中に「イコライザー(Equalizer)回路」というのがあって、その部分で、レコードに録音された音のバランスを直してくれるからです。イコライザーは「イコール」と同じ語源、もとのバランスとイコールする、というような意味です。
 レコードには、低音をおさえ高音を強調して録音してあるのですから、再生時にはその逆に、低音を強め高音を弱めて補正します。
 余談になりますが、この独特の約束は、アメリカ・レコード工業協会(RIAA)の決めた規格を、世界中のレコード会社が守っています。アンプのカタログ等で「イコライザー」という言葉をよく見かけるでしょう。「イコライザー偏差」と書いた場合もあります。これは、RIAAがきめた規格に対してどのくらいの偏差で補正してあるかを表しています。
イコライザー不要の圧電型
 RIAAの規格に対して、正しく補整するということは、音質を重視する場合にぜひとも必要なことですが、卓上型ステレオのような場合には、もっと大ざっぱに、低音を強め高音を弱める傾向さえあれば、あまり変てこでない音を聴くことが可能です。うまいことに、クリスタル、セラミック系のピックアップはもともと上記の性質をそなえているので、イコライザーを通さなくとも、うるさいことを言わなければそのままでけっこうバランスのとれた音を鳴らすことができるのです。むろん高い要求をする場合には、クリスタル型でも正確なイコライザーを通します。しかし、本来ローコストのセットに使った場合にメリットの多いクリスタル型を、さらに複雑にイコライズするという使い方はあまり有益ではありません。
 つまり、クリスタル型(セラミック型)は、@出力電圧が大きいこと、Aイコライザーなしでも一応使えること、の二点によって、本来の、構造が簡単でローコスト、という性質がさらに生かされるのです。圧電型の中にも非常に高級な、音質のよいものもありますが、一般的には、圧電型はあまり高級な目的には使われません。
その他の型の構造と得失
 図2−19の圧電型と似たような構造で作れるものの中に、半導体型があります。ただし、全体にはるかにミニチュアライズされています。図2−20にコンデンサー型(静電型)の一例を、図2−21に光電型の一例をそれぞれ示します。圧電型とくらべると、素子の構造がはるかに小さいことが想像できるでしょう。電磁型とくらべても、なお、かなり小さい。振動素子が小さいということは、性能上に大きなメリットがあるのです。
 レコードの音溝は、一本の細い糸のようにみえながら、ルーペなどで拡大してみれば実に微妙にうねった複雑な溝であることがわかります。音楽ばかりでなく自然音もレーシング・カーの爆音もSLの音も、すべてこの一本の溝に記録されるのです。この複雑な溝の振動を、そのまま正確にたどることが、よい音を得る第一の条件になります。1グラムとか2グラムなどという軽い針圧でタッチしながら、このデリケートな溝の振動をあまさずだとるためには、振動を拾いあげる素子自体が、できるだけ軽く迅速に反応しなくてはなりません。重く鈍い振動子は、この点でも不利なのです。もちろん軽いばかりが能ではない。それ以外にも音質のキメ手となる条件がいろいろあります。