5月初めのコペンハーゲンの緑の多い街路は、空気すら冷たく澄んで、氷の上を渡ってきたように身を引締めさせ、さわやかだった。
台風一過のあとの東京のように、暑い日射の中にも冷たさが融けこんで、奥行きの知れぬ空は、高原のそれのようにどこまでも青かった。
オルトフォンは、そのコペンハーゲンの街のはずれにあって、ひときわ静かな一角は、市内であることを忘れさせる。
旧市内の繁雑から逃れて、新たにここに本処を移したオルトフォンは、首脳陣の若がえりによって今や、全世界を相手にベテラン・オーディオメーカーとしての確固たる地位に加え、新しい世代のオーディオ・ファンも受け入れるべくその体質の大なる転換を図って、ひとつひとつ着実にその成果をあげつつある。
M15Eスーパーを主軸としたMM型カートリッジの成功であり、ユニバーサル型軽針圧アームの製品化AS212であり、そして、始めてみせつけられたCD−4用MC型カートリッジ「SL15Q」プロト・タイプである。
海外製品としてCD−4用といい切った初のカートリッジSL15Qは、しかし、まだ製品化されたものではない。あくまで試作品ではあるが、MC型でありながら、周波数帯域を45、000ヘルツまで拡張した驚くべきマイクロメカニズムは、当面日本オーディオ市場を意識して作られている。この点こそ注目をしなければなるまい。
オルトフォンのオフィスの奥まった一室には、すべて日本製オーディオ機器によって構成された4チャンネル試聴装置がセットされていた。
ここで、テレビスターにもまがう長身の好男子・社長のミスター・ローマンによる説明で、日本ビクターのCD−4レコードが鳴らされた。その質は、まだ、とても完全とはいえないにしても、この説明においても「ディスクリート方式4チャンネル・ステレオ」ではなく、すべて「CD−4方式」といっていたのも意図がうかがえよう。
伝統に貫かれるヨーロッパでも、今や西独と並んでデンマークを中心とした北欧がオーディオ産業の中心となっており、オルトフォンの地位は、ヨーロッパのあまりあるメーカーの中にあって確かなる技術と姿勢に、ひときわ輝いた存在としてヨーロッパ中で意識されている。
そのオルトフォンが、遠く離れた日本のオーディオ市場を、かくも重要視しているという事実。
それはオルトフォンの上層幹部達と接触した70時間の間じゅう、絶えず感じられたことであった。
米国のディーラーやジャーナリズムをさしおいて、明らかに彼らに対するより「はるかに」優遇を受けたと感じたのは、真ん前にミスター・ローマンが席を占めたパーティーにおいてだけでは決してなかった。
それは、「日本」からの客である以外のいかなる理由でもない。
わたくしは、日本が今、ある意味で世界のオーディオ界の先端に位置することをはっきりと体で感じたのである。
日本のオーディオシーンも国際化の波とうが押し寄せ、そのウズの大きさが徐々にではあるが、はっきりと拡大しつつある。
ユーザーの目にも明らかな通り、米国の名門、マランツのマランツ・ファー・イーストを始め、世界最大規模のチェンジャー・メーカー英国BSRのBSRジャパン。それに、ふせ眼がちにためらいながら顔をのぞかせ米国のコングロマリット、ジャービス。目下はダイナコのみであるが傘下にはハーマンカードン、ユニバーシティを始め、かのJBL部門さえ擁して実力のほどは恐るべき強力な底力を秘める企業だ。
こうしてメーカ直々に日本市場をうかがう数社のあとには、あまたの面がひかえており、さらに日本メーカーの組織や販売力を利用して、足かがりを得ようという外国ブランドや製品群は数を知らない。
今後ますます多くなるこうした海外製品をユーザーはどう受けとめるべきなのであろうか。
その答は、はからずもコペンハーゲンを後にしておとずれたスウェーデンのストックホルムでのティーラーの店先で得たのであった。
落ち着いた節度あるたたずまいにおいて、コペンハーゲンと相似たるこのストックホルムは、建物の風格や空気に、コペンハーゲンより以上の「格調」というか「格式」を感じさせ、さらに広大な市内の各所で、近代のつち音に再開発を知らされる。
この街の静かな一角にあるオーディオショップで、店員に一番長いスピーカーをたずねてみた。わたくしが日本人であるために返ってきたことはとは思えない語調で、さりげなく「○○○○○ブランドの900がベストだ」。○○○○○は日本のビッグ専門メーカーで、スピーカー・メーカーとしても大型供給者としても知られている。
彼らには、その店先にあるあらゆる国の、数多いブランドはどれもが平均に映っているに違いない。そこには、地元北欧製という意識もなければ英国、米国製を海外製とする格差もないし、日本製に対しても同じであるに違いない。
つまり、この店では輸入品という意識はひとかけらもないのである。すべて同じスタート台に並べられ、同じ規準と判断のものに、価格/品質のまた価格/サウンドのみが比べられるすべてである。
国際化というのは、こういうことをいうのである。
日本市場においても、まだ舶来品だから「国産とは違う」という言い方がまかり通り、それはそのまま認められ、抵抗されることはない。しかし、それでよいのだろうか――。
「舶来が安くなって国産と変らなくなりました」、こうした宣伝文句の裏側には、舶来だから他人のと違うという意識がはぎ取られていくことを、ユーザーの眼にも感じないわけにはいかない。
他人のと違うためには、誰もが買えない高価格こそが、いまわしいけれど、ひとつの条件であったわけだ。
このよろいが、はぎ取られた時こそ、舶来はその粉飾を自ら捨てたといえるのではなかろうか。
オルトフォンの紹介を得て、同じコペンハーゲンの郊外12km程度にあるブリューエル&ケアー社を訪れ、その工場の全般をひと通りながめてきた。文字通りひと通りであり、深く全てを見ることはできなかったが、その一隅で、はからずも製作過程にあったオルトフォン・ブランドのハイパワーアンプを見かけた。
トランジスタライズされた500ワットのカッティング・アンプであり、その作動中の姿は後刻、コペンハーゲンのEMIスタジオで、業務用デッキの横に置かれて灯をともされているのをみた。
正面のただひとつのVU計のみが、プロ用であることを物語るラックタイプのこのアンプは、わたくしの眼を捕えて離さなかった。
「あれは業務用だからコンシューマー用として売ることなど、まったく考えてはいない」という社長・ローマンの言葉ながら、日本で大出力アンプの流行していることを強く訴えておいた。
しかし、そのEMIスタジオでもハイパワー・アンプは、音楽の原音再生には、きわめて大切であることを、担当エンジニアが語っていた。
あるいは、いつの日か、日本にもその姿を表わし、日本のマニアの望みをかなえることがあり得るかも知れない。
こうした超出力アンプが目下、日本では海外製の独壇場であるが、マランツやマッキントッシュを始め、新進フェイズリニア、SAEなどの200ワットを越すアンプが、一時期の管球アンプに代り、高級マニアの海外製品熱を充足させるひとつになっていることは確かだ。しかし、こうしたハイパワーアンプにも、まだまだ問題点があるように思われる。それは、ハイパワーの条件が、常に一定の負荷インピーダンスのもとにあること、スピーカーのインピーダンスが高化するに従って、ハィパワーを維持することの難しさにある。来月は、この辺の状況を探ってみようと思う。
(一九七三年)